本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。

エネルギー自給率の向上、燃料調達収支の改善、カーボンニュートラルの実現などを目的として再生可能エネルギー(以下、再エネ)の導入が進む一方で、供給の不安定さを補う必要性が高まっています。そのなかで、EV(電気自動車)のバッテリーを分散型電源として活用することが注目されています。その利点や実現を阻む技術的・制度的課題を整理し、解説します。

1.分散型電源としてのEV活用の可能性

近年、再エネ電源の普及に伴い、電源容量全体のうち太陽光発電などの変動電源が占める割合が増えたことで電力需給バランスを保つことが難しくなっています。この電力需給バランスの不安定さを補うため、高圧系では大規模なエネルギー貯蔵システムの活用が、低圧系では家庭用の蓄電システムやEVバッテリーなど小規模な蓄電システムの活用が注目されています。その1つがEVバッテリーへの充放電を電力需給調整に活用するV2G(Vehicle to Grid)技術です。この技術によってEVは「人・モノの移動手段」に加えて、「電力の供給者」としての役割を担うことが可能になります。

2.V2Gサービスにおける各プレイヤーの役割と享受するメリット

日本の需給調整市場では2026年以降、低圧電源への開放が予定されており、EVバッテリーの市場参入が可能となります。この新たな市場で各プレイヤーが連携してそれぞれの役割を果たすことで、V2Gビジネスが成立します。たとえば、自動車OEMはEVの拡販と新たな収益源である車両データ提供の対価獲得の機会を得ることができ、電力小売会社、EV充電サービス業者、政府・自治体においてもそれぞれがEVオーナーへのサービス提供を通じて、メリットを享受できます。また、サービス利用者であるEVオーナーにも電力コスト削減のメリットがあり、事業者、EVオーナー、政府・自治体にとって三方よしのエコシステムを形成できます。

このエコシステムを成立させる前提となるのは、インフラ整備と制度設計です。これらが整備されることで、V2G市場のさらなる拡大と活用が期待されています。

【V2Gエコシステムの形成におけるプレイヤー構成とメリット】

分散型電源としてのEV活用の可能性と実現への課題_図表1

3.V2Gの実用化に向けたインフラ整備と制度設計

V2Gの実用化にはインフラ整備と制度面の課題が伴います。V2Gサービスの顧客であるEVオーナーが電力供給に参加するために必要なV2G対応の充電ステーションの数は普通・急速充電ステーションと比較して少ないのが現状です。そのため、政府・自治体やサービス事業者が連携してV2G対応のインフラを全国的に整備することが求められます。

また、電力の売買をスムーズに行うための制度はまだ整備されていません。たとえば、EVオーナーが自分の車の電力を売買する際の報酬体系や取引規則などの明確な枠組みはまだ存在していません。また、法規制の観点ではV2Gの電気事業法上の取扱いや電力の売買による収益に対する税制措置が未整備であり、EVオーナーへの経済的インセンティブ、法規制との整合を考慮した制度設計が必要です。こうしたインフラ整備、制度面の課題解決がV2G実用化を進めるうえで欠かせない前提条件です。また、その実用化は車両側にも影響を及ぼします。

4.自動車業界への影響

V2Gの実用化が進むことで、特に影響を受けるのはEVのパワートレイン・電力伝送に対する技術要件です。たとえばV2G活用によって充放電頻度が増加することで、バッテリーの劣化が進み、それにともないEVの残存価値が下がる可能性があります。これまでEVのバッテリーは航続距離と充電速度を向上させることが技術要件のトレンドでしたが、今後は耐久性を特に高めたモデルやEVオーナーの使用方法に合わせたソフトウェアによる性能のチューニングなど、ハード・ソフトの両面でバッテリーの多様化が進む可能性があります。また、電力伝送の観点ではV2G導入に係るコストが優位となる交流放電機能のEVへの実装が進む可能性があります。
V2Gの実用化において先行する欧州では、すでにこの技術的なトレンドが生まれており、その影響はOEMのみならずサプライヤーにも波及しています。V2Gの実用化がもたらすEV技術の新たな可能性を見極め、その適用の是非や各社のビジネスへの活用方法を検討することが、自動車業界において重要な戦略の1つとなり得るのではないでしょうか。

【V2Gの実用化により影響を受けるEV技術の例】

分散型電源としてのEV活用の可能性と実現への課題_図表2

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 大工原 秀吾

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