出典:IWA(2020)を基にあずさ監査法人作成
Digital Water Operational digital twins in the urban water sector: case studies
https://iwa-website-assets.s3.eu-west-.amazonaws.com/Digital_Twins_7085ea4e89.pdf
はじめに
水インフラの老朽化と人材不足が世界的に進むなか、維持管理の高度化が重要な課題となっている。近年注目されているのが、センサーやデータを活用しインフラの状態をリアルタイムで取り込み、仮想空間上で再現するデジタルツインである。水分野では、特に漏水管理や維持管理においてデジタルツインを活用する事例が増えている。
わが国においても水インフラの老朽化と人材不足は維持管理上の喫緊の課題であり、政府はデジタル技術を活用した対策を強化している。デジタルツインの海外先行事例を踏まえ、日本における水インフラ管理への適用可能性を検討することが重要である。
本稿では、海外の代表的な先行事例として(1)シンガポール:Public Utilities Board、(2)イギリス:テムズ・ウォーター、(3)スペイン:バレンシア都市圏の事例を取り上げ、水インフラの維持管理におけるデジタルツイン活用のポイントを整理する。
デジタルツインとは
水分野におけるデジタルツインとは、管路、浄水場、下水処理施設等の物理的な水・下水インフラを仮想空間上で統合的に再現するものである1。デジタルツイン技術は、センサーや監視制御システムであるSCADA、メーター等から得られる運用データを継続的に反映することで、(1)漏水の早期検知2、(2)実運転データに基づく想定挙動の予測3、(3)資産状態の可視化を通じた短期・中長期の管理・計画・設計に関する意思決定を支援する4。
国際水協会(International Water Association:IWA) も、デジタルツインを水分野におけるデジタル化の中核的な能力と位置付けている5。一方、従来の水分野で用いられてきたシミュレーターの多くは、高い忠実度でリアルタイムのプロセス状態を追従することを必ずしも前提としていない6。これに対し、デジタルツインは、リアルタイムまたは準リアルタイムで更新されるモデルとして、現状把握、将来予測、シナリオ分析および運転・投資判断の最適化を可能とする点に特徴がある7。概念図は以下のとおりである。
デジタルツイン適用の基本的ストラクチャー
またデジタルツインの効果として、運用効率の向上や環境負荷低減に寄与することが示されており8、これを実装した民間事業者の事例においては、運営コストやエネルギーコストの削減、設計・計画段階の合理化につながったとの報告も数多くある。
デジタルツインにかかる先行事例
以降の事例では、先行するシンガポール、イギリス、スペインにおける取組みについて、(1)ガバナンス(主導主体)、(2)活用用途(運用/計画)、(3)課題、の観点から整理する。
事例1.シンガポール:政府主導によるデジタル化推進
(1) ガバナンス
シンガポールでは、国家水管理機関であるPublic Utilities Board(PUB)が主導し、国レベルでセンサー・IoTやデータ統合基盤を整備したうえで、デジタル技術を水管理へ段階的に実装している。2018年に水道事業の運営能力を最適化することを目的とした「SMART PUB ロードマップ」を発表しデジタル化を推進してきた。シンガポールでは、深刻な水資源の不足や限られた国土、人口増加に伴う水需要の拡大といった課題を背景に、将来にわたって安定的に水を確保するため、水分野のデジタル化を進めてきた。あわせて、気候変動への備えを強化し、施設の運営をより効率的に行うことも重要な目的となっている。そのうえでPUBは漏水検知のためAnomaly Leak Finder(ALF)と呼ばれるAIベースのシステムを導入した9。
(2) 活用用途
デジタル化以前の手作業による点検では、水ネットワーク全体ではなく、限られた箇所の状態しか把握できなかった。デジタル化により、河川や水路の雨量・水位・流量を各種センサーにより自動測定し、水ネットワーク全体をリアルタイムかつきわめて詳細なレベルで監視することが可能となった。こうしたデジタル化の進展は、水道分野における長年の課題である漏水や無収水のさらなる削減につながるものとして期待される10。
その具体的な取組みの1つが、ALFと呼ばれるAIベースの漏水検知・位置特定システムである。ALFは、総延長1,000 kmを超える配水ネットワークと90以上のスマートセンサーを備え、流量、圧力、タンク水位、ポンプ流量といった指標を24時間365日監視し、隠れた配管漏水の検知および位置特定を目的としている。ALFは、24時間先の流量・圧力を予測するモデルと、実際の配水管設備の運転条件を反映したモデルを組み合わせた、デジタルツイン的アプローチを基盤としている。両者の結果を比較することで、流量や圧力挙動に生じる乖離を異常として検知することが可能である11。
(3) 課題
現時点では、これらのモデルを日常運用に組み込むうえでの実用性や運用上の安定性は確認されている段階にある。一方で、両モデル間の整合性を確保し、誤検知の発生を最小化するためには、毎日のモデル更新やキャリブレーションが不可欠である12。このことから、デジタルツインの導入・実用化には、継続的な更新作業や各種調整を伴う一定期間の実証が必要であることが示唆される。
上記取組みは、政府主導でデータ基盤を整備し、全国規模でデジタルツインを展開した典型例といえる。中央政府が主導し、インフラ全体を俯瞰する基盤整備を行った点は、日本における国・自治体の役割を考えるうえでも参考となる。
事例2. イギリス:民間主導のデジタル基盤開発
(1) ガバナンス
イギリスでは、水道事業は完全民営化されており、地域ごとに独占的に指定された民間事業者によって運営されている。水サービス規制官庁であるOfwatが、料金水準、投資計画および成果を中心に各地域の水事業を監督している。
(2) 活用用途
ロンドン地域の水事業者であるテムズ・ウォーターは、Ofwatが運営するイノベーション・プログラムのOfwat Innovation Fundによる資金提供を受け、「Unlocking Digital Twins」プロジェクトを実施した。これは配水ネットワークを仮想空間に作るための共通基盤となるソフトウェアツールキットの開発を行ったものである。
イギリスの水分野では、各水道事業者が個別に同様の課題に取り組むケースが多く、その結果、取組みの重複や進捗の遅れが生じてきた。こうした問題に対応するため、本プロジェクトでは、水道事業者同士が連携しながら、複数の事業者で共通して利用可能な基盤的ツールの開発を行った。具体的には、以下が達成された。
・容易なデータ変換
事業者間の壁を取り払うため、各水道事業者がもつ地理空間情報(GIS)や配水ネットワークに関する個別データを、標準化されたデジタル形式に変換するための手法を開発した。これにより、配水ネットワークを共通の論理構造で表現できるようになり、異なる事業者が共通基盤を使えるようになった。
・水ネットワークの可視化
従来GISの限界を補完するため、高度なグラフベース技術を用いて、水ネットワークを可視化・分析する方法を実証した。これは従来の地理GISシステムでは理解できない、複雑なネットワーク構造を理解する手法を提供する。
・オープンな提供
業界全体での普及を促進するため、本プロジェクトの中核的成果として、ツールキットおよび手法をオンライン上のソフトウェアプラットフォームを通じて一般公開した。このオープンソース・アプローチにより、他の水道事業者や技術開発者が自由に利用・改変・貢献できる環境が整い、業界全体での普及とさらなるイノベーションが促進される13。
(3) 課題
上記のとおり、イギリスでは民間主導によりデジタルツインの基盤整備が先行して進められている。実際にリアルタイムでの運用や漏水検知等に活用する場合には、各水道事業者が物理インフラにセンサーを設置し、現状を把握することが必要になる。例えば、テムズ・ウォーターでは、デジタルツインの標準化・実証を経て、浄水場など個別施設での実装が進められている14。他方、水道ネットワーク全体を完全に再現した統合的デジタルツインは、段階的に整備・実装が進められている状況にある。今後の課題として示唆される。
上記取組みは、民間主導でデジタル基盤整備を進めた事例といえる。この点は、日本においても、事業者単位・自治体単位で段階的にデジタルツインを構築する際の現実的な前提条件を示している。
事例3. スペイン・バレンシア都市圏:民間主導の導入モデル
(1) ガバナンス
スペインでは水事業は、地方自治体責任の下で、公営・民営・官民混合が併存する形で運営されている15。バレンシア都市圏においては民間水道事業者のGlobal Omniumが運営を担っている。
(2) 活用用途
同社はバレンシア工科大学(Universitat Politècnica de València:UPV)と共に、約160万人の住民に水を供給する配水ネットワークを対象としたデジタルツインを開発・維持するための戦略を策定し16、デジタルツインとして、集中管理型のスマートウォーター基盤を導入している。本システムは、2万件を超えるデータ取得結果を収集・統合しており、その内訳には SCADA システム、スマートメーター、圧力・水質センサー、顧客情報システムなどが含まれる。同システムには 高度な水理モデリング機能が組み込まれており、配水ネットワークの挙動を準リアルタイムでシミュレーションすることが可能である。これにより、漏水検知、需要予測、エネルギー最適化といった機能を提供している17。
またこのデジタルツインは、日常的なシステム運用を支えるとともに、多様な用途に活用されている。
計画:マスタープランの策定に活用。長期的な需要予測に基づくネットワーク挙動のシミュレーションを可能にする。これにより、既存の能力不足インフラの更新計画、将来におけるネットワーク拡張計画、ならびに将来の運用方針や運転ルールの設計を行うことが可能。
運転保全:ネットワーク挙動についてリアルタイムの把握・近未来(通常は24時間先)におけるシステム挙動の予測が可能18。
(3) 課題
本デジタルツインは、SCADAデータを用いたリアルタイム更新および短期シミュレーションには対応している。他方で、水の流れや圧力分布に影響を与え得る管路、ポンプ、弁、貯留施設、給水接続等の物理・運転要素およびネットワーク構成にかかるモデルは、現時点ではリアルタイム自動更新の対象とはなっておらず、定期的な手動更新を要する。当該モデル自体が巨大であるため、安定的に運用可能なサイズへ自動的に集約することが難しいためである19。この点について、今後さらなる自動化が課題とされている。
上記取組みは民間事業者が主体となってデータ統合とデジタルツイン導入を進め、日常的な運用と中長期計画の双方において、実効的な活用を実現した先行事例と位置付けられる。
デジタルツインの適用および日本への示唆
上記事例から、水分野のデジタルツイン導入には、大きく3つのアプローチがあることが分かる。
| モデル | 事例 |
|---|---|
| (1)政府主導 | シンガポール PUB |
| (2)民間主導 | イギリス Thames Water |
| (3)民間DX主導 | スペイン Global Omnium |
各国の水事業の制度設計やガバナンスの違いに応じて、デジタルツイン導入の主導主体や進め方は異なっている。
日本への適用を検討する場合は、水事業の実施が地方自治体に委ねられている点を踏まえると、(1)国が標準・基盤整備、(2)自治体もしくは広域連携で導入、(3)PPPで民間技術を取り込む、の組合せが現実的と考えられる。
日本でも、水インフラの老朽化、職員不足、人口減少による水事業の収入減といった事業環境の厳しさが深刻化しており、デジタルツインの活用は重要な選択肢となり得る。日本政府は、コンセッション方式を含む多様な官民連携手法を総称して「ウォーターPPP」と定義し、その推進を通じて、水道サービスの維持・向上を図るとしている。
また、ウォーターPPPの推進にあたっては、民間の創意工夫によるデジタル技術の実装を通じ、行政・公的サービスの一層の高度化および効率化を目指す方針が示されている20。ウォーターPPPのなかでも、運営権を設定し事業運営を民間に委ねるコンセッション方式は、民間の技術力や運営ノウハウの活用を前提とした制度として位置付けられている。
こうした制度的特徴を踏まえると、その具体的な手段の1つとして、コンセッション方式における民間事業者の提案活用が考えられる。デジタルツインは、そのような民間提案の中核を担い得る技術といえる。
日本政府としても、全国の上下水道事業でのDX技術の実装は道半ばであるとして、以下の4点を通じて、令和9年度末目途でメンテナンスに関する上下水道DX技術を全国で標準実装させる方針である。
| (1)業務の共通化 | AIや人工衛星等の先進的なDX技術を用いた漏水調査等のスクリーニング技術について、導入事例の整理や手引きの策定を通じ、全国的な導入の加速を図る。 |
| (2)情報整備・管理の標準化 | 紙媒体のみで管理されている管路施設情報の現状を踏まえ、事故・災害時の迅速な対応や広域連携に資するよう、管路情報の電子化を推進する。あわせて、維持管理情報等を含む台帳管理の高度化に向け、共通プラットフォームやクラウド等を活用した情報整備を促進し、地方自治体の水道事業者に対する技術的・制度的支援を行う。 |
| (3)DX技術の普及促進 | 各水道事業者によるDX技術の導入検討を支援するため、適用条件、コスト、導入効果、導入実績等を整理した「上下水道DX技術カタログ」を策定・公開する。 |
| (4)現状可視化 | DX技術導入による効率化を含む経営改善に向けた取組みを促すため、経営状況等を自治体間で共有・比較可能とする政策ダッシュボードを整備する。 |
出典:国土交通省(2025)を基に、あずさ監査法人作成 上下水道DX推進検討会 最終とりまとめ
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001893223.pdf
日本では、水道事業が地方自治体に委ねられていることから、複数自治体が連携する広域的な取組みにより、経営基盤の強化や施設・運営の効率化を図ることが期待されている。上記取組みにおけるDX技術の実装についても、こうした広域的な導入手法を通じて進展させることが想定されている。また、自然災害の激甚化や近年の陥没事故等を踏まえ、上下水道施設の点検・維持管理の高度化や、災害に備えた予防的な基盤強化の観点からも、DX技術の活用が重要視されている21。
上記の通り、政府としてデジタル技術実装にかかる基盤整備を行い、あわせて地方自治体向けの技術的・制度的支援を行うことは、民間発案によるデジタル技術活用の提案を引き出すことにつながる。
これまでも、宮城県上工下水一体官民連携運営事業のように水分野のコンセッションでは、自由で多様な民間提案が採用された結果、事業費削減・水道料金の引き下げ・統合型広域監視制御システムとデジタル技術を活用したアセットマネジメントシステムの導入によるDX化の推進、といった一定の成果が確認されている22。デジタルツインの活用においても同様のアプローチが考えられる。
実際、近年では多くの水関連の日本企業がAIを活用したデジタルツイン関連技術を有し、水インフラ管理の省人化、業務効率化、運転最適化、設計・運営コストの引き下げに取り組み、これらの技術をPPP事業へ活用する動きもみられる。
今後は官側による民間提案を引き出すための制度設計・環境整備と、民間側における技術の実用化・高度化の両輪により、デジタルツインの活用を進めていくことが重要である。
おわりに
水インフラのデジタルツインは、単なる技術導入ではなく、維持管理の意思決定をデータに基づくものへ変える取組みである。海外事例は、国家主導・民間主導という異なるモデルを示している。日本でも、コンセッションなどを通じて民間の技術とデータ活用を取り込むことが今後の重要な方向性となり得る。
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水インフラにおける デジタルツイン活用:海外事例から日本への示唆
執筆者
あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
アソシエイト・ディレクター
能勢のぞみ