Skip to main content

読み込み中です

      はじめに――AIが実際に「行動する」ように

      2022年末、対話型AIの登場は「AIが言葉を話す」という大きな変化をもたらしました。いまわれわれが目撃しているのは、AIが実際に「行動する」ようになる段階への移行です。

      2025年末、欧州のソフトウェア開発者が個人プロジェクトとして公開した自律型AIエージェントのフレームワークが、わずか数ヵ月で主要なコード共有プラットフォームの観測史上最速水準の普及速度を記録しました。「生成AIにおける第3の転換点」と評され、世界最大のソーシャルメディア企業はこのエコシステムから派生したAIエージェント専用SNSを戦略的に買収しました。これらの動きはすべて、わずか4ヵ月以内に起きたものです。

      本稿では、この一連の出来事が示す技術的・事業的・社会的意味を、いくつかの視点から構造的に整理していきます。


      1. AIエージェント・ゲートウェイとは何か――「会話」から「実行」への転換

      これまでの生成AIは「ユーザーが問いを投げ、AIが答える。その間、システムは待ち続ける。」といったように本質的に受動的でした。これに対し、AIエージェント・ゲートウェイは異なる設計思想を持っています。

      AIエージェント・ゲートウェイとは、大規模言語モデル(LLM)を「頭脳」として、PCやサーバーという物理環境に常駐しながら、メール送受信、カレンダー管理、ファイル操作、ウェブブラウジング、外部APIとの連携、さらにはコードの実行まで、あらゆるデジタル業務を自律的に遂行するソフトウェア基盤です。

      その仕組みは驚くほどシンプルです。スケジューラーが定期的にエージェントを起こし、指示ファイルを読んだLLMが次の行動を判断し、その結果を記憶として書き出すという小さなループが止まらず回り続けます。LLMを除けば、そこで使われている技術の多くが数十年前から存在しています。既存の技術をLLMにより連携させることが可能となり、AIに行動する力を与えた点がこの変化の本質です。既存のインフラをそのまま活用できるがゆえに、導入コストは下がり、世界中の開発者がすぐに拡張することができます。

      半導体業界を代表するCEOは、メモリ・スケジューリング・I/O・スキル(API)という4要素の組合せこそがコンピューターの本質であり、AIエージェント・ゲートウェイはその定義を満たす初めてのパーソナルAIコンピューターだという見方を示しています。半導体業界のリーダー企業のCEOはこう評しています。「メモリ、スケジューリング、I/Oシステム、スキル(API)——この4要素が揃えばそれはコンピューターです。われわれは初めてパーソナルAIコンピューターを手にしたのです」。AIエージェント・ゲートウェイが「対話型AI(第1の波)」「推論型AI(第2の波)」に続く「第3の波」と位置付けられているのも、この構造的なシンプルさと普及可能性によるものです。

      従来のチャットボットとの主な違いは以下の3点です。

      1. 持続性:常時起動し、セッションをまたいで記憶を保持する。
      2. 自律性:ユーザーの入力を待たずに、あらかじめ設定したトリガー条件が満たされれば自動実行する。
      3. 自己拡張性:エージェントは自らのファイルを読み書きできるため、「新しい機能を搭載して」と頼むだけで、自律的にコードを書き、機能を実装し、自分自身をアップデートできる。

      これにより24時間、自分の代わりにメール仕分けと顧客返信を行ったり、スマートフォンから数分でウェブサイトを構築したりするなど、AIエージェントは「道具」ではなく、「デジタル秘書」に近い存在になりつつあります。


      2. 「エージェントグラフ」の誕生――デジタル経済のインフラの変化

      本シリーズではこれまで、AIが真の汎用性を持つためには「身体性」(感覚器を通じた知覚、情動、フィードバック学習の循環)が不可欠だと論じてきました1, 2。AIエージェント・ゲートウェイが身体性を完全に獲得したとはいえませんが、完全な身体性を持たなくとも、このシステムはすでにデジタル環境を「感知し、記憶し、行動を修正する」という循環を汎用PCの上で動かし始めています。第4回で論じた「世界モデル」3の萌芽的な実装ともいえるこの変化が、専用AIハードウェアの普及を待つことなく、手元の機器を通じて企業の業務に到達しつつあります。

      さらにいえば、この構造はデジタル業務の自動化にとどまらず、物理世界へのAI実装(フィジカルAI)の障壁を下げる中間レイヤーとしても機能し始めています。ヒューマノイドロボットや産業設備の自律制御には、映像・言語・動作を統合するVLA(Vision-Language-Action)モデルや世界モデルといった高度な専門技術が不可欠であり、それがフィジカルAI普及の壁となってきました。AIエージェント・ゲートウェイはこれらの専門技術を「スキル」として取り込み、ロボットに対しても人間が普段使う言葉で指示を出せるようにする橋渡し役を担います。難解な技術を内部に隠したまま、誰もが使いやすい形で提供できる仕組みです。実際、ロボット制御の標準的な基盤とAIエージェント・ゲートウェイを組み合わせるフレームワークの研究開発がすでに進んでいます4

      加えて、エッジ側のハードウェアも急速に進化しています。高性能な推論処理を単一の小型ボードで実現する機器が安価に入手可能になりつつあり5、既存の設備や機器にこうした小型基盤とAIエージェント・ゲートウェイを組み込むことで、新たなロボットをゼロから導入しなくとも、工場の装置や現場の設備に「考える力」を持たせることが現実的な選択肢になってきました。工場を構成する個々の設備がそれぞれエージェントとして機能し、互いに状態を共有しながら協調して動きます。そうした運用モデルは、製造・インフラ・物流の現場で安全性と効率性を同時に高める可能性を持っています。

      また、前回の論考(第7回)で提示した「インテリジェンシア」6(AIエージェントが役割を分担しながら相互作用する知性の生態系)も、現実の動きとして現れました。AIエージェント専用SNSの誕生です。「人間は閲覧のみ、投稿できるのはAIエージェントだけ」という設計のもと、サービス開始からわずか数日で百万を超えるエージェントが登録し、人間の介入なしにコミュニティと文化を自律生成しました。インテリジェンシアが示した「社会層」は、デジタル空間だけでなく、物理空間にも実装されようとしています。

      注目すべきはその流れで起きたことです。世界最大のソーシャルメディア企業がこのプラットフォームを迅速に買収しました。同社が評価したのはSNSとしての機能ではなく、「AIエージェントの常時稼働型登録・認証インフラ」、すなわち「どのエージェントが実在し、誰が所有し、信頼できるか」を証明する仕組みです。

      将来のインターネットでは、AIエージェントの数が人間ユーザーを上回る可能性があります。エージェント同士が取引し、交渉し、協働する環境において、エージェントの信頼性を担保するインフラはデジタル経済の基盤となります。同社はこれを「エージェントグラフ」と位置付け、過去20年で構築してきた「ソーシャルグラフ(人間同士のつながり)」の次の段階として戦略化しています。


      3. テック巨人が争奪戦に動いた理由――市場構造の変化を読む

      プラットフォーム買収と前後して、主要AI研究機関はフレームワーク創設者本人を採用し、半導体業界のリーダー企業のCEOが公の場でその可能性を評価しました。4ヵ月以内に、主要テック企業が一斉に動いたのです。これはバリューチェーンの変化を先取りした動きとして捉えることができます。

      縦軸(バリューチェーン)で見れば、AIエージェント・ゲートウェイはLLMプロバイダーとエンドユーザーの間に「エージェント実行層」という新たな中間インフラを挿入します。横軸(産業横断)で見れば、メール・カレンダー・ファイル・ブラウザ・外部APIという、あらゆる業種のデジタル業務に横断的に関わる汎用性を持っています。これはかつてSaaSがCRM・コミュニケーション・会計を業種横断で変えたような変化であり、AIエージェント・ゲートウェイは業種を問わず企業のデジタル業務を「エージェント化」する可能性を示しています。

      一方で、関心の高まりと実態の間には乖離があります。多くの企業がAIエージェントへの投資に動き始めていますが、実際の導入は既存ワークフローの部分的な自動化にとどまるケースが大半であり、業務プロセスそのものを再設計する段階には至っていません。唯一の例外はソフトウェア開発領域で、エージェントがコードを自律的に書き、テストし、修正する「エージェンティック・コーディング」だけが先行して実用段階に入っています。

      また、著名投資家が指摘した「LLMのコモディティ化」という点も重要です。エージェントの記憶と状態はファイルとして保存されるため、搭載するLLMを換えても引き継がれます。LLMそのものの性能競争とは別に、「どのエージェント実行基盤がデファクト・スタンダードになるか」という競争軸が生まれており、プラットフォーム企業が動いたのはこの実行基盤を巡る動きとして理解することができます。

      労働市場への影響という観点でも、この技術の射程は広いと言えます。国際機関が2030年を展望して公表した雇用調査7では、AIや自動化による雇用の代替と新規創出が同時進行すると試算しており、AIエージェント・ゲートウェイはその再編を加速させる技術基盤として位置付けられています。


      4. セキュリティの課題――普及と信頼の両立

      AIエージェント・ゲートウェイの台頭には、革新性とともにセキュリティ上の課題が伴うため、この点を冷静に整理しておく必要があります。

      課題は複数の層にまたがっています。

      A) アーキテクチャ上のリスク:メールアカウント、カレンダー、ファイルシステム、APIキーへの広範なアクセス権を持つシステムは、設定の誤りが情報流出につながる可能性があります。

      B) サプライチェーンリスク:スキル(プラグイン)の配布リポジトリに対するセキュリティ監査が不十分であり、大手サイバーセキュリティ企業のAIセキュリティ研究チームの検証では、人気スキルのつがユーザーの認識なしに外部サーバーへのデータ窃取を実行し、プロンプトインジェクションで安全ガイドラインを回避していた事実が確認されています。独立した調査では、3万1,000件のエージェントスキルのうち26%に何らかの脆弱性が含まれていました8

      C) プロンプトインジェクション:受信メールやWebページに悪意ある指示が埋め込まれると、エージェントがそれを正規の命令として解釈してしまうリスクが構造的に存在します。

      これらの課題への対応として注目されているのが「ガーディアン・エージェント」という概念です。AIエージェントを監視・制御するためのAIエージェントであり、適合性の確認、異常行動の検知・遮断、監査証跡の生成を自律的に担います。人間の監視能力がエージェントの行動速度に追いつかなくなる現実に対応するための仕組みであり、エンタープライズ環境では今後重要なレイヤーとなる可能性があります。

      規制当局の動向も注視が必要です。一部の国の政府機関は2026年初頭、このカテゴリのAIエージェント・フレームワークのオフィスPCでの使用を制限する措置を講じました。規制の動向は今後も変化が予想されます。

      検討すべき問いは「使うか否か」ではなく、「どのガバナンスのもとで、どの業務領域に限定して、いかなる監視体制を整えながら活用するか」ということです。


      5. CxO・企業経営者へのインサイトとアクション

      AIエージェント・ゲートウェイの価値を正しく把握することが、経営判断の出発点となります。以下では、メリットの全体像を示したうえで、自社で再確認・検討すべき事項を整理します。

      AIエージェント・ゲートウェイがもたらす主な価値は、「情報を集め、判断し、次の工程へ渡す」という一連の業務フローを人手なしに自律的に回せるようになることです。意思決定の速度が上がり、人間は判断を要する仕事に集中しやすくなります。

      インパクトの大きさは業種によって異なりますが、特に変化の幅が大きいのは金融セクターとテクノロジー・メディア・通信(TMT)セクターです。

      金融セクター(銀行・証券・保険)では、KYCや与信審査、コンプライアンスレポーティングといった情報集約型の定型業務に、複数エージェントが分業して介入することができます。財務分析・業界分析・不正検知をそれぞれ専門のエージェントが担い、人間は最終判断に集中するモデルが現実的な形として浮かび上がっています。保険のクレーム処理でも、異種データの統合照合を自動化し、一次審査をエージェントが担うことで審査速度と精度を高められます。規制が厳しい業種ほど、レポーティングや記録業務の自動化余地が大きいという点も見落とせません。

      TMTセクターでは、エージェンティック・コーディングがすでに普及段階に入っており、コード生成からテスト・デバッグ・障害対応の初動までをエージェントが担う事例が増えています。カスタマーサポートの自律対応も、問い合わせ件数が膨大で類型化が進んでいる通信業界を中心に、現実的な選択肢として機能し始めています。

      こうしたメリットを活かすためには、経営レベルで先に方針を定めておくべき事項があります。

      i. どの業務領域から手をつけるかの優先順位(短期)

      メール処理、レポート生成、データ抽出、スケジュール調整といった「情報接触型の定型業務」は親和性が高い領域ですが、自社の競争優位に直結する領域はどこかを見極めることが先決です。また、検討しているツールが真の自律型エージェントなのか、旧来の自動化ツールを「エージェント」と再ラベルした製品なのかを区別する視点も必要となります。ひいては、全社横断で仕事の進め方が全く変わってしまうような波及的なインパクトもあると理解し、経営判断として持っておく必要があります。

      ii. ガバナンスの枠組みをどこに引くかの意思決定(中期)

      AIエージェントは一度業務システムへのアクセス権を持つと、メール・CRM・財務システムをまたいで自律的に動きます。「どこまでエージェントに委ね、どこからは人間が判断する」という境界を、経営レベルで明確に定義しておくことが運用の安定につながります。AIエージェントをリアルタイムに監視・制御する「AIを監視するAI」という仕組みも、今後の選択肢として念頭に置いておきたいものです。

      iii. 自社の「ナレッジ資産」をどう活かすかの長期構想(長期)

      LLMがコモディティ化するなかで、競争優位の源泉は「どのLLMを使うか」ではなく、「エージェントに何を記憶させ、どんな業務ロジックを実装するか」に移っていくでしょう。自社が長年蓄積してきた専門知識・業務ノウハウ・顧客対応のパターンを、AIエージェントの「スキル」として構造化できれば、それ自体が1つの強みになります。「自社の強みをエージェントとして社会に接続する」という発想が、新たな収益構造につながる可能性があります。ただし、この方向性が現実的かどうかは業種・規模・競争環境によって異なります。「自社の強みは何か」「それはエージェントが扱える形に構造化できるか」「誰がそのスキルを必要とするか」といった問いへの答えなしに導入だけが先行すれば、コスト増に終わってしまいます。


      おわりに

      生成AIは業務効率化ツールにとどまらず、組織の構造、産業のバリューチェーン、業務の在り方に変化をもたらしつつあります。今回のAIエージェント・ゲートウェイの台頭は、変化が多くの企業の想定よりも速く進んでいることを示す一例です。

      シリコンバレーの投資家コミュニティでは、誰もが少なくとも1つ以上のエージェントを持つようになり、人々のコンピューターの使い方そのものが、この形へと変わるのは避けられないという見方を示す声もあります。9この変化が進むなかで問われるのは、テクノロジーへの対応だけでなく、組織と人間の働き方をどう設計するかです。

      AIエージェント・ゲートウェイは、一部の先進的な企業だけのものから、より広く使われる基盤へと移行しつつあります。その流れのなかで、自社のAI活用の方針を改めて整理しておく意義は大きいと言えるでしょう。

      KPMGジャパンは、AIガバナンス体制の構築から業務エクスポージャー評価、エージェント導入に伴うリスクマネジメント、さらにはナレッジ資産のエージェント化戦略の立案に至るまで、企業がこの変化を競争力につなげるための支援を提供します。また「Trusted AI」の考え方のもと、革新性とガバナンスの両立を実現するパートナーとして、引き続き貢献していきます。


      参考文献

      1 KPMGジャパン「汎用AIの実現化に向けて」(2024年10月)
      2 KPMGジャパン「ヒューマノイドロボットがもたらすロボット革命の転換点」(2025年11月)
      3 KPMGジャパン「生成AIの世界モデルと多元的リアリティ」(2025年1月)
      4 ROSClaw: An OpenClaw ROS 2 Framework for Agentic Robot Control and Interaction(2026年3月)
      5 ITmedia NEWS「Qualcomm、フィジカルAI実装を1枚のボードで実現する『Arduino VENTUNO Q』」(2026年3月10日)
      6 KPMGジャパン「2025年 生成AI動向――『インテリジェンシア』の誕生」(2025年12月)
      7 World Economic Forum「The Future of Jobs Report 2025」(2025年1月):22業種・55カ国・1,000社超のデータに基づく雇用変容予測。
      8 Cisco AI Defense チーム「Personal AI Agents like OpenClaw Are a Security Nightmare」(2026年1月30日)
      9 Marc Andreessen, Latent Space Podcast「The Death of the Browser, Pi + OpenClaw, and Why "This Time Is Different"」(2026年4月)


      本稿における意見・考察に関する部分は筆者の私見であり、KPMGジャパンの公式見解を示すものではありません。なお、本文中で言及している特定のオープンソースプロジェクト・プラットフォームについては、監査業務上の独立性の観点から個別の名称を記載していません。


      執筆者

      KPMGアドバイザリーホールディングス
      アドバイザリーライトハウス
      アソシエイト デジタルインテリジェンスインスティテュート
      齊藤 弓


      監修者

      KPMGコンサルティング
      テクノロジートランスフォーメーション
      シニアマネジャー
      山邊 次郎

      KPMGアドバイザリーホールディングス
      アドバイザリーライトハウス
      マネジャー デジタルインテリジェンスインスティテュートリード
      佐藤 昌平



      AIの急速な進展により、企業ガバナンスは「情報の保護」から「意思決定の統治」へ転換を迫られています。本稿ではAIの影響・リスク・機会を管理対象とするマネジメントシステム規格ISO/IEC 42001について概説するとともに、競争優位としてのAIガバナンスについて論じます。

      AIは「画面の外」に出て現実世界と相互作用するフィジカルAIへ進化しつつあります。そして、AI投資の重心は、モデル性能やGPUから、行動の信頼性を支えるデータ取得、運用設計、システム統合へと移行していきます。本稿では労働のソフトウェア化を軸に、企業経営が直面する制約と、競争優位を築くための意思決定ポイントを整理します。

      企業が直面する外部リスク管理において、従来のERMは情報収集に強みがある一方、影響範囲や因果関係、将来リスクの把握には限界がありました。AIの活用により、膨大な外部情報から対象に波及しうるリスクを抽出し、影響や因果関係を可視化・定量化することで、戦略的意思決定を支援する新しいリスクマネジメントが実現できます。

      アドバイザリーライトハウスは、データと分析、洞察から企業や社会の進むべき方向を照らします。