KPMGのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、人新世における重要なテーマとして“プラネタリーヘルス”を掲げ、調査活動などの情報発信を推進しています。
今回、「気候変動への影響を緩和し、健康リスクに適応するために都市が果たすべき役割は何か」、「その実現に向けた障壁と対策は何か」という、都市に関連する問いに焦点を当て、持続可能な地球環境と健康の共存、そしてヘルスエクイティを実現する都市の在り方を探求したレポートを発行しました。
本記事では、以下の3つのテーマを深掘りして解説します。
Part 1)地球沸騰時代:気候変動がもたらす健康問題とヘルスエクイティ
Part 2)気候変動から人々の健康を守る:次世代都市のあるべき姿と革新的ソリューション
Part 3)プラネタリーヘルス:次世代都市の実現に向けた提言
Part 3)プラネタリーヘルス:次世代都市の実現に向けた提言
1. 地球環境と人類の健康およびヘルスエクイティに資する次世代都市の実現に向けた提言
都市への革新的ソリューション導入に伴う4つの障壁とアクション
上述の通り、気候変動と健康という深刻な二重の負荷に直面する今、都市はその構造や政策を問い直し、地球環境と健康を守る持続可能な都市に転換することが求められています。これを実現するためには、イノベーションの力を最大限に引き出し、革新的ソリューションの開発と導入を大胆に推し進めるべきです。しかし、その過程にはいくつかの障壁が存在します。次に、都市への革新的ソリューション導入に伴う4つの主要な障壁を整理し、それらを乗り越えるための具体的なアクションを提言します。
図表1 都市への革新的ソリューション導入に伴う4つの障壁とアクション
01 気候と環境に関するデータ基盤構築と統合データの活用を産・官・学連携で促進すべき
「気候テック」の進展に見られるように、健康データと都市の多様なデータを組み合わせるソリューションへの期待が高まっています。特に優れたソリューション開発には、データの質と量の向上が不可欠です。しかしながら、都市では、その基盤となるデータ整備や活用体制がいまだ十分ではありません。都市がイノベーションを支えるプラットフォームとなるために、民間企業、政府・行政、学術機関などが連携して健康と都市データを統合するデータ基盤を構築し、統合データを効果的に活用できる仕組みを整備することが求められます。また、データの収集から分析・活用までの「データバリューチェーン」における課題を整理し、各段階の課題解決を検討することが重要です。実際に解決策を提供する事例は、Part3の文末掲載のレポート本文でご確認いただけます1,2,3。
02 すべての政策に健康を考慮する「HiAP:Health in All Policies」を採用し、ガバナンスの縦割り構造の払拭と組織間連携を強化すべき
革新的なソリューションを創出するデータ基盤の構築と効果的な活用を進めるためには、産・官・学の連携を推進するだけではなく、行政機関同士もしくは組織内部の連携不足や役割の重複といった課題を解消することも重要です。たとえば、多くの行政機関では、医療データを保健局、環境データを環境局がそれぞれ管理するなど、部門間が独立したサイロ化に陥り、縦割り構造がデータ共有や統合的活用を大きく阻害しています。この課題を解消し、質の高いデータ基盤を構築し、その活用を促進するためには、都市や国家レベルでリーダーシップを発揮し、ガバナンスを変革する必要があります。
その具体的な解決策の1つとして、「HiAP:Health in All Policies(すべての政策に健康を考慮するアプローチ)」の導入が期待されています。このアプローチは、「人間の安全保障」において最も重要な「健康」を中心に据えることで、保健部門が主導しながら各部門が協調的に連携し、分断されたガバナンス構造を再構築することを目的とします4。たとえば、米国のリッチモンドやボストンなどでは、既にHiAPを導入した先進的な取組みが進められており、協調的な政策形成に向けた議論が活性化され、より持続可能で包括的な都市政策の立案に寄与しています5,6。
03 ヘルスエクイティの増進に向け、都市政策に脆弱者層を含む多様なステークホルダーの参画を促すべき
前述の通り、気候脆弱性の違い(曝露、感受性、適応能力の違い)により、気候変動の影響は異なり、脆弱者層は深刻な健康被害を受けています。たとえば、革新的なソリューションや政策が都市に実装されたとしても、上記グループへの配慮が不十分な場合、ヘルスエクイティを損ない、健康の不平等が支配する未来につながってしまいます7。
そのため、脆弱者層の意見やニーズを政策に適切に反映し、彼ら・彼女らの適応力を強化するだけでなく、根本的な健康格差の要因に対処することが重要です。さらに政策においては、Justice・Equity・Diversity・Inclusion(JEDI/正義、公平性、多様性、包摂)の観点も取り入れることで、健康の社会的決定要因(SDH)に関わる構造的要因に対処し、根本的な格差を縮小することも肝要です。上記を踏まえ、以下のような対策に取り組むことが重要です8,9。
- 啓発プログラム等を通じたリスクや対策に関する意識の向上
- 脆弱者層の適応力・レジリエンスの強化
- 健康の社会的決定要因(SDH)の分析や対処を通じた根本的な健康格差の縮小 等
04 健康分野での気候変動対策への資金獲得と効率的活用を、官民連携で進めるべき
気候変動と健康被害に対するレジリエンスの高い都市を実現するためには、十分な資金確保も不可欠です。都市の持続可能性と住民の健康を守るためには、気候変動に対処するための3つの基本的なアプローチである「緩和(mitigation)」、「適応(adaptation)」、「損失と損害(loss and damage)」それぞれに対応した資金が存在することを理解し、官民が連携して資金を獲得し、戦略的に活用することが求められます。
健康に焦点を当てた気候変動対策のための資金は依然として不足しており、都市における健康と気候変動に特化した資金はさらに限られています10。世界の気候関連資金の約9割が温室効果ガスの排出削減を目的とした緩和策に偏っており、すでに避けられない影響への備えを強化する適応策への資金は深刻な不足状態にあります。この偏りは、都市の脆弱性を高め、健康被害の拡大を招く要因となります。このようななか、国際機関や民間財団が助成金や融資などの資金プログラムを提供しているものの、それぞれ異なる申請手続きや条件が存在し、資金の獲得と活用において非効率や分断化が課題として指摘されています11。また、地方都市やLMICsの行政職員においては、資金へのアクセスや活用能力に制約があり、必要な対策が十分に実施されていない現状があります。
この課題に対応するためには、資金提供者側は、既存の資金プログラムの可視化や調和を進め、LMICsなどの行政職員が資金にアクセスしやすい制度設計が求められます。一方、行政側は、健康分野における気候変動対策の計画立案、資金獲得、そして実行に至るまでの能力強化に取り組む必要があります。また、都市構想や資金獲得の段階から専門性を有する民間企業と協働する新たな取組みも重要です。さらに、これまで以上に多様な民間セクターの関与も重要です。たとえば、生命保険会社は長期資金を保有する機関投資家として、適応インフラへの資金供給を通じて社会的弱者の健康リスクを軽減し、社会の安定性を支える役割を果たすことができます。このような資金供給は「インパクト投資」と呼ばれ、単なる社会貢献にとどまらず、保険業の本質的責務として位置付けられつつあります。官民が連携し、資金の獲得と活用を戦略的に進めることで、気候変動による健康被害に強い都市を構築することが可能となります。これは、持続可能で健康に配慮した都市づくりを推進するうえできわめて重要で、今後の都市政策の中心的課題となるでしょう。
2. さいごに
気候変動による健康被害は、「21世紀における公衆衛生の最大危機」であり、都市は人々の健康を守るうえで、その最前線に立つ存在です。計画性を欠いた都市開発は、健康や環境に対するリスクを増大させてしまいます。そのため、適切な都市計画を推進することが、これらのリスクを軽減するとともに、持続可能な未来を築く鍵となります。
これからの都市には、気候変動と健康の課題に対して高いレジリエンスを持つことが求められます。持続可能な都市を形成するためには、気候変動による健康リスクが特に大きい脆弱者層への十分な配慮を行い、ヘルスエクイティを向上させることが必要です。このように、すべての人々の健康と地球環境に配慮した都市計画を中心に据え、革新的なソリューションを絶えず導入し続けることが重要となります。
本稿で提案した革新的なソリューションは、都市が気候変動に適応し、さらに緩和するための具体的な道筋を示しています。その実現に向けて、「データ基盤の構築」、「ガバナンスの統一」、「脆弱者層の巻き込み」、そして「資金調達と活用」が不可欠なアジェンダとなります。これらを着実に推進することで、都市のレジリエンスが向上し、その結果、健康と環境の両立を実現することが可能となるのです。
気候変動の脅威に立ち向かい、すべての人々の健康が守られるとともに、ヘルスエクイティが担保される都市構造への転換に向けて、産官学が連携して取り組む必要があります。
参考文献:
- Nafas Website, https://nafas.co.id/about
- PATH (2024). New PATH Initiative to Integrate Global Climate and Health Data, https://media.path.org/documents/New_PATH_Initiative_to_Integrate_Global_Climate_and_Health_Data.pdf
- Planetary Health Alliance Japan HUB Website, https://phajapan.jp/
- WHO (2010), Adelaide statement on health in all policies: moving towards a shared governance for health and well-being, https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/44365/9789241599726_eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y
- City of Richmond, California. Health in All Policies (HiAP) Landing Page. Transparent Richmond. Retrieved from https://www.transparentrichmond.org/stories/s/Health-in-All-Policies-HiAP-Landing-Page/sxfh-efgh
- National Association of County and City Health Officials (NACCHO). Health in All Policies Success Story: Boston Public Health Commission. June 2019. Retrieved from https://www.naccho.org/uploads/downloadable-resources/BPHC-HiAP-Profile.pdf
- Resilient Cities Network. (2025). Taking an urban resilience approach to climate, health and equity: A point of view. https://resilientcitiesnetwork.org/taking-an-urban-resilience-approach-to-climate-health-and-equity-a-point-of-view/
- American Public Health Association, Defining JEDI, https://www.apha.org/topics-and-issues/climate-health-and-equity/jedi/part-1/defining-jedi, (Access, 2025-03-03)
- 環境省,地域における熱中症対策の先進的な取組事例集, https://www.wbgt.env.go.jp/pdf/model_projects/r05_casebook_full.pdf, (Access, 2025-06-20)
- 牧之内 芽衣, 気候変動社会で健康を支える適応資金のあり方 ~生命保険会社に求められる次の選択~, https://www.dlri.co.jp/report/ld/459162.html, (Access, 2025-06-20)
- Japan International Cooperation Agency, JICA’s Co-Benefits Approach to Climate Change for Climate Resilient and Sustainable Development: Policy Brief No. 5, https://www.jica.go.jp/activities/issues/climate/__icsFiles/afieldfile/2024/03/05/policybrief_05.pdf, (Access, 2025-03-03)
執筆者
あずさ監査法人
ディレクター 小柴 巌和
シニアマネージャー 山形 律子
シニアアソシエイト 畠山 航也