存在することで、人流やつながりが生まれ、地域が活性化し、人々が元気をもらう──。プロスポーツクラブには、そうした稀有な価値があります。一方で、このような社会的価値は、財務諸表には直接表れません。だからこそ、その価値を可視化・定量化することは、今後の自治体政策や地域経済、スポーツビジネスを考える上で、不可欠な論点となるはずです。
本稿では、KPMGコンサルティングで地域経営を専門とするアソシエイトパートナー 大島良隆が、Bリーグに所属するトヨタアルバルク東京株式会社 代表取締役社長 林邦彦氏と、株式会社栃木ブレックス(宇都宮ブレックス運営会社) 代表取締役社長 藤本光正氏 、「社会的財務諸表」 ※1というフレームワークを生み出した株式会社雨風太陽 取締役 大塚泰造氏から、スポーツクラブの非財務価値の実像とそれを可視化する意義について話を聞きました。
左上から、KPMG 大島、雨風太陽 大塚氏
左下から、トヨタアルバルク東京 林氏、栃木ブレックス 藤本氏
【インタビュイー】
株式会社雨風太陽
取締役 大塚 泰造氏
トヨタアルバルク東京株式会社
代表取締役社長 林 邦彦氏
株式会社栃木ブレックス(宇都宮ブレックス運営会社)
代表取締役社長 藤本 光正氏
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 大島 良隆
※登壇者の所属・肩書は2026年3月時点のものです。
近隣を巻き込みながら、文化や風土を醸成
大島:
本日は、プロスポーツクラブが生み出す「非財務価値」を、どんな指標で捉え、どう説明していくべきか、という点についてお話を伺いたいと思います。まず大塚さん、ソーシャルキャピタルの観点から、スポーツクラブの価値をどのようにご覧になっていますか。
雨風太陽 大塚氏
大塚氏:
私たち雨風太陽は、生産者と消費者が直接つながる食の流通プラットフォームを運営する会社です。仲間や共感者といったつながりが事業の起点になっていることから、そのようなソーシャルキャピタル(社会関係資本)の可視化に取り組んできました。そして、このソーシャルキャピタルの考え方が、Bリーグをはじめスポーツクラブにも当てはまるのではないかと考えています。
たとえば、チケットの販売枚数だけでは測れないファン数、ブランド価値、あるいは、企業からの潜在的な支援。さらに言えば、試合を観て元気になる人がどれくらいいるか、地域がどう活性化するか。そうした財務諸表には直接表れない「非財務の価値」を可視化できれば、地域・企業・人がもっと大手を振ってスポーツクラブを盛り上げていこうという新たなモメンタムが動くのではないかと、スポーツを愛する1人として感じています。
そうしたなかでアルバルク東京さんは、民間主導での新アリーナ整備という先進的な取組みによって、2025-26シーズンから、ホームアリーナをTOYOTA ARENA TOKYO(東京都江東区青海)に移転しました。
大島:
TOYOTA ARENA TOKYOへの移転は、いつ頃から検討されていましたか。
トヨタアルバルク東京 林氏
林氏:
5年ほど前からです。ホームアリーナは、代々木を起点に一時期は立川へ移りつつ、クラブの成長戦略のなかで25-26シーズンからTOYOTA ARENA TOKYOへ移転しました。1万人規模を収容できるアリーナを作れる場所を東京都で見つけるのが非常に難航するなか、この場所はもともとトヨタ自動車の施設・MEGA WEBがあり、その発展形ということでアリーナ建設の計画が立ち上がりました。
大島:
移転からまだ5ヵ月ほどですが(2026年3月現在)、現時点での感触はいかがですか。
林氏:
おかげさまで自チームの試合と他社さまのご利用を通してたくさんの方々にご来場いただき、周辺の人の往来でいうと、年間で延べ150万人ほどになると試算しています。MEGA WEBの頃も往来はありましたが、それをしのぐ数字です。往来が増えれば、来場者が使うゆりかもめと臨海線の乗降客、そして街のにぎわいも増すなど、経済効果がいろいろ出てくると思います。したがって、この人流を生み出すこと自体が、私たちにとって非財務価値の1つだと感じます。
大島:
財務諸表には載らないけれど、交通・飲食・商業などの面で周辺エリア全体に経済的な恩恵が波及している、ということですね。
林氏:
それと、ソーシャルキャピタルの観点でいうと、実は周辺で働いている方も多いのです。最寄りである東京テレポート駅の周りには大規模オフィスが立ち並び、少し行ったところには公共・行政系の施設も集まり、1日に数万人規模が往来しています。さらに、タワーマンションのある有明・豊洲地域には、8万人前後が住むと言われていて、トータルで十数万人規模の方々が生活していると考えると、人が集まるポテンシャルは十分にあるのです。
ただ、これまでは多目的に使える施設が少なく、一時的・季節的な集客が中心でした。そこに私たちのTOYOTA ARENA TOKYOができ、加えて26-27シーズンからは同じBリーグのサンロッカーズ渋谷さんも移転してTOYOTA ARENA TOKYOを使うので、年間にトップクラブの試合が計60試合以上行われることになります。
こうした環境を生かし、運動の促進や、さまざまなコミュニティ形成、あるいは街全体が同じ方向を向いて盛り上がれるような応援・熱狂の文化醸成などにもつなげていきたいと構想しています。
大島:
「箱」ができることでコンテンツが集まり、人流が生まれ、周辺の経済を潤す。さらには、近隣も巻き込みながら文化や風土を醸成していく――その流れを見すえているわけですね。
観戦していない人が、チームを守ろうとする
大島:
ここからは宇都宮ブレックスさんについて伺います。藤本さん、ブレックスの「非財務価値」について教えてください。
栃木ブレックス 藤本氏
藤本氏:
手前味噌にはなりますが、チームの成績の面では、当クラブは胸を張れる結果を残せていると思っています。対して、ハードの部分では後れを取っており、中長期的な経営戦略上の最重要課題として、まさに新アリーナ整備に取り組んでいます。
ただ都心ではないので、アルバルク東京さんのように100%民設・民営というのは、なかなか難しい状況です。試合がある年間30日以外の約335日の稼働をどう確保するかの問題があり、昨今の建設費の水準も踏まえると、行政のご支援なしには成り立ちません。行政と密に連携しながら、官民双方が協力しあう形でのゴールを目指しています。
大島:
行政に運営を「お任せする」という選択肢もあり得ると思うのですが、その場合に生じる難しさはどんな点でしょうか。
藤本氏:
確かに、その方がシンプルではあるかもしれません。一方で私たちの想いが反映される新アリーナを目指したい気持ちがあります。やはり、アリーナがどのようなものであるかによって、観戦体験は大きく変わります。私たちとしても、どんなアリーナであればファンの皆さんの満足度を高められるのかを理解しているつもりですので、行政と手を取り合って一緒に進める形がベストではないでしょうか。
結局は、それが顧客体験の向上につながって来場者が増え、そこから人流が生まれて経済効果として地域にも恩恵がもたらされるという循環が生まれます。そういった地域への貢献を目指して、私たちとしても取り組んでいきたいと思います。
大島:
大塚さんは調査や研究の観点からブレックスさんの価値をどのようにご覧になっていますか。
大塚氏:
私は早稲田大学スポーツ産業研究所の研究員もしているのですが、KPMGの協力で実施した調査では、アンケート調査した栃木県民のうち、ブレックスさんの試合を地元のアリーナで観たことがある人は17.5%でした。対して、チームが経営難で消滅するとなったとき、毎年の寄付を要請されたら寄付を行うかという質問に対しては、驚くべきことに22.1%が寄付すると回答しました。
つまりは、実際に観ていない人でも、なくなったら困ると感じる人が少なくない。スポーツには、観る人だけでなく、周りの人たちにも影響を与える力があることを実感させられます。
藤本氏:
その点、アルバルク東京さんが「民間主導による都市型アリーナモデル」だとすると、宇都宮ブレックスは「地域共生・高密度ファン形成モデル」ともいえそうです。
自分たちから足を運んでいかないとなかなか認知度が広がらないこともあって、たとえば地域のお祭り、講演、企業の会合、学校訪問など、とにかく1日1回は何かしら地域貢献を行うと決め、創業当時から年間500回ほどの活動をコンスタントに続けてきました。コロナ禍でオンラインに振った時期もありましたが、その後また復活し、今もたとえば社員が夏祭りをすべてリストアップし、選手や試合スケジュールがデザインされたうちわやチラシを配りに行くといった活動を、オンラインと並行して展開しています。
大島:
Bリーグ史上最多優勝クラブでありながら、今なお地域での活動を積み重ねているのですね。こうした日々の接点が、観戦経験の有無を超えた「支えたい」という気持ちにつながっていそうです。
藤本氏:
他にも、駅でのチラシ配り、商店街でのポスター貼りやフラッグ掲出なども行っています。そうした地道で泥臭い活動の総量が、先ほどのアンケート結果にもつながっているのかもしれません。
非財務価値の可視化が、スポーツクラブの存在証明に
大塚氏:
アリーナを起点に生まれる人流・経済効果、そして地域との高密度な接点が生む「なくなると困る」という感覚まで、クラブが生み出す非財務価値が具体的に見えてきましたね。
大島:
その価値をどう可視化し、経営や対外説明に活かしていくか。非財務価値を踏まえたクラブ経営の進め方を考えるにあたって、コンサルティングファームが役に立てることはありますか。
藤本氏:
まさに私たちの活動価値の数字として目に見えない部分、それこそ「見る人や街が元気になる」とか、「バスケへの関心が高まりスポーツをやる人が増えることで健康につながる」といったところを、指標などで見える化していただけたらありがたいです。それにより、行政への説明にも説得力が出ますし、スポンサー企業さまにも「このクラブにお金を出すことで、こんな社会的価値も含めた効果を得られる」と考えていただきやすくなり、結果としてプロスポーツクラブの存在証明や価値につなげられると思います。
林氏:
私たち運営会社は、良くも悪くも「現場特攻型」になりやすく、いったん立ち止まって周りを360度見渡すといったことが苦手です。だからこそコンサルティングファームには、今いる場所がどこで、今後はここを目指すべきというのを客観的な視点でメンバーに示していただけるとありがたいです。それこそ、目に見えない社会的価値の示唆なども含め、外部の専門家の観点でビジネスの幅を広げていただきたいです。
KPMG 大島
大島:
私たちにとって、社会的価値は、何年も向き合ってきたテーマです。たとえば社会価値算定を気軽に行えるよう、算定ロジックに基づき分析・リサーチを行えるAIを開発し、運用しています。そうした手法を通して社会価値算定が容易に行われることで、その認知・理解が広がり、社会価値算定市場というものが拡大していく未来を見据えています。
またKPMGコンサルティングには、スポーツビジネスを専門に扱う部署があり、実際にプロスポーツクラブが生み出した社会的価値を算定し、社会に向けて発出する取組みも実践してきました。こうした知見と実績を生かし、ぜひスポーツクラブの皆さまとも一緒に取り組ませていただき、社会的価値の可視化とその先の成果創出まで、しっかりとつなげていきたいと考えています。
先ほど「指標で見える化する」という話が出ましたが、大塚さん、研究の立場から、非財務価値を数値化する際に使える代表的なアプローチを簡単に紹介していただけますか。
大塚氏:
そもそもスポーツクラブは、市場での取引がほとんどないので、価値を数値化するのが難しい。そこで私たちが活用している1つが、「仮想市場法」です。先ほどご紹介した「チームがなくなるとしたら寄付をするか」という問いもその1つで、仮想的なシナリオに基づき、回答者に「最大いくら支払ってもよいか」を尋ねることで、見えにくい価値に数値を与えます。
KPMGコンサルティングと一緒にこうした研究を進めており、スポーツの社会的価値の証明に、広く役立てていきたいと考えています。
「観戦の外側」で存在感を高める——これからの価値創出像
大島:
ここまでアリーナを起点に議論を進めてきましたが、今後はどのような価値創出を目指すのか、展望を教えてください。
林氏:
結局、やるべきことの本質は、宇都宮ブレックスさんと共通していると思っています。特に私たちは、移転を繰り返したこともあって、この「終の棲家」にしっかり根を張り、地域と一から関係を作っていく必要があります。商工会や商店会の皆さまとの関係づくりや、ファンの裾野を広げる活動にあらためて力を入れていきたいです。
積極的なイベント開催を含め、アリーナを地域の方がフラッと立ち寄って楽しめる場にしたい。入社式や入学式、成人式など、地域の節目となる行事にもご利用いただき、ある種の「公共財」としての役目も果たしていきたいです。
藤本氏:
目指すのは、試合のない日も地域住民が気軽に利用できる「開かれたアリーナ」です。日常生活に溶け込んだ施設にして、住民の健康や生きがいに寄与したいです。
また、新アリーナを訪れた方が試合後に市内の飲食店に立ち寄ったり、あるいは日光・那須などへ観光に訪れた県外の方がゲーム観戦に足を運んだりと、アリーナを起点とした人の流れが栃木県全体に波及することに期待しています。まさに非財務の価値ではないですが、新アリーナだからこそもたらすことのできる価値があると思いますので、まずは新アリーナ整備に全力で取り組んでいきます。
大塚氏:
先ほどお話したように、クラブの存在が試合を観戦していない地域住民の価値認識にも影響を及ぼしているのは、クラブに関する話題が日常的に共有される環境においては、非観戦者であってもクラブの存在を無視しにくくなり、その存続や活動に一定の価値を見出すからだと考えられます。お2人がおっしゃったような地域に根差した取組みは、まさにそういった傾向を推し進めるものになるのではないでしょうか。
大島:
クラブ・アリーナとファン・住民が生活しやすい地域の核となる、このような事例が増えていくこと、またその経済的価値、社会的価値の認知が広がり、ひいてはスポーツだけでなく、他の分野も含めた社会的価値市場の拡大が進むことも重要になってくるでしょう。本日はありがとうございました。
左から
KPMG大島、トヨタアルバルク東京 林氏、
栃木ブレックス 藤本氏、雨風太陽 大塚氏
※1 企業の社会的価値やインパクトなどを定量化・可視化し、経済的価値と社会的価値を同時に評価する財務報告のフレームワーク