KPMGは、独自のメソドロジーである「Six Pillars(優れた顧客体験を構成する6つの要素)」に基づいて、世界中のブランドが提供する顧客体験に関する調査(Customer Experience Excellence Report、以下、CEE調査)を毎年実施しています。この調査を通じて、優れた顧客体験に必要な要素は何なのか、どのようなブランドの顧客体験が生活者から評価され、生活者が求めるものはどのように変化しているのかについて知見を蓄積して、レポートとして発信しています。

生活者を取り巻く環境変化は加速度的に起こっており、それらは生活者のニーズ、価値観を変化させ、生活者が顧客体験に対して何を期待するかにも影響を与え続けています。また、さまざまな情報が容易に手に入り、商品・サービスの選択肢が無限に広がるなかで、消費者は顧客体験に対する経験値を獲得し、より顧客体験への期待値を高め、質の高い体験の提供を企業・ブランドに求めています。企業・ブランドは日々起こる変化を素早く察知し、顧客体験向上のための取組みに継続的に反映させなければならない状況に置かれています。

本レポートが、企業・ブランドの生活者に支持される顧客体験の実現に向けた取組み検討のためのインサイトとなれば幸いです。

1.優れた顧客体験を構成する6つの要素 “Six Pillars”

KPMGは優れた顧客体験を構成する6つの要素「Six Pillars」を定義し、15年間にわたりグローバルでブランド調査を実施しています。Six Pillarsの包括的な向上によって顧客からの支持・ロイヤルティが高まり、それが企業・ブランドの持続的な成長につながることが確認されています。

【優れた顧客体験を構成する6つの要素】

(1)パーソナライズ:顧客一人ひとりのニーズや状況に応じたサービスや体験を提供する
(2)誠実性:企業に求められる責任を全うし、顧客に信頼される
(3)親密性:顧客と感情的につながり、親密な関係性を築く
(4)期待の充足:顧客の期待に応え、さらにはそれを超えるサービスを提供する
(5)利便性:顧客の期待に応え、さらにはそれを超えるサービスを提供する
(6)問題解決力:サービス利用で生じた問題や不満を解消し、顧客のマイナス感情をプラスに変える

2.日本における顧客体験の “今”

企業・ブランドの顧客体験を取り巻く環境変化

2024年のCEE調査は、世界的に戦争・紛争などの地政学リスクの高まりやインフレの危機などが懸念されるなかで行われました。日本においても、以下のような生活者の価値観・ライフスタイルに影響する出来事が複数起こっており、企業・ブランドの顧客体験に対する評価にも影響していると考えられます。

【生活者の価値観・ライフスタイルに影響する要素】

  • 生活者の活動の活発化
  • インフレによる影響の拡大
  • 企業・ブランドに対する倫理・社会貢献ニーズの高まり
  • デジタル・AIのさらなる浸透

顧客体験の期待と提供サービスにギャップが生じている可能性

2024年調査のCEEスコア全体平均は、前回比マイナス0.08ポイントの6.79となりました。また、優れた顧客体験を示すSix Pillarsの評価には、以下3つの傾向が見られます。

  • Six Pillarsのスコア全項目が前回比で低下し、特に「パーソナライズ」「問題解決力」「誠実性」の低下が顕著
  • スコアの全体的な低下には、顧客体験における生活者のニーズや期待と、実際に企業・ブランドが提供するサービスとの間でギャップが生じたことが影響した可能性
  • 日本の調査分析対象ブランドは、「誠実性」「利便性」「パーソナライズ」が高く評価される傾向があり、この傾向は日本での調査開始から継続

【日本の調査分析対象ブランドにおけるCEEスコアおよびSix Pillarsスコアの平均推移(2020~2024年)】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表8

生活者の顧客体験に対する期待の高まりから評価はシビアな傾向

今回の調査結果では、優れた顧客体験を構成する6つの要素「Six Pillars」の各項目について、以下の傾向が見られました。

誠実性 生活者は購入・利用時の体験だけではなく、企業・ブランド自体の「あり方」も含めて総合的に企業・ブランドの「誠実性」を評価
利便性 生活者は過去に提供されていたサービスが享受できなくなることと、コミュニケーション手段の偏りに対して不便さを感じている可能性
パーソナライズ 「パーソナライズ慣れ」した生活者は自分自身に最適化された顧客体験を提供してくれているかを厳しく精査
親密性 オンライン上のインタラクションの増加により、企業・ブランドに対して親しみやすさを感じにくくなっている可能性
期待の充足 さまざまな商品・サービス利用によって高まる顧客体験への期待に対して限られたリソースで対応していくことがさらに困難に
課題解決力 サービスの多様化・複雑性の高まりによって顧客と対峙する現場での問題解決力のさらなる向上が求められている

顧客体験における「パーソナライズ」の重要度の高さは継続

過去4年間にわたって、最も重要度が高いと評価されたのは「パーソナライズ」です。前回調査から重要度の比率は下がったものの、生活者は自分自身のニーズや価値観・ライフスタイルに最適化された顧客体験が提供されることを引き続き求めていることがわかります。

2021年から2023年の期間で「誠実性」と「親密性」の順位が上昇する変化が見られましたが、今回の調査においても「誠実性」と「親密性」は前回調査と同様の順位を維持しています。企業・ブランドに対する信頼や共感などの情緒的な価値を大切にする価値観は定着した可能性があります。

【CEEスコアにおける各要素の重要度】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表1

※CEEスコアにおける重要度」は、Six Pillarsの各要素がどの程度ブランドのCEEスコアに影響しているのかを示した数値です。重要度は全体を100%とし、Six Pillars各要素の影響度の大きさを統計的手法により算出しています。

優れた顧客体験を提供するブランドは高評価を維持する傾向

2024年調査における日本のトップ10ブランドには、非日常を演出するエンターテインメントリゾートや、ブランドのフィロソフィーを体現し続けるスポーツブランド、高級感を味わうことができるラグジュアリーホテルなどが並びました。

【日本の調査分析対象におけるCEEスコアトップ10ブランド(2024年)】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表2

生活者のニーズと期待値の適切な把握が優れた顧客体験のカギ

CEEスコア上位10ブランドと11位以下のブランドのSix Pillarsの平均スコアを比較すると、最も差が大きいのは「期待の充足」でした。また、生活者より「CEEスコアにおける重要度」が高いと評価された、「パーソナライズ」「親密性」「誠実性」は、「期待の充足」の次にトップ10以外のブランドとのスコアの差分が大きいことがわかりました。

【日本の調査分析対象のCEEスコア上位10ブランド、それ以外のブランドの平均スコア比較】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表3

顧客に支持され続けるために企業が意識するべき項目

顧客に支持され続けるために、企業は以下の項目を意識する必要があります。

  • 顧客中心で寄り添う姿勢のあるコミュニケーション
    生活者は感情的なつながりを求めており、自身を大事にしてくれる企業・ブランドに対して親近感やつながりを感じることがわかっています。商品・サービスの購入・利用時に問題が発生した際に、企業・ブランド側とのやり取りのなかで、顧客の事情や感情に共感を示し、解決に向けた対応をしてくれる際に、顧客として大切に扱われていると感じる傾向が見られます。

  • 高齢者を巻き込んだインクルーシブなサービス実現
    少子高齢化のさらなる進行により、商品・サービスや付随する顧客体験のなかでの高齢者への配慮を期待しています。企業・ブランドが競争力を維持するためには、顧客中心主義に注力し、高齢者に配慮したサービスを提供する必要があります。

  • 倫理的かつ環境にやさしい商品・サービスの提供
    今回の調査によると、42%の日本の回答者が、倫理的で社会に貢献していると思う企業・ブランドに対してよりお金を使いたいと回答しており、その比率は調査を重ねるごとに増加しています。
    生活者に対してエシカルで環境に優しい消費を提供できるブランドは、競合他社よりも優位性を獲得できると考えることができるでしょう。

3.業界ごとの顧客体験

日本においては、「自動車」が顧客体験に対して最も高い評価を得ました。「自動車」は2023年調査より対象業界に追加され、今年初めて1位を獲得しました。2位は昨年まで1位だった「娯楽・レジャー」、3位は昨年に続き「小売(食品以外)」になりました。「物流」は前回調査で6位でしたが、ランクを大きく下げて9位でした。

【業界別平均CEEスコアランキング(カッコ内は前回比)】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表4

1位:自動車

「自動車」は、自動車メーカーを対象としています。CEEスコアは7.03で前回調査より下がりました。Six Pillarsに関しては、全要素でスコアは全体平均より高く、とりわけ「問題解決力」と「親密性」の評価が高い点が特徴です。一方、「ロイヤルティ」に関してはCEEスコアやSix Pillarsの評価の高さに比べると低い傾向があります。

【「自動車」の業界スコア概況とSix Pillarsの業界平均および全体平均】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表5

2位:娯楽・レジャー

「娯楽・レジャー」は、アミューズメントパークと動画・音楽などのストリーミングサービスを対象としています。CEEスコアは6.96で前回調査より下がりました。Six Pillarsに関しては、全要素でスコアは全体平均より高く、「パーソナライズ」と「親密性」が高評価です。特に「パーソナライズ」は、全業界のなかで最も高いスコアを獲得しました。一方「バリュー」や「ロイヤルティ」は前回調査より低下しました。

【「娯楽・レジャー」の業界スコア概況とSix Pillarsの業界平均および全体平均】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表6

3位:小売(食品以外)

「小売(食品以外)」には、百貨店、オンライン通販、ドラッグストア、家電(自社で店舗やECなどの小売機能を有する家電メーカーも一部対象に含みます)、アパレル、家具・日用品、カー用品、ガソリンスタンドが含まれます。CEEスコアは6.95で前回調査より下がりました。Six Pillarsに関しては、全要素でスコアは全体平均より高く、とりわけ「パーソナライズ」と「期待の充足」が高評価です。

【「小売(食品以外)」の業界スコア概況とSix Pillarsの業界平均および全体平均】

2024年 生活者に支持される顧客体験に関する調査_図表7

※4位以降の業界の調査結果は、ページ末尾のPDFよりご覧いただけます。

4.変革への視点

支持される顧客体験の構築に必要な5つの視点について解説します。


(1)顧客中心主義で体験を設計

生活者に支持される顧客体験を構築するなかで最も重要なことは、生活者のニーズや期待、商品・サービスに対するフィードバックに基づいたアプローチをすることです。顧客情報や行動データを分析し、顧客の立場になって体験を設計することで、パーソナライズされた価値を提供することができ、顧客満足度を高めることができます。

(2)感情的な結びつきの構築・維持

顧客体験において感情的なつながりを持つことは重要です。生活者とのつながりを強化するためには、ブランドストーリーに基づいたメッセージを一貫して発信することが大切です。既存顧客に対しては、商品・サービス利用時のインタラクションのなかで寄り添いの姿勢を示すことで、関係を一層強化することができるでしょう。

(3)オムニチャネルアプローチの実践

顧客体験のデジタル化が進んでいますが、オフラインの接点も顧客体験において重要な役割を果たしています。そのため、オンラインとオフラインの顧客接点を統合し、一貫した体験を提供することが求められます。顧客がどのチャネルからアクセスしても、同じ品質のサービスやサポートが受けられるように体験を設計する必要があります。

(4)デジタルトランスフォーメーションのさらなる推進

AIや自動化技術等のテクノロジーを活用して利便性の高い顧客体験を提供することも重要です。テクノロジーの導入にあたっては、顧客中心を最優先事項として考え、システムやプラットフォームの柔軟性と拡張性を考慮することが大切です。すでに導入済みの場合は、市場や顧客の変化に対応できるように改善活動を継続するとよいでしょう。

(5)持続可能性や倫理性の確保への取組み強化・可視化

企業・ブランドが生活者および社会に対して正しい行いをできているかも、大きな評価ポイントとなっています。また、不正・不祥事、個人情報の漏洩など、非倫理的な行いをしていないかも生活者および顧客は見定めています。企業・ブランドは持続可能性や倫理性の確保への取組みを強化し、それを生活者に明確に伝えることが必要です。

※レポートの全文はPDFからダウンロードできます。本稿で解説した以外にも、セクター別の詳細な結果を紹介していますので、ぜひご覧ください。

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