Skip to main content

読み込み中です


      KPMGジャパンのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、企業の事業活動による社会的インパクトの訴求力を高めるための方法について調査活動を進めています。今回、日本のスタートアップ企業によるマラリア対策の取組みを事例として取り上げ、インパクト評価の試行するケース・スタディを行い、そこから得られた考察を本レポートにて報告します。

      Part 1 社会的インパクトを図る/測る時代へ:インパクト投資の潮流と評価の課題
      Part 2 マラリア対策LSM事業から見える未来:民間企業によるインパクト評価の政策統合


      Part 1 社会的インパクトを図る/測る時代へ:インパクト投資の潮流と評価の課題

      はじめに

      近年、社会・環境課題の解決と財務的リターンを両立させる投資モデルであるインパクト投資に注目が集まっています。インパクト投資を加速させる鍵は、インパクト評価に係る手法の確立およびその普及です。さまざまな団体がそのための試行錯誤を重ねています。本稿のPart1では、その国際動向と日本の取組みを、特に投資先分野として注目が高まるヘルスケア分野に焦点を当てて概観します。さらにPart2では、ガーナでマラリア対策を進める日本のスタートアップ企業SORA Technology株式会社のインパクトに関するケース・スタディを通じて、ヘルスケア分野でのインパクトを政策評価と連動させて評価することや、インパクト評価に費用対効果や環境配慮の視点を加えることの重要性を考察します。


      1.5兆ドルの可能性:財務的リターンと社会的インパクトのどちらも追及する時代へ

      伝統的な資本主義では「資本の増殖」が求められるが故に、投資に対して財務的リターンを期待することが基本です。ただし、その様相は近年変わりつつあります。財務的リターンを放棄することなく、同時に社会的・環境的インパクトを生むことも目指す「インパクト投資」が注目を集めるようになってきました。

      インパクト投資は、「財務的なリターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトを生み出すことを意図して行われる投資」のことを指します。つまり、従来のリスクとリターンという2軸の投資価値判断に加え、投資が生む社会的・環境的インパクトを第3の軸として組み込み投資評価を行うのです。近年、インパクト投資市場は目覚ましい成長を遂げ、2024年の世界のインパクト投資運用資産残高は1兆5,710億ドルに達しました。セクター別の投資家数(2024年)ではヘルスケアが最多で、他分野と比べて群を抜く注目度を示しています。

      インパクト投資の投資先分野(運用資産額及び投資家数の各分野の割合)
      インパクト投資が拓くヘルスケアの未来:政策評価連動型のインパクト測定へ(Part 1) 図表-01

      Source: Global Impact Investing Network. (2024). State of the market 2024. Global Impact Investing Network. Retrieved from https://s3.amazonaws.com/giin-web-assets/giin/assets/publication/giin-stateofthemarket2024-report-2024.pdf


      世界で加速するインパクト投資促進の動き

      今世紀に入り、世界的に社会課題や環境問題に配慮した投資を実行すべきという流れが生じ、これがインパクト投資の下地となりました。世界で初めて「インパクト投資」という概念が広く提唱されたのは、2007年にロックフェラー財団が開催した会議においてです。その翌年にリーマン・ショックが起き、世界的に短期利益偏重への反省がなされたことでインパクト投資の考え方が注目を集めることとなりました。2009年、グローバル・インパクト投資ネットワーク(GIIN:Global Impact Investing Network)が設立されて以降は、知見共有と投資家間のネットワーク構築が進展しています。また、2019年4月には「インパクト投資の運用原則」(Operating Principles for Impact Management)が策定されました。同原則は、インパクト投資に取り組む金融事業者にとっての羅針盤となっていて、2024年10月時点で40ヵ国から185の金融事業者等が署名しています。

      2010年代以降は、単純にインパクト投資の金額規模や件数を増やす取組みだけではなく、その投資によってもたらされる成果(インパクト)を評価するとともに、その評価を標準化させようという取組みも広がってきました。GIIN誕生と同年の2009年にIRIS指標が公表されたことに続き、2021年にGIINや国際機関が主要なインパクト投資家と協力し、「共通インパクト指標」(Joint Impact Indicators)を発表しています。このように、インパクト投資における評価の共通化が前進しています。


      日本政府によるイニシアティブとインパクトの可視化に向けた試み

      日本も、こうしたグローバルな動きに歩調を合わせるようにして、インパクト投資の促進に力を注いできました。首相官邸が2022年9月に立ち上げた「インパクト投資とグローバルヘルス」に係る研究会の最終報告書において、G7での機会醸成や環境整備を進める、という提言がなされました。これを受けて、2023年のG7広島サミットで「グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアティブ」(Impact Investment Initiative for Global Health:Triple I for Global Health)の立ち上げが宣言され、同年9月から同イニシアティブが始動しています。また「新しい資本主義」の理念のもと2022年に設置された新しい資本主義実現会議でも、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画・フォローアップ」にインパクト投資の推進を盛り込み、グローバルヘルス分野において投資インパクトの可視化に着手することが謳われました。 


      民間企業による自主的な取組みの広がり

      インパクト投資の潮流は、政策主導だけでなく、民間企業の自主的な取組みによっても推進されています。海外では、Johnson & Johnson社がいち早く自社事業の社会的影響を定量評価し、自社レポートでの公表に踏み切っています。Fitbit社は外部研究機関と連携して、科学的データに基づいた自社サービスの健康増進効果を発表しました。

      国内に目を向けると、オムロン社が自社製品の活用による健康寿命延伸のロジックモデルを公開して、事業の社会的価値を示しています。エーザイ社はリンパ系フィラリア症治療薬(ジエチルカルバマジン:DEC錠)の無償提供の社会的インパクトを数値化し、非財務資本の見える化としてインパクト加重会計を公表しました。Ubie社も、自社事業によって健康寿命延伸に与えるインパクトがもたらす経済価値を1,500億円以上と推計しています。このように、エビデンスに裏打ちされた形で社会的インパクトを評価し、対外的に示す民間企業が国内外問わず増えてきているのです。


      インパクト投資に関する民間企業の取組み
      インパクト投資が拓くヘルスケアの未来:政策評価連動型のインパクト測定へ(Part 1) 図表02

      Source: Johnson & Johnson Services, Inc. (2024). 2024 Health and Humanity Report(2024年版ヘルス・フォー・ヒュマニティ・レポート). Retrieved from https://healthforhumanityreport.jnj.com/2023/
      Source: Fitbit Inc. (n.d.). The Results Are In. Retrieved from https://enterprise.fitbit.com/proof-it-works/
      Source: オムロン株式会社. (2020). ヘルスケアに関する事業やプロジェクトの社会的価値を評価するためのロジックモデルのひな形となるドラフトモデルの作成. Retrieved from https://www.omron.com/jp/ja/technology/omrontechnics/2020/20201124-oshino.html
      Source: エーザイ株式会社. (n.d.). 非財務資本の見える化 DEC錠無償提供の製品インパクト会計. Retrieved from https://www.eisai.co.jp/sustainability/atm/ntds/activity/034.html
      Source: Ubie株式会社. (n.d.). “健康寿命の最大化”を軸とする社会的インパクト指標とロジックモデルを策定・公表. Retrieved from https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000048083.html


      インパクト評価に関する課題:費用対効果の観点も含むガイドラインや共通的評価手法の未整備

      ヘルスケア分野を含む多くの領域で、社会課題の解決に必要な資金は依然として不足しています。そのため、公的資金の活用においては、どれだけ費用対効果の高い取組みを実施しているかが重要な評価の観点となってきました。さらに、限られた公的資金を効率的に使うだけでなく、インパクト投資などによって民間資金を動員し、資金ギャップに対応しようとする動きも強まっています。今後は、公的か民間かを問わず、社会的・環境的インパクトの創出を目的として投入される資金について費用対効果の意識が一層高まると想定されます。

      しかし、国際開発に関連するインパクト評価で費用対効果の分析が含まれる事例は20%以下に留まっているのが現状です。また、そのほとんどがヘルスケアや教育分野に偏在しているとの指摘があります。これらの研究では、費用対効果の分析を体系的かつ効果的に実施するためのガイドラインや評価手法が未整備であることや、同じ目的の活動や取組みの相対的な価値を評価するための共通の尺度が欠如していることが課題であると指摘しており、今後はこれらの課題解決に取り組んでいくことが期待されます。


      インパクト評価と費用対効果に関する調査結果サマリ
      インパクト投資が拓くヘルスケアの未来:政策評価連動型のインパクト測定へ(Part 1) 図表-03

      Source: Glandon, D., et al. (2023). The State of Cost-Effectiveness Guidance: Ten Best Resources for CEA in Impact Evaluations. Journal of Development Effectiveness, 15(1), 5–16. https://doi.org/10.1080/19439342.2022.2034916
      Source: Brown, E.D., & Tanner, J.C. (2019). Integrating Value for Money and Impact Evaluations: Issues, Institutions and Opportunities (World Bank Working Paper No. 9041).World Bank. Retrieved from https://documents1.worldbank.org/curated/en/862091571145787913/pdf/Integrating-Value-for-Money-and-Impact-Evaluations-Issues-Institutions-and-Opportunities.pdf


      インパクト評価の課題を乗り越えるパイロットプロジェクトの検討

      ここまで見てきたように、インパクト投資に対する期待や注目は高まり、そのような投資が生み出す社会的・環境的インパクトの評価についても取組みは広がっています。他方で、政策立案者や投資家、事業者が、それぞれ納得感を持って共有する確固たるインパクト評価手法は、いまだ存在していないのが実情です。そのため、IMM(Impact Measurement & Management)と呼ばれる、インパクトの特定や評価およびそのマネジメントの枠組みを確立することが急務とされています。

      また、ヘルスケア領域における社会的インパクト評価の事例は、世界的にも一部の企業による取組みに限られています。その背景には、人々の健康・ウェルビーイングの向上という中長期での社会的リターンの可視化が容易ではないことや、統一されたインパクト評価基準が乏しいために、投資効果の測定に困難を伴うといった課題が存在しています。限られた資金がアウトカム達成のために有効に活用されているかどうかを図る費用対効果分析の事例や、プロジェクトの環境への影響を図る事例もまだ多くありません。

      そこでKPMGジャパンでは、日本のスタートアップ企業SORA Technologyとともに、同社がガーナにて実施したマラリア対策事業※をパイロットケースとして、費用対効果や環境配慮の視点も加えたインパクト評価を試みました。Part 2では、世界やガーナにおけるマラリア対策の現状を概観したうえで、試験的なインパクト評価の結果について解説します。


      Part 2 マラリア対策LSM事業から見える未来:民間企業によるインパクト評価の政策統合


      執筆者

      あずさ監査法人
      ディレクター 小柴 巌和
      マネジャー 加藤 優果
      シニアアソシエイト 牧之内 純子
      アソシエイト 吉田 あかり

      ヘルスケア投資の未来を変える~社会的インパクト評価のチカラ~

      世界的に成長を続けている「インパクト投資」に関して、各ステークホルダーの取組みや、さらなる投資拡大に向けてのポイントを解説します。

       

      監査・アドバイザリー・税務の知識とスキルを活かして連携し、ガバメント・パブリックセクター領域の課題解決に向けた横断的なサービスを提供します。

      KPMGジャパンは、ヘルスケア業界に精通した専門家が総合的にサービスを提供し、さまざまな課題解決を支援します。