本連載は、2026年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
新たな国際秩序と企業への影響
2026年1月、スイスで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、カナダのカーニー首相が行ったスピーチは、国内外で大きな注目を集めました。
自国としても数十年にわたり加わり、称賛し、繁栄を享受してきた「ルールに基づく国際秩序」は、必ずしも正しくはなかったと断じ、本質的な価値観を共有する中堅国家との連携を訴えました。現実を直視しありのままを受け入れること、一貫した行動をとること、元の秩序に戻ることを期待しないこと、そして威圧に対するリスクを低減すること、これらは国家元首の言葉ではありますが、企業経営にも通じる示唆を含んでいます。国際秩序の変化が、企業にも影響を及ぼすことは言うまでもありません。
「ルールに基づく国際秩序」のなかで発展してきたのは、日本の自動車産業そのものではないでしょうか。日本の厳しい消費者、市場環境で鍛え上げられた日本の自動車産業は、1980年代後半から海外進出を本格化しました。その後30年あまりで世界中に販売ネットワーク、生産拠点そしてサプライチェーンを構築し、日本の産業をけん引するとともに、グローバル市場においても確固たる存在感を築いてきました。
これが実現した背景には、人・資本の移動、自由貿易、関税、金融・物流インフラ、紛争解決メカニズムといった前提が、「ルールに基づく国際秩序」のなかで機能していたことがあります。しかし近年、これら制度やインフラは、国家の政治的、経済的な意思表示の手段として利用されつつある状況が見られます。グローバルで最適化されたネットワークという強みが、重大なリスクとなり得る状況だと言えるでしょう。
問われる意思決定と日本の自動車産業の本質的価値
自動車業界の経営者の意思決定にも変化が表れています。どの市場で、どの技術で、どのオペレーションを、誰と組んで、誰と組まないか、これまで以上に価値判断が問われる局面が増しています。短期的な経済合理性は、もはや意思決定のよりどころにはなりません。では、日本の自動車産業における本質的な価値観とは何でしょうか?それは「安全と安心を引き受け続ける力」ではないでしょうか。
グローバルで成長できたもう1つの背景には、海外市場においても不具合やクレーム、事故の責任と真摯に向き合ってきた事実があったはずです。
規制や契約に強制されるのでなく、安全と安心を自らの責任として組織に組み込んできたことが、日本の自動車産業の本質的な強みと言えるでしょう。スピードや効率性、資金力で代替できるものではありません。
モビリティサービスの拡大、AIの進化、自動運転社会の到来により、今後自動車の提供価値は多様化していきます。そして新しい国際秩序のもと、自動車バリューチェーンやエコシステムの再構築が進むでしょう。この変化の中でも、安全と安心という責任を引き受け続けることが、日本の自動車産業の勝ち筋となるはずと筆者は考えます。
日刊自動車新聞 2026年6月11日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 石井 奨