Skip to main content

読み込み中です


      KPMGジャパンのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、企業の事業活動による社会的インパクトの訴求力を高めるための方法について調査活動を進めています。今回、日本のスタートアップ企業によるマラリア対策の取組みを事例として取り上げ、インパクト評価の試行するケース・スタディを行い、そこから得られた考察を本レポートにて報告します。

      Part 1 社会的インパクトを図る/測る時代へ:インパクト投資の潮流と評価の課題
      Part 2 マラリア対策LSM事業から見える未来:民間企業によるインパクト評価の政策統合


      Part 2 マラリア対策LSM事業から見える未来:民間企業によるインパクト評価の政策統合

      マラリア対策のための取組みの全体像とLSMの役割

      蚊が媒介する疾病によって命を落とす人々の数は年間およそ100万人に上ります。マラリアはそのなかでも最も深刻な疾患です。2023年には、世界で約2億6,290万人がマラリアに罹患し、そのうち約59万6千人が死亡したと報告されています。死に至るケースの約95%はアフリカ地域で発生しているのが現状です。その理由は、同地域の多くの人々にとって、マラリアの予防、検査、治療に必要なサービスへのアクセスが十分でないためとされています。このような現状を踏まえ、世界では、「予防」「早期診断・治療」「教育・啓発」の3つのアプローチでマラリア対策が推進されています。

      このうち「予防」アプローチは、マラリア原虫を媒介する蚊をコントロールすることでマラリアへの感染を予防するベクター制御が中心となります。ベクター制御で主に利用されるのが長期残効型蚊帳(LLINs:Long-Lasting Insecticidal Nets)や室内残留殺虫剤散布(IRS:Indoor Residual Spraying)です。これらを利用することで夜間に蚊に吸血されることを防止し、感染リスクを低減します。また、蚊の幼虫であるボウフラが発生する水たまりや湿地を管理・除去する対策(LSM:Larval Source Management)も、「予防」アプローチにおける重要な手法として位置付けられています。

      マラリアは早期に診断して治療することにより重症化を防ぐことができますが、マラリア原虫が薬物耐性を獲得すると、従来の治療薬では対処できません。さらに、中東やアジアでマラリアを媒介していたステフェンスハマダラカがアフリカに広がっていることも新たな脅威です。これまでアフリカでは、マラリアを媒介していた蚊のほとんどが屋内で夜間に人を刺していたため、屋内や就寝中に蚊を寄せ付けないための方法としてLLINsやIRSが有効な予防手段となってきました。これに対し、ステフェンスハマダラカは屋外で日中に吸血する傾向があるため、従来の予防アプローチでは十分な対策ができない場合があります。こうした背景から、蚊の発生源が集中するような都市部などの環境改善の方法として、LSMへの期待が高まっています。ただし、LSMでは大規模に多数の水たまりへ薬剤散布を行うため、環境や人体への影響に十分配慮した運用が不可欠です。その必要性はWHOのガイドラインでも示されています。


      SORA Technologyの挑戦:ドローン×AI活用でマラリア対策を効率化

      このLSMの効率性を飛躍的に高めようと取り組んでいるのが、2020年に創業した日本のスタートアップ企業SORA Technologyです。同社は、ヘルスケアや農業分野における社会課題をドローンなどの最先端技術を活用して解決することを目指して事業を実施しています。マラリア対策事業にも力を入れています。同社が開発したAI活用型のリスク分析ソリューションは、次の3つのステップから成ります:①ドローンによる空撮を行って対象地域をマッピングする、②ドローンとセンサーで収集した関連データをAIで解析しボウフラ発生リスクの高い水たまりを特定する、③スマートフォンアプリの地図上にリスク評価結果を示し高リスクの水たまりに効率的に移動して殺幼虫剤を散布することをサポートする。同社は、このソリューションを用いたLSMの効果を確認するため、2024年9月から12月までの4ヵ月間、ガーナにて実証事業を実施しました 。


      SORA TechnologyのLSM効率化ソリューション
      インパクト投資が拓くヘルスケアの未来:政策評価連動型のインパクト測定へ(Part 2)図表02

      Source: SORA Technology株式会社. (n.d.). Malaria対策事業. Retrieved from: https://sora-technology.com/business/malaria/
      Source: SORA Technology株式会社(2025)「ガーナ国ドローントAIを活用した効率的ボウフラ繁殖水監視システム構築にかかるビジネス化実証事業調査完了報告書」 Retrieved from: https://www2.jica.go.jp/ja/priv_sme_partner/document/1612/Bz231-061_report.pdf


      ガーナにおけるマラリア患者数は年間約655万人(全体の2.5%)、死亡者数は年間約1万1千人(全体の1.9%)と推計されています。ガーナ保健省は、2024年から2028年を対象期間とする国家マラリア制圧戦略計画において、2028年までにマラリアへの罹患率を2022年比で50%削減し、死亡率を2022年比で90%削減するという目標を設定しました。この目標達成のために、定期的な蚊帳の配布や小児へのマラリアワクチンの導入のほか、LSMの実施や行動変容を促すための啓発活動など幅広い介入策を展開する計画です。この国家マラリア制圧戦略計画では、LSMが他のベクター対策と補完的に機能する介入策として位置付けられていて、全国で取り組まれています。また、ガーナでも2022年にステフェンスハマダラカが首都のアクラで確認されていて、その対策の一環としてLSMの強化を行うとされています。

      SORA Technologyの実証活動はイースタン州4地区を対象(介入群)として行われ、同時期に他の4地区(対照群)で従来型の人海戦術によるLSMも実施されました。それらに要した費用等を比較する形で費用対効果と環境負荷削減について分析を行いました※。分析の結果、水たまりの捜索と殺幼虫剤散布にかかった延べ人数(人件費)が小規模地区で50%程度、大規模地区で75%程度削減されたと確認されました。また、1ヵ月当たりの殺幼虫剤散布量も50%程度削減できました。これらの結果から、ドローン空撮や画像解析にかかる追加費用を加味しても、SORA Technologyのソリューションの導入によってLSM実施に対する費用削減効果があると結論付けることができました。合わせて、使用薬剤量や散布対象地点も削減されるため、薬剤による環境や人体への影響も低減できる、という結論も得られました。


      SORA Technologyのガーナでの実証結果
      インパクト投資が拓くヘルスケアの未来:政策評価連動型のインパクト測定へ(Part 2)図表03

      Source: 梅田昌季(2025)「UAVと画像認識AI技術を活用した,アフリカのマラリア媒介蚊幼虫源管理(LSM)の効率的アプローチ」、『医学のあゆみ』、 Vol. 293 No. 12


      ヘルスケア分野における社会的インパクト評価・インパクト投資が拡大するための将来への展望

      このように、SORA Technologyがガーナで実施したLSMは、従来手法と比較して、特に水たまりの捜索や殺幼虫剤の散布にかかる労力を大幅に削減する効果があり、さらに薬剤の散布量を減らせるため、環境負荷低減にも寄与することが明らかになりました。ガーナの国家マラリア制圧戦略計画には、対象期間(2024~2028年)の予算計画が示されています。LSMの費用が含まれると考えられる「その他ベクター制御」用途には、年間1.1百万~1.6百万ドル程度を要する計画です。この予算は、殺幼虫剤の散布以外にも、排水や住宅など地域の環境を改善することでボウフラの発生源を管理する活動などにも充てられていると考えられますが、SORA TechnologyのソリューションでLSM用の予算効率が上がれば、より広域でLSMを実施することや、ほかのマラリア対策の活動にリソースを振り向けることが可能になるかもしれません。また、そのように予算の最適化がなされれば、ガーナが掲げる2028年までの目標達成がより現実のものとなるとも考えられます。

      ただ、このような仮説を検証するための十分な情報がガーナ政府公表の国家マラリア制圧戦略計画には含まれていないのが現状です。真に社会的インパクトの創出を期待する投資家の目線で見ると、LSMの実施であれば従来手法よりSORA Technologyのソリューションへ投資した方がよいことは明らかです。しかし、例えば蚊帳の配布等ほかのマラリア対策とSORA TechnologyのLSMはどちらがより大きなインパクトを生むのか、どちらに優先して投資すべきなのか、を判断することは、現状では難しい状態です。インパクト投資家によるこのような意思決定を可能にするための1つの選択肢として、国や国際機関が掲げる政策目標に対する、SORA Technologyのような民間企業のソリューションの貢献度を可視化することが考えられます。つまり、民間企業による事業のインパクトを政策的な評価枠組みの中に統合して評価することで多様な民間企業の事業を比較評価できる状態にするということです。

      今回のSORA Technologyのガーナでの実証事業についても、将来的に、マラリア患者数という最終アウトカムのデータ含め、多様なアクターによるマラリア対策活動の社会的インパクト評価を、国家プログラムが想定する政策評価に連動させる仕組みを整えることができれば、一事業者による活動成果・インパクトをより訴求力のある形でドナーや社会全体に示すことができるのではないでしょうか。そのなかで、今回実施したような費用対効果や環境への負荷に関する分析も加えることで、より強固かつ広い意味での社会的インパクトを世の中に示すことが可能になります。これにより、インパクト評価の従来手法よりも投資効果の判断が容易になり、企業・投資家によるヘルスケア分野への投資が促進されれば、経済的に持続可能な方法で健康・ウェルビーイングを目指す社会の実現につながるでしょう。

      さいごに

      本稿では世界的な罹患者数が多く、グローバルヘルスの主要課題の1つであるマラリアに焦点を当てて検討を試みました。今後もさまざまな疾患に取り組む皆様とともに、Health Equityの観点から、その取組みを評価したり、より有効な形で評価結果を活用したりする社会システムを構築すべく取り組んでまいります。

       

      ※文中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標である場合があります。

      Part 1 社会的インパクトを図る/測る時代へ:インパクト投資の潮流と評価の課題


      執筆者

      あずさ監査法人
      ディレクター 小柴 巌和
      マネジャー 加藤 優果
      シニアアソシエイト 牧之内 純子
      アソシエイト 吉田 あかり


      記事全文のPDF

      記事全文のPDF

      インパクト投資が拓く ヘルスケアの未来: 政策評価連動型のインパクト測定へ


      要約版のPDF

      要約版のPDF

      インパクト投資が拓く ヘルスケアの未来: 政策評価連動型のインパクト測定へ


      ヘルスケア投資の未来を変える~社会的インパクト評価のチカラ~

      世界的に成長を続けている「インパクト投資」に関して、各ステークホルダーの取組みや、さらなる投資拡大に向けてのポイントを解説します。

      Japanese alt text: ヘルスケア投資の未来を変える~社会的インパクト評価のチカラ~

      監査・アドバイザリー・税務の知識とスキルを活かして連携し、ガバメント・パブリックセクター領域の課題解決に向けた横断的なサービスを提供します。

      KPMGジャパンは、ヘルスケア業界に精通した専門家が総合的にサービスを提供し、さまざまな課題解決を支援します。