2025年7月の日米関税交渉で合意された「自動車分野における非関税障壁の緩和」の一部が、2026年2月16日に制度として施行されました。緩和の中核は、「米国で製作され、米国基準に適合する乗用車等について、保安上および公害防止上支障がないものとして国土交通省の認定を受けた場合は、保安基準に適合するものとみなす」という制度です※1。
今回の制度改定により、日本への導入候補車を主に米国内で生産する米国メーカーにとって、これまで認証負担などを理由に見送ってきたモデル含め、投入を検討できる車種の幅が広がる可能性があります。
ただし、制度的な障壁が低下したことは、米国メーカーの販売拡大を意味するものではありません。この制度は日本メーカーの米国生産車にも適用されるため、販売網やブランド認知で優位に立つ日本メーカーも同じ恩恵を受けます。また、日本では小型車やミニバン、ストロングハイブリッド車、低いTotal Cost of Ownership(TCO:保有ライフサイクル全体のコスト)への需要が強く、米国で支持される車両をそのまま投入しても、広範な需要を獲得できるとは限りません。
したがって、米国メーカーにとっての機会は、日本市場全体への一斉攻勢ではなく、米国市場向けモデルに見られる特徴が具体的な顧客課題の解決につながる領域を選び、限定的な導入から市場を検証できるようになった点にあります。
本稿では、そのために必要となる「重点市場の選定」「購入・保有障壁の解消」「実績を起点とした段階的な展開」の3点を考察します。
1.重点領域の選定
米国市場向けモデルの強みが価値を生む用途を起点に検討[
日本市場でのシェアが限定的な米国メーカーにとって、日本専用モデルを短期的に開発することは、投資対効果の面で容易ではありません。そのため現実的には、米国を含むグローバルモデルをベースに、日本向けに必要最小限の仕様変更を加えて導入するアプローチが中心になると考えられます。ここで重要なのは、既存モデルに何を追加するかではなく、まず日本市場で勝ち筋のある車の用途やセグメントを見極め、持ち込む車種を絞り込むことです。具体的には、次の順序で検討することが有効です。
- 米国の既存モデル群から、日本で価値を発揮しやすい車の用途とセグメントを選定する
- 車体寸法、パワートレイン、価格、装備、保有コストの適合性を評価する
- 対象顧客の購入・保有上の障壁を特定する
- 必要な仕様変更、価格帯、販売条件を具体化する
これらの検討では、米国市場向けモデルに比較的多く見られる車体サイズ、積載性、牽引性能、車載電源といった特徴が軸となり得ます。また、市場規模、許容価格、必要投資、想定販売台数、サービスコストを含めて事業採算性を検証することも重要です。顧客課題との適合性と採算がともに成立する用途を起点に、投入する車種、仕様、価格帯を絞り込むことが、商品戦略の出発点となります。
2.購入・保有障壁の解消
販売・アフターサービスの一体設計
用途と車種を絞り込んだ後に問われるのは、対象顧客にとって購入を阻害している要因を見極め、優先順位を付けて改善できるかです。日本の消費者は車両価格だけでなく、維持費を含めたTCOを重視します(図表1)。
米国メーカーの場合、燃料・電力コスト、修理・点検費用、保険料、残価・下取り価格、故障時の代替移動手段、部品の供給期間、販売・サービス拠点までの距離といった論点が購入判断に影響します。「競争力のある価格」とだけ整理してしまうと、論点が車両本体価格に縮小し、実際の障壁を捉えきれません。たとえば、リセールまで考えた車両コストが主な懸念であれば、法人向けリースや残価保証型の商品を活用し、初期負担を抑えるとともに、月次コストの予見可能性を高めることで、車両価格や残価に対する懸念を軽減することが考えられます。
一方で、対象顧客が特に整備関連コストに不安を感じる場合には、部品の供給期間や点検費用の目安、代車手配を含む保証内容をあらかじめ明示するなど、TCOの不確実性を優先的に下げる設計が有効です。
【図表1:次回の新車購入時の重視点】
出典:「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025」所収「日本における消費者調査結果」(KPMGジャパン)
アフターサービスも、既存顧客の維持策にとどめるのではなく、新規販売の障壁を下げる施策として位置付ける必要があります。販売・サービス拠点が少ないことは、定期整備や故障修理に対する不安を生み、それ自体が新規購入の障壁となります。出張整備や他ブランドディーラーとの連携によって購入後の不確実性を下げられれば、新規顧客の購入検討を後押しすることにつながります。
加えて、既存の米国メーカーの所有者は、アフターサービスにおいて「物流サービス(出張整備など)」や「所有ブランド以外との連携・共有サービス(他ブランドディーラーでの点検・修理など)」を求める割合が相対的に高いことから、既存顧客のリテンション率向上も同時に期待できます(図表2)。
もっとも、他ブランドディーラーでの点検・修理には、品質管理、技術者教育、専用診断機の配備、部品供給、保証責任の所在、診断データへのアクセス、顧客データの管理といった実務上の課題があり、「提携・アライアンスが重要」と述べるだけでは実行に移せません。そのため、まずは提携先との役割分担、必要な情報・設備へのアクセス、品質保証体制の実現可能性を検証したうえで、軽整備など限定領域から開始することが現実的です。
また、KPMGの調査結果からは、米国の経営層が想定する投資優先度以上に、日本の米国メーカー所有者がこうしたサービスを期待していることも示されており(図表2)、日本市場特有の消費者ニーズを本国に正しく伝え、投資判断を引き出す取組みも重要でしょう。
【図表2:アフターサービス・顧客サービスで重視される項目の比較】
出典:「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2025」所収「日本における消費者調査結果」(KPMGジャパン)
3.実績を起点とした段階的な展開
各フェーズの移行条件を定義
導入車種を絞り込み、購入・保有の障壁を下げるシナリオを描いた後は、限定市場で実績を築き、隣接する顧客層へ段階的に広げていく道筋を立てます。重要なのは、各段階の間に「何を達成したら次に進むのか」という移行条件をあらかじめ定めておくことです。以下では、そのシナリオの一例を示します。
フェーズ1:限定市場での実績づくりと可視化
第一歩は、選定した用途において、商品・サービスが実際に利用され、その価値が評価された事例を着実に積み上げることです。たとえば、車体サイズや積載性、牽引性能、車載電源といった特性が明確な価値となる自治体の防災・インフラ業務、建設や物流などの法人利用、アウトドア用途を想定したレンタカー・カーシェアリングなど、対象を絞って導入することが考えられます。また、価値の実証に加え、採算性を検証し、持続的なビジネスとして成立するかを見極めることも重要です。
この段階で重要なのは、稼働率、顧客満足度、TCO、契約継続率といった指標を計測し、対外的に示せる形で可視化することです。導入台数、対象地域数、満足度の水準など、次の段階へ進む判断基準をあらかじめ設定しておくことで、拡大の可否を実績に基づいて判断できるようになります。
フェーズ2:隣接する顧客層への段階的な展開
次の段階では、「法人から個人へ」と一括りにするのではなく、同じ利用ニーズを持つ隣接セグメントへ広げていきます。たとえば、自治体の防災用途で得た積載性や給電性能の実績は、同種のニーズを持つ建設・電気工事事業者や、車中泊・アウトドアを日常的に楽しむ個人層には転用しやすい一方、都市部の通勤用途にはそのままでは届きません。むしろ「業務用車両」という印象が強まり、個人需要に対して逆効果となる場合もあります。
したがって、どの実績が誰に対する訴求材料になるのかを特定したうえで、法人向け仕様と個人向け仕様をつなぐグレードや装備を設計する必要があります。あわせて、実績地域に加え、同様の需要特性を持つ地域を特定し、販売・サービス網の配置や展開方法を、次の段階へ進む際の検討事項として整理しておくことも重要です。
フェーズ3:サステナブルなエコシステムの構築
実績が複数のセグメントに広がった段階で、はじめて本格的な普及に向けた取組みが可能となります。蓄積した事例やノウハウを他自治体・他業界へ横展開するとともに、販売網やアフターサービス拠点を整備し、ディーラー、整備事業者、リース・保険会社、充電設備や架装の事業者といった関係者との連携を深めることが求められます。その際には、自ら主導する領域と既存プレイヤーのネットワークを活用する領域を見極め、必要な機能を組み合わせていくことが重要です。
日本の消費者が米国メーカーと長期的な関係を築ける環境を構築できれば、持続的な普及が見込まれるでしょう。
おわりに
今回の制度改定は、米国メーカーに日本市場での成功を保証するものではありません。一方で、導入負担の軽減を活用し、従来は採算面から難しかった車種や販売方法を小規模に検証する余地は広がりました。
重要なのは、日本市場全体を一度に獲得しようとするのではなく、自社の車両特性が明確な価値を生む用途と顧客を選ぶことです。そのうえで、商品仕様、価格、TCO、アフターサービスを一体で設計し、限定市場で得た実績を隣接する顧客層へ段階的に展開する必要があります。
米国メーカーに問われているのは、日本市場で「不可欠な存在」になることではなく、特定の顧客にとって他社には代替しにくい、明確な選択理由を構築できるかどうかです。すなわち、「米国車だから」ではなく、「この用途ではこの車が最も合理的だから」選ばれる状態をつくることが重要です。制度改定を市場検証の機会として活用し、投資と拡大の判断を実績に基づいて行えるかが、今後の成否を左右すると言えるでしょう。
※1:国土交通省の情報を引用
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 大熊 恒平