本シリーズでは、メタバース空間を活用した顧客体験の新たな可能性を解き明かします。
第2回となる本稿では、「優れた顧客体験を構成する6要素」の視点を取り入れながら、タッチポイントの新たなチャネルとしてメタバースの特性を活用した顧客体験の設計について詳述します。

・ポイント1
KPMGでは、優れた顧客体験を構成する6要素を「Six Pillars」と定義している。これまでの調査結果から各要素における重要度の変遷を読み解き、タッチポイントとの相性・関係性を考慮して体験設計を行うことが他社との差別化につながる。

・ポイント2
メタバースの特性を捉えたうえで、タッチポイントの新たなチャネルとしてメタバースを活用するモデルを作成する。Six Pillarsの各要素に巧く作用した、より良い顧客体験を提供し得るかを検証する。

・ポイント3
メタバースにはポストリアルチャネルとポストデジタルチャネルの両側面を持つ特性があり、Six Pillarsのすべての要素に作用し、より良い顧客体験を提供できる可能性がある。その反面、活用手法を誤ればネガティブな体験になりかねないため、顧客体験全体を綿密に設計する必要がある。

1.Six Pillars(優れた顧客体験に必要な要素)とは

前回の記事「顧客体験の多様化とコンシューマーメタバースのポテンシャル(第1回)」でも触れたように、消費に対する価値観の多様化が進み、市場ではサービスや商品があふれ、企業は提供するサービスの差別化が難しくなってきています。そのため、魅力ある顧客体験の提供が競争力の源泉となりつつあります。

KPMGとグローバルな消費財流通業界ネットワークの共同で調査を実施した、「グローバル消費財流通企業エグゼクティブ トップ・オブ・マインド調査2017」の結果によると、顧客中心を掲げる企業は、そうでない企業に比べて、年間6%以上の成長率を約2倍の割合で達成しています。顧客中心を掲げる企業は、サービス利用中のみならず、その前後のプロセスを含めたすべてのタッチポイントにおける一貫した顧客体験の向上に取り組んでいます。

KPMGでは、顧客体験の重要性を早い段階から認識しており、優れた顧客体験を構成する6つの要素を「Six Pillars」と定義し、14年間にわたりグローバルでブランド調査を実施しています。このSix Pillarsの各要素は、顧客体験の向上に欠かせない支柱であり、顧客からの支持・ロイヤルティを高め、それが企業・ブランドの持続的な成長につながることが確認されています。

【KPMGが定義するSix Pillars】

顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは_図表1

Six Pillarsは、そのすべての要素があらゆるタッチポイントで常に必要であるというわけではありません。必要なシーンにおいて、それぞれの要素が充足しているかが重要な観点となってきます。また特定のシーンでは、1つでなく複数の要素がコンビネーションで必要になることもあります。

KPMGでは、このSix Pillarsをカスタマージャーニーの各タッチポイントに反映し、顧客体験を設計しています。Six Pillarsはチャネルとの関係性を踏まえて活用することで、より有効に作用します。もちろんタッチポイントにおけるチャネルの種類は1つではありません。大きく分けてデジタルとリアルに区分できますが、たとえば、ウェブサイトとチャットといっても、それぞれのコミュニケーションの特性や役割は異なります。

Six Pillarsの各要素についても、それぞれリアルとデジタルで重視すべき要素が変わってきます。たとえば、「誠実性:顧客との信頼性」はウェブサイトと対面のどちらで生まれやすいでしょうか。「利便性:顧客にストレスや労力を感じさせない行為」は、コールセンターと、スマホアプリのどちらが適しているでしょうか。

KPMGでは、このようなタッチポイントとSix Pillarsの関係性を考慮して顧客体験設計を行っています。日本では4回目となる調査「生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024」を行いました。Six Pillarsの6つの要素のなかで、最も重要度が高い要素は「パーソナライズ」となっており、生活者がより自身のニーズやライフスタイルに最適化されたサービスを求めていることがわかります。また、直近3年間で「期待の充足」の重要度が低下する一方で、「誠実性」と「親密性」の重要度が増しており、これらをどのようにタッチポイントに落とし込むかが鍵となります。また、タッチポイントごとに重視すべきSix Pillarsを踏まえて、各タッチポイントの役割を再定義することが体験向上につながります。

生活者が期待するサービスや体験を提供するだけでなく、生活者は企業やブランドに対する信頼と、感情的なつながりや共感をより重視することが明らかになりました。企業によるサービス提供は、一般的に年月を重ねると「常態化」し、常に安定的な品質を求められ、顧客の満足度は一定以上に上がりづらい傾向があります。このような状況を打開するには、直近の調査結果から傾向を読み解き、優先度の高いSix Pillarsの要素を意識的に取り込むことで、他社との差別化につながるのではないでしょうか。

【タッチポイントとSix Pillarsの関係性】

顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは_図表2

2.メタバースの特性とタッチポイントへのメタバース活用

まずメタバースの特性について、今回代表的なものとして以下の3つを示します。

概要 内容
場所、人数などの物理的な制約がない 身体的な移動コストの削減はよく知られていますが、「物理的な制約がない」という点は別の利点もあります。たとえば、クリエイターが自らのアイデアを自由に創造できる点は、メタバースが人を惹きつける要因だと思います。子供にビデオゲームの「Minecraft」が長く愛されているのは“自由”に世界を作れることに他なりません。
非現実的・日常的で臨場感がある体験 現実ではない過去や未来の世界に入れる、あるいは現実では危険で入れない場所や有事のシチュエーションに入れることで、これまでにない没入体験が可能です。最近では、多くの企業・自治体が研修・教育にもメタバースを活用し始めています。対面やウェブと比較して、気軽に参加できる・集中力が続く・双方向での会話で深い学びにつながるなど、このような要素がうまく作用されると考えられます。
他者と気軽に交流できる、匿名性があるコミュニティ

現実世界の自分と異なる、第二の自分が作れるという点で2つの可能性があります。

(1) メタバースの世界では参加する人を問いません。たとえば、現実世界で好奇心があるテーマがあっても積極的に動き出せない人が、メタバース内では、第二の自分(なりたい自分)になれることで、その障壁を取り除き、自分の「やりたいこと」に真っ直ぐに向かっていくことができる、という利点が考えられます。

(2) 匿名であるがゆえに、現実世界よりも気軽なコミュニケーションが可能となり、新しいコミュニティが作られる傾向が高いです。これまで出会わなかった人や企業とのやり取りが偶発的に生まれやすい世界だとも考えます。

【メタバースの特性】

顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは_図表3

KPMGは、これらのメタバースの特性が、顧客体験をより良くすると考えています。具体的には、第1章でお伝えしたタッチポイントとSix Pillarsの関係性を深く分析し、タッチポイント側にメタバースを効果的に取り入れることで、新たな顧客体験価値を提供できるでしょう。また、タッチポイントとSix Pillarsの関係性に加えて、メタバースの特性を最大限に活用することでよりSix Pillarsの各要素が巧く作用するのではないかという観点に着目しています。

【タッチポイントへのメタバース活用】

顧客体験の向上に資するメタバース活用モデルとは_図表4

【具体的な検証事例】
仮説検証のために、以下のシナリオを設定しました。
このシナリオでは、親子が企業の提供するメタバースイベントに参加し、学びを深めながら購買行動へつなげる顧客体験を再現しています。

・シナリオ概要
親子が企業主催のメタバースイベントに参加し、空間内のクイズやゲームと通じて、SDGsを学び、SDGs関連の商品を購入するというカスタマージャーニーを作成しました。なお、顧客側はゴーグル着用で行いました。営業員はゲーム中にゴーグル着用で、商談中はゴーグル未着用です。

(1)イベントの設定
温暖化の危機に瀕したシロクマがゲームをアテンドし、この中には企業の営業社員が入っている設定です。

(2)学びを通じた顧客体験
営業員の案内のもと、親子がクイズやアスレチックなどを興じて、SDGsについて学びます。子供が親と話しながら楽しく学べる体験を提供します。

(3)購買への導線
親と営業員は個別相談空間に入り、商談を行います。商談のクライマックスでは購入特典の植林体験ツアーのギミックが机に表示されます。親は子供の楽しそうな顔を思い浮かべながら、また同じツアーに参加した子供同士が楽しく植林する姿をイメージして購入します。

3.ポストリアルチャネルとポストデジタルチャネルとしてのメタバースの可能性

検証した結果から、Six Pillarsの各要素において、メタバースを活用することで、より良い顧客体験を提供できる可能性があります。

Six Pillars 被験者からのフィード
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メタバース活用の可能性 解説
1.誠実性 顧客である親子(特に子供)がゲームを通じて、自然にSDGsを学べると感じた

社会課題解決などを体験に組み入れると、企業姿勢を今までと異なる角度でアピールできる

企業のCSR活動はリアリティが伝わりづらい。体験に取り入れることで、新たなアプローチで訴求できる
2.問題解決力 商品説明など文章ではわかりにくい情報を3次元でビジュアル化できると理解を促しやすい ギミックによりビジュアル化することで、集中力を高めるなど工夫の幅が広い 顧客に伝わりにくいこと・難しい構造的な内容を伝える観点でギミックの活用余地は大きい
3.親密性 営業員が顧客のゲーム進行状況を見ながら柔軟かつ丁寧にアテンドしてくれた ゲーム上で顧客と営業員が体験を共有する(共体験)ことで、信頼関係を醸成できる 心理的な同期行動に似た作用が期待できる。商談に入る前のアドバンテージとなる
4.期待の充足 植林ツアーのギミックがタイミングよく机の上に出現するのはメリット訴求の観点で効果的 顧客の深層心理に刺さりそうなメッセージをタイムリーかつ新鮮な視覚効果としてアピールできる ギミックを巧く活用することで、顧客の期待値を超えるようなこれまでにない新鮮で記憶に残る体験を提供できる
5.パーソナライゼーション 個別相談空間では、リラックスした状態で話ができた。内面や本音が出やすいと思えた 顧客の好みに合わせて空間や営業員のアバターを変えることで、ポジティブな心理状態が作れる 顧客の趣味嗜好に合わせた空間は、商行為に有効に作用する可能性がある
6.利便性 クイズやアスレチックを行ったり、商談を行ったりとさまざまな体験があり充実感がある 場所移動や座る行為が圧縮されるので体験がスムーズでテンポがよい 部屋の移動や着座など身体的行為がなく、円滑でストレスを感じにくい体験提供が可能

一方で、ネガティブな意見も見受けられます。

Six Pillars 被験者からのフィード
バック
メタバース活用の可能性 解説
1.誠実性 知らない人が本人になりすましているかもしれないという不安はある 真贋に係る技術進展が見込まれており、かつ空間上のセキュリティ運営は改善・向上している メタバース内で完結することにこだわり過ぎず、現実空間でセキュアな方法を用いるなど運用面での考慮が必要
2.問題解決力 重要事項の説明などは資料を投影すると文字が小さい。読む、書くという行為にストレスがある ギミック活用やテロップ表記やルーペ機能などの機能実装や音声入力などの代替が期待される 読む・書くという行為には機能・技術的なケアが必要
3.親密性 目線が合いにくく、非言語的なコミュニケーション・身振り手振りに慣れが必要 一定の慣れは必要。一方で、気軽なコミュニケーションやパーソナルスペースの緩和は良い作用となる 喋らずにエモート機能だけで返事をするなど新しいコミュニケーションの在り方が生まれている。個人のパーソナルスペースが近くなる傾向も好材料
4.期待の充足 過剰なアピールや演出により、顧客が一時的な判断で契約することにもなりかねない ギミックは顧客心理に機能しやすいため、コンプライアンス・法務観点で十分な考慮が必要 ガイドラインなどの整備動向を踏まえて、リスクが取れる範囲の見極めが必要
5.パーソナライゼーション 本人確認を完結する仕組みが整っていない。個人情報をやり取りする際のセキュリティリスクが懸念される 一定の匿名性を保ったうえでシームレスに本人を確認する技術進展が必要 現時点では現実空間での対応と巧くつなげ合わせる必要がある。デバイス進化に合わせた技術発展が期待される
6.利便性 未経験者が単独で空間に入るのは困難。ゴーグル装着での長時間のプレイは難しく、ゴーグル酔いも一定数発生する 経験者が対面支援する運用が無難。デバイス進化とともに、ゴーグル酔いの対処法など業界内での共有も必要 ゴーグルの初期設定はドロップリスクが高く、企業側のサポートが必要。アプリインストールが不要なブラウザ仕様の空間普及も期待

※ゴーグル装着によるゴーグル酔いは、被験者が縦移動でなく、横移動で生じることが多いです。特にジャンプしたあとの横移動は現実空間とは視覚情報が異なるので注意が必要でしょう。そのため、急な横移動するのでなくゆっくりと慣らす、あるいは必ず向きを変えてから縦移動してもらうなどが有効です。

このような結果と考察から、Six Pillarsのすべての要素について、メタバースを活用できる可能性があります。
具体的には、2つの観点に分類できます。

(1)ポストリアルチャネルとしての活用
リアルチャネル(対面/窓口、コールセンター)が担ってきた役割を代替する可能性があります。メタバース空間でコミュニケーションをとるアバターの裏には人が存在します。人と直接コミュニケーションをとることで「誠実性・問題解決力・親密性」といったリアルチャネルと相性が良い体験を代替します。新たな体験型サービスを提供できるチャネルとして着目されています。

(2)ポストデジタルチャネルとしての活用
デジタルチャネル(チャット、SNS、メール/フォーム、スマホアプリ、ウェブサイト)が担ってきた役割を代替する可能性です。メタバース空間は、物理的な制約がなく、自由に創造できる3次元空間であり、「期待の充足・パーソナライズ・利便性」といったデジタルチャネルと相性が良い体験を代替します。

一方で、メタバースは巧く活用しないとネガティブな体験になりかねないという点も課題です。たとえば、無理にゴーグル着用を前提とせず、メタバース内で完結する体験にこだわりすぎないことが設計上、重要です。
次回の第3回では、本稿の最終編として、企業がメタバースの活用方法を検討する手順やメタバース活用の導入アプローチについて詳しく解説します。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング 
マネジャー 杉本 隆史
アソシエイトパートナー 前川 知之

メタバース活用で実現する顧客体験の向上

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