本連載は、2026年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
米中が形作るAI競争の地殻変動
自動車産業における人工知能(AI)活用を考えるとき、まず見定めるべきは、AIがもはや1つの技術領域にとどまらず、産業競争の土台そのものを塗り替えつつあるという点です。米国と中国はその変化を異なる様式で先導しています。過去5年のAI領域に対する民間の調達額と国・公共機関の投資・予算額は、米国は日本の約40倍、中国は日本の約10~15倍と推計されます。
米国は巨額の資本を投じ、AIを生み出すための産業インフラを掌中に収めつつあります。AIは研究開発のテーマではなく、資本と計算資源とデータが結び付いた巨大なプラットフォーム産業へと急速にその姿を変えました。
一方の中国は、投資額は米国に及ばないものの、その本質は実装力にあります。AIを素早く組み込み、巨大な国内市場を通じて改善の循環を回しています。都市部での運転支援機能は、消費者体験の一部となりつつあります。AIを作る力に加え、AIを「使われる状態」へ持ち込む速度に強さがあります。
日系完成車メーカーに問われる自前化の境界
この状況下で、日系完成車メーカーが汎用AIや巨大計算基盤まで独自に抱え、米中と同じ土俵で投資合戦を挑むことは難しいでしょう。しかし、外部依存に振り切ることもまた危ういと言えます。目まぐるしく変わる環境を見定めながら、自前化の在り方を問う必要があります。
自動車におけるAIは、安全、車両制御、走行データ、OTA(オーバージエア)、顧客体験と深く結び付いています。これらを他社に委ねすぎれば、完成車メーカーはブランドと安全責任の中核を失い、車体を供給するだけの存在へと後退することになるでしょう。何を自ら握り、何を外部に委ねるのか、まずはその境界を見極める手続きが必要です。
選択的自前化と協調による勝ち筋
汎用LLM(大規模言語モデル)、クラウド、GPU(画像処理半導体)は、外部の先端技術を積極的に活用し、車両OS(基本ソフトウェア)、E/E(電気/電子)アーキテクチャ、HMI(ヒューマンマシンインターフェース)、OTA運用については、自社が主導権を持たねばなりません。そこにこそ、完成車メーカーとしての責任と差別化の源泉があるからです。
同時に、日本勢が個社で抱え込むべきでない領域もあります。安全シナリオデータベース、シミュレーション基盤、規制対応、サイバーセキュリティ、人材育成などは、業界横断で協調する余地が大きくなっています。米国の資本力、中国の実装速度に対抗するには、非競争領域を共同化し、競争領域に資源を集中する構えが不可欠でしょう。
AIを、安全で、信頼でき、魅力ある車両価値へと変換する力や、品質、安全、現場改善、すり合わせなど日本が培ってきた強みを、AI時代の言語で再定義できるかどうかに次の競争優位の成否がかかっています。
日刊自動車新聞 2026年7月23日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMG
自動車セクター パートナー 井口 耕一