2026年7月28日に発生した令和8年熊本地震により、尊い命が失われ、多くの方々が負傷されました。住まいや職場を失われた方、避難生活を余儀なくされている方も少なくありません。
本稿では、2026年8月21日時点で公表されている情報を基に、今回の地震の特徴と2016年熊本地震との違い、サプライチェーンへの影響、そして今後企業に求められる対応について整理します。
1.10年後、再び熊本を襲った強い揺れ
2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。震源の深さは約15キロメートルで、熊本県内の複数地域で最大震度7を観測しました。気象庁は、この地震と一連の地震活動を「令和8年熊本地震」と命名しています。発震機構は、北北西・南南東方向に張力軸を持つ横ずれ断層型と評価されています。
発災直後には有明・八代海に津波注意報が発表され、その後解除されました。気象庁は、2016年の熊本地震において強い地震が続発したことも踏まえ、発生後1週間程度、特に最初の2、3日間は最大震度7程度の地震に注意するよう呼びかけました。今回のような震源が浅い地震では、地震活動が活発になりやすい傾向があることも説明されています。
強い揺れにより、住宅や事業所、道路、鉄道、港湾、河川施設、電気、水道などに広範な被害が生じました。熊本大学が熊本県災害対策本部などの2026年8月1日時点の公表資料を整理した報告では、住家被害に加えて、道路の通行止め、鉄道施設の損傷、港湾での荷役停止、商工業施設や事業所の建屋・設備被害などが報告されています。
また、発災後の熊本では厳しい暑さが続きました。地震による直接被害に加えて、停電、断水、交通障害、高温が重なり、避難生活、救助・復旧活動、物流、従業員の健康管理を一層困難にしました。また、災害関連死の可能性が高い事例も報告されています。地震だけを単独で想定するのではなく、その後に起こり得る停電、断水、通信障害、物流停止、猛暑などが重なる「複合危機」として備える必要性が、改めて示されたといえます。
2.2016年熊本地震との関係と長期評価の捉え方
2016年の平成28年熊本地震では、4月14日にマグニチュード6.5、16日にマグニチュード7.3の地震が発生し、いずれも震度7を観測しました。今回の地震活動域の北東側には、2016年の地震活動域が存在しています。
地震調査委員会の2026年7月29日の評価では、今回の地震活動は、日奈久断層帯の高野・白旗区間および日奈久区間に主として沿って分布し、震源断層は、日奈久区間北東部および高野・白旗区間の一部に及んでいると考えられています。したがって、今回の地震を「2016年に動いた断層が、10年後に再び同じように動いた」と単純に捉えることは適切ではありません。企業が過去の災害経験を対策に反映する場合にも、「前回被害を受けた場所だけを対策する」「前回と同じ被害様相だけを想定する」という対応では不十分です。
それでは、今回の地震は事前に予測されていたのでしょうか。
今回の地震が発生する前から、日奈久断層帯の日奈久区間ではマグニチュード7.5程度の地震が想定され、発生確率のランクは「S*ランク」、すなわち相対的に高い区分とされていました。また、日奈久断層帯を含む九州南部の区域では、今後30年以内にマグニチュード6.8以上の地震が発生する確率が7~18%と評価されていました。また、高野・白旗区間については、過去の地震データが少なく、発生確率の評価が困難な「Xランク」とされていました。
ここから確認できるのは、地域としてマグニチュード7級の地震が発生し得ることは、事前の長期評価によって示されていたということです。しかし、「2026年7月28日に震度7の地震が発生する」と予知されていたわけではありません。
発生確率が一見低く見えることと、地震が発生しないことは同義ではありません。また、発生確率を評価できないことも、安全であることを意味しません。長期評価は、地震を正確に言い当てるための情報ではなく、企業や自治体が限られた経営資源のなかで、どこにどの程度の備えが必要かを判断するための基礎情報として活用されるべきものです。
今回の地震は、「発生確率が何%なら対策するか」という問いだけでは不十分であることを示しています。企業に必要なのは、確率の高低だけでリスクを判断するのではなく、発生した場合の人命、事業、顧客、地域社会への影響の大きさも含めて、対策の必要性を判断することです。
3.自社拠点を超えて広がるサプライチェーンへの影響
今回の地震では、道路、橋梁、鉄道、港湾、水道、電力、通信、物流網など、事業活動を支える複数の基盤が同時に影響を受けました。また、複数の事業所において、建屋や設備の被害、操業停止、安全確認などが発生しました。
九州には半導体、自動車、素材、食品、流通など、多様な産業が集積しています。そのため、1つの地域における生産や物流の停止が、被災地域外の完成品メーカーや販売事業者、さらには海外の取引先にまで波及する可能性があります。
実際に、熊本大学のくまもと水循環・減災研究教育センターの公表資料では、鉄道や道路の損傷、港湾での荷役停止、物流事業者による集配停止や遅延、事業所の建屋・設備被害などが報告されています。これらは、自社の建物や生産設備に直接的な被害がなかったとしても、企業が事業を継続できない場合があることを示しています。
企業が確認すべき対象は、自社工場の建物と主要な生産設備だけではありません。工業用水、電力、ガス、通信、冷却設備、受変電設備、保守要員、原材料、部品、包装材、倉庫、輸送車両、道路、鉄道、港湾などのうち、どれか1つが利用できなくなるだけで操業が停止する場合があります。
さらに、直接取引のある一次サプライヤーが被災していなくても、その先の二次、三次サプライヤーに代替困難な原料や工程が集中している可能性があります。取引額が小さい事業者や、単価の低い部品であっても、それがなければ完成品を製造できないのであれば、事業継続上の重要性は高いといえます。
サプライチェーンのレジリエンスを高めるためには、自社だけで完結するBCPでは不十分です。重要製品・サービスごとに供給構造と依存関係を可視化し、関係する事業者と災害時の優先順位、情報連携、代替手段、復旧の考え方を共有しておく必要があります。
4.今後企業に求められる対応
今回の地震の発生日時を事前に正確に予測することはできませんでした。しかし、熊本県内に複数の活断層が存在し、マグニチュード7級の地震が起こり得ることは、長期評価によって示されていました。
企業に必要なのは、地震が起こる日を当てることではありません。自社や重要な取引先が震度6強、震度7の揺れに見舞われた場合に、どのように人命を守り、二次災害を防ぎ、供給責任を果たすのかを具体的に検討し、そのための対策を平時から実行することです。
今回の被害や一連の対応を踏まえると、企業には特に次の対応が求められます。
(1)地震リスクを「確率」だけで判断しないこと
地震の長期評価に示される発生確率は、対策の優先順位を検討するための重要な情報です。一方で、特定の期間内の発生確率が低い、または確率を算定できないことは、対策を先送りにしてよいことを示しているわけではありません。
発生した場合の人命への影響、事業停止の長期化、顧客への供給責任、地域社会への影響などを踏まえ、発生可能性と影響度の双方から対策を判断する必要があります。また、過去に同様の災害を経験した際に被害がなかった地域や設備に関しても、最新のハザード情報や設備情報を踏まえて、継続的にリスクを見直すことが重要です。
(2)複合危機を前提に初動・復旧計画を見直すこと
地震発生後には、停電・断水・火災・通信障害・交通制約などさまざまな二次災害が発生する可能性があります。
そのため、企業は「地震に耐えられるか」だけでなく、二次災害の発生も想定した初動計画を整備する必要があります。地震発生直後に確認すべき事項や判断基準、関係者への連絡方法などを整理し、平時から周知しておくことが重要です。
また、復旧計画についても、電力、水、通信、物流などのインフラが十分に利用できない状況を前提として、どの業務を継続し、どの業務を優先的に復旧させるのかを検討しておくことが重要です。
災害対応計画は、平常時と同じ環境で復旧が進むことを前提とするのではなく、制約された環境下での対応を前提として見直すことが求められます。
(3)複数組織内で共通ルールを整えること
企業活動は、自社の従業員だけで成り立っているわけではありません。施設管理者、委託先、警備会社、物流事業者、サプライヤーなど 、多くの関係者が関与しています。
平時から、災害時に誰がどこまで判断を行うのか、どの情報をどの経路で共有するのか、指示が異なった場合に優先させる事項を整理することが重要です。
加えて、発災後の対応においては、自治体、消防、警察、医療機関、施設管理者などの対応状況が、自社の避難判断や事業再開判断に直接影響する場合があります。発災時には道路、燃料、物流、宿泊施設などの限られた地域資源を複数の組織が同時に利用することになるほか、企業が保有するスペースや物資、電源などが地域住民や帰宅困難者支援に活用されることもあります。企業は地域社会を支援対象として捉えるだけではなく、自社の事業継続を支える重要なパートナーとして認識し、平時から行政機関や施設管理者などとの連携体制を構築しておくことが重要です。
また、マニュアルや契約書への記載はもちろんのこと、複数組織横断の関係者を含む訓練を通して、現場まで同じ判断基準が浸透しているかを確認することも必要です。
(4)建物だけでなく、事業を支える機能全体を点検すること
耐震診断や設備点検の対象は、主要な建物と生産設備だけではありません。天井や外壁等の非構造部材、受変電設備、給排水設備、通信設備、空調設備、防災設備、保管設備なども、人命安全と事業継続に影響します。
法定点検を実施していることだけで安全性を判断せず、設備の状態、補修履歴、停止時の影響、復旧に必要な要員や部品の調達可能性を含め、リスクベースで点検・更新の優先順位を決める必要があります。
設備投資についても、短期的な採算性だけでなく、事故や長期停止を回避するための経営投資として判断することが求められます。
(5)サプライチェーンの重要な依存関係を可視化すること
サプライチェーン対策では、すべての取引先を同じ深さで調査することは現実的ではありません。まず、自社の重要製品・サービスを特定し、それを継続するために不可欠な原料、部品、工程、物流、設備、ユーティリティ、要員を整理する必要があります。
そのうえで、単一拠点、単一設備、単一サプライヤー、特定地域に依存しているものを洗い出し、代替調達、代替生産、在庫の積み増し、仕様の共通化、輸送ルートの多重化などの対策を検討します。
ただし、代替先の名称をBCPに記載するだけでは十分ではありません。代替先が同じ災害で同時に被災しないか、必要な品質や生産能力を確保できるか、設備や金型を移設できるか、代替輸送ルートを実際に利用できるかなど、実行可能性を確認する必要があります。
具体的には、複数拠点や複数サプライヤーが同時に被災した場合、どの程度の供給能力を維持できるのか、代替生産や代替調達が実際に機能するのかを事前に確認する必要があります。
そのためには、過去の実績データや生産能力、生産リードタイム、在庫量、物流能力などを用いて被災シナリオを設定し、供給能力への影響をシミュレーションすることが有効です。
特に、想定していた代替手段が実際には能力不足である場合や、複数部門の計画が相互に矛盾している場合は、シミュレーションを通じて初めて明らかになることがあります。
サプライチェーンレジリエンス向上のためには、計画書を整備するだけでなく、定量的なシミュレーションや訓練を通じて実効性を検証し、その結果をBCPへ反映して継続的に改善することが重要です。
また、発災時には、取引先から「被害があります」「確認中です」といった情報だけを収集しても、供給影響を判断できない場合があります。重要品目について、被災状況、在庫量、生産再開見込み、代替手段、物流状況など、何を、どの形式で、いつまでに報告するかを、取引先と事前に共有しておくことが必要です。
(6)重大事象を想定した危機広報体制を整えること
災害によって人的被害や大きな社会的影響が生じた場合、企業には、被災者とその家族への配慮を最優先としながら、確認された事実と現在の対応を迅速かつ誠実に説明することが求められます。
ただし、重大事象が発生すれば必ず記者会見を開くべきだということではありません。記者会見の要否は、人的被害の重大性、社会生活への影響、危険が継続しているか、広範な注意喚起が必要か、情報が錯綜しているか、経営者による説明が必要かなどを踏まえて判断する必要があります。
会見を行う場合には、確認済みの事実、未確認の事項、現在実施している対応、今後の調査と情報更新の予定を明確に区分して説明することが重要です。原因が判明していない段階で推測を事実のように説明したり、責任の所在を断定したりすることは避けなければなりません。
一方で、「調査中」とだけ繰り返すことも十分ではありません。現時点で何が確認されており、何が確認されていないのか、誰がどのような調査を行っているのか、次の情報更新をどのような方法で行うのかを説明する必要があります。
また、災害時の説明は広報部門だけに任せるものではありません。経営者、危機管理、現場、安全、設備、人事、法務などが、共通の時系列と事実認識を持つことが必要です。平時から、会見を検討する危機レベル、登壇者、情報の承認ルート、第一報のひな型、想定問答、被災者・家族への連絡と公表の順序、続報の頻度などを定め、経営者を含む模擬会見を実施しておくことが望まれます。
重要なのは、記者会見を企業防衛や謝罪の形式として捉えないことです。危機下における情報発信は、被災者、従業員、顧客、取引先、地域社会の安全と判断を支える、危機対応そのものです。
(7)経営者が人命最優先の判断基準を明確に示すこと
危機発生時には、営業継続、売上金や情報資産の保全、設備の緊急停止、顧客対応、納期など、さまざまな要請が同時に発生します。現場が人命を最優先に判断するためには、経営者が平時から明確な方針を示しておく必要があります。
「人命最優先」という言葉を掲げるだけではなく、どのような状況で営業や作業を停止するのか、誰が停止を決められるのか、重大な危険を感じた従業員が上司の承認を待たずに退避できるのか、安全確認が完了するまでどの業務を再開しないのかを、具体的に定める必要があります。
また、安全対策、設備補強、代替拠点、在庫、訓練などへの投資についても、短期的な採算性だけで判断してはなりません。必要な投資を先送りした場合に、人命、事業、社会的信用にどのような影響が生じるかを、経営会議や取締役会で継続的に検討することが重要です。
BCPは、防災部門や総務部門だけが作成する文書ではありません。どのリスクを受容し、どこに経営資源を投入し、危機時に何を守るのかという経営判断です。この認識を経営者と現場が共有できて初めて、計画が実際の行動につながります。
5.最後に
令和8年熊本地震は、2016年の熊本地震から10年を経た地域を、再び大きな揺れが襲った災害です。過去に大きな災害を経験し、さまざまな対策が進められてきた地域であっても、異なる断層区間の活動、インフラの途絶、二次災害、猛暑など複数の困難が重なることで、新たな被害が生じ得ることを、私たちは重く受け止めなければなりません。
企業に求められているのは、今回の出来事を個別企業や特定地域だけの問題として捉えることではありません。自社にも同様の状況が起こり得るという前提に立ち、初動対応、人命安全、設備状況、サプライチェーンの依存関係、関係者との連携、有事下の情報発信および経営判断を改めて点検することです。
災害は、計画どおりの条件で発生するものではありません。BCPに記載された想定を超える事態に直面したときにも、人命を最優先とする共通の判断基準を関係者が共有し、柔軟に対応できる状態をつくることが重要です。そのためには、計画の策定だけではなく、設備への投資、関係者との合意、共同訓練、経営者による継続的な見直しが欠かせません。
このたびの地震により犠牲となられた方々に、心より哀悼の意を表します。また、被災された皆様、ご家族、関係者の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
救助、医療、避難所運営、インフラ復旧、物資輸送、地域支援などに尽力されているすべての方々に深い敬意を表しますとともに、被災された方々が一日も早く平穏な生活を取り戻され、被災地域の復旧・復興が着実に進むことを、心よりお祈り申し上げます。
本稿は以下の公表資料を参考にしています。
- 「令和8年熊本地震の評価」(地震調査委員会)
- 「令和8年熊本地震」(気象庁)
- 「令和8年熊本地震と被害の概要」(くまもと水循環・減災研究教育センター)
- 「長期評価による地震発生確率値の更新について」(くまもと水循環・減災研究教育センター)
執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
マネジャー 山本 悠真
コンサルタント 山口 智子