KPMGのヘルスケア&ウェルビーイング・チームは、人新世における重要なテーマとして“プラネタリーヘルス”を掲げ、調査活動などの情報発信を推進しています。
今回、「気候変動への影響を緩和し、健康リスクに適応するために都市が果たすべき役割は何か」、「その実現に向けた障壁と対策は何か」という、都市に関連する問いに焦点を当て、持続可能な地球環境と健康の共存、そしてヘルスエクイティを実現する都市の在り方を探求したレポートを発行しました。

本記事では、以下の3つのテーマを深掘りして解説します。
Part 1)地球沸騰時代:気候変動がもたらす健康問題とヘルスエクイティ
Part 2)気候変動から人々の健康を守る:次世代都市のあるべき姿と革新的ソリューション
Part 3)プラネタリーヘルス:次世代都市の実現に向けた提言

Part 1)地球沸騰時代:気候変動がもたらす健康問題とヘルスエクイティ

1. Executive Summary

気候変動が人々の健康に与える負の影響はますます深刻さを増しており、気候変動による健康被害は、「21世紀における公衆衛生の最大危機」と広く認識されています。特に都市は、熱波や大気汚染、異常気象、自然災害などの影響を直接的かつ強く受けることが指摘されていることから、地球環境および人類の健康を守る最前線として、今後ますます重要な役割を担う存在となるでしょう。しかし、計画性を欠いた都市開発は、公衆衛生や地球環境に重大なリスクをもたらす可能性があり、慎重かつ戦略的な都市計画が不可欠です。

これからの都市には、気候変動の進行を抑えるための「緩和」と気候変動に伴う健康リスクへの「適応」、さらには不可逆的かつ回復困難な「損失と損害」に対して高いレジリエンスを備えた都市構造への転換が必要となります。加えて、気候変動の影響を最も受けやすい脆弱者層への配慮を徹底し、ヘルスエクイティ(健康の公平性)の向上を実現する仕組みも求められます。

こうした課題に対応するためには、以下の観点に基づき、革新的なソリューションを開発し、都市に導入することが鍵となります。

  1. 気候変動と健康に関するデータ基盤構築と統合データの活用を産・官・学連携で促進すべき
    気候変動と健康に関するデータを効果的に活用するため、産業界、政府・行政、学術界が連携してデータ基盤を構築し、統合データを活用できる体制を整える必要があります。
  2. すべての政策に健康を考慮する「HiAP:Health in All Policies」を採用し、ガバナンスの縦割り構造の払拭と組織間連携を強化すべき
    健康をすべての政策の中心に置き、縦割り構造を払拭するとともに、部門間の連携を強化し、総合的な問題解決を進める体制への転換が必要です。
  3. ヘルスエクイティの増進に向け、都市政策に脆弱者層を含む多様なステークホルダーの参画を促すべき
    気候変動の影響は、特に脆弱者層に深刻な健康リスクをもたらすため、その意見やニーズを政策に反映させる仕組みを整えることが重要です。脆弱者層の適応力の強化に加え、健康格差の要因への根本的な対処を目指す必要があります。
  4. 健康分野での気候変動対策への資金獲得と効率的活用を、官民連携で進めるべき
    気候変動に対するレジリエンスの高い都市を実現するために、官民が連携して資金を確保し、効率よく活用する仕組みを構築することが求められます。

2. Introduction

地球沸騰化(Global Boiling)、都市一極集中が人々の健康を蝕む世界

2014年、世界的な医学雑誌「THE LANCET」に、ある重要な論文が掲載されました。アントニオ・グテーレス国連事務総長が、後に温暖化(Warming)を通り越し“沸騰化(Boiling)”すると表現(2023年)した気候変動が、我々人類の健康に想像以上の被害をもたらしていることを究明したものです1。特に注目すべき点は、気候変動のみならず、人類の社会経済活動が引き起こすさまざまな地球環境の変化――大気汚染、水質汚染、土壌汚染、生物多様性喪失など――が人類の健康をひどく蝕んでいることを示していることにあります。「From public to planetary health: a manifesto」という論題において用いられた“Planetary Health”という概念は、その後、世界中に広まりました。論文発表から10年が経過した現在、Planetary Healthに加え、Climate & Healthなどのキーワードも登場し、地球環境と人類の健康の関係性を明らかにする科学的研究が積み上げられてきました。地球環境と人類の健康の関係はある種絶望的であると感じさせられるほど、多様かつ深刻な健康被害がもたらされていることが明らかになっています2

気候変動が引き起こす健康被害は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を凌駕し、「21世紀における公衆衛生の最大危機」と称されます3。これは、国際社会が掲げる「ヘルスエクイティ※の実現」、すなわちすべての人が健康を達成・維持するために必要な機会を公平に得られる社会への道を阻む最大の障壁となります。そして、この問題の最前線に立たされているのが「都市」です。都市は、地球と人類の健康を守るべき拠点であるにもかかわらず、その脅威を増幅させる根源ともなり得ます。驚くべき事実として、都市は全地球の陸地面積のわずか2%を占めているに過ぎない一方、世界の温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gases)排出の75%、エネルギー消費の75%もの環境負荷を生んでいます4。そして近年、都市部では熱波、異常気象、大気汚染、感染症の蔓延、騒音などの問題が頻発し、それらが住民の健康被害を増悪させています。

とりわけ、子ども、女性、低所得者などの社会的脆弱者層への影響は甚大です5。皮肉にも、彼らは気候変動を引き起こす活動にほとんど関与していないにもかかわらず、最大の犠牲者となっています。この状況は健康格差を助長し、健康の不平等が支配する未来につながります。人類は都市化や産業活動を通じて持続可能で豊かな未来を築いてきたはずが、今日では、人と地球を蝕む結果をもたらしてしまっているのです。このパラドックスを解消しない限り、持続可能で豊かな社会の実現はきわめて難しいでしょう。

本稿では、気候変動と健康の関連性について概観した上で、気候変動による脅威から人々を守り、ヘルスエクイティを担保するための次世代都市の在り方を検討し、その実現に向けた方策を提案します。

気候変動による健康被害と経済損失の現状

気候変動は健康被害を悪化させる要因として注目されていますが、それに伴う経済的損失にも目を向ける必要があります。特に、財政基盤が脆弱で医療システムが不十分な低中所得国(LMICs:Low and Middle-Income Countries)は、高所得国と比較してその影響が大きいことが示されています。世界銀行の推計によると、2050年までにLMICsでは熱ストレス、感染症(例:マラリア、デング熱、下痢症)、栄養障害などを原因とする約1,500万人の追加死亡と約15兆ドルの経済損失の発生が予測されています6。また、少子高齢化が進み、医療の地域偏在や人材不足が深刻化すると、先進国においても、気候変動による医療費増加や医療システムへの負担が既存の問題をさらに悪化させます。世界全体の健康課題の深刻化を防ぐためにも、医療政策において、気候変動を重要な考慮事項と位置づける必要があります。

持続可能な人と地球の健康を目指す国際潮流

気候変動が人々の健康に深刻な影響を与えるなか、国際社会はこの問題に対応すべく新たな取組みを進めています。COP28では「気候変動と健康」が公式議題として取り上げられ、健康問題に関する初の専門会合を開催し、気候変動による健康被害から人々を守る行動を促す「UAE Climate and Health Declaration」に125ヵ国が署名しました7。またWHO主導の「気候変動と健康に関する変革的行動のためのアライアンス(ATACH:Alliance for Transformative Action on Climate and Health)」が、気候変動に対するレジリエンスの高い保健医療システムの構築を目指すための国際プラットフォームとして、関連する議論をリードしています8。さらに、Planetary Health Allianceも、気候変動と健康を包括的に捉えた取組みを進める重要な国際的イニシアティブとして、2016年に発足しています9

3. 気候変動と健康リスクの関連性

気候変動による健康被害のメカニズム

気候変動による健康被害は、自然環境への配慮を欠く過剰な人類の社会経済活動に起因します。これらの活動は人類に繁栄と豊かさをもたらしたように見えますが、その実態は自然資本を犠牲に成り立つ、持続可能性への配慮が十分ではないきわめて不安定な構造であったことが顕在化してきています。本章では、気候変動とそれに伴う環境変化が人々の健康に悪影響を与えるメカニズムを概説します10,11

まず、工業化、森林伐採、資源の過剰利用、急激な人口増加、そして都市化などの「人類起源の要因」が、徐々に生態系のバランスを崩し始めました。その傾向は、特に1950年代以降から顕著となりました。この時期はGreat Acceleration(大加速)と呼ばれ、地球温暖化、水質や土壌の悪化、森林の減少、生物多様性の喪失など「生態系・気候の変化」がもたらされました。そして、これらの変化が「気候関連ハザード」として最終的に私たちの生活環境に現れ、さまざまな健康被害を引き起こします12,13,14

この気候関連ハザードによる健康被害は、さまざまな要因が複雑に相互作用しながら形成され、時間や空間を超えて広範囲に波及するシステマティックな構造を持ちます。それを理解したうえで、この影響を「直接的影響」と「間接的影響」という2つの経路に分けて説明することができます。

直接的影響:気候関連ハザードそのものが人体に直接作用するものであり、頻度や規模が増強した猛暑、大気汚染、洪水、干ばつ、自然災害などにより人々の命や健康が脅かされるもの

  • 猛暑により熱中症や腎疾患(尿路結石、腎不全など)のリスクが高まる
  • 極端な気象条件は心血管疾患(心筋梗塞、心不全など)を悪化させる
  • 大気汚染は呼吸器疾患(喘息、呼吸不全など)を増加させる
  • 自然災害直後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)などのメンタルヘルス問題が発生する

間接的影響:気候関連ハザードにより社会・生態系・生活環境の変化がもたらされ、それらが結果的に人々の健康に悪影響を及ぼすもの

  • 温暖化により媒介生物の生息域が拡大し、新たな感染症(デング熱、マラリアなど)が出現する
  • 食糧供給の不安定化や経済的損失が、栄養不足や栄養不良を引き起こす
  • 災害などにより避難生活や移住を強いられ、それらがメンタルヘルスに悪影響を及ぼす
  • 災害後の医療アクセス困難などにより、高血圧や糖尿病などの非感染性疾患(NCDs:Non-Communicable Diseases)が増悪する

図表1 気候変動による健康被害のメカニズム

気候変動による健康被害のメカニズムを左から右に流れで示している図

出所:公表資料等を基にKPMGジャパン作成

図表2 気候変動に伴う健康被害の詳細(例)

気候変動に伴う健康被害の詳細を表にまとめている

出所:Kapadia, F. (2023). Climate Justice and Health Equity: A Public Health of Consequence, October 2023. American Journal of Public Health, 113(10), 1053–1054. https://doi.org/10.2105/AJPH.2023.307404、Zavala, M. D., Cejas, C., Rubinstein, A., & Lopez, A. (2024). Gender Inequities in the Impact of Climate Change on Health: A Scoping Review. In International Journal of Environmental Research and Public Health (Vol. 21, Issue 8). https://doi.org/10.3390/ijerph21081093、長崎大学(翻訳), 「プラネタリーヘルス 私たちと地球の未来のために」, 丸善出版, 2022 を基にKPMGジャパン作成

気候脆弱性と健康被害の関係性

気候変動がもたらす健康被害は不均等に存在しており、その影響の種類や程度、発生時期は「個人の気候脆弱性」によって異なります。特に、深刻な健康被害を受ける人々は、気候変動の原因にほとんど関与していないケースが多く、このような状況は健康格差を拡大させるとともに、社会的不公平感を増大させる原因にもなります15

気候脆弱性とは、気候関連ハザードに対してどれほど影響を受けやすいかを示す特性であり、暴露(Exposure)、感受性(Sensitivity)、適応能力(Ability to adapt)の3つの要素で構成されます16。暴露はハザードにさらされる頻度や強度、感受性はハザードによる影響を受けやすい性質、適応能力とはハザードへの対応・対策に必要な能力を指します。さらに、気候脆弱性は健康の社会的決定要因(SDH:Social determinants of health)にも深く影響を受けます。SDHとは、健康に関する経済的、社会的、環境的な要因を指し、所得、教育水準、住環境、社会関係、健康習慣などのさまざまな条件が含まれます。これらの要因は個人の健康状態やその改善可能性を直接または間接的に左右し、気候変動の健康被害を受けやすい人々の脆弱性をさらに高めています。

図表3 気候脆弱性と健康被害の関係性

各関連を左から右に流れる関連形式で表にしている

出所:CDC, About Justice, Equity, Diversity, and Inclusion in Climate Adaptation Planning, https://stacks.cdc.gov/view/cdc/120234 , (Access, 2025-03-03)​を基にKPMGジャパン作成

参考文献:

  1. Horton, R., Beaglehole, R., Bonita, R., Raeburn, J., McKee, M., & Wall, S. (2014). From public to planetary health: A manifesto. In The Lancet (Vol. 383, Issue 9920, p. 847). Elsevier B.V. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(14)60409-8
  2. Whitmee, S., Haines, A., Beyrer, C., Boltz, F., Capon, A. G., de Souza Dias, B. F., Ezeh, A., Frumkin, H., Gong, P., Head, P., Horton, R., Mace, G. M., Marten, R., Myers, S. S., Nishtar, S., Osofsky, S. A., Pattanayak, S. K., Pongsiri, M. J., Romanelli, C., … Yach, D. (2015). Safeguarding human health in the Anthropocene epoch: Report of the Rockefeller Foundation-Lancet Commission on planetary health. In The Lancet (Vol. 386, Issue 10007, pp. 1973–2028). Lancet Publishing Group. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(15)60901-1
  3. The Lancet Respiratory Medicine. (2023). Climate change crisis goes critical. In The Lancet Respiratory Medicine (Vol. 11, Issue 3, p. 213). Elsevier Ltd. https://doi.org/10.1016/S2213-2600(23)00056-5
  4. World Bank. “Urban Development Overview”, https://www.worldbank.org/en/topic/urbandevelopment/overview, (Access, 2025-03-03)
  5. WHO, “Climate Change”, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/climate-change-and-health, (Access, 2025-03-03)
  6. World Bank. 2024. The Cost of Inaction: Quantifying the Impact of Climate Change on Health in Low- and Middle-Income Countries. Washington, DC: World Bank, https://openknowledge.worldbank.org/server/api/core/bitstreams/bc51aeec-288e-4cbc-b4ca-b5a942057044/content, (Access, 2025-03-03)
  7. WHO Website. “COP28 Health Day”, https://www.who.int/news-room/events/detail/2023/12/03/default-calendar/cop28-health-day, (Access, 2025-03-03)
  8. WHO Website. “Alliance for Transformative Action on Climate and Health, https://www.who.int/initiatives/alliance-for-transformative-action-on-climate-and-health, (Access, 2025-03-03)
  9. Planetary Health Alliance Website, https://www.planetaryhealthalliance.org/,(Access, 2025-03-15)
  10. Boylan S, Beyer K, Schlosberg D, Mortimer A, Hime N, Scalley B, Alders R, Corvalan C, Capon A. A conceptual framework for climate change, health and wellbeing in NSW, Australia. Public Health Res Pract. 2018 Dec 6;28(4):2841826
  11. Planetary health: protecting human health on a rapidly changing planet. Lancet. 2017 Dec 23;390(10114):2860-2868
  12. Kapadia, F. (2023). Climate Justice and Health Equity: A Public Health of Consequence, October 2023. American Journal of Public Health, 113(10), 1053–1054. https://doi.org/10.2105/AJPH.2023.307404
  13. Zavala, M. D., Cejas, C., Rubinstein, A., & Lopez, A. (2024). Gender Inequities in the Impact of Climate Change on Health: A Scoping Review. In International Journal of Environmental Research and Public Health (Vol. 21, Issue 8). https://doi.org/10.3390/ijerph21081093
  14. 長崎大学(翻訳), 「プラネタリーヘルス 私たちと地球の未来のために」, 丸善出版, 2022
  15. CDC, About Justice, Equity, Diversity, and Inclusion in Climate Adaptation Planning, https://stacks.cdc.gov/view/cdc/120234, (Access, 2025-03-03)
  16. CDC, Fairness in Climate Adaptation Planning | Climate and Health, https://www.cdc.gov/climate-health/php/brace/jedi.html, (Access, 2025-03-03)

執筆者

あずさ監査法人
ディレクター 小柴 巌和
シニアマネージャー 山形 律子
シニアアソシエイト 畠山 航也

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