製品、広告、サプライチェーン、職場環境、さらには従業員の家庭環境まで、企業活動はさまざまな形で子どもに影響を及ぼします。だからこそ「子どもの人権」は今、企業が向き合うべき重要イシューの1つとなっています。
そうしたなかKPMGコンサルティングは、日本をはじめ世界各地で子ども支援に取り組むセーブ・ザ・チルドレンに対し、「ビジネスと人権」をテーマとした勉強会・ワークショップを、プロボノ活動※として実施しました。今回の協働で浮かび上がった、子どもの人権をめぐる現況と、企業が果たすべき役割について、両法人の5人が語り合いました。
※仕事で培ったスキルや経験を活かして取り組む社会貢献活動
左から、KPMG 中山、新堀、土谷、セーブ・ザ・チルドレン 村上氏、堀江氏
【インタビュイー】
公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン
アドボカシー部 部長 堀江 由美子氏
パートナーリレーションズ部 法人連携チーム 村上 理紗氏
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
アソシエイトパートナー 弁護士 新堀 光城
サステナビリティ経営推進室シティズンシップチーム シニアマネジャー 中山 佳音
子どもの権利を「企業の言葉」で捉え直す
――セーブ・ザ・チルドレンとKPMGコンサルティングとの協働は、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
セーブ・ザ・チルドレン 堀江氏
堀江氏:
KPMGコンサルティングとのご縁は、ウクライナ危機の影響にある子どもたちへの寄付のご相談をいただいたことがきっかけです。そこからコミュニケーションが始まりました。
中山:
当社は世界各国のメンバーファームとともに、不利な状況にある若者・子どもを2030年までに1,000万人支援する「10 by 30」という目標を掲げています。セーブ・ザ・チルドレンとはさまざまな若者・子ども支援の取組みのご相談をさせていただいています。
なかでも、特に継続的な取組みになったのが、2022年にKPMGコンサルティング独自のサステナビリティ推進室を立ち上げてまもなく、コロナ禍以降在宅勤務が多くなった社員が購入できる宅配ミール購入制度と連動した寄付プログラム「Meal4Good」です。「社員が買う1食が、子どもの1食の支援につながる」というストーリー性を大切にするため、その寄付先に、日本国内の子どもの貧困問題解決事業に取り組まれているセーブ・ザ・チルドレンを選ばせていただきました。これは、現在も続く長期的な活動になっています。
セーブ・ザ・チルドレン 村上氏
村上氏:
その後も、当法人のリスクマネジメント体制に関するコンサルティングをプロボノでご支援いただいたり、給食のない長期休暇中に子どもたちへ食品などを届ける「子どもの食 応援ボックス」の梱包ボランティアを社員の方にご紹介いただいたり、さまざまな形で連携してきました。
――「ビジネスと人権」をテーマにした勉強会・ワークショップが実施された経緯を教えてください。
村上氏:
すべての子どもの権利が実現された世界を目指すには、重要なステークホルダーである企業との連携が欠かせません。しかし連携に際して、私たちのやりたいことを一方的に求めるだけでは、ビジネスの論理にそぐわないものになってしまいます。だからこそ、法人連携チーム全員がビジネスと人権に関する世界的な潮流を把握したうえで、 「企業の言葉」で伝わるコミュニケーションができるようになる必要があると感じていました。
そこで、ビジネスと人権についての世界の最新の潮流を把握し、日頃から多くの企業にコンサルテーションをしておられるKPMGコンサルティングに学びたいと考え、リクエストさせていただきました。
KPMG 土谷
土谷:
いただいたテーマを基に設計したのが、2回にわたるプログラムです。第1回の勉強会では、人権に関する世界の規制動向とあわせ、企業が人権テーマに取り組む背景・目的、そして実際の企業事例を中心にお伝えしました。第2回のワークショップでは、両法人で混合チームを組み、「企業から支援を得るにはどんなアプローチが有効か」をテーマにディスカッションを行いました。
――プログラムを通してどんな気付きを得られましたか?
村上氏:
企業連携を考える「視点」そのものがアップデートされた感覚があります。
第1回の勉強会には部署横断で27人が参加し、国際的な動向とあわせ、企業が人権に取り組む際の優先順位や意思決定のリアルを体系的に理解できたことが大きな収穫でした。第2回のワークショップでは、寄付をコストではなく企業価値の向上につなげるロジックや、社内決裁を得るためのストーリー構築を実践的に学べたことが特に印象に残っています。
土谷:
私たちとしても、お金では測れない大きな価値を得られたと感じています。普段さまざまな企業の人権対応を幅広く支援する一方で、現場で子どもたちに直接支援を行うところまではなかなかアプローチできません。まさにそこを担われているセーブ・ザ・チルドレンとご一緒し、現場のリアルなお話を聞くことは、クライアント支援を行ううえで重要な価値となります。
今回の取組みには、KPMGコンサルティングからは20人ほどのメンバーがかかわりましたが、仕事を通じて社会に貢献したいというメンバーが非常に多く、普段と同等かそれ以上の熱量で取り組んでくれました。
堀江氏:
私にとっても大きな学びがありました。子どもの権利の尊重・推進を社会・企業・政府などに訴えかけるアドボカシー担当として、これまで主に「企業活動が子どもの権利に及ぼす負の影響をいかに是正するか」の観点で取り組んできましたが、今回の対話を通じて見方が変わりました。
子どもの権利の侵害は企業にとっても重要な経営課題であり、だからこそ、その解決に向けた取組みはビジネスを前進させ、企業価値を高めるというポジティブな観点でも語れる。そのことが深く腹落ちしたことで、今後、このテーマの推進により自信を持って取り組んでいけると感じています。
企業が今「子どもの人権」に向き合うべき理由
――「子どもの人権」をとりまく日本の現状を教えてください。
堀江氏:
1989年に国連で採択された「子どもの権利条約」を、日本は1994年に批准しました。実はその後約30年間、日本には子どもの課題に取り組む包括的な基本法がなかったのですが、ようやく2023年に「こども基本法」が施行され、こども家庭庁も設置されました。子どもの権利の推進や「子どもの声を聴くこと」に関して、わが国でも大きな変化が起きています。
一方で、課題も山積しています。いじめや不登校、子どもの自殺件数は高水準にあり、児童虐待の相談件数もほぼ右肩上がりに増えてきました。また約9人に1人の子どもが経済的に困窮した家庭で生活し、特にシングルマザー世帯の貧困率は半数以上と、OECD諸国のなかで突出して高い水準にあります。
こうした状況に対し、私たちは食料支援や防災、緊急災害支援、政府への政策提言、子どもの権利の普及・啓発など多岐にわたる活動に取り組んでいます。当法人だけで課題をすべて解決することはできないため、現在、約650社の企業と約2万人の個人による寄付や支援に支えられています。
――「ビジネスと人権」をとりまく直近の潮流を教えてください。
KPMG 新堀
新堀:
ビジネスと人権をめぐっては、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」の策定後、紆余曲折しながら、欧州を中心に人権対応の義務化が進んでいます。開示義務を通じて人権対応を促す、英国現代奴隷法に始まり、近年はEUで、企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CSDDD)や、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)などが整備されています。 CSDDDは一定の企業に対して人権・環境デューデリジェンス等を義務付け、CSRDは人権対応を含む広範なESG情報の開示義務を課すものです。
一方、企業負担への配慮から、EUではCSDDD・CSRDの施行延期や内容の緩和が図られ、米国ではサステナビリティ政策の後退やDEI施策への反発も見られます。これに対し、企業側では、法施行やステークホルダーの要請を見据えて施策を強化する取組みが広がる一方、依然として人権侵害の発見・対応の仕組み化や運用を十分にできていないケースが散見されます。特に中小企業はリソースの制限もあり、対応が難しい傾向にあります。
子どもの人権に関して、児童労働問題は途上国を中心に深刻で企業でも多々取り上げられますが、現在、国際的に重要な問題として、紛争の増加・深刻化も要注意です。法に基づく国際秩序の後退、それに伴う武力行使のハードルの低下により、人道危機が一層広がっています。そうしたなか、弱い立場にある子どもへの影響は特に深刻であり、紛争に関連するサプライチェーンでは、より慎重な人権対応が求められています。
そしてもう1つ要注意なのが、インターネット・SNS利用の低年齢化やAIの普及に伴うテクノロジーリスクです。フェイク情報の拡散、いじめへの悪用、ターゲティング広告の高度化など、子どもを取り巻く環境は大きく変化しています。だからこそ企業には、商品設計やマーケティングを含め、子どもへの影響を真摯に評価する姿勢が求められます。なお、2025年12月に改定された日本の「ビジネスと人権に関する行動計画」でも、子ども・若者の人権やAI・テクノロジーに関する人権課題は優先分野にされており、施策の推進が期待されています。
――こうした状況のなか、企業は子どもの人権に関してどう取り組んでいけばよいでしょうか。
堀江氏:
子どもの権利とビジネスと聞くと、まず児童労働やサプライチェーンの問題を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、商品やマーケティング、職場環境、従業員の家庭などまで視野を広げれば、子どもと無関係な企業はほぼありません。まずは、子どもが未来の顧客であり、従業員であり、社会を構成する重要なステークホルダーであることを理解し、自社がどのような影響を与えているのか認識を深めたうえで、必要な対応をしていただくことが大切です。
それにあたってぜひ参照していただきたいのが、セーブ・ザ・チルドレンが国連グローバル・コンパクト、ユニセフとともに2012年に策定した「子どもの権利とビジネス原則(CRBP)」です。職場・市場・地域社会という3つの観点から、企業が子どもの権利に向き合うための具体的な指針が示されています。
こうして「子どもの権利」を尊重・推進することは、長期的には企業自身の持続可能性にも、社会全体の持続可能性にもつながります。
土谷:
大切なのは、人権施策を単なる「法規制への対応」や「コスト」として場当たり的に進めるのではなく、企業戦略や事業そのものに組み込んでいくことだと思います。もちろん法規制への対応は必要になりますが、経営や事業と結びつけて取り組むことでこそ本質的な人権推進につながり、結果として自社の競争力強化にも直結していくはずです。
一方で、取組みが遅れれば、社会から「時代に合わない企業」と見なされるリスクも高まります。
新堀:
人権施策を浸透させるうえで重要なのが、いかに自分ごととして感じられるか。その観点で大きな力となるのが、ナラティブです。たとえば18世紀の書簡体小説が異国や異文化に対する共感を生み、1930年代以降の写真ジャーナリズムの発展によって他者の痛みに対する認知が一気に広がったと言われるように、ナラティブや視覚的効果を通じた追体験が、人々の認知に強く訴え、共感を引き起こします。ルールなどの仕組みづくりはもちろん必要ですが、共感を通じて人のインテグリティ(誠実性)に働きかけることも有効です。
サプライチェーン上の人権対応はよく課題に上がりますが、サプライチェーンの上流に行くにつれて身近に感じ難いものです。だからこそ企業の方々には、 セーブ・ザ・チルドレンのように日々現場で人権課題と向き合っている方と接点を持ち、現実に起きていることを直視しながら、少しでも自分ごととして捉えていただくことが大切かと思います。
子どもの人権支援の“ラストワンマイル”
――両法人による連携を通じ、今後どのような展望を描いていますか。
KPMG 中山
中山:
「子どもの支援」というと、今なお新興国や紛争地への食糧や医療支援、教育サポートといった「海外で起きている課題」、というイメージを持たれることも多いのですが、実際には日本国内にも、複雑で社会的な課題が山積しています。そうした課題の解決に向けて、今後はセーブ・ザ・チルドレンへの団体組織への支援にとどまらず、受益者である子どもたちに直接リーチする活動でもご一緒できればと考えています。
その一環として実現したいのが、たとえば日本の若者たちの機会格差の是正や、より自由で豊かなキャリア形成に向けた取組みです。KPMGコンサルティングの社員一人ひとりの知見・経験を活かし、若者に対してメンタリングを行うこともできますし、出張授業などの活動もしています。ぜひセーブ・ザ・チルドレンとは、子どもたちに寛容な社会や、子どもらしく成長できる社会構造をともに創っていくような関係性を深めていきたいです。
村上氏:
今回の取組みを通じて、KPMGコンサルティングが子どもの人権課題をまさに「自分ごと」として捉え、本業で培った知見や立場を活かしながら真摯に向き合おうとしていることを強く実感しました。
多様な企業と日々向き合うコンサルティングファームだからこそ、子どもの権利を「企業が向き合うべき現実的な経営課題」として届けることができる。その結果、企業がその重要性に気づいて、実際の取組みへと踏み出し、その際にセーブ・ザ・チルドレンをパートナーとして選んでくださる。こうした連携を、一層深められることができると嬉しいです。
新堀:
企業が中長期的な成長を見据えるには、10年後、20年後の社会を担う「今の子どもたち」に目を向けることが欠かせません。依然として子どもに関する人権課題は山積しているうえ、社会の変化により新たな人権課題も発生します。だからこそ私たちも、広く社会の変化を捉え、人権課題とその対応の要点を企業に伝えていく必要があります。
それに際してはぜひ、国内外の子どもの人権課題に日々向き合っているセーブ・ザ・チルドレンと連携しながら、現場のリアルな声を企業に届けていきたいと思います。その先に、より子どもたちが生きやすく、健やかに成長できる社会の実現に貢献できれば幸いです。
堀江氏:
コンサルティングファームとして多様な企業にかかわる立場だからこそ、KPMGコンサルティングには子どもの権利の「伝道師」として、クライアント企業が子どもとの接点を包括的に考えるきっかけを作ってくださることにも期待しています。今後も子どもの人権課題解決のパートナーとして、連携できれば大変心強いです。
土谷:
セーブ・ザ・チルドレンと連携することで、私たちだけではアプローチできない「ラストワンマイル」までも含めた人権対応を、企業に提供できるようになります。今回の取組みをきっかけに、たとえば連携して企業へ働きかけたり、あるいはKPMGコンサルティングが支援するプロジェクトのなかでご一緒したりと、この協働で生まれる価値を大きく広げていきたいです。
またKPMGコンサルティングでは、子どもの防災や気候変動への適応などをテーマとした普及・啓発活動にも取り組んでいます。そうした分野でも連携を図ることで、さまざまな活動領域に「子どもの権利」の観点を加えていければと考えています。
左から、KPMG 中山、新堀、土谷、セーブ・ザ・チルドレン 堀江氏、村上氏