2025年、トランプ大統領の再就任を契機に、DE&I(Diversity, Equity & Inclusion)を取り巻く環境は大きく揺れ動いています。米国では反DE&Iの動きが加速し、企業の対応にも変化が見られるなか、日本企業もその影響を受けながら、今後の取組み方に悩む場面が増えています。

本稿では、DE&Iの本質と組織への定着方法について考察します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

1.DE&Iを取り巻く環境変化

近年、米国ではDE&Iを巡る議論が大きく揺れ動いています。特に2025年のトランプ政権発足以降、反DE&Iの動きが加速し、企業の施策にも影響を及ぼしています。実際、DE&I関連部署の縮小や目標の撤回に踏み切る企業も出てきました。

一方、日本では状況が異なります。少子高齢化による労働力不足が進むなか、より多様な人材が活躍できる環境づくりが急務です。ただ、女性活躍の遅れに代表されるように現状では多様な人材が十分に活躍できているとは言えません。こうした日米のDE&Iの成熟度の違いがあるにもかかわらず、グローバルな潮流のなかで「DE&Iを続けるべきか」と迷う日本企業も少なくありません。

次章以降で、そうした迷いや疑問に対して、DE&Iの本質と組織への取り入れ方を改めて問い直します。

2.「DE&Iを継続すべきか?」という問いの背景

「DE&Iを継続すべきか?」という問いが出てくる背景には、DE&Iが通常業務とは切り離された“特別な活動”として捉えられている現状があります。多くの企業では、DE&Iを研修やイベントとして実施しており、世の動きや経営層の意識によって左右されやすい状況です。

本来、DE&Iは組織やビジネスをより良くするための基盤であり、変化の激しい時代において企業活動の中核に据えるべきものです。「継続すべきか?」ではなく、「どう組織に当たり前のものとして根付かせるか?」こそが、今問うべき本質的なテーマです。

3.DE&Iを組織にどう根付かせるか

DE&Iに限らず、新しい人事施策は現場で「面倒なもの」と受け止められる傾向にあります。その結果、通常業務に比べて優先度が下がり、実行されても“やらされ感”が強く、十分な成果につながらないこともあります。だからこそ、人事部が取り組むことで得られるメリットを明確に伝え、現場が実感できる仕掛けを設けることが重要です。

DE&Iのメリットは多岐にわたりますが、現場レベルでは主に以下の2つに分けられます

(1)組織風土の改善
DE&Iの第一歩は、互いの違いを知ることです。これにより相互理解が深まり、風通しの良い職場が生まれます。心理的安全性が高まり、コミュニケーションが活性化するなど、比較的短期間で成果を実感しやすい領域です。

(2)ビジネスの強化
多様な知見が掛け合わされることで、新しいアイデアが生まれ、既存事業にも新規事業にも好影響を与えます。ただし、こちらは成果が見えるまでに時間がかかるため、継続的な取組みが必要です。

多くの企業では、まず取組みの第一歩として(1)組織風土の改善の施策から着手する傾向があります。

【図表1:組織風土改善の施策例】

DE&Iを“やらされ施策”にしないために~DE&Iの本質と定着のポイント_図表1

出所:KPMG作成

こうした施策を通じて、DE&I理解度が向上し、相互理解も深まることで、エンゲージメントサーベイのスコア向上や360度評価の改善など、具体的な成果を得ている事例もあります。

しかし、特に営業現場など成果主義が強い部門では、ビジネスへの直接的な効果を実感できなければ、活動が一過性のものとなる可能性は高いでしょう。だからこそ、風土改善の先にある「ビジネス強化」への道筋を示すことが、人事部門の重要な役割となります。

4.多様な知を価値化するには

DE&Iがビジネスに価値を生むためには、下記図表2のようなプロセスを踏む必要があります。

【図表2:DE&Iが価値を生むプロセス】

DE&Iを“やらされ施策”にしないために~DE&Iの本質と定着のポイント_図表2

出所:KPMG作成

「多様な知を発露すること」と「それらを掛け合わせること」は、現場レベルで実践可能かつ重要なステップです。

「多様な知を発露する」とは、なんでも発言するということではなく、自身の経験や視点を課題解決・意思決定にとって意味あるかたちで提供することです。ただ、これは容易なことではなく、発言する経験をある程度積むことが必要になります。

そのためには、まず定期的なナレッジ共有会の開催や、会議で全員が一度は発言するルールの導入、会議後に簡単なフィードバックを投稿する仕組みなど、発言を日常業務に組み込む工夫が必要です。こうした取組みを通じて、発言のハードルを下げ、意見を出すことが当たり前の文化を育てていくことが重要です。

さらに、慣れてきた段階では「具体的な貢献をした意見」に対して称賛やフィードバックを行う文化を育てることで、発言の質と意欲がともに向上します。

組織長からすると、最初は意見が散らかるだけで建設的な意見が出てこないと思うかもしれません。しかし粘り強い取組みにより、メンバーの意見の質も上がり、多様性の効果が最大限発揮されることで、意思決定の質にも好影響を与えるはずです。

次に、「多様な知見を掛け合わせる」ためには、自由な発想ができる時間と場の設計が必要です。Google社の「20%ルール」に代表されるように、既存業務から少し離れてアイデアを出す時間を意識的に確保することが重要です。月に1回でもよいので、部門横断でメンバーを集め、既存ビジネスの改善点や新規ビジネスのアイデアについて自由に議論できる場を設けるとよいでしょう。メンバーが固定化しないようにすることで、より多様な視点が交差し、新たな価値が生まれやすくなります。

こうした取組みは、いきなり全社で展開するのではなく、まずはDE&Iへの関心が高い組織や、効果が出やすい部門から始めるのが現実的です。そこで得られた成果や事例を基に、全社展開へとつなげていくことで、スムーズな浸透が期待できます。

5.DE&Iの定着に向けた人事部門の役割

3章および4章では現場の取組みについて触れましたが、DE&Iの定着には当然全社レベルの取組みも必要です。そして、それこそが人事部門の役割だと言えます。

定着に向けては、まず「自社にとってなぜDE&Iが必要か」を言語化する必要があります。

「コツ」は人事部門だけで考えるのではなく、人事部門が旗振り役として経営メンバーや現場を巻き込むことです。DE&Iを進めるメンバーが同質的では、期待する効果が得られません。また、日々の業務・行動に根付く仕組みが必要です。仕組みづくりこそが人事部門の最重要な役割の1つです。

DE&Iだけで制度をつくるのではなく、既存の制度・仕組み、たとえば行動評価・要件や360度評価、エンゲージメントサーベイに組み込むことも「コツ」の1つです。DE&Iだけで制度化すると一過性のものとなりやすくなります。

このように現場と人事部の両輪で取り組むことで、本当の意味でDE&Iの定着が期待できます。

6.全社的なDE&I推進の鍵

筆者の経験を基にし、わかりやすく仮想事例を挙げて解説します。

A社では、DE&Iの定着に向けて、着実に歩みを進めていました。まだ道半ばではあるものの、社内の意識と行動に確かな変化が見られています。A社では、DE&I推進の第一歩として、社長直下のタスクフォースを立ち上げました。そこには、世代・性別・役職を問わず多様なメンバーが集められ、現場のリアルな課題や必要性について議論が重ねられました。

その議論を基に、全社から複数の「重点組織」が選定され、トライアル施策の実施が求められました。当初、現場には戸惑いもありました。しかし、社長自らが全社に向けてこの取組みの意義を発信し、人事部も「選ばれたことの価値」を丁寧に伝えることで、“やらされ感”を最小限に抑え、自発的なスタートへとつなげることができました。

初年度は、DE&Iに関心の高い組織長が重点組織に配置されたこともあり、各組織でさまざまな施策が実施されました。その結果、エンゲージメントサーベイのスコアは、いずれの組織でも前年より向上しました。

施策の効果についてメンバーにヒアリングしたところ、多くの人が「自組織の課題と、それを踏まえた目標についての対話」が特に有効だったと答えています。「自分では気づけなかった課題に初めて向き合えた」との意見もあり、対話の力を改めて実感できる結果となりました。

もちろん、課題への対応策の実行には苦労も伴います。しかし、「やる前に悩んでも結果は誰にもわからない。まずはやってみて、良かったものを続ければいい」というような意識で取り組んだ組織では、図表1に示したほとんどの施策が実行され、その成果や失敗も含めて他組織と積極的な共有ができています。

こうした実践と知見の蓄積が、他組織との取組みを後押しし、重点組織以外にも活動を広げさせ、やがて全社的な定着へとつながっていくでしょう。

このような事例から得られる最も大きな学びは、「想いと行動力のある人に役割を与えることの重要性」です。DE&Iの重要性は理解しているものの、通常業務に追われ行動には至っていない場合も、人事部が仕掛けをつくり役割を与えることで、初めて行動が生まれることもあります。

現場から自然発生的にアクションが起こるのが理想ではありますが、それをただ待つのではなく、人事部が「動きやすい仕掛け」を用意することが、DE&I推進の鍵となるのではないでしょうか。

7.おわりに

ここまで組織のDE&I定着について述べてきましたが、最後に強調したいのは、「DE&I」という言葉にこだわる必要はないということです。

重要なのは、多様な人が存在し、その違いを受け入れ、そこから生まれる知を組織の価値に変えていくという考え方を組織カルチャーとして根付かせることです。

理想は、DE&Iを掲げて活動しなくても、その考え方が組織に自然と根付き、誰もが当たり前のように行動している状態です。そうした状態が実現できなければ、変化の激しい時代において、企業は持続的な成長を遂げることはできません。だからこそ、流行や外圧に振り回されるのではなく、DE&Iを企業戦略の一部として位置付け、着実に浸透させることが求められます。言葉で終わらせず、実践で根付かせることが、これからの企業に求められる姿勢です。

KPMGではさまざまな企業の現場・人事部に対してDE&Iの定着を支援してきたことから、豊富な知見を有しています。ぜひお気軽にお問い合わせください。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 信田 直人

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