KPMGコンサルティング
マネジャー 津村 洋太
スポーツビジネスの市場動向や関連するステークホルダー、スポーツが創出する価値について確認し、スポーツビジネスの全体像を掴むことを目的に説明していきます。
なお、本稿は2025年5月にnoteに掲載した記事を加筆・修正のうえ転載しています。文中の数値等は、note執筆時のものであることをお断りします。
1.はじめに:スポーツ産業の定義
スポーツビジネス全体像の説明の前に、まずわが国のスポーツ産業全体にかかわる政策や背景情報の確認から進めていきます。
2025年から遡ること約10年前の2015年、「スポーツを通じて、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営むことができる社会の実現を目指す」というスポーツ基本法のもとに、文部科学省内に「スポーツ庁」が発足しました。また、その当時の日本経済再生本部はスポーツ産業に対して「コストセンターからプロフィットセンターへ」という方針を掲げ、「日本再興戦略2016」内でスポーツの成長産業化を発表しています。
これらの発表のなかには、2012年時点で5.5兆円だったスポーツ市場規模を2025年までに15.2兆円にまで拡大させるという内容が盛り込まれており、スポーツビジネスを国策として産業の1つの大きな柱とする機運で盛り上がっていました(図表1)。
【図表1:2012年時点におけるスポーツ市場規模の拡大目標】
またその後、2017年にはスポーツ庁による「2020未来開拓部会」にて、(1)収益の上がるスタジアム・アリーナの建設・改修、(2)競技団体等のコンテンツホルダーの経営力強化、新ビジネスの創出、(3)スポーツ経営人材の育成・確保、(4)他産業との融合等によるスポーツ新市場の創出、(5)一億総スポーツ社会の実現(スポーツ参画人口の拡大)という5つの政策方針が示され、官民の多くのプレイヤーが連携し取組みやすい環境整備や政策が展開されてきました。
この背景情報を踏まえたうえで、次章以降では日本におけるスポーツビジネス市場がどのような成長を辿っており、誰がプレイヤーとして存在し、結果としてどのような効果を創出し得るものかを説明します。
2.スポーツビジネス市場動向
本章ではスポーツビジネス市場の動向を確認します。ただし、「スポーツ」は多様な産業とステークホルダーを巻き込む力を持つことから幅広いプレイヤーが含まれるため、まずはスポーツ市場の定義や構造を確認していきます。
・スポーツ産業の全体像
スポーツ市場は、スポーツを通じて何らかの価値提供がなされていれば「スポーツビジネス」と解釈されることがありますが、ここでは図表2のように「する」「みる」「ささえる」の3つの目的からなるスポーツコンテンツを中心に位置付けます。そして、そのスポーツコンテンツを盛り上げ、スポーツ価値の高度化を促すIT技術とそのサービスによってスポーツ関連事業者に限らないプレイヤーが参入する産業と定義しています。
さまざまなプレイヤーによる顧客体験価値やスポーツの魅力の向上によって、関連する企業や団体・地方公共団体も価値創出の機会として捉えることが可能となり、結果として他産業を巻き込みながらスポーツの場から社会課題解決につながる新たな財・サービスが創出されることが期待されている市場と整理しています。
【図表2】
・プロスポーツ競技から見た市場動向
上記の全体像を踏まえたうえで、スポーツビジネスの核となっている「スポーツコンテンツ」について、主なプロスポーツ競技(野球、サッカー、バスケットボール)を参考に市場動向を確認します。
(1)プロ野球(NPBの市場規模推移)
NPB(日本野球機構)は、パ・リーグとセ・リーグの2リーグ制12球団で運営されており、オーナー企業も大企業であることが特長となっています。他スポーツよりも歴史も古く、試合数が1年間で400試合以上開催されることから、両リーグとも入場者数は1,000万人を超え、合計で約2,668万人にまで達しています(図表3)。コロナ禍で一時減少を見せるものの、多くのファンが日々球場にも足を運んでいることがわかります。
【図表3:プロ野球の入場者数推移】
一方で視点を海外に向け、MLB(米国)と日本のNPBを比較すると、1990年代にはともに約1,500億円程度だった市場規模は、2010年には3~4倍引き離されており(図表4)、直近2024年時点でMLBの収益規模は約1.8兆円($12.1 Billion)にも達しているとも発表されています*¹。
【図表4:NPBとMLBの市場規模比較】
(2)プロサッカー(Jリーグの市場規模推移)
続いてJリーグはJ1リーグからJ3リーグまで約60チームで構成されており、全国カバー率は90%に到達しています。来場者数の推移も2005年の約771万人と比較すると、2024年ではコロナ禍からも回復し、約1,193万人にまで成長しています(図表5)。
【図表5:Jリーグの来場者推移】
また、各クラブの収益構造は入場料収入、放映権、スポンサー収入、グッズ等で構成されており、Jリーグが放映権を各チームに分配しています。そのなかでも大きな割合を占めるのが、チームスポンサー収入です。Jリーグは地域密着のコンセプトがあるため、プロ野球と違ってチーム名に企業名を入れられませんが、来場者数やインターネット配信等の効果もあり、過去最高額に達しています(図表6)。
【図表6:スポンサー収益推移】
一方、プロ野球同様にJリーグの市場規模とプレミアリーグ(英)を比べると、その市場規模は発足当初の1996年時点ではともに約500億円規模でしたが、2012年時点ではJリーグが約728億円に対して、プレミアリーグ(英)は全世界への放映権収入を筆頭に大幅な成長を遂げ、約3,275億円規模となっています(図表7-1、7-2)。
また、「Jリーグのクラブ経営ガイド2024」によると2022年時点には、Jリーグが約1,375億円に対してプレミアリーグ(英)が約8,300億円となり、その差も6倍へと拡がっています。
【図表7-1:プレミアリーグとJリーグの市場規模比較】
【図表7-2:放映権料のリーグ別比較】
※為替は1$=143.45円(2024年10月1日終値)
※UEFAチャンピオンズリーグ・ヨーロッパリーグ・カンファレンスリーグはクラブに配分される金額
(3)プロバスケットボール(Bリーグの市場規模推移)
次に、近年盛り上がりを見せているBリーグについても触れていきます。Bリーグは2つのリーグの合計38チームで構成されており、収益構造も入場料収入、スポンサー収入、物販収入、配分金等でJリーグとも類似しています。そのBリーグの市場規模については、2019年時点は約200億円・約171万人の総来場者数に対して、2023年は約500億円・約452万人に達しており、約2.5倍の規模に成長しています(図表8)。
【図表8:Bクラブ売上とBリーグ来場者数】
なお、Bリーグは26-27シーズンよりB1-2の2部制からB.LEAGUE PREMIER、B.LEAGUE ONE、B.LEAGUE NEXTの3構成へ移行予定であり、各クラブはBリーグが設定した財務健全性や経営基盤の安定性等の審査基準(例:「平均入場者数」「売上高」「ホームアリーナ」)をクリアする必要性が生じます。これらの変更で各クラブ経営の成長促進、日本バスケ界の強化、地域活性化への貢献を目指しており、規模拡大においても影響があるものと思われます。
・その他スポーツ競技から見た市場動向
これまでスポーツビジネスの全体像のうち、主にメジャー競技による市場規模拡大について触れてきましたが、この段落ではその他競技から見た課題について説明します。
主要なスポーツ競技については、観客動員数やスポンサー収益の向上による規模拡大が進んでいますが、その他競技においては下記のような課題が挙げられます。
- チーム側の資金不足とスポンサーシップ獲得や活用が難しい
- 選手育成と基盤整備が不十分
- メジャー競技とは異なり、メディア露出数や機会自体が少ない
- 国内大会が充実していない
- 指導者数や環境整備含めて普及活動の拡大が難しい
- 国際競争力が低い
上記は一例となりますが、他にも日本の文化的要因として、「スポーツ=体育」という考え方が古くから根付いていることやマスメディア等の影響力を受けながら特定のスポーツに人気が集中しがちであるという傾向も挙げられます。これらのメジャー競技以外のスポーツが抱える課題に対しては、地域ごとで官民が連携して対策検討と取組み強化にあたることなどが求められます。
なお、こうした課題とその方策を踏まえつつ、より事象を俯瞰してみると少子化に伴う競技人口減少等の問題がある点についても認識する必要があります。年々少子化が進行する日本では、運動部活動数、運動部員数は減少傾向にあり、スポーツ庁による調査(2019年3月)では、人口推計結果を基にしながら2048年度までの部活動人口を推計したところ、2009年から2048年には約30%が減少する結果が出ています*²。
ほかにも、運動部活動に加入している中学生の人数推移(図表9)を見てみると、ソフトテニス、軟式野球、剣道、ソフトボール、柔道については平成25年度と令和5年度で比較すると大幅に減少していることがわかります(※補足:サッカーにおいても39.1%減)。
【図表9:運動部活動に加入している中学生数の推移】
これらの課題や今後起こり得る「やりたいスポーツができない」「好きな競技を続けられない」といった現象に対して、スポーツ庁は運動部活動の地域移行を推進しています。今後は、各地域に拠点を置くスポーツチームや団体もこの社会課題に対して前例に捉われない考え方を持ち、共創活動等を推進することで競技普及に取り組んでいく必要が高まるものと思われます。
3.スポーツビジネスにおけるステークホルダー
スポーツビジネス全体像を掴むうえでは、どのようなプレイヤーがスポーツビジネスに参入しているのかという観点から、関連するステークホルダーとその活動例を確認していきます。
スポーツビジネスの核となるステークホルダー
- スポーツチーム・リーグ:スポーツイベントを提供する中心的な存在
- スタジアムやアリーナ施設:チームが利用する施設
- ファンやサポーター・地域住民:スポーツイベントの参加者であり、顧客体験の提供先
- 親会社・スポンサー企業:財政的支援を行い、共創活動を通じて課題解決に取り組む企業等
- 国・地方自治体:スポーツビジネスの活動を支援し、地域経済の活性化を図る存在
- 地域経済:親会社・スポンサーを除く企業、金融機関、教育機関等
- インフラサービスやテクノロジーサービスの提供事業者: 各ステークホルダーの活動を支援するサービス提供事業者等
上記各ステークホルダー間の活動例
- 「1.スポーツチーム・リーグ」と「2.施設」
「ファン/サポーター・地域住民」に対して顧客体験の高度化を図り、入場料やグッズ売上を得ています。また、親会社やスポンサー企業に対しては、宣伝広告や共創活動を通じてスポンサー料を得ています。 - 「1.スポーツチーム・リーグ」、「2.施設」と「5.国・地方自治体」
地域経済を活性化することを目的に、地域住民向けの施策展開や交通インフラや通信等の環境整備に取り組んでいます。 - 「6.地域経済」や「7.インフラサービスやテクノロジーサービスの提供事業者」
各ステークホルダーとの連携を通じてスポーツビジネスの発展を支援しています。
このように、スポーツビジネスは多様なプレイヤーとステークホルダーが連携し合い、各々の役割を果たしながら成り立っています。
4.スポーツが創出する財務価値と社会価値
つぎに、スポーツが創出する価値である「財務価値」と「社会価値」の関係(図表10)について確認します。スポーツビジネスの成長において重要となるプロスポーツ興行を起点に考えていくと、スポーツ興行にかかわるチームの事業収入(チケット収入やグッズ収入等)や施設運営による売上が財務価値と整理されます。
また、現状いまだ明確な定義や整理がなされていませんが、施設やチームが有するブランド力等の無形資産も提供価値と捉えられ、潜在的な財務価値として整理されます。他にも、財務諸表に表れない価値として、競技の普及事業や社会貢献活動等を通じて地域や他産業などのステークホルダーにもたらされる公的な価値を社会価値として整理されます。
【図表10:スポーツチームとスタジアム・アリーナがもたらす価値】
これらの価値創出の例を挙げると、スポーツイベントの観戦で地域内外から人が集まり、交流人口が増加することで、その周辺の観光への効果も期待できます。また、波及効果として、地域の認知度やブランド力が向上するプロモーション効果も想定され、その地域住民のシビックプライド(地域への誇りと愛着)が高まることで人口増や人口流出を防ぐことによる税収増なども見込むことができます。
他にも、スポーツイベントの観戦をきっかけにスポーツへの関心が高まり、普段運動していなかった人に健康意識が芽生え、スポーツに親しむ可能性も考えられるでしょう。また視点を少し変えると、チームが環境や防災等に関する地域活動を推進することで、昨今各企業に求められているSDGsやESG経営といったテーマにも貢献し、地域においてさまざまなステークホルダーを巻き込んだ共創活動が推進され、地域としての社会課題への対応意識が高まる効果も期待できます。
以上のように、スポーツが創出する価値には「財務諸表に表れる財務価値」と「財務諸表に表れない潜在的な価値ならびに社会価値」があり、これらの価値創出に向けた活動を通じて、人が集まり、人・企業・地域がつながり、各地域が抱える課題等に取り組む意識が芽生え、地域自体が育っていくことが期待されます。
そしてその結果、スポーツイベントの観戦や活動への参加等がさらに促進され、財務価値が創出されるような好循環が、各地域が目指す姿だと考えられます。
次回は、今回解説したスポーツの価値創造に対して、KPMGの具体的な取組み事例を紹介します。
*1:Forbes「MLB Revenues Hit Record $12.1 Billion In 2024」
*2:スポーツ庁 Web広報マガジンDEPORTARE「『30』年後には運動部活動の生徒は半減する?!」
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 日本政策投資銀行「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援」
- 文部科学省「新たなスポーツビジネス等の創出に向けた市場動向」(2018年3月)
- NPB「統計データ」
- スポーツ庁・経済産業省「スポーツ未来開拓会議中間報告」(平成28年6月)
- Jリーグデータサイト「入場者数推移」
- Jリーグ「クラブ経営情報」
- Jリーグ「クラブ経営ガイド2024」
- B.LEAGUE「クラブ決算概要発表資料(2023-24シーズン)」
- スポーツ庁「部活動の地域連携・地域移行と地域スポーツ・文化芸術環境の整備について」