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      新規事業の成否は、アイデアの良し悪し以上に「進め方の設計」に左右されます。特に、既存事業において高い競争力や精緻な計画力を持つ企業ほど、新規事業に対しても本業と同じ物差しを早期にあてはめ、結果として有望な事業の芽を摘んでしまうことがあります。

      本稿では、新規事業開発における成功確率を高める検証プロセスについて解説します。



      1.なぜいま「新規事業における検証プロセス」が必要か

      人口動態の変化、デジタル化、顧客ニーズの多様化、そして既存顧客そのものの世代交代など、いま、多くの産業で事業環境が非連続に変化しています。これらは、「本業の延長線上を磨き続けるだけでは、次の成長を描きにくい」という現実を、多くの企業に突きつけているといえます。裏を返せば、確かな本業と現場の知見を持つ企業ほど、その強みを起点に新たな事業を生み出す好機を迎えているということでもあります。問われているのは、その強みを新規事業でも活かせる「進め方」を備えているかどうかです。

      多くの企業にとって、新規事業は扱いの難しいテーマです。本業においては、顧客ニーズも提供プロセスも収益構造も明確化されているため、「精度の高い計画を立て、それを着実に実行すること」が正解となります。しかし、新規事業は「そもそも顧客が誰で、何に困っているのか」という不確実性から始まります。それにもかかわらず、多くの組織において本業で成功を収めた物差し、すなわち初年度からの精緻な売上計画と投資回収見通しを、新規事業にもそのまま当てはめてしまう傾向が多く見られます。これが、組織内で新規事業が停滞する大きな要因の1つです。

      言い換えれば、本業で培った精緻な計画力が、不確実性の高い新規事業では必ずしもそのまま機能しない場合があります。ですが、これは能力の問題ではなく、物差しの当てはめ方の問題です。既存の強みである意思決定プロセスを、新規事業用に少しチューニングするだけで、成功確率を高めることが期待できます。

      課題1:意思決定が個人の勘に依存しやすい

      継続するか、やめるか、投資を増やすか。新規事業の重要な分岐点での判断は、明確な基準がなければ、経営者の直感や担当者個人の熱量に委ねられがちです。判断の根拠が言語化されていないと、同じ社内でも人によって評価が変わり、担当者は「誰を説得すればよいのか」に労力を割くことになります。ここに共通の判断基準を持ち込むだけで、意思決定は速く、納得感のあるものになります。

      課題2 :収益計画を求める「時期」が早すぎる

      「その事業、3年でいくら儲かるのか」。この問いは、事業がある程度立ち上がった段階では不可欠ですが、顧客の課題が検証できていない段階で求めると、担当者は十分な根拠に基づかない収益見通しを示さざるを得なくなります。しかし、収益計画は不要なのではなく、求めるべき段階を見極めれば、事業を育てる強力な武器になります。

      課題3:方向転換・撤退を前向きに選べる基準がない

      新規事業は、当初の仮説どおりに進むことのほうが稀です。ここで重視すべきは、早く気づいて方向を変えるか、資源を次の有望なテーマへ振り向ける判断を、自信を持って下せることです。もし明確な基準が設定されていれば、方向転換や中止は「失敗」ではなく正当な意思決定として扱うことができます。


      よくある場面:確かな本業を持つメーカーB社

      創業50年、確かな技術力を持つ部品メーカーB社は、既存顧客の世代交代を見据えて新規事業に乗り出した。担当者は現場の困りごとから有望なサービスの着想を得ており、少数の顧客は強い関心を示していた。ところが企画会議で最初に問われたのは「初年度・3年後の売上見込みと投資回収年数」。顧客像が定まる前に置いた数字は当然ぶれ、事業はいったん見送りとなった。もしB社が、最初の半年を「売上の予測」ではなく「課題が実在するかの検証」に充てていれば、この有望な芽は大きく育っていた可能性が高い。

      ※本事例は、想定される課題や取組みのイメージをわかりやすくご紹介するために作成した架空の事例です。


      2.新規事業における検証プロセスの全体像、フィットジャーニー

      フィットジャーニーとは、1粒のアイデアの種が、市場に受け入れられる事業へと育つまでの検証ステップを体系化したものです。代表的には、顧客の課題から出発し、検証を1段ずつ積み上げて市場適合へ至る道のりを描きます。

      【新規事業プロセスの全体像】
      Japanese alt text: 本業の強みを持つ企業のための「新規事業の検証プロセス」_図表1

      ただし、既存事業を持つ企業では、顧客課題の検証に入る前に、自社の強みや市場・トレンドを踏まえて「検討に値するテーマか」を確認しておくことが有効です。本章ではこれを前段の構想・テーマ設定としてMSF (Market Strategy Fit)と位置付けます。

      前段:MSF

      構想・テーマ設定
      MSFで行うのは、事業案を細かく作り込むことではありません。自社の強み、顧客基盤、技術、地域ネットワーク、市場・トレンドを整理し、「どの領域で顧客課題を検証する価値があるか」を見極めることです。ここでの成果は、完成された事業計画ではなく、CPFに進むための事業テーマ仮説です。

      CPF(Customer Problem Fit)

      顧客課題の適合
      最初に確かめるのは「解く価値のある課題が本当に存在するか」です。ここでの主役は自社の製品ではなく、顧客の困りごとです。顧客インタビューや現場観察を通じて、課題が実在し、頻度が高く、深刻で、「対価を支払ってでも解決したい」水準にあるかを見極めます。ここを飛ばして製品開発に進むと、顧客ニーズとの乖離があるまま開発投資を進めてしまうリスクにつながります。

      PSF(Problem Solution Fit)

      課題と解決策の適合
      次に「その解決策は課題を実際に解けるのか、顧客は価値を認めるのか」を確かめます。完成品は不要で、紙のモックアップ、簡単な試作、あるいは人手で価値提供を模した実験で十分です。ここで見たいのは、顧客が価値提案に前向きな反応を示すか、支払意思や先行予約の兆しがあるかです。

      SPF(Solution Product Fit)

      解決策と製品の適合
      価値が認められたら、「その価値を実際に届けられるか」を確かめる段階に入ります。ここで用いるのが検証用の最小限の試作品、すなわちMVPです。量産品ではなく、価値の核だけを備えた試作品や、手作業・人手を交えた簡易な提供形態を限定した顧客に使用してもらい、継続利用や再注文といった「実際に使われる」手応えを得ます。提供体制やコストの見通しもここで確かめます。

      PMF(Product Market Fit)

      製品と市場の適合
      最後に「市場が製品を求め、対価を支払うか」を確かめます。有償提供を広げ、新規獲得率・継続率、そして顧客1件当たりの採算性が健全かを測ります。再現性のある受注と採算性が確認できることで、事業は拡大の段階へ進む資格を得ます。ここまで来て初めて、本格的な収支計画と投資回収の議論が意味を持つのです。


      このフィットジャーニーは、飛ばして進めないという点が肝心です。課題の検証を省いて解決策に飛べば、顕在化していない問題に対する答えを磨くことになります。解決策の検証を省いて製品開発に飛べば、価値の裏付けがないまま作り込みに資源を投じてしまいかねません。各段階は、前段で得た確からしさの上に次の投資を積み上げるための土台です。

      重要なのは、この道のりを通じて検証の焦点が段階とともに移っていくという点です。前半では「そもそも課題はあるか」、中盤では「解けるか・作れるか」、後半で初めて「収益性が見込めるか・拡大可能か」を問います。この順番を取り違え、課題や価値が未検証のうちから事業性を求めると、有望な芽を摘むことにもなりかねません。

      3.段階に応じた検証活動をどう設計するか

      フィットジャーニーは、単なる進捗のラベルではありません。各段階には「この段階で何を証明できれば次へ進んでよいのか」という固有の問いがあり、それを検証するための固有の活動と、見るべき成果があります。ここを曖昧にしたまま「とりあえず前に進める」ことは、後戻りとコスト膨張の原因ともなり得ます。

      原則1:各段階で「証明すべき仮説」を1つに絞る

      段階ごとに、検証すべき最も危険な前提を1つ選び、それを検証する活動を設計します。CPFなら「この課題は実在し、切実である」、PSFなら「この解決策に顧客は価値を感じる」、SPFなら「私たちはこの価値を継続的に届けられる」、PMFなら「この事業は採算がとれる形で市場に広がる」。一度に複数を検証しようとすると、どの前提が崩れたのかがわからなくなるため、注意が必要です。

      原則2:段階に見合った「軽い」検証手段を選ぶ

      検証の目的は、最小のコストで最大の学びを得ることです。早い段階ほど、安価で、速く、身軽な手段を使います。課題検証・解決策検証の段階では、顧客インタビュー、現場観察、紙の提案書や簡単な試作など、数日から数週間で回せる手段が中心になります。製品検証の段階で初めて試作品づくりのような「作る」投資に踏み込み、市場検証の段階で有償提供を広げていきます。

      原則3:「学習」を成果として評価する

      検証段階の成果物は、売上ではなく学びであると言えます。顧客がどのような課題を抱え、現状何で代替しており、何に不満を持っているのか。こうした検証された事実の積み上げこそが資産になります。仮説が否定されたとしても、それは失敗ではなく、間違った方向に大きく投資する前に軌道修正できたという成果です。


      まとめると、段階に応じた検証設計とは、「各段階の問い、その検証活動、見るべき成果、次段階へ進む判断」という連鎖を、あらかじめ言語化しておくことです。

      4.新規事業の検証の勘所

      望ましさ・実現性・事業性を順に検証する

      価値提案(バリュープロポジション)とビジネスモデルを、顧客起点で検証しながら組み立てていくアプローチでは、望ましさ(Desirability)・実現性(Feasibility)・事業性(Viability)の3つの観点を、フィットジャーニーの各段階で順に検証していくことが中核に置かれます。まず顧客が本当に望んでいるか、次に自社が実現できるか、最後に採算がとれるか、この順序を守ることが、限られた資源で成功確率を高める要諦とされます。前述の図は、この3点の順序を、既存事業に強みを持つ企業の実務に合わせて具体化したものです。

      改めて、新規事業は「1度の大きな賭け」ではなく「小さな賭けの連続」であると言えます。不確実性が最も高い初期に大きな資源を投じるのではなく、検証によって不確実性が下がるにつれて投資を段階的に増やすという考え方は、投資を分散し下振れを抑えるという意味で、リスク管理の観点からも理に適っています。本業という守るべき土台を持つ企業にとっては、なおさら相性のよい原則だと言えるでしょう。

      5.まとめ

      新規事業が育ちにくい理由の多くは、アイデアの不足ではなく、進め方の設計にあります。「意思決定が個人の勘に依存しやすい」「収益計画を求める時期が早すぎる」「方向転換や撤退を前向きに選べる基準がない」、この3つの構造的な課題は、いずれも「段階に応じて検証すべきことを切り替える」というプロセスの設計が有効です。

      フィットジャーニーは、その原則を検証プロセスの側から具体化したものです。MSFで自社として検討に値するテーマを見定め、CPFで顧客課題を確認し、PSFで解決策への反応を見て、SPFで提供可能性を確かめ、PMFで事業としての広がりを検証します。収益計画は不要なのではなく、求めるべき段階があります。

      まずは、現在社内で動いている新規事業を1つ取り上げ、それがフィットジャーニーのどの段階にあるかを見極め、その段階に相応しい問いから、次の1歩を検討してみてはいかがでしょうか。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      シニアマネジャー 戸谷 佐千夫

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