日本経済新聞が発行している法人向けのニューズレターメディア「日経リスクインサイト」2026年4月9日掲載(一部加筆・修正しています)。
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気候変動への対応は、企業にとって「守り」にとどまるテーマではありません。
前編では、災害の激甚化や供給網の不安定化を前提に、事業を止めないための「守りの適応」を整理しました。一方で気候変動は同時に、需要構造や競争環境を変え、新たな成長機会を生み出す要因にもなります。気候変動に「慣れる」だけでなく、「読み解き、先回りする」企業ほど市場で優位に立つ可能性が高まっています。それがまさに「攻めの適応」と言えます。
今回の後編では、気候変動が生み出す市場機会に企業はいかに向き合うべきかを、攻めの視点で整理します。
1.「攻めの適応」を阻んできたハードル
気候変動は企業の事業継続を脅かすだけではありません。猛暑対策製品や耐候性の高いインフラ、分散型エネルギー管理システム、水管理技術、気象・災害データサービスといった新たな市場を生み出す側面もあります。平時には見えにくかった需要が、気候変動という有事によって急拡大するボラティリティ(変動率)の高い市場とも言えるでしょう。
こうした新市場への参入は、「攻めの適応」においてきわめて重要となります。しかし、日本企業ではなかなか「気候変動がチャンス」という意識が広がらないのも実情です。
災害大国である日本では、企業は長年、手厚い防災対策を講じてきました。こうした経験がかえって「災害対策は大きなコストを必要とする」というイメージを根強くし、逆に利益を生む源泉としてとらえることを難しくしています。まずはこの思い込みを打破することから始める必要があります。
ただ、こうした意識改革を果たしても、「攻めの適応」の実行を阻むさらなるハードルがいくつかあります。
ハードルの1つは、多くの企業において、適応事業や投資を進めたり撤退したりするための基準が明確でないということです。気候変動による損失は、保険料の上昇や操業停止や原材料価格の高騰の影響、レピュテーションの毀損などさまざまな側面から発生します。しかしこれらの損失を、具体的な数字にまとめて算出する企業はまだわずかです。
逆に言えば、そうした損失規模を明確にすることで、気候変動への適応がもたらすメリットもはっきりし、取組みを進める大きな一歩となり得ます。
また、短期や中期の財務指標を重視する経営方針も障壁になるおそれがあります。攻めの適応は、投資回収までの期間が長期化しやすい点があるからです。また、温室効果ガスの排出削減など「緩和」の取組みが数字による評価指標と直結しやすく、機関投資家など外部からの要請も明確だったのに比べ、「適応」は成果の測定が難しく、投資家との対話においてもその価値を説明しにくい側面があることも否めません。
2.国際環境の変化
ただ、国際的な流れに目を向けると、「気候変動への適応は、測りにくい」という前提は崩れつつあります。2025年11月にブラジル・ベレンで開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)では、適応に関する国際指標であるGlobal Goal on Adaptation(以下、GGA)が重要課題の1つとして採択されました。GGAは、気候変動の影響でもたらされる被害そのものを測るのではなく、被害を未然に抑制するための制度や能力、運用体制を評価しようとするものです。
今後、測定の枠組みが徐々に整理されれば、金融機関や投資家、保険会社などが、各企業の「適応」の進み具合を評価する流れが強まることが予想されます。気候変動への適用を進めた企業は、その分投資対象としての価値が高まるということです。
3.攻めの適応を進める3つの道
攻めの適応を、具体的な利益につなげるためには大きく3つの道が考えられます。(1)短期的な損失回避の道(2)中期的に金融条件に連動させる道(3)調達条件など制度に内在させて長期的な利益を生む道の3つです。
(1)の道は、操業停止や品質事故、納期の遅延や労災、廃棄ロスなど気候変動によってもたらされるさまざまな損失を算出したうえで、それらの「回避価値」を契約や保証に埋め込むというものです。
適応の効果をテコに、より有利な条件で契約や保証を取り付ける道とも言えます。取引先に対して供給継続を保証することで、相場よりも高い値段での契約につなげることなどが想定されます。
(2)の道は、適応の取組みを保険料や資金の借入条件などに反映させてマネタイズするものです。保険契約時に定めた指標に達した際に、損害調査は実施せずに迅速に保険金が支払われる「パラメトリック保険」の活用や、適応への取組みの達成度合いに応じて借入金の金利が変動する仕組みなどが考えられます。
最後の(3)の道は、建築基準やインフラ基準、外部からの開示要請などのなかに適応要素を埋め込むというものです。
4.日本企業の先進事例
日本企業でも、「攻めの適応」の先進的な取組みを進めている例があります。サッポロホールディングスによる、ビール原料の麦芽・ホップの調達戦略の見直しです。
同社は2025年から「フィールドマネジメント」と呼ぶ原料調達活動を本格化しました。世界各地の生産者と連携する「フィールドマネージャー」を中心に、栽培地ごとの気候リスクや生産課題を把握し、農業技術支援や品種育成の知見を共有する取組みを進めています。この取組みを基に環境負荷低減型の麦芽を使用したビールを国内で初めて発売するなど、具体的なビジネスにつなげている点が特徴です。安定調達と品質維持につながる原料ポートフォリオの強化は、長期的な競争力向上にも寄与しています。
インフラや都市・地方の接続領域でも、気候変動に対する攻めの適応が事業成長につながる好例が見られます。産直アプリ「ポケットマルシェ」を運営する雨風太陽は、気候変動や自然災害の影響を受けやすい農林水産の生産現場と都市の消費者を直接つなぐプラットフォームを構築し、一次産業の気候リスクを価値創出の機会へと変えるビジネスモデルを展開しています。
近年、豪雨や局地的な異常気象が農地に甚大な被害をもたらすことが相次いでいるのに対し、ポケットマルシェは迅速に「応援型商品」や特集ページをオンライン上に開設しています。単なる寄付ではなく、消費者を被災者の生産者とつないで、商品購入を通じて生産者支援に参加できる仕組みを構築しました。災害リスクを前提とした新たな市場接点・消費者コミュニケーションとも言えます。消費者の共感を呼び起こすストーリーテリングと購買行動の促進を通じて事業成長につなげる、攻めの適応策の注目例です。
これらの事例に共通するのは、気候変動が生む社会課題を「顧客価値」へと翻訳している点です。気候変動は脅威であると同時に巨大な構造変化でもあり、その変化を先読みし、自社の強みと結び付けています。
5.経営層主体の取組みにおける3つのポイントとは
これまで前編・後編にわたり、気候変動への「守りと攻めの適応」について解説してきました。守りの適応で事業基盤を強化し、攻めの適応で新たな市場機会を取り込むという両輪を回す企業ほど、不確実性の高い時代において持続的な競争優位を確立していくはずです。
ここで重要なのは、適応を特定部門の取組みに閉じ込めないことです。拠点戦略、調達戦略、商品開発、財務戦略など、経営の中核に統合して初めて実効性が高まります。当然、企業としては現場からのボトムアップではなく、経営層が主体となって取組みを進めることが重要になります。
最後に前編・後編のおさらいをかねて、企業が気候変動に対する対応を経営上の重要課題として進める際に留意したい3つのポイントを挙げます。
まずは、(1)「気候変動への適応」をサステナビリティ経営・戦略のメインシナリオに組み込むことです。気候変動はすでに「異常気象」や「例外」ではなく、日常的に発生する問題になっていることを踏まえ、いかなる温度上昇シナリオであってもそれが加速していくということを前提とした経営戦略・事業戦略の検討が求められます。
次に大切なのは、(2)適応に向けて自社ができることの「棚卸し」です。気候変動による直接的な影響はもちろん、社会や経済にもたらす間接的な影響に関しても自社の事業にとってどのようなリスク管理が必要か、さらに自社の事業や経営リソースを活用することで、どのような「攻めの適応」ができるのかを洗い出すと、具体的な取組みにつながりやすいでしょう。
最後に挙げたいのは、(3)全社横断的かつグローバルに広がる機会として捉えるのを忘れないということです。気候変動への適応はリスク主管部門(サステナビリティ・リスク管理・総務など)による分析や開示、方針の策定だけではうまく進みません。事業部門や現場と共同での、継続した取組みが不可欠です。自社の強みを生かして、どのように解決できるのかを、グローバル共通の経営テーマとして社内に浸透させなければならないのです。
日本経済新聞が発行している法人向けのニューズレターメディア「日経リスクインサイト」2026年4月9日掲載(一部加筆・修正しています)。
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執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
マネジャー 白杉 誠基
コンサルタント 近藤 真由