日本では公益通報者保護法の改正が進み、報復行為に対する厳罰化や社内体制整備の強化が求められる見通しです。一方で米国では、充実した報奨金制度を軸に外部通報を促す流れがさらに加速しています。

本稿では、日米の公益通報者保護制度の最新動向と、企業が早期に対応すべき具体策を解説します。

内部通報制度を適切に構築することで不正リスクの迅速な検知・是正が可能となり、外部通報による大規模調査を回避するうえでも重要な戦略となります。

1.そもそも「公益通報」とは?

東京弁護士会によると、「公益通報」とは、労働者などが不正の目的でなく事業者や官公庁などの不正行為を、一定の通報先に通報することを言います。

こうした通報は不正行為を問題視し、不正行為を是正する行動につなげることで社会的な便益をもたらすことが期待されますが、その一方で、不正行為を通報した通報者が解雇・降格等の報復を受けるおそれがあります。そこで、虚偽の申告等不正の目的によらず、勇気をもって不正行為の通報を行った通報者を保護する制度として、各国において公益通報者保護制度が整備されています。

主たる契機は2003年に採択された「腐敗の防止に関する国際連合条約」です。同条約「第33条 報告者の保護」において、「締結国は、(中略)報告する者を不当な待遇から保護するための適当な措置を自国の国内法制に取り入れることを考慮する。」と規定されたことから、各国において公益通報者保護の法制度の整備が活発となりました。
日本においても2004年に新法として公益通報者保護法が制定されましたが、法整備の方向性は各国で異なります。

たとえば英国においては、労働者の権利保護を行う雇用権法(ERA)において公益通報者保護の規程が盛り込まれ、通報者たる労働者保護の側面が強いと言えます。これは、日本においても同様です。
一方で、米国においては、単一の法令において規定されるのではなく、証券法や水質汚濁防止法、消費者製品安全改善法といった規制法のなかに保護規定が設けられており、行政府が違法状態を是正するためのモニタリング、および執行コストを低減するための取締りの側面が強いと言えます。

次章では、こうした法整備の方向性の違いを念頭に、日米の公益通報者保護制度の概要および動向について解説します。

2.日本における公益通報者保護法の動向

公益通報者保護法改正案の概要

日本の公益通報者保護法については、昨今の内部通報を理由とする報復事案の深刻化や内部通報体制の形骸化等を背景に、2025年通常国会で、公益通報者保護法改正案の提出が見込まれています。

政府がまとめた公益通報者保護法改正案のポイントは以下のとおりです。

(1)報復行為の厳罰化

  • 内部通報を理由に従業員を解雇や懲戒処分した場合、事業者に対して刑事罰を科す規定の導入。
  • 民事訴訟が提起された場合、事業者側が通報と不利益処分との因果関係がないことを立証する責任を負う仕組みの検討。

(2)内部通報者の特定・通報妨害の禁止

  • 事業者が正当な理由なく通報者を特定しようとする行為、または内部通報を妨げる行為を禁止する規定の導入。
  • 内部通報窓口の担当者配置義務や、行政命令に従わない場合の刑事罰の適用も検討。
  • 報復人事を行った場合、法人に対し3,000万円以下の罰金、意思決定関与者への6ヵ月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金を課す刑事罰の適用も検討。

【法改正で導入が検討されている刑事罰】

日米の公益通報最新動向と企業が取るべき実践策_図表1

事業者への影響

内部通報を適切に処理しなかった場合、事業者に対し刑事罰が科される可能性が出たことで、事業者はこれまでより、以下のような事項について取り組むことが重要になります。

  • 通報内容や関係者等に係る情報管理の徹底
  • 処分に係る判断基準および意思決定プロセスの明確化
  • 通報関係者への研修および教育

一方で、日本の公益通報者保護法のみを参考にするだけでは、内部通報体制の整備のうえでは不十分です。
次章では米国の制度および動向についても紹介します。

3.米国における公益通報関連法令とその動向

米国の公益通報者保護関連法令の概要

米国の公益通報者保護関連法令は、事業者に機密保持や通報ルートの確保等を求めるだけでなく、報奨金制度なども措置しており、世界的に先駆的な制度設計をしています。

なお、日本のように公益通報に関する通則があるのではなく、連邦、州、地方各レベルで多様な法律が存在しています。以下では、そのなかでも代表的な公益通報者保護関連法令を紹介します。

False Claims Act 「False Claims Act」は、アメリカ初の公益通報者保護関連法とされ、連邦政府に対して財政的損失をもたらす詐欺行為の通報により、回収金額の15%~30%の報奨金が通報者に支給されます。違反者は、民事罰金に加え、さらに3倍の損害賠償責任を負う可能性があるなど、通報者に対しても事業者に対してもインセンティブが措置されています。
Dodd-Frank Act 2008年の金融危機(リーマンショック)を契機としたウォール街改革の一環として、2010年に成立した「Dodd-Frank Act」では、通報者への報奨および保護措置が盛り込まれています。
証券取引委員会(SEC)
SEC公益通報者プログラムは、Dodd-Frank Act第922条に基づいて設置され、証券諸法違反の通報を促進し、回収金額の10%~30%の報奨金を支給します。
商品先物取引委員会(CFTC)
CFTC公益通報者プログラムは、Dodd-Frank Act第748条に基づいて設置され、商品取引法違反の通報に対し、回収金額の10%~30%の報奨金が授与され、適切な保護措置が講じられます。
外国腐敗防止法(FCPA)FCPAは、外国への賄賂行為に着目し、司法省(DOJ)とSECが共同で執行します。国際的にも最も強力かつ効果的な反汚職法の1つとされ、回収金額が100万ドルを超える場合、通報者は米国政府が獲得した全制裁金の10%~30%の報奨金を受け取る権利があります。
Sarbanes-Oxley Act (SOX) SOX第806条は、郵便・通信・銀行・証券の詐欺行為、証券法違反、株主詐欺、またはSECの規則・規制違反を通報する上場企業の従業員に対して、広範な保護を提供します。
Criminal Antitrust Anti-Retaliation Act (CAARA) CAARAは、Dodd-Frank Actの報奨制度とは異なるものの、2020年に可決され、刑事反トラスト報復禁止法にも続き、刑事独占禁止法違反の通報や関連保護行為に従事する者を保護することを目的としています。
IRS Whistleblower Program 2006年のTax Relief and Health Care Actの成立に伴い、内国歳入庁(IRS)の公益通報者プログラムは大幅に改正されました。特に大規模な税務事件において、従来任意であった報奨制度が義務化され、回収金額の15%~30%が適格な通報者に支給されるようになっています。また、報奨金の対象となるために通報者が米国市民である必要はなく、違法な海外銀行取引など国際的な事案にも適用されます。
Motor Vehicle Safety Whistleblower Act 2015年に成立した本法は、車両の安全に関して連邦車両安全法違反を通報する業界内部の従業員等を対象に、安全上の問題点を明らかにするためのインセンティブを提供し、100万ドル以上の金銭的制裁に対して10%~30%の報奨金が支給されます。

米国司法省(DOJ)公益通報者報奨パイロットプログラム

前記の関連法令に加え、2024年8月1日、米国司法省(DOJ)は企業犯罪の発見および起訴を目的とした3年間のパイロットプログラム「Corporate Whistleblower Awards Pilot Program」を開始しました。

このプログラムでは、企業の不正行為に関して刑事部門へ独自かつ正確な情報を提供し、差し押さえが成功した場合に、通報者が報奨金を受け取れる、といった制度になっています。このパイロットプログラムは、Dodd-Frank Actによる公益通報者プログラムを補完するものであり、同法でカバーされない領域を対象としています。ただし、対象は以下の4分野に限定されます。

  • 伝統的な銀行から暗号通貨事業に至る金融機関に関連する一定の犯罪
  • SEC公益通報者プログラムの対象外となる、企業の不正行為に伴う外国汚職(外国腐敗防止法、外国恐喝防止法、およびマネーロンダリング関連法規を含む)
  • 企業による国内汚職
  • 民間保険プランを対象とする医療詐欺スキーム

本パイロットプログラムは、企業に対して強い警鐘を鳴らすものであり、DOJが刑事執行権限を有するため、より強力な対応が期待されます。さらに、DOJは企業不正の摘発に向けた各種改革に長年取り組んできました。たとえば、DOJは刑事事件を起訴するすべての部門・ローカルオフィス(拠点)で自発的開示ポリシーを導入し、DOJが独自に捜査を開始する前に企業が自発的に不正行為を報告することを奨励しています。

また、2024年4月15日には、特定の企業不正行為を自発的に開示した個人に対し、免責および不起訴合意を提供する「Voluntary Self-Disclosure for Individuals」パイロットプログラムも開始されました。
DOJは、企業および個人が不正行為に関する情報を積極的に提供することを強く推奨しており、今後もさらなる改革やパイロットプログラムの実施が見込まれます。

4.求められる企業対応

日米の公益通報者保護制度に共通しているのは、「通報者を保護し、違法行為を早期に把握して是正へとつなげる」ことを目的として通報を奨励・保護するという点です。しかし、日本では公益通報者保護法の改正により報復行為の厳罰化等を通じた内部通報制度の確立に重きが置かれ、対して米国では高額報奨金や自主開示プログラムを餌に当局への報告に重きが置かれているという特徴の違いがあります。

米国で事業を展開する場合や、取引が米国法の管轄となる場合には、こうした日米の制度差を念頭に内部通報体制を整備する必要があります。そのために、まずは公益通報者保護法が要請するように、通報者保護をベースとした内部通報体制の整備が求められます。

そのうえで、従業員が内部窓口を飛び越えて米国当局に情報提供するリスクに対応しなければなりません。もし、従業員が内部より外部へ通報するメリットが大きい、と判断すれば、事業者は自社で不正を把握する前に、行政、司法機関、報道機関等の調査に直面するリスクが高まります
具体的には、自発的な情報提供を促し、かつ、安心して内部通報を行えるようにするために、以下のような対応が有効です。

  • “企業内インセンティブ”の設計

企業としては内部通報を選んでもらうための仕組み(企業内リニエンシー、内部報奨金、懲戒軽減など)を導入し、通報者が安心して社内で情報提供できる魅力を高めることが肝要です。特にグローバル企業の場合、米国子会社などで外部通報されると一気に大規模調査に発展するリスクがあるため、コンプライアンスにおけるトップコミットメントをはじめ、コンプライアンス風土を確立し、有効性を感じられる社内通報制度(場合によっては通報者にインセンティブボーナスを支給するなど)を設けることが重要です。

  • 企業文化としての“スピークアップ”促進

「通報は企業を守る行為であり、決して裏切りではない」というメッセージを経営陣が社内外に示すことが、日米ともに内部通報の活性化を促す決定的な要因となります。加えて報奨金だけに頼るのではなく、通報者のキャリア・メンタル面をサポートするプログラムや、企業全体で「問題発見を評価する」仕組みを導入することで、従業員が“通報しても居場所を失わない”と感じられる環境を作ることが肝要です。

5.まとめ

日本では改正公益通報者保護法が報復防止・雇用保護を重視する方向に進む一方、米国では高額報奨金制度や新たなパイロットプログラムにより、従業員が当局へ直接情報を提供する動きがより強まっています。両国のアプローチは異なるものの、企業にとって共通する現実は「社内通報を促進しなければ、不正リスクの早期把握が困難になり、当局との交渉余地も狭まる」という点です。

そこで、日米双方の法令要件を踏まえた統一的な内部通報体制を整え、(1)報復禁止・通報者保護の徹底、(2)企業独自のインセンティブ設計、(3)自主開示も含む早期対処フローの明確化、(4)経営層による“通報推奨”の姿勢表明などを統合的に実施することが必須となります。

内部通報を「早期警戒システム」と位置づけて運用することで、企業は外部通報・外部調査による大きなダメージを回避しつつ、結果的にガバナンス強化と企業価値向上を図ることができるでしょう。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 三橋 克矢

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