ドナルド・トランプ氏のアメリカ大統領就任は、世界にどのような影響を及ぼすのでしょうか。

前編では、アメリカの現代政治が専門の前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)とともに、第二次トランプ政権の概要や、中国を意識した関税政策などについて議論しました。

後編では、欧州、東アジアへの影響にも視野を広げ、2025年の世界の姿を展望します。

※本稿はトランプ氏のアメリカ大統領就任前の2024年12月11日に実施した座談会を編集したものです。記載している内容は、KPMGコンサルティングの意見を代表するものではないことをあらかじめお断りします。

【インタビュイー】

上智大学 総合グローバル学部教授 前嶋 和弘 氏
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 足立 桂輔
アソシエイトパートナー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴

全員

左から KPMG 白石、上智大学 前嶋氏、KPMG 足立、新堀

トランプ氏の対台湾政策はどうなるか

足立:トランプ氏は台湾とどう向き合っていくでしょうか。アメリカと中国は約1万キロ離れており、日本は中国のすぐ横に位置しています。海峡問題と安全保障に対する日米それぞれの重みは異なるのではないでしょうか。またアメリカは台湾との関係において、台湾関係法を含む特別な関係性を持っています。

前嶋氏:日本での一般的な考え方で言えば、習近平氏が台湾に侵攻するというのは相当なことだ、という感覚がありますよね。アメリカ、日本と断交するようなもので、中国がその手段を取るのはなかなか考えにくい。

一方のトランプ氏ですが、台湾に対して「我々の半導体ビジネスを盗んだ。彼らは我々に防衛を求めているが、防衛の費用は払わない」などと発言したこともあります。アメリカに甘えてほしくない、しかしアメリカの武器を買ってくれれば自国の利益になり、中国対策にもなるので、メリットがあります。このあたりの折り合いをつけながらどう動くか、まだ見えないところです。

また北朝鮮と韓国について触れると、トランプ氏は北朝鮮と何らかのディールをする可能性があります。そうなると、韓国は脅威に感じますから、核武装をしたいという主張が強くなります。東アジア全体がドミノ倒しのように軍備拡張に走るかもしれない。日本政府や日本企業は、判断が難しい過渡期の時代に耐える準備が必要だと思います。

足立前編の前嶋先生のお話で言えば、トランプ氏は「僅差での勝利」でした。中間選挙がある2年後、そして4年後の大統領選挙で起こる変化も見据え、慎重に判断しなければならないということですね。

前嶋氏:そうですね。4年後の第二次トランプ政権後のことも考えなければなりません。4年後に今回副大統領に就任のJ・Dバンス氏の政権になり、トランプ氏の思想が受け継がれる可能性もあります。アメリカの州レベルで見ると保守の方が多いですから、気候変動対策や対中のデカップリング、という流れは長く続いていくことも考えられます。

トランプ氏就任後も僅差での揺り戻しは続く

足立:トランプ氏勝利の一方で、共和党のなかにも「このままトランプ氏に牛耳られたままでよいのか」という動きがあるようです。同時に、民主党も今回の大統領選の敗北の反省を活かし、再編が検討されていくとも言われています。両党の今後の動きが気になります。

前嶋氏:民主党側の人たちと話すと、すごく自罰的です。負けてしまったのは「労働者の声を聞かなかった」「左派に振れすぎた」からだと。ただ、私は反省する必要はないと声をかけることが多いです。トランプ氏とカマラ・ハリス氏の得票率の差はたった1.5ポイント差でしたから。

今後の動きについて言えば、次期大統領選の候補者として民主党には今回、同党大統領候補として敗北したハリス氏がいます。カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサム氏も注目されます。若者からの支持の厚い下院議員のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏も35歳となり、大統領選に出馬できる年齢です。分断の時代というのは「わかりやすい人」が求められますから、オカシオコルテス氏の若さが求められる可能性はあるでしょう。彼女はもともと、左派のバーニー・サンダース氏の選挙運動から出てきた人だったのですが、最近は将来の大統領選を意識してか中道寄りの発言が見受けられます。

一方の共和党は、バンス氏が有力です。彼は4年後もまだ44歳。ほかにも、第二次トランプ政権で国務長官に指名されているマルコ・ルビオ氏や国連大使に指名されているエリス・ステファニク氏もいます。1つ言えることは、共和党は以前の共和党ではなく、「トランプ党」になってきています。

今回の大統領選挙のような五分五分の状況は、今後も続くと考えます。未曾有の分断で、どちらの党が勝利するかで政策も大きく変わりますから、日本としては対応が複雑です。

対欧州の動きと日本の立ち位置

白石:欧州の対応についてもうかがえればと思います。経済面では、欧州のなかでアメリカと同じように中国を警戒する動きがあり、かつてのように積極的に関係を強化しようとする機運には陰りがみられます。そうしたなか、米国の対中政策に倣うかたちで、欧州でも半導体製造装置の輸出規制や中国製EVへの追加関税という動きが見られます。

今後もトランプ氏の動きに追随するのではないかという予測もある一方で、欧州では米中とならぶ第三極として独自の戦略を志向するとの見方もあります。

前嶋氏:第一次トランプ政権の時、欧州はトランプ氏を「とんでもない人だ」という視点で見ていたと思います。人権意識は低いうえ、北大西洋条約機構(NATO)を骨抜きにしようとしていると、呆れていたわけです。しかし今回は実を取ろうとした動きが出てくるはずで、最初から喧嘩腰で交渉をする姿勢は、欧州にとって現実的ではないと思います。アメリカとしては、欧州にアメリカの物を買ってほしいし、安全保障の面ではNATOの加盟国がもっと防衛費を負担してほしい。だからこそ、欧州としてはそのどちらも取り入れていった方がよいと思います。

安全保障の話をすると、イギリスやフランス、ドイツが、日本と軍事演習をするといった、これまで考えられなかったことがアジアで起きています。欧州からすると、経済成長を考えれば中国は切れない、でも協調するのは怖いといった心理もあります。安全保障面で日本と仲良くしながら経済をうまく回していきたいという思惑が見えます。

KPMG 白石

KPMG 白石

前嶋教授

上智大学 前嶋氏

NATOの今後

白石:トランプ氏はNATOを軽視する発言を続けています。欧米の同盟関係が戦後の安全保障体制の軸の1つとなってきましたが、その象徴であるNATOの将来を不安視する声が再び上がっています。ただ欧州にとってアメリカの防衛力は不可欠で、なんとかNATOへの関与度を下げないよう働きかけたいとも考えています。ウクライナ、中東、台湾など、今なお戦争や緊張が続く現在の世界情勢で、欧米を中心とした安全保障体制は今後どうなっていくでしょうか。

前嶋氏:欧州の識者はかねて「トランプ氏にもし二期目があれば確実にNATOを離脱するだろう」と語っていました。一期目は時間が足りなかったが、二期目は本格的に欧州との関係を考えてくる、という分析です。

アメリカ・ファーストのトランプ氏としては、NATOのために欧州が防衛費をもっと払ってほしいという主張なのです。バラク・オバマ元大統領の時代からそうした主張はありましたが、トランプ氏の場合はアメリカが得をするかしないか、というディールを持ち出してくる。そうなると、「欧米を中心とした世界の安全保障」という考え方に亀裂が生じると考えます。

トランプ氏は、ウクライナに対して早期の強制終了を計ってくると見られます。しかし、世界が本当にそれを許していいのか、という問題もあります。

IPEFをトランプ氏はどう捉えるか

新堀:バイデン政権下では、インド太平洋地域における経済面での協力を議論するための枠組みであるIPEF(インド太平洋経済枠組み)が形成されて、日本も参加しました。2024年にサプライチェーン、クリーン経済、公正な経済等の協定が発効されましたが、トランプ氏の方針とは異なる点が散見されますし、注目もされていないように思います。今後、IPEFに基づく取組みについて、トランプ政権下ではどのように取り扱われるでしょうか。

KPMG 新堀

KPMG 新堀

前嶋氏:アメリカでIPEFのことを知っている人はほとんどいません。トランプ氏が演説などのなかでIPEFについて言及した記憶も私にはなく、トランプ氏がどこまで関心があるか想像がつきません。多国間の協調よりも二国間のディールを好むトランプ氏ですから、フレンドショアリングをどうするか、チョークポイント(供給網の要所)をどうしていくか、という話を二国間でしていくのだと思います。

アメリカが環太平洋パートナーシップ(TPP)協定に復帰して、自由貿易に戻ってくることを期待したいところです。アメリカの国務省関係者や専門家も、そう思っている人が多いように感じます。

2025年の世界の姿はどうなるか

足立:2024年の年末にかけても、韓国の戒厳令宣布や、シリアのアサド政権の崩壊など、世界の至る所で大きな動きがありました。2025年、世界はどう変化していくでしょうか。

KPMG 足立

KPMG 足立

前嶋氏:一言で言うのは難しいですが、これまで世界のなかで築かれてきた枠組みや価値観が大きく変わる可能性があると思います。

先ほど申し上げた自由貿易もそうです。日本はまだ自由貿易の可能性を信じていますよね。しかしアメリカの少なくとも半数は、そう信じていません。

日米韓の関係はどうでしょう。韓国では2024年の年末に尹錫悦大統領が戒厳令を宣布して世界中が驚きました。次の政権を野党の「共に民主党」が取れば、北朝鮮と距離が近くなる可能性がありますから、トランプ氏は「北朝鮮との間に立ってくれそうだ」と歓迎するかもしれません。

欧州では右派が台頭しています。ウクライナ戦争以降、ロシアも弱くなってきています。中東におけるイランの影響力も低下してきました。少し前までの世界像から大きく変わる予兆がすでに現れているのです。

日本というのは非常に堅実で変化がない国でもあります。先だって、アメリカ人の日本研究者と話をしたのですが、日本の政治をアメリカで教える上では「もう1つのデモクラシーがある」ということが、キーワードになっているそうです。分断がない、変化がないデモクラシーがあるとのことで、なるほどと思いました。

国内で日本のことだけを考えていると、経済が低迷し、閉塞感が漂っているように思われるかもしれません。しかし、成熟しすぎて動かない国であるということは、裏を返せば安定している、とも言えるのです。

そして、実はアメリカを含め世界中から日本に対する信頼や好感度は高まっています。日本の国力が低下したことでもはや脅威ではなくなったからとも言えますが、よくよく考えてみると日本のルネサンスが始まっているのかもしれません。安全保障でも、ビジネスでも、信頼に値する人というのは世界中どこでもパートナーとして選ばれるでしょう。企業にとって、2025年は大きなビジネスチャンスの年となり、これまで見えなかったものが見えてくるかもしれません。

足立:日本の役割と責任がますます世界にとって重要なものとなるのですね。勇気づけられるとともに、それに応えられるよう日本企業はさまざまなチャレンジに向き合っていかなければいけないことを痛感しました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

<話者紹介>

上智大学 総合グローバル学部教授 前嶋 和弘 氏
1990年上智大学外国語学部卒業、2001年米メリーランド大学大学院博士号取得。敬和学園大学、文教大学勤務を経て2014年4月より現職。専門は現代アメリカ政治・外交。アメリカ学会会長も歴任。

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 
足立 桂輔
2003年よりKPMGに勤務。その間、KPMG中国での勤務を経験。現在、ガバナンス、サステナビリティ、リスクマネジメント等のサービスをリード。

アソシエイトパートナー 新堀 光城
弁護士。経済安全保障・地政学サービスチームリーダー。
国内外のリスク管理・規制対応・サステナビリティ施策のほか、中長期戦略策定に向けたビジネス環境分析支援等に従事。

マネジャー 白石 透冴
元日本経済新聞社パリ ジュネーブ支局長、エネルギー報道チームリーダー。
KPMGでは企業の経済安全保障リスク対応、有事コミュニケーションなどの危機対応支援を担当。

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