本シリーズでは、メタバース空間を活用した顧客体験の新たな可能性と導入アプローチを探求しています。
最終回となる本稿では、前回の「顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは」に続き、企業がメタバースを活用する際に検討すべき手順や課題を掘り下げます。また、メタバース活用の導入アプローチについて詳しく解説し、企業の導入アプローチのヒントを提供します。

・ポイント1:デザインシンキングによる導入アプローチ
KPMGは、単なるメタバース空間の構築だけでなく、デザインシンキングのアプローチ「4Dプロセス」を活用する。これは人間に焦点を当てたサービス設計を可能にし、顧客体験を最大化する導入アプローチを実現する。

・ポイント2:企業価値の創出とサイクルの確立
企業が顧客に提供する価値は、継続的なペルソナ・カスタマージャーニーなどの改善を通じて最大化される。プロトタイプを用いた試行錯誤を繰り返すことで、メタバースの活用がどのように顧客体験の向上に資するかを反復的なサイクルを回して検討する。

・ポイント3:顧客体験設計の見直しと新たな視点
メタバース活用の意義を顧客体験の向上と定義することで、既存の顧客体験設計を再評価し、新たな視点を取り入れることが重要である。自社の保有する強みや特性を活かした固有の顧客体験とはどうあるべきかを見つめ直すことが、顧客と企業およびサービスの対話性を高める契機となる。

1.メタバース活用の導入アプローチ

前回の記事「顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは」でも触れたように、メタバースが顧客体験を革新する可能性を深堀りし、企業がその活用を成功させるための手法と実践的アプローチについて詳述します。
KPMGでは、迅速なサービス開発に適するデザインシンキングのアプローチ「4Dプロセス」を活用しています。ただ単にメタバース空間を構築するのではなく、この4Dプロセスに基づいて検討することで、顧客体験設計全体の再定義やリスク検証など含め事業検討を幅広く伴走型でサポートし、顧客体験を最大限に高めるサービス検討アプローチを実現します。

この推進方法は、人間に焦点を当てた設計を可能にする方法論であり、ユーザー中心のサービス設計を目指す仕組みになっています。これはアジャイル開発方法論と組み合わせが可能であり、さまざまな利害関係者と共にプロトタイプを作成・検証し、実用的なサービスを検討するための反復的なサイクルを回すことを目的としています。

メタバース活用を成功に導く企業の導入アプローチ_図表1

4Dプロセスは以下の手順で進められます。
まずビジネスモデルを構築し、1~3のステップを検討したうえで、4のステップでオペレーションモデルの構築を行います。

【ビジネスモデル構築】

 1. Discover(環境分析・理解)
 
環境変化による影響要因からあるべき方向性を踏まえ、取り組むべきユースケースを選定します。

 2. Define(ユーザー分析・理解)
     ターゲットにすべきユーザー像の明確化、顧客体験の可視化により、ゲイン/ペインポイントを分析します。

 3. Design(価値デザイン検討)
    
ユーザー分析に基づき、バリュープロポジションを設定し、あるべきカスタマージャーニーを策定します。

【オペレーションモデル構築】

 4. Deliver(実現性の確認)
     
あるべきカスタマージャーニーをサービス化するため、各種アセスメントを実施したうえで最適な運用体制を推進します。

【4Dプロセス:メタバースを活用した顧客体験向上アプローチ】

メタバース活用を成功に導く企業の導入アプローチ_図表2

2.メタバース導入に向けた具体的な検討手法

前述の通り、「4Dプロセス」ではメタバース導入において4つの段階的なアプローチを採用しています。
事例として、前回の記事「顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは」の検証内容を基に、メタバース導入に向けた具体的な検討手法を順序立てて解説します。

アプローチ

パブリックコメント募集期間

具体例
1. Discover
(環境分析・理解)
メタバースに関する外的環境変化を分析。考え得るサービスバリエーションの中から取り組むべきユースケースを他社事例など踏まえて選定 メタバース上でのSDGs関連の金融商品売買を選定
2. Define
(ユーザー分析・理解)
ターゲットにすべきユーザー像を検討し、ペルソナを作成。また既存のサービスがある場合は、カスタマージャーニーを作成のうえ、顧客体験を可視化し、ゲイン/ペインポイントを把握。メタバースのネガティブな要素が出ないようなジャーニー全体像を設計 顧客側の親と子供を対象に、ペルソナを作成(既存サービスがないため、カスタマージャーニー作成は省略)
3. Design
(価値デザイン検討)
ペルソナと既存のカスタマージャーニーを基に、企業が顧客に提供する価値を検討。その価値を軸に、新しいカスタマージャーニーを作成し、メタバースの特性を踏まえてどのように顧客体験の向上に資するかをタッチポイントと「Six Pillars」の関係性に基づき検討 顧客側の親・子供と企業側の営業員がSDGs関連のクイズ・アトラクションゲームを共体験することで、互いに親密性を高めるジャーニーを設計
4. Deliver
(実現性の確認)
新しいカスタマージャーニーを基に、メタバース空間の運用方法を決定。プロトタイプ開発を通じて、リスクの特定や改善案、およびコスト対効果を検証。プロトタイプによる効果測定を実施し、サービス品質を高めるためのサービス化ロードマップを作成 開発事業者向けに絵コンテを作成し、実証実験を行ったうえでメリットや課題など抽出し、検証結果を取りまとめる

※KPMGでは、優れた顧客体験を構成する6つの要素を「Six Pillars」と定義しています。詳細は、「2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査」をご覧ください。

このように、手順に沿ってペルソナやカスタマージャーニーなど成果物を作成することで、施策を進めるなかで想定外の課題が生じた場合にも立ち戻って軌道修正することが可能です。プロトタイプを用いた反復的なサイクルで試行錯誤を繰り返すことで、より優れた顧客体験のアイデアが生まれます。また施策を進めるにあたって利害関係者と共通認識を形成し、あるいは検証時の効果測定シートに反映する項目を事前に明確化しておくことで、成果物の効果をさらに高めることが可能です。

3.さいごに

新しいテクノロジーの導入には、常に意思決定の難しさが伴います。
グローバルのテクノロジーリーダーを対象にした調査「KPMGグローバルテクノロジーレポート2023」では、「どのような検討プロセスを経て新しいテクノロジーの導入を決定したか?」という問いに対し、導入理由として最多の回答は「競合他社が特定のテクノロジーによって優位性を築いており、競争力を高めるため」になります。
競合企業に後れを取るリスクを懸念するのは無理もありませんが、テクノロジーリーダーは、自社の商業的および戦略的な成果を出すことに集中すべきです。そのため、メタバース活用においても、ダイナミックな戦略やビジネス目標と意図的に結びつけて検討を進めることが重要です。つまり、導入するテクノロジーがどのような価値を生み出すかを明確にすることが成功への鍵へとつながります。

たとえば、生成AIの登場により、顧客行動はサービス情報を自ら読み込み理解するというスタイルから会話型のコミュニケーションにより情報を得るスタイルにシフトしてきています。顧客が求める情報が、シームレスにパーソナライズされた形で顧客の前に表示される顧客体験の需要が今後高まってくる可能性があります。この場合、私たちはどのようなチャネルで顧客とコミュニケーションを図っていくべきでしょうか。導入するテクノロジーをどのように活用し、サービスの対話性や競争優位性を高めるかを深く考える必要があります。

メタバースの活用は、意図的な顧客体験設計を起点として、既存の顧客体験を再評価することから始まります。これにより自社の保有する強みや特性を活かした固有の顧客体験とはどうあるべきか、新たな視点で設計を進めることが可能となります。このようなアプローチを取ることで、組織内の議論が活性化され、さらに活動が広義の意味での組織の適用力とアジリティ向上の第1歩につながると考えています。

KPMGでは、企業がメタバースを活用することで、顧客体験を向上させるための具体的なサポートを提供しています。詳しい情報やご相談については、お気軽にお問い合わせください。

執筆者

KPMGコンサルティング 
マネジャー 杉本 隆史
アソシエイトパートナー 前川 知之

メタバース活用で実現する顧客体験の向上

本シリーズの他の回は、以下のリンクより是非ご覧ください。

お問合せ

関連リンク

本稿に関連する調査レポートを紹介します。