本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
グローバルな環境規制の進展により、自動車業界の枠組みが変わりつつあります。LCA規制の最新動向と自動車業界への影響、企業が取るべき対応策について解説します。

1.自動車の環境規制の枠組み変化

自動車の環境規制は大きな転換期を迎えており、枠組みが変化しつつあります。一般的に認知されているのは従来の走行時の二酸化炭素(以下、CO2)やNOx排出量を基準とするテールパイプ規制「Tank to Wheel」でした。
日本では、燃費基準達成や低排出ガス認定などのステッカーを一度は見たことがあるでしょう。さらに包括的な枠組みとして燃料製造および発電から走行に至るまでのライフサイクル(LC)を考慮する「Well to Wheel」という概念が注目されており、日本やアメリカの燃費規制に用いられる予定です。そして、現在では走行時のみならず車両の材料製造から廃棄まで含めたライフサイクルにおけるGHG(温暖化効果ガス)排出量が規制対象となる動きが始まっています。これを「LCA規制」と呼びます。

2.世界のLCA規制動向とCFPの重要性

電気自動車(EV)のバッテリーは車両全体のカーボンフットプリント(CFP)の大きな割合を占めております。CFPとは、ライフサイクル全体におけるGHG排出をCO2換算で表したものを指します。

【世界各国のLCA規制動向】

世界のLCA規制動向と自動車業界への影響_図表1

こうした背景を受けて、EUはその排出量の報告および排出量に基づいた性能表示の義務化を2023年に立法化しています。さらに、乗用車およびバンのCFPの自主報告制度が2026年度から始まる計画ですが、基準は未公表です。

同様の動きは中国でも先行しており、2023年から政府系機関で自主報告値および機関計算値が公表されていましたが、基準は存在していませんでした。これに対し、2024年4月から5月にかけて、車載電池や車両のCFP定量化に関する基準(案)に対するパブリックコメント募集が行われました。中国工業情報化部の2024年度基準化計画にリストアップされていることから、年度内での基準制定が行われると推定されます。特に注目すべきは、新興国の自動車の環境規制はEU規制を数年遅れで導入してきたのに対し、中国が先行し始めていることです。これはEUが公的規格による有利な競争領域を作り上げてきた戦略の中国による再現かもしれません。


【中国の自動車関連CFPの基準化状況】

タイトル パブリックコメント募集期間 内容・特徴
道路車両のCO2排出量の定量化方法と要件(駆動電池) 2024/4/12~2024/5/22 電池の製品CFPの定量化ルールを規定。計算ルールは欧州電池規則を参考にしつつ、リサイクルに関するルールではCUT OFF法を採用し、独自性を持たせている。
道路運送車両会社と動力電池製造会社向けの炭素排出量の計算と報告 2024/5/23~2024/7/2 企業単位でのCFPの計算および報告方法を規定。GHGプロトコルに基づき、スコープやカテゴリーに合わせた定量化基準を記載している。
乗用車のCO2排出量の定量化方法と要件 同上 乗用車(M1)の製品CFPの定量化ルールを規定。車両寿命や計算方法(B/M)について、欧州・米国の報告基準や、ツールを参考にしている。
道路車両のCO2排出量の定量化方法と要件 2024/5/31~2024/7/10 商用車・二輪車・部品・材料などに対するCFP定量化方法を規定。用途に応じてCUT OFF法と開ループの割り当て法を適用している。

3.LCA規制に対する企業の対応

世界中で準備が整えられつつあるLCA規制に際し、企業は材料から廃棄までのサプライチェーン全体での対応が求められています。たとえば、調達という観点では再生可能エネルギーを利用して製造された材料への転換やリサイクル材料の使用増加などが挙げられます。

一方で、自動車に多く使用されている鉄やアルミなどの材料メーカーは低CO2排出材料の環境価値を金銭価値に変えるための、“グリーン”ブランドを作る動きや供給のための投資を行っています。需要と供給のバランスのなかで将来のグリーン材料の価格がどのように変動するのかを踏まえ、車両の商品企画から量産までに数年要することを考慮することが、将来の調達シナリオを事前に描き、対応策を練っておくうえで重要なポイントとなります。

このように、自動車業界においてLCA規制は単なる環境規制という視点だけでなく、持続可能な製品開発や事業全体へと影響を及ぼすものとなりつつあります。これらの外部環境の変化に対して、完成車メーカーのみならずその影響を強く受ける部品・素材メーカーはサプライチェーンおよび自社のバリューチェーン全体でどのように取り組むか、その戦略が問われています。

本文は下記資料を参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
スペシャリスト 伊藤 登史政

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