はじめに
未曾有の大災害となった東日本大震災から、今年で15年という月日が経過しました。15年という時間は、生まれたばかりの赤ん坊が義務教育を終え、高校生になるほどの長い年月です。
しかし、先日私が足を運んだ福島県南相馬市や双葉町をはじめとする被災地の現実は、決して「過去のもの」ではありませんでした。そこには、15年という歳月が流れてもなお、物理的にも、そして人々の心にも、あまりにも深く、生々しい傷跡が残されていました。
メディアを通じて過去の教訓として語られることの多い東日本大震災ですが、被災された方々にとって、それは現在進行形の戦いであり、復興は「これまで」ではなく「これから」も続く、はるかに長く険しい道のりだといえます。
本稿では、東日本大震災から15年経った今だからこそ「レジリエンス(危機からの復旧力)」について整理し、今後も発生し得る未曾有の大災害にどう備えるべきなのか、一人ひとりの心構えというアプローチから解説します。
1.危機対応の本質:人命と生活基盤を守るための判断軸とは
東日本大震災で大きな被害を受けた福島県の現地でさまざまな方へ取材を行い、彼らの言葉や行動の端々から、人間が持つ根本的な強さと、危機から立ち直るための「レジリエンス(回復力・しなやかな強さ)」の本質を学ぶことができました。
そのなかで、飯舘村の元村長の菅野氏に、被災直後の緊迫した対策本部における、リーダーとしての極限の意思決定について伺うことができました。
原発事故に直面した際、菅野元村長は全村避難という苦渋の決断を迫られました。しかし、その避難のあり方において「遠くへ逃げる」ことだけを優先するのではなく、「村から1時間以内の地域に、なるべくコミュニティを維持したまま避難する」という方針を貫きました。
この決断の背景には、見知らぬ遠方へバラバラに避難させることが、高齢者をはじめとする村民の心身に多大なストレスを与え、結果として「災害関連死」を招いてしまうという鋭い洞察がありました。実際、この「1時間以内の地域へのコミュニティ避難」という判断は、多くの村民の命と心を繋ぎ止め、災害関連死を最小限に食い止める大きな要因となりました。
混乱の極みのなかで、何を最優先すべきかを見極め、前例のない決断を下す元村長のこのエピソードは、危機下においてリーダーに求められる「判断軸」と「覚悟」の重要性を体現した素晴らしい事例であると思います。
2.「正常性バイアス」の壁と、迫り来る未曾有の危機
今後数十年以内に高い確率で発生するとされる南海トラフ巨大地震や、首都直下地震、さらには富士山の噴火など、私たちの社会基盤を根底から揺るがす未曾有の危機が、いつ起きてもおかしくない状況にあります。さらには、日本だけでなく、グローバルに展開している企業においては、気候変動による極端な気象災害や、緊迫化する地政学的リスクに伴う紛争、新たな感染症のパンデミックなど、現代社会を取り巻くリスクは複雑化・複合化の一途を辿っています。
しかし、こうした事実を頭では理解していながらも、日常生活のなかで「真に危機感を持って生きている人」は、決して多くはありません。「自分だけは大丈夫だろう」「今回もたいしたことはないだろう」といった異常な事態を過小評価してしまう「正常性バイアス」が人間には備わっており、このバイアスを理解のうえ、行動をすることが重要です。この正常性バイアスこそが、いざという時の初動を遅らせ、逃げ遅れを生み、結果的に取り返しのつかない悲劇を招く最大の敵となるため、自らの命を守り、家族を守り、そして社会を守るためには、このバイアスを意識的に乗り越え、一人ひとりの危機への対応力、すなわち「個人のレジリエンス」を平時から高めておくことが不可欠であるといえます。
3.危機の時代を生き抜く「個人のレジリエンス」とは?
これらの点を踏まえ、我々が身につけるべき「個人のレジリエンス」とは、具体的にどのような要素から構成されるのでしょうか。筆者が考える、危機の際に求められるレジリエンスの要件は、以下の6つに集約されます。
(1)想定外は必ず起こるという前提に立つ「柔軟性と適応力」
平時の業務や定型的なインシデントに対処するうえで、マニュアルや事前の計画は確固たる基盤として極めて重要です。しかし、私たちが過去のデータから弾き出した緻密なマニュアルであっても、大自然の猛威が引き起こす「想定外」の前では、そのままでは通用しなくなる可能性も高まります。危機管理において「想定外」という言葉は、もはや思考停止の言い訳にはなりません。
未曾有の事態において最も恐ろしいのは、「これまでの経験上、そこまでの事態にはならないだろう」「自分たちだけは大丈夫だろう」と危機を過小評価してしまう「正常性バイアス」に囚われることです。
知識と経験はしっかり前提としながら、柔軟にその状況に適応していくことが非常に重要になります。平時からこのような有事の疑似体験をおこなう訓練やプレッシャーのかかる環境に身をおいても冷静に対応できる力を身に付けておくことが個人のレジリエンスには非常に重要な要素となります。
(2)発生した物事を前向きに捉え、自ら「行動する力」
災害が現実のものとなってしまった場合、起きてしまった悲劇や不条理を嘆き続けるだけでは、現状は変わりません。困難のなかからでも「どうすれば再び光を灯せるか」を考え、小さな一歩を踏み出す力が求められます。
自らの人生の主導権を握り直し、自発的に行動を起こす当事者意識と主体性が絶望の淵から立ち上がるレジリエンスの基礎となります。指示待ちではなく、常に「自分のため・組織のため・社会のため」に、自分自身が「何ができるか、何をすべきか」を考え行動する癖をつけておくことが重要です。
(3)私利私欲を超え、社会のために果たすべき「志」 と「リーダーシップの掛け算」
危機という極限状態において、「利益や保身(私利私欲)」を軸に行動し続けることは大きな二次災害を引き起こす原因となり得ます。
絶望的な状況下で人を突き動かすのは、利他や社会への価値創生に結びつく確固たる「志」ではないでしょうか。そして、重要なのは、その志が誰かに与えられたものではなく、「自分起点」であるということです。
それは、自らの内から湧き出る使命感こそが、いかなる困難や逆風のなかにあっても「決して諦めない力」を生み出すからです。まさに自己の根源から発するこの「折れない心」こそが、個人のレジリエンスの本質であるといえます。有事において、私心なく諦めずに行動する個人の姿は、道標となり、他者の深い共感を呼び覚ますことが想定されます。
つまり、個人のレジリエンス(諦めない心)がそのまま周囲を牽引するリーダーシップへと転化し、共感の連鎖によって、個人の力が組織や地域の力へと爆発的に増幅(掛け算)していくのです。「あすびと福島」代表である半谷氏が掲げる「リーダーシップの掛け算」という考え方は、まさにこの体現だと言えます。
未未曾有の危機を乗り越える真の強さとは、この「個人の志」と「リーダーシップの掛け算」が結合することで生み出されるダイナミズムに他なりません。有事においてこそ、「自分起点の志」という個のレジリエンスが、強烈なリーダーシップを引き起こし、組織や地域全体で危機に立ち向かう大きな力となるのです。
(4)ジレンマを乗り越えるための「意思決定の判断軸」
危機下においては、「Aを選べばBを失い、Bを選べばAを失う」という、正解のない究極のトレードオフ(ジレンマ)に常に直面します。平時から「自分(あるいは自組織)は何を一番大切にするのか」という揺るぎない価値基準(コアバリュー)を持っていなければ、情報が交錯する混乱のなかで、納得のいく正しい意思決定を下すことは決してできません。
マニュアルが機能しない限界領域において、正常性バイアスを打ち破り、暗闇を照らす道標となるのが、平時からあらかじめ設けておいた「意思決定の判断軸」です。非常時には、この揺るぎない軸をベースとして、刻々と変わる事象を観察(Observe)し、状況を的確に把握・方向づけ(Orient)し、方針を決定(Decide)して、即座に行動(Act)へと移す「OODA(ウーダ)ループ」を柔軟かつ高速に回し続けることが求められます。
事前の計画という「堅牢さ」に過度に依存するのではなく、それを土台にしつつも、目の前の現実に対して自らをアップデートしていく適応力こそが、危機を生き抜く第一歩となります。
(5)すべての結果を引き受ける「覚悟」
これは特に経営者やリーダーに求められる資質かもしれませんが、どれほど緻密に計画を立て、あらゆる情報を集めたとしても、有事における決断の多くは「不確実ななかでの正解かわからない決断」にならざるを得ません。当然そこにはリスクが伴い、時には周囲からの猛烈な非難や批判を浴びることもあり得ます。それでもなお、自らの決断を信じ、逃げ道を作らずにその結果をすべて引き受けるという「覚悟」を持つこと。この孤独を引き受ける精神的な強靭さを持ったリーダー(個人)の存在こそが、周囲の迷いを断ち切り、安心感を与え、困難な状況を打破していく最大の推進力となります。
有事の際は、経営陣に限らず現場に入る情報量も大幅に不足するため、一般社員は大きな不安やストレスを抱えながら業務に従事しています。そのような状況で従業員に発信するメッセージは、現場にとって、暗闇のなかどの方向に進めば良いのかを指し示す光となり、非常に重要な意味を持ちます。そのため、有事の際は、経営者は全社員に向けて、迅速に会社としての考え方・対応方針等を積極的に発信し、深い暗闇の中の一筋の光のように向かうべき道を指し示すことが重要です。
(6)孤立を防ぎ、他者と協働する「共助とつながりの力」
大規模災害や複合的な危機において、行政機関等による「公助」には必ず物理的・時間的な限界が生じます。その支援が届くまでの空白の時間を生き延びるために最も強力なセーフティネットとなるのは、家族や地域、あるいは志を同じくする仲間との「つながり(ソーシャルキャピタル=社会関係資本)」です。平時から他者との信頼関係という「目に見えないインフラ」を築き、いざという時に助け合えるネットワークを持っていることが生死を分けます。個人の力だけで完結しようとする独りよがりな強さではなく、自らの弱さを認め、他者と結びつき協働する力もまた、極めて重要なレジリエンスとなります。
おわりに
本稿が、読者の皆さま一人ひとりが自身の内なる「正常性バイアス」と向き合い、未来の危機に立ち向かう「個人のレジリエンス」を高める契機となり、かつレジリエンスを強化する一助となれば幸いです。
さいごに、改めて、今なお困難に向き合う被災地の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪