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      「なぜ、この人はスタジアムに来て、この人は来なかったのか」。その要因をデータとAIで解き明かし、ファン・サポーター一人ひとりに最適なアプローチを届ける。

      JリーグとKPMGコンサルティングでは、2025年よりこうした新しいデジタルマーケティングの実装に取り組んでいます。カギとなるのが、個人単位で来場可能性を算出する「予測AI」と、一人ひとりの価値観や嗜好を読み解く「感性AI」のかけ合わせです。

      データとAIを活用した個別マーケティングによって、スポーツや顧客サービスの現場はどう変わるのでしょうか。取組みを推進するJリーグと、デジタルマーケティング領域で伴走するKPMGコンサルティングのキーパーソンが、これまでの歩みと目指す姿について語り合いました。

      Japanese alt text: 全員 (左から)Jリーグ 野溝氏、鈴木氏、KPMG 笹木、成島

      【プロフィール】

      公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
      執行役員 マーケティング事業本部 本部長 鈴木 章吾 氏
      マーケティング事業本部 プラットフォーム開発部 部長 野溝 忠利 氏

      KPMGコンサルティング
      ビジネスイノベーションユニット スポーツイノベーションチーム
      アソシエイトパートナー 笹木 亮佑
      マネジャー 成島 宏和



      全60クラブのマーケティング環境を底上げ

      ──今回の取組みは、どのような経緯で始まりましたか。

      鈴木氏:
      Jリーグでは2010年代後半より、リーグが構築したデジタルマーケティングの共通基盤を、全60クラブが活用するモデルを採用してきました。ただ、高度なマーケティングを実践するとなると、その基盤だけでは限界もあります。そうしたなか、KPMGコンサルティングが湘南ベルマーレでAIを活用した取組みをされていることを知り、この仕組みであればJリーグ全体にも展開できるのではないかと、私たちからお声がけしました。

      Japanese alt text: Jリーグ 鈴木氏 Jリーグ 鈴木氏

      笹木:
      当社では2024年より「Jリーグ気候アクションパートナー」としてサステナビリティ領域で共創してきましたが、そのお話を受け、2025年よりデジタルマーケティング領域でも伴走させていただくことになりました。

      根底にあるのは、「60クラブがそれぞれの地域で輝く」という、Jリーグのビジョンへの強い共感です。スタジアムに人が集まれば街が動き、地域経済が活性化する。湘南ベルマーレで培ってきた取組みを60クラブに展開することで、そのビジョンの後押しができると考えました。

      Japanese alt text: KPMG 笹木 KPMG 笹木

      ──背景にあった課題感について教えてください。

      鈴木氏:
      Jリーグの2024、2025年シーズンの総入場者数は2年連続で過去最多を更新するなど、従来の取組みも一定の成果を上げてきたといえます。一方で、全員に同じメールやクーポンを送るといったベーシックなマーケティング手法が基本で、AIを活用することで、もっとファン・サポーター一人ひとりに寄り添ったアプローチができないかと考えていました。

      野溝氏:
      Jリーグの共通会員IDであるJリーグIDは、運用を始めた2017年から約10年で530万以上と、膨大なデータが蓄積されています。機械学習による予測モデルを構築することで、これまで可視化できなかったものが可視化され、各クラブが先手を打って施策を打てるようになるのではと考えました(注:2026年4月時点)。

      Japanese alt text: Jリーグ 野溝氏 Jリーグ 野溝氏

      笹木:
      多くのクラブが、限られたリソースのなかでマーケティングを展開している実情があります。だからこそ、Jリーグ側で共通の仕組みを構築し、すべてのクラブが公平かつ科学的にデジタルマーケティングを実践できる環境を整えることには大きな意義があると感じました。

      ──起点となった湘南ベルマーレとの取組みの概要を教えてください。

      成島:
      まずは分散していたファンデータをシングルIDで統合し、そのうえでAIによる来場予測と感性分析を組み合わせることで、ファン・サポーター一人ひとりの特性に合わせたマーケティングアクションを取ることができる仕組みを構築しました。結果として、チケット売上・来場数・チケット単価の向上を実現することができました。特にこだわったのが、「AIを導入して終わり」ではなく、「継続的に運用できる」形に落とし込んだ点です。

      Japanese alt text: KPMG 成島 KPMG 成島

      鈴木氏:
      JリーグIDに紐付くデータを活用したうえで、限られたリソースのなかで日常のオペレーションを回し続けられる仕組みこそが、特に私たちが魅力に感じた点です。これであれば、60クラブへの適用も可能だと考えました。

      “アプローチすべき層”を可視化し、“感性”を捉える

      ──実際に、どのような仕組みを構築していきましたか。

      野溝氏:
      Jリーグが長年蓄積してきたファン・サポーターの行動履歴を土台にして、2種類のAIモデルを構築しました。1つめは、試合ごとの来場可能性と定価チケットの購入確率を、個人単位でスコア化する「予測AI」モデルです。もう1つは、天候や対戦相手による来場モチベーションの変化など、行動履歴から個々の価値観や嗜好を読み解く「感性AI」モデルです。

      これらをJ1の2クラブに適用し、ホームの各3試合・計6試合で運用実証を行いました。各試合では、来場目標と予測値のギャップを可視化し、そのギャップを埋めるためのキャンペーン内容とオファー文面を設計。それを、クラブからレビューを受けたうえで配信しました。さらには、その結果を検証し、効果の高いセグメントや施策を分析しながら、精度を高めていきました。

      成島:構築にあたり意識したのは、Jリーグ全体で使うモデルとしての汎用性と、各クラブの個別性の両立です。湘南ベルマーレのモデルをそのまま横展開するのではなく、各クラブの現場の状況や狙いをヒアリングしながら、分析結果が実際の施策に活きる形に丁寧に落とし込んでいきました。

      ──“予測AI”と“感性AI”をかけ合わせることで、従来と何が変わりますか。

      成島:
      従来は試合単位で来場者数を予測していましたが、予測AIにより個人単位で来場確率を把握できるようになります。これにより、来場確率の低い層、すなわち施策を打つべき対象が明確になる。さらに感性AIをかけ合わせることで、一人ひとりに寄り添った最適なアプローチが可能となり、より精度の高い来場促進につなげられます。

      野溝氏:
      予測AIで来場確率が高いと判定された方は、すでにクラブや試合への関心が高く、来場を前向きに検討されている方々だと捉えています。これまでの大規模な招待・割引施策は、新規来場者の獲得や売上向上にも一定の成果がありました。一方で、今後はさらに施策の精度を高め、あと一歩の後押しが必要な方々に対して、その方の感性に合ったコミュニケーションを届けていくことが重要だと考えています。2つのAIエンジンを組み合わせることで、より適切な対象者に、より適切な内容でアプローチできるようになります。

      成島:
      予測の精度に関しては、6試合中4試合で、購入予測値と購入実績の誤差率が約7%以内に収まり、開発・検証時と同等の結果を本番環境でも得られました。残りの2試合についても、誤差の要因は明確で、さらなる精度向上に取り組んでいます。

      また、感性AIによって各IDに紐付けられた感性タグを活用したコミュニケーションに関しても、メールの開封率・クリック率とも有意なリフトアップ効果を確認することができました。

      笹木:
      選択したマーケティングアクションの理由を、データとロジックで明確に説明できるようになる点にこそ、従来型マーケティングからの本質的なアップデートがあると捉えています。

      野溝氏:
      IDごとに紐付けられた感性タグは、すべてデータベースに蓄積されています。今回の取組みはメール施策が中心でしたが、他にも自社ウェブ上で、特定のお客様にチケット購入に関する最適なオファーを出し分けるなど、さまざまなタッチポイントで応用可能です。現在、こうした感性タグに基づく他のアプローチの実装も進めています。

      鈴木氏:
      今回設けた感性タグは約60種類で、お客様ごとに複数のタグが紐付くため、その組み合わせは無数に広がります。これにより、従来では捉えられなかった粒度でのお客様理解が可能になりました。セグメンテーションや分析はもちろん、施策へのダイレクトな活用も見込んでおり、今後はクラブのニーズに応じたラベルの拡張も考えています。

      時代の変化に合わせて進化し続けられる仕組み

      ──特に力を入れたポイントについて教えてください。

      成島:
      一度作ったら終わりではなく、変化する事業環境やテクノロジーに合わせて常に進化できる構造であることです。そのためには、データが自動で更新・循環する仕組みと、新たな技術やインターフェースを柔軟に取り込める拡張性が重要になります。

      当社では、最適な顧客コミュニケーションを実現するため、プロセスを複数レイヤーに分けた構造を推奨しています。そのなかでも、持続的な運用を支える基盤として「データマネジメント」と「ユーザーインサイト」の整備をもっとも重視しており、この思想をJリーグとも共有しながら実装に落とし込んでいます。

      笹木:
      今回の取組みでは、データ活用の全体設計において、「ユーザーインサイト」のレイヤーを中核となる“ブレイン機能”として位置付けています。単なる分析基盤ではなく、ファン・サポーターをどう理解し、どのような意思決定を行うのか――その思考そのものを司るレイヤーだと捉えています。このブレインがしっかりと確立されていれば、その上に乗る「ビジネスオペレーション」や「ユーザーインターフェース」は、環境やテクノロジーの変化に応じて柔軟に進化させていくことができます。チャネルが変わっても、ツールが入れ替わっても、“何を判断軸にするのか”がぶれない。そうした設計を意識しています。この考え方は、湘南ベルマーレとの取組みの初期段階から一貫しているものです。ファン・サポーター理解を中核に据え、そのインサイトを起点として意思決定と現場のアクションをつなぐ。その思想自体がJリーグの目指す方向性とも高いレベルで重なっていたことで、Jリーグへの展開においても大きな思想的なズレがなく、非常にスムーズな実装が実現できていると感じています。

      Japanese alt text: 「予測AI」と「感性AI」でJリーグが挑む、次代のマーケティング_図表1 出所:KPMGコンサルティング

      ──現状の課題についてはいかがでしょうか。

      野溝氏:
      オファーを個別に出し分けられる基盤が整ったことで、たとえばメールのタイトルや本文、画像の配置といったクリエイティブをどう作り分けるかが、新たな課題として挙がってきました。これをすべてマンパワーで対応し続けるのは無理があるので、その解決に向けて生成AIをどう活用していくかを、KPMGコンサルティングとともに検討しているところです。

      鈴木氏:
      今回の検証で、細かくセグメントを切るほど、メールの開封率・クリック率に有意な差が出ることがはっきりわかりました。したがって理想は、100のセグメントに対して100パターンのコンテンツを届けることです。現状のリソースでは難しいですが、生成AIによって、それを実現できる可能性も見えてきました。

      笹木:
      生成AIを活用することで、こうしたクリエイティブ制作の負担をいかに軽減し、現場でやり切れる形にしていくかという点にも、本格的に向き合っていきたいと考えています。この課題は、今回の取組みを“本当にスケールさせていくための次の一歩”だと捉えています。また、今回のトライアルは、J1クラブだけでなく、J3クラブにおいても実施しました。その結果、データ量の違いによって、来場予測や施策効果の精度に差が生じるケースがあることも確認できています。これは裏を返せば、多様なクラブ構成を持つJリーグにおいて、現実的な課題に正面から向き合えている証拠でもあります。今後は、データ規模が限られているクラブにおいても価値を発揮できるモデル設計や、Jリーグ全体の知見を活かした補完のあり方についても、Jリーグと一緒に検討を進めていきたいと考えています。

      AIによって意思決定の質を高めていく

      ──こうした取組みをJリーグで行う意義をどのように考えていますか。

      鈴木氏:
      あるクラブの成功事例を他のクラブにも横展開しやすい点が、Jリーグ横断で共通のIDとプラットフォームを使うことの大きな意義だと思います。その強みをさらに活かすために、全60クラブが集う事例共有会やマーケティング人材育成講座なども、年に複数回開いています。ピッチ上ではライバル関係にありながらも、マーケティング領域では各クラブが知見を積極的に共有し合うなど、横の連携は着実に活性化している実感があります。

      笹木:
      Jリーグからは、全クラブの意思決定の仕組みそのものを底上げしていくという強い意思を感じます。60クラブ・530万以上のIDというデータ規模に加え、Jリーグ横断での観戦者調査などもしっかり行っており、そうした姿勢と取組みによって、データが着実に積み上がっています。データがあることでAIの機能をいっそう拡張でき、そこからまた良質なデータが集まるという循環が生まれるということを、Jリーグをご支援していて日々、実感しています。

      鈴木氏:
      施策の良し悪しを測るには、一定のサンプル数や明確なフィードバックが必要ですが、Jリーグはファン・サポーターの規模が大きいだけでなく、施策に対する反応も良し悪しがはっきり分かれる傾向があります。そうした点で、マーケティングのトライアルを行う場として非常に適していると思いますし、KPMGコンサルティングのようなパートナーにこの環境をご活用いただくことは、私たちにとってもありがたいです。

      ──今後、取組みをどう進化・発展させていきたいですか。

      鈴木氏:
      今回の取組みは、顧客理解や顧客体験の向上、施策の効率化といったところに着実に寄与するものなので、KPMGコンサルティングとともに、今後も鋭意進めていきます。

      一方で、サッカーは“生き物”でもあり、最終的な意思決定は、やはり人間が行うべきだと考えています。ただ、その意思決定を支える材料やエビデンスを揃えることは、まさにAIが得意とする領域です。効率化や自動化を突き詰めながら、AIによって意思決定の質を高めていくことにも、力を入れていきたいです。

      野溝氏:
      Jクラブは慢性的に人手が不足しています。だからこそ、限られたリソースで成果を最大化できる環境をいかに整えるかが、重要なテーマになります。AIをフルに活用した省力化・効率化を通じて、クラブへの貢献を続けていきたいと思います。

      成島:
      引き続き各クラブの個別性をしっかり踏まえながら、本格運用に向けて取り組んでまいります。ご一緒するなかで感じるのが、Jリーグや各クラブのみなさまの、サッカーに対する並々ならぬ思いです。そうした熱がスタジアムや地域の盛り上がりにつながるよう、デジタルとAIの面からしっかりと後押ししていきます。

      笹木:
      現場の実感値と経営判断をつなげるという点に寄与することは、我々が伴走させていただく意義の1つでもあると考えています。今後もJリーグに寄り添い、一緒に汗をかいてこの取組みをさらに拡大させていきたいと考えています。

      また今回の仕組みは、他のスポーツはもちろん、カスタマー向けサービスを展開するさまざまな業種・業態でも参考にしていただけると期待しています。Jリーグという最良のフィールドで得た知見も活用し、今後は社会のより幅広い領域に対しても価値を還元していくことに取り組んでまいります。

      スポーツで地域や企業と未来へつなぐJリーグの気候アクション

      成長産業として注目を集めるスポーツビジネスをテーマに、日本のスポーツ産業政策と市場動向、価値創出の全体像を整理・解説します。

      スポーツの力とKPMGの知見・経験を組み合わせ、スポーツの経済的価値と社会的価値の向上に貢献し、地域活性化や社会課題の解決を支援します。

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      KPMGコンサルティング

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