本稿は、KPMGコンサルティングのCustomerチームとKPMGアドバイザリーホールディングス アドバイザリーライトハウスが発行する「Customer experience playbook」の第3弾です。
KPMGは、顧客体験に関するニーズを把握するための消費者アンケートを実施し、今回は、人生において特に多くの費用がかかる3大支出(住宅資金・教育資金・老後資金)とそれを支える金融サービスに焦点を当てました。
本稿では、3大支出において消費者が求める顧客体験を明らかにし、それを踏まえた企業に求められる変革の姿を考察します。
※本文中のグラフは四捨五入しているため、合計値が100%にならなかったり、表記上の数字に誤差が生じたりする場合があることをあらかじめお断ります。
住宅領域における顧客体験
住宅は、人生における大きな支出の1つであり、長期的な暮らしを左右する重要な意思決定です。働き方や家族構成、趣味、価値観が多様化するなか、消費者が住まいに求めるものも、立地や間取り、広さといった画一的な条件だけでは捉えきれなくなっています。
KPMGが、数年以内に物件の購入または住宅リフォームを検討している、もしくは実際に進めている1,112人を対象に実施した調査からは、住宅における顧客体験について、大きく2つのニーズが見えてきました。
ニーズ1:多様なライフスタイルや価値観に合った情報提供
自身のライフスタイルや価値観に合う住まいを重視する消費者は約5割にのぼり、そのうち6割が情報収集に難しさを感じています。企業には、立地や間取りなどの条件だけでなく、趣味や価値観を踏まえ、「その住まいでどのような暮らしを実現できるか」という体験価値まで伝えることが求められます。
ニーズ2:情報収集から契約までの一連の流れにおける、意思決定の質向上と時間短縮
日常生活と並行した物件・リフォーム選びに負担を感じる消費者は6割近くにのぼります。移動や検討時間を抑えながら、テクノロジーによる完成イメージの確認や、理想の間取り提案など、納得感の高い意思決定を支える体験が求められています。
【物件/リフォーム検討に関して求める顧客体験】
さらに、テクノロジーを活用した、立体的で没入感のある映像空間で物件購入後/リフォーム後の暮らしを具体的に想像したいというニーズも6割近くにのぼりました。
【物件/リフォームの情報収集から契約において求める顧客体験】
企業に求められる顧客体験の高度化
国内の住宅市場は人口減少により縮小が見込まれる一方、物件価格の上昇などを背景とした中古住宅への需要シフトにより、リノベーションを含むリフォーム市場では安定した需要が期待されます。
こうした環境のなかで、不動産会社やハウスメーカーは、物件の価値向上を図りつつ、顧客に合った住まいの企画・提案品質の向上(企業の対応1)に注力しています。また、住まい探しの時短・質向上(企業の対応2)を図り、住宅事業にとどまらず暮らしを支えるシームレスなサービス提供も重要になります。
企業の対応1:顧客に合った住まいの企画・提案品質の向上
ターゲット層に好まれる物件および街の価値向上を含む開発と、顧客一人ひとりの嗜好や興味関心に合わせた情報提供や間取りの提案といった個別最適なアプローチが重要です。
企業の対応2:住まい探しの時短・質向上
自宅にて、VR(Virtual Reality:仮想現実)での住まい探しや、画像生成によるリフォームイメージの可視化など、デジタルでの情報提供や接客・商談の効率化によって、顧客の検討負荷や時間を削減しつつ、リアルと同等、あるいはそれ以上の満足度や価値の提供に向けて取り組んでいます。
総括
住宅に関する顧客体験ニーズは、ライフスタイルや価値観に沿った情報を通じて、自分らしい暮らしに合った住まいを実現したいという消費者の志向に集約されます。一方で、その住まいで実現できる暮らしを従来の物件情報だけで把握することは難しく、自身に合った選択肢を見つける際の障壁となっています。
今後は、間取りのパーソナライズ提案やテクノロジーによる理想の暮らしのイメージ作成など、サービス提供側が希望や前提を解釈して提案し、一連のプロセスをデジタルでシームレスにつなぐ体験設計が、住宅市場における重要な競争軸になると考えられます。
幼児教育領域における顧客体験
共働き世帯の増加などを背景に、幼児教育には、将来の学習基盤の形成だけでなく、子どもの身体的・社会的な発達を支える役割も求められています。なかでも重要性が高まっているのが、子ども一人ひとりの特性や成長に合わせた教育と、保護者が安心して子どもを預けられる環境です。
KPMGが、小学生未満の子どもまたは孫と同居し、幼児教育を検討している、もしくは過去3年以内から現在にかけて利用している655人を対象に実施した調査からは、幼児教育における顧客体験について、大きく2つのニーズが見えてきました。
ニーズ1:子どもの成長を踏まえて個別最適化された教育
家庭での時間が限られる保護者は、客観性が高く即時性のあるデータを活用して、子どもの特性や成長を的確に把握することを求めています。一方で、データ活用のみでは十分とは言えず、データによる理解と指導者という「人」による丁寧な個別指導が連動し、子どもの発達段階や特性に応じた学びが提供されることを期待しています。
【教育の個別最適化において求める顧客体験】
ニーズ2:安心・安全な学習環境
保護者は、学習の進捗状況やテストの結果だけでなく、子どもの表情や周囲とのかかわりを通じて、指導者との関係性や、安心して学べる環境が保たれているかを把握したいと考えています。テクノロジーを活用した見守りや可視化を一定程度受け入れる姿勢はあるものの、保護者自身や指導者といった「人」が直接子どもを見守っているという実感が、保護者にとって重要な安心材料となっています。
【子どもの学習環境において求める顧客体験】
企業に求められる顧客体験の高度化
少子化や共働き世帯の増加により、家庭での時間が限られるなかでも、子どもの成長を継続的に把握し、確実に支えたいという保護者のニーズが高まっています。こうした変化を受け、教育サービス企業には、テクノロジーと人の力を組み合わせ、教育を個別最適化することが求められます。
企業の対応:テクノロジーと人の連動で実現する教育の個別最適化
教育サービス企業は、デジタル教材やタブレット学習を通じて学習データを蓄積・活用し、つまずきの早期把握や客観的な成長理解を可能にするとともに、教室運営や学習管理のデジタル化によって、指導者が子ども一人ひとりに向き合うための環境を整備しています。
さらに、学習データに基づく個別最適化指導と、発達段階に応じた継続的な学習選択肢を提供することで、短期的な理解定着から長期的な成長支援までを一貫して実現する教育モデルが形成されつつあります。
総括
幼児教育における顧客体験ニーズは、子どもの成長を深く理解し、一人ひとりに合ったかかわりを受けながら、安心して預けられる環境を確保したいという保護者の思いに集約されます。ICTやAIによる行動・学習データの活用は、成長の可視化と迅速なフィードバック、安心・安全な環境づくりを支える一方、最終的な判断やかかわりは指導者が担うことが求められています。
今後は、テクノロジーによる客観的な理解と指導者による深い関与が補完し合い、生まれた余力を子ども一人ひとりと丁寧に向き合う時間へ還元することが、保護者から選ばれる教育サービスの重要な判断基準になると考えられます。
老後(介護)領域における顧客体験
本テーマでは、一度選択すると切替えが難しく、被介護者本人と家族双方にとって意思決定の難易度が高い介護施設を取り上げます。なかでも、介護サービスに高い質や付加価値を求める「高級志向」の消費者に焦点を当て、その意識や行動の変化を考察します。
介護施設選びでは、比較検討の難しさや被介護者本人と家族の意向のズレにより、判断が複雑になりやすく、限られた時間で安心して意思決定や合意形成ができる支援が求められています。入居後は、テクノロジーを活用して介護スタッフが入居者と向き合う時間を確保し、身体面だけでなく感情面にも寄り添うケアへの期待が高まっています。
KPMGが、介護を担っている、受けている、または数年以内にその可能性があり、居住系介護サービスの利用を検討している819人を対象に実施した調査からは、介護における顧客体験について、大きく2つのニーズが見えてきました。
ニーズ1:介護施設選びの情報収集から比較・見学までにおける被介護者・家族の要望に応えながらの所要時間短縮
介護施設選びでは、情報収集や施設の比較、見学に負担を感じる消費者が多く、介護に関する知識不足や情報の探し方、施設を選ぶ基準がわからないといった不安や迷いが生じています。被介護者やその家族の要望に沿う施設の情報収集や絞込みに難しさを感じる層は、8割弱にのぼりました。
また、被介護者が住み慣れた自宅で暮らし続けたいと考える場合や、本人と家族の間で施設の質や費用に対する意向が異なる場合もあり、意思決定は一層複雑になります。そのため、オンラインによる施設見学や、双方の要望に基づく施設のレコメンドなど、限られた時間のなかでも納得して合意形成できる意思決定支援が求められています。
【介護施設選びに関して求める顧客体験】
ニーズ2:被介護者の健康状態や感情、状況に寄り添ったケアや環境の整備
被介護者の健康状態に加え、感情にも配慮したケアへの期待は高く、より質の高い「寄り添い」を重視する傾向は強まっているといえるでしょう。心のケアを促すサービスに加え、AIを活用した個別性の高いケア提案、さらにはロボットによる業務支援を通じたサービス品質の安定化など、テクノロジーを取り入れた取組みも進んでいます。単なる効率化にとどまらず、人ならではのかかわりをより丁寧に提供するための手段として、テクノロジーと人の役割を掛け合わせた「人が寄り添う環境づくり」が、介護現場において求められていると考えられます。
企業に求められる顧客体験の高度化
介護施設選びを取り巻く環境が複雑化するなかで、被介護者本人と家族が納得して意思決定できるプロセスづくりが求められています。介護サービス企業には、施設選びの不安払しょくと動機付けにつながる情報提供に加え、入居後の生活を見据え、テクノロジーと人を組み合わせてケアの質を高めることが重要になります。
企業の対応1:施設選びの不安払しょくと動機付けにつながる情報提供
施設選びにおける情報過多や家族間の意向のズレといった課題に対して、介護サービス企業は病院やケアマネジャーとの連携を深めています。そのうえで、入居後の施設での暮らしを具体的にイメージできるような情報や体験入居機会の提供を行い、意思決定や入居への動機付けにつながる支援を強化しています。
企業の対応2:「自分らしい暮らし」の実現に向けたテクノロジーと人による寄り添いケア
被介護者が「自分らしい暮らし」を続けられるよう、健康面への配慮にとどまらず、感情や生活背景にも目を向けた環境づくりが進められています。具体的には、健康データや日々の行動データを活用した個別性の高いケア提案に加え、テクノロジーを活用したレクリエーションやロボットとのコミュニケーションなど、心のケアを促す体験型サービスの導入も広がりつつあります。
総括
介護施設選びでは、限られた時間のなかで必要な情報を収集し、納得感を持って施設を決めたいというニーズがある一方、情報不足や比較の難しさ、本人と家族の意向のズレが意思決定を複雑にしています。そのため、効率性と納得感を両立しながら、短期間で施設を選べる顧客体験が求められています。
入居後は、健康管理に加え、気持ちにも寄り添ったケアへの期待が高まっています。今後は、テクノロジーがリスク管理や身体的負荷の高い業務を担い、人が日々の会話や関係性の構築、感情への配慮を担うという役割分担が進むと考えられます。人の関与が感じられる介護体制を設計し、安心感として伝えられるかが、介護分野における顧客体験価値の中核となるでしょう。
金融(銀行・証券)領域における顧客体験
本テーマでは、3大支出に備えるための資産形成や資金調達において支えとなる銀行と証券について解説します。
銀行・証券業界では、老後資金への懸念や社会保障の縮小などを背景に、ライフプランに基づいて資産形成や資金調達を行う重要性が広く認識されつつあります。一方、資金計画の必要性を理解していても、十分な前提知識がないことや、将来必要となる金額や自らが準備できる水準を具体的にイメージできないことから、資金計画に着手できていない消費者も存在します。こうした背景を踏まえ、資金計画に対して一定の興味・関心を持つ消費者の動向について考察します。
KPMGが、住宅・教育・老後における顧客体験ニーズに関する消費者アンケートに回答した2,586人を対象に実施した調査からは、金融における顧客体験について、手軽さと個別最適化を組み合わせた情報収集・相談へのニーズが見えてきました。
ニーズ:手軽さと個別最適化をかけ合わせた情報収集
資金に関する金融機関への相談に対しては、年代を問わず半数以上の消費者が抵抗感を抱いています。その背景には、個人情報や資産状況を開示することへの抵抗、金融商品の購入を勧められることへの不信感、自身の金融リテラシーへの不安、審査や手続きに対する堅いイメージなどがあります。
こうした心理的ハードルを軽減するため、手軽に情報収集や相談ができるチャットボットや、簡単な質問への回答を通じた資金計画シミュレーションに加え、個々の事情に応じた情報を求めるニーズに対応するコールセンターでの有人対応が求められています。なかでもチャットボットへの期待が最も高く、資金計画シミュレーションが続く一方、コールセンターでの有人対応も3人に1人の割合で求められています。
【金融機関における情報収集・相談で求める顧客体験】
求められる相談手段は、年代やライフステージによっても異なります。20代から60代以上まで幅広い世代でチャットボットの利用意向が高く、20代から50代では資金計画シミュレーションへの関心も高い結果となりました。一方、60代以上では、資金計画シミュレーションやコールセンターの利用意向が高く、個別相談へのニーズが高まる傾向が見られます。
【金融機関における情報収集・相談で求める顧客体験 年代別】
企業に求められる顧客体験の高度化
デジタルとリアルの双方から顧客体験を高度化し、顧客接点の強化・再構築を図る動きが見られます。その中心には、デジタルチャネル強化による、来店・相談の心理的ハードル低減(企業の対応1)と、デジタル戦略の後押しとしての店舗の役割見直しと、生活に溶け込む空間設計(企業の対応2)という2つの方向性があります。
企業の対応1:デジタルチャネル強化による、来店・相談の心理的ハードル低減
金融機関では、既存のアプリや問合せ対応業務に生成AIを組み込み、自然な対話による相談対応や、顧客一人ひとりの悩みや状況に応じた回答・商品提案を行う取組みが進んでいます。
また、メタバース上の仮想店舗やアバターを通じた相談・商談など、時間や場所にとらわれずに利用できるチャネルも広がりつつあります。来店前の段階から顧客の不安や心理的ハードルを軽減し、より気軽で納得感のある意思決定を支援する環境の整備が進められています。
企業の対応2:デジタル戦略の後押しとしての店舗の役割見直しと、生活に溶け込む空間設計
デジタルを軸とした金融サービスをあえて対面でも提供することで、デジタルとリアルの両面から顧客体験を高度化し、顧客接点の再構築を図る取組みが進んでいます。店舗機能の見直しでは、営業時間を拡大し、口座開設や資産運用相談など、対面での説明が求められがちな手続きに機能を絞り込んだ「軽量型店舗」へのシフトが進められています。
また、カフェやコワーキングスペースを併設した開放的で滞在しやすい空間づくりにより、心理的ハードルを下げ、顧客との接点を継続的に生み出しています。日常的な取引はデジタルで完結させつつ、重要な意思決定や不安の解消が求められる場面では対面相談やコンサルティングを提供し、顧客の行動データや相談内容を蓄積・分析することで、より高度なサービス提供へとつなげようとしています。
総括
資金計画の相談では、年代を問わず多くの人が従来の金融機関での情報収集や相談に抵抗感を抱き、相談行動に移る前の段階で立ち止まっています。こうした背景から、金融分野でもデジタル上で情報を整理・比較し、チャットボットや資金計画シミュレーションを通じて、自身の状況や選択肢を把握するスタイルが定着しつつあります。
一方で、年代が上がるにつれて、人による説明や対話を通じた確認・納得を求める傾向も見られます。そのため、資金相談における顧客体験は、検討段階や心理状態に応じて相談手段をデジタルと人とで行き来する、連続的な体験として捉えることが重要です。今後は、消費者自身が状況や目的に応じて、デジタル対応と人による対応を柔軟に選択できる体験設計が求められます。