本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。

今回は、CO2排出削減政策の厳格化が進むなか、中国・欧州・米国の自動車産業における内燃機関(ICE:Internal Combustion Engine)の位置づけや対応策を考察し、今後の展望やビジネス戦略の要点を検討します。

1.中国の「両輪戦略」~NEV普及と効率化された内燃機関車

2023年12月、中国では「自動車産業のグリーン低炭素のためのロードマップ1.0」が発表され、電動化と内燃機関の燃費改善を両立させる「両輪戦略」を掲げました。この戦略の核は、新エネルギー車(以下、NEV:New Energy Vehicle)の積極的な普及と、内燃機関の燃費改善を同時に推進することです。NEVには、バッテリー電気自動車(BEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCEV)の3種類の電動車両が含まれます。

具体的な計画として、NEV販売比率を2025年までに新車販売の45%、2030年までに60%をNEVにする目標が掲げられています。また、2030年には内燃機関車の燃費を3.0L/100km、2035年には2.0L/100kmへと大幅削減する予定です。
さらに、水素燃料や再生可能液体燃料も含めた多角的なアプローチも推進しており、内燃機関を完全に廃止するのではなく、広範な選択肢を同時並行で追及しています。

中国は、「国家主導の長期視点」という強みを最大限に活かした独自のアプローチを展開しています。
産業政策を統合的に設計することで、BEVインフラ開発やバッテリーサプライチェーン構築にも拍車がかかる一方、既存内燃機関技術のアップグレード投資を誘発しています。すなわち、国内外のメーカーに対して「合理的かつ強力な進化圧」をかける戦略と言えます。中国市場での競争力を維持・拡大するためにNEV・内燃機関車の両方の選択肢を維持しつつ、各自動車メーカー対して環境基準の引き上げや技術革新を迫る形となっています。

中国における、2060年に向けた「自動車産業のグリーン・低炭素発展のためのロードマップ 1.0」の概要と、内燃機関に対する方針は下記のとおりです。

【「自動車産業のグリーン・低炭素発展のためのロードマップ 1.0」の概要】

背景と目的 2030年までにCO2排出量のピークを迎え、2060年までにカーボンニュートラルを目指すという国家目標に合わせ、自動車産業のグリーン・低炭素化を目指す
NEV目標(新車販売) 2025年:45%、2030年:60%
CO2排出量削減
  • 自動車走行により中国全体の8%のCO2を排出
  • 走行中、製造過程含めて総合的に排出量を削減
  • 炭素原単位目標に基づく自動車製造におけるCO2排出管理システムを確立
  • 炭素排出量に基づく自動車燃料への消費税課税を検討
中国での自動車産業の展望
  • 2055年頃に保有台数で5億台を超え、ピークとなる
  • 年間の新車販売台数は2040年頃に3,500~4,000万台
  • 自動車産業のリサイクル発展システムを確立

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

【内燃機関に対する方針】

内燃機関の将来の役割
  • 内燃機関車は、今後も自動車産業において重要な役割を果たす
  • 将来においては、電動化やコネクテッドとの融合により、効率化とともに進化させる
自動車製品事業における、炭素排出削減方針
  • ハイブリッド技術に重点を置き、自動車の省エネ技術と燃費を全面的に向上
  • 2030年新車の平均燃費は3.0L/100km(WLTC)、2035年は2.0L/100km。全車HEV前提
  • BEVの電費目標は2025年までに12kWh/100km
  • 2040年以降はNEV車が主力
低炭素・カーボンニュートラル燃料の利用
  • 水素、アンモニア、先進的なバイオ燃料および再生可能な合成燃料(e-fuel)などの低炭素・カーボンニュートラル燃料の使用を進める

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

2.欧州の「バイオ燃料再評価」と政治的分極化

近年、欧州ではバイオ燃料の再評価が進んでおり、その有用性について議論が活発化しています。
2024年2月のEU委員会の研究機関であるJoint Research Centre(以下、JRC)の論文や、同年9月にイタリア元首相マリオ・ドラギ氏が発表したレポートをきっかけに、バイオ燃料の有用性が改めて検証されています。この動向の背景には、「電動化が大事なのは当然だが、バイオ燃料を含む内燃機関の技術革新も持続可能性の一環とみなすべきではないか」という議論の活性化があります。

さらに、2024年6月の欧州議会選挙では保守派政党が議席を伸ばし、環境よりも経済・生活改善の声が高まるなかで、CO2規制の緩和・見直しを提案する動きが同年末以降に相次いでいます。このように、バイオ燃料やハイブリット技術を織り込む柔軟な制度設計の必要性と、急進的なBEV化を求める勢力が欧州内部で対峙し、政治的に揺れ動いている状況です。

  • EU委員会、JRCの論文による示唆

先進バイオ燃料の拡大は、欧州では気候変動政策パッケージである「Fit for 55」を達成する一環として有効的であるとされています。また、バイオ燃料の活用はGDPの成長や雇用創出にも貢献し得るとの見解が示されています。

【JRCの論文における結論と示唆】

揺れ動くCO2規制の行方_図表1

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

  • ドラギレポートによる示唆

今後のEU規制において自動車産業と政策の連携強化が不可欠であると提言しています。特に、低炭素燃料の普及を通じたCO2削減の可能性を指摘し、BEVの補完手段としてバイオ燃料を活用する重要性に言及しています。

【提起された課題: EU自動車産業の競争力低下】

EUの自動車輸出量の減少と中国市場の拡大
  • EU自動車輸出台数:2017年 745万台 → 2022年 626万台(16%減少)
  • EU輸入車市場:2022年にEUに輸入された自動車の14%が中国製であり、欧州以外で最大規模
中国におけるEUメーカーの販売シェア
  • 2022年 BEV6%、内燃機関車25%
EUにおけるNEV市場の推移
  • 中国メーカーのNEV販売シェア:2015年 5% → 2023年 15%
  • EUメーカーのNEV販売シェア:2015年 80% → 2023年 60%
EUの自動車産業のコスト競争力とサプライチェーンの課題
  • EUの自動車生産コスト:中国と比較して約30%高い
  • 中国の電池バリューチェーン支配:リチウム精錬90%以上、リチウムイオン電池セル供給70%以上
EUの政策と技術競争力の課題
  • EUの技術的中立性の原則:必ずしも自動車分野では適用されていない
  • BEV生産段階のCO2排出量:内燃機関車よりも高い
価格競争力の差
  • EUにおけるBEV価格:内燃機関車よりも92%高い(米国では146%高い)
  • 中国におけるBEV価格:内燃機関車よりも8%安い
消費者意識の違い
  • EU消費者の価格意識:2万ユーロ前後のモデルであればBEV購入検討を行う
  • BEVは残存価格が安く、保険料が高い

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成(中国自動車産業との比較を通じて解説)

【提起された課題に対する示唆】

揺れ動くCO2規制の行方_図表2

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

3.米国の「トランプ大統領再選」で変動する世界市場

2024年11月の米国大統領選挙でトランプ大統領が再選を果たし、2025年1月に就任しました。これにより、バイデン前政権とは異なる環境規制緩和や化石燃料産業の振興の方針が再び強調されています。

特に、CAFE規制(企業別平均燃費基準)の見直しが進むことで、北米市場におけるハイブリット車を含めた内燃機関車への需要が下支えされ、国際的なCO2規制の足並みが乱れる可能性が高まっています。

米国の政策転換は、単なる自動車排出規制の変化にとどまりません。グローバル企業にとっては「どの市場を優先した投資と開発の舞台とするか」という戦略的選択が迫られる局面にもなり得ます。中国のNEV市場の急速な拡大に適応するのか、欧州で浮上しつつあるバイオ燃料路線に注力するのか、あるいは米国の緩和ムードを先読みして内燃機関のアップデートに賭けるのか。企業は、各市場の政策変化を見極め、複数のシナリオを見据えた臨機応変な対応が求められるでしょう。

【トランプ大統領が推進するエネルギー施策(アジェンダ47抜粋)】

アジェンダ47(環境関連)
“CAFE規制(企業別平均燃費基準)は自動車産業に2,000億ドルの損害。新車平均価格は49,500ドルであるが、1,000ドル以上引き上げられている。この規制を廃止する”
パリ協定からの離脱
  • 急進左派のグリーンニューディール政策のすべてに反対
  • バイデン前政権の政策を停止
EV(電気自動車)義務化の撤廃
  • 内燃機関への攻撃に終止符
  • 自動車産業に負担を強いるバイデン前政権の指令を廃止
  • CAFE規制を廃止する
  • 「人々はEVを望んでいない」との見解
米国を世界で最もエネルギーコストの低い国に
  • 中国よりも安価なエネルギー価格を実現
  • ペンシルベニア州、ウェストバージニア州、ニューヨーク州のマーセラス・シェールの天然ガスパイプラインの許可を早める
  • 石油・天然ガスプロジェクトを停滞させている役所仕事を撤廃
  • 小型原子力モジュールに投資
  • 水力発電を支持

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

4.まとめ:柔軟な内燃機関の延命が浮上

現在のグローバルな潮流を見ると、BEVへの一辺倒よりも、バイオ燃料やハイブリット技術を取り入れながら、段階的にCO2を削減する路線が存在感を増しているようにみえます。その理由としては、中国の「自動車産業のグリーン・低炭素発展のためのロードマップ 1.0」が端的に示すように、最先端技術への投資を勧めつつ、既存の技術資産を最大限活かす方針が現実的な落としどころとなりつつあるからです。環境団体からはこうした技術進展と規制のスピード差に対する批判が提起される可能性もあります。
また、政治的な駆け引きや技術的課題も依然として数多く残されています。それでもなお、内燃機関をどのように「次のステージ」にアップグレードしていくか、あるいはバイオ燃料などの新技術と組み合わせていくかは、各国・各メーカーにとって差別化の重要な戦略ポイントとなるはずです。

企業にとっては、地域ごとに規制や市場ニーズに合わせて“組み合わせの妙”を追求することこそが競争優位の源泉になり得ます。たとえば、ある国でBEV向けの電池開発を主力とし、別の国では内燃機関の高効率化やバイオ燃料対応技術に注力するケースも考えられます。こうした複線的アプローチは一見すると非効率に見えますが、変動の大きい規制環境を乗りこなすためには、このような一種のポートフォリオ戦略が求められているのです。

今後の焦点は、各国政府がどこまで規制の柔軟性を認めるか、そして技術革新がどのスピードで進むかです。いずれにせよ、内燃機関は完全に淘汰されたわけではなく、環境規制の「インセンティブ」のもとで、形を変えながら進化していく可能性は十分に残されていると言えるでしょう。

本文および図表は下記資料を参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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