市場にはモノやサービスがあふれ、提供するサービスや製品単体ではブランドの差別化が難しくなっています。これは多くの企業・ブランドが認識するところであり、顧客体験の優劣が事業の成否を左右することが当たり前になってきました。

KPMGは、顧客体験の重要性を早い段階から認識し、14年間にわたり世界中のブランドが提供する顧客体験に関して調査を実施しています。優れた顧客体験に必要な要素は何なのか、どのようなブランド体験が生活者から評価され、生活者が求めるものはどのように変化しているのか、長年の調査を通じて知見を蓄積しています。日本では今回で4回目の調査となります。

調査結果を考察するうえで考慮すべきことは、生活者を取り巻く環境や技術の変化です。コロナ禍による行動制限措置が終了し、再びリアルな場での購買行動やサービス利用が活性化していますが、リアルとオンライン・デジタルを行き来する生活スタイルが消えていくことはないでしょう。

そこからさらに社会の変化を加速させるものとして登場したのが生成AIです。それ以前からデータとAIの活用による顧客体験の改善・パーソナライズの取組みは行われていましたが、急速に普及している生成AIの卓越した自然言語処理によって、顧客体験の領域におけるAIの活躍の場は飛躍的に増えていくことが予想されます。AIと人との新しい協働の形が根付き、顧客体験の新しいスタンダードができあがる日はそう遠くないでしょう。

また、前回までの調査に引き続き、生活者の価値観が多様化し続けていることへの理解は欠かせません。生活者のブランド選択や購買行動の基準として、経済合理性と同程度もしくはそれ以上に、企業・ブランドの環境や人権保護に対する姿勢、発信するメッセージや世界観への共感などが重要視されるようになってきています。

今回の調査において、過去の調査に比してどのような変化が生じているのかを見出し、企業・ブランドがこれから目指すべき顧客体験を考えていくうえでの参考となれば幸いです。

1. Six Pillars:優れた顧客体験を構成する6つの要素

KPMGは、優れた顧客体験を構成する6つの要素「Six Pillars」を定義し、14年間にわたりグローバルでブランド調査を実施しています。Six Pillarsの包括的な向上によって顧客からの支持・ロイヤルティが高まり、それが企業・ブランドの持続的な成長につながることが確認されています。

<優れた顧客体験の6つの要素>

(1)パーソナライズ:顧客一人ひとりのニーズや状況に応じたサービスや体験を提供する
生活者は自身のニーズや好み、ライフスタイルに合ったサービス・製品を求めています。生活者自らが企業・ブランドに合わせるのではなく、ブランドが自身に合わせることを望んでいるのです。企業・ブランドは顧客一人ひとりを深く理解し、提供するサービスや体験を個客ごとに最適なものにすることが求められており、データや機械学習、AIの活用が進められています。

(2)誠実性:企業に求められる責任を全うし、顧客に信頼される
生活者は、ブランドとの接点を持つことによるリスクを避けるため、サービスが安全で安心なものか、それを提供する企業・ブランドは信用できるのかを常に気にします。加えて、そのブランドを応援することを通して社会へ良い影響を及ぼすことができるのかを意識する傾向は、ますます強まっています。透明性やセキュリティ、環境・人権配慮等、ブランドに対する安心や信用を醸成するための説明責任と、社会の公器としての役割を果たす意識が欠かせません。

(3)親密性:顧客と感情的につながり、親密な関係性を築く
顧客は自身を大事にしてくれるブランド、親近感や共感を覚えるようなブランドであるほど、より強いつながりを感じます。
サービスのデジタル化によって、人と人とのやり取りを介さずにサービスの利用を完結できる機会が増えていますが、どういった場面で顧客が人とのやり取りを求めるのかを把握し、感情面・心理面でのサポートや共感の姿勢を必要な場面に応じて示すことが、企業・ブランドに求められています。

(4)期待の充足:顧客の期待に応え、さらにはそれを超えるサービスを提供する
顧客がサービスを利用するなかでは、常に各々が期待値を持っています。それぞれの期待値は、顧客が日々触れるさまざまなサービスによって、その水準が無意識的に設定されていくものです。それは、同一の業界内の比較にはとどまりません。世の中に優れたサービスが次々と生まれるなか、生活者が持つ期待値はますます高まっており、企業・ブランドはその期待に応え続けることが求められています。

(5)利便性:使いやすく、ストレスや労力を感じさせないサービスを提供する
好きなタイミングでスピーディーに、かつ容易に理解できストレスなくサービスが利用できること、それは当たり前に顧客が求めることです。企業・ブランドが顧客との間にさまざまなタッチポイントを設けるなかで、顧客がわかりにくさや使いにくさ、不満を感じる点がないかどうかを顧客の目線で考え、よりシームレスでストレスのない体験構築を図っていくことが求められています。

(6)問題解決能力:サービス利用で生じた問題や不満を解消し、顧客のマイナス感情をプラスに変える
顧客にとって、サービス利用のなかで問題が発生した際に、すぐにそれを解決してもらえるか、真摯に対応してもらえるかどうかは、サービスの継続利用を決めるうえで非常に重要な点です。そうした問題解決の場面で真摯に適切な対応をされた体験は、マイナスになっていた顧客の感情をプラスへと転じさせ、ブランドへのロイヤルティをさらに高める結果となることがわかっています。


Six Pillarsの各要素がどの程度ブランドに対する好感度や推奨度に影響しているのか、それを表したものが重要度です。重要度は全体を100%とし、Six Pillars各要素の影響度の大きさを統計的な手法によって算出したものです。

最も重要度が高い「パーソナライズ」

過去3年間にわたり最も重要度が高いのが「パーソナライズ」です。前回調査からその重要度はさらに高まっており、生活者がより自身のニーズやライフスタイルに最適化されたサービス・製品を求めるようになっていることがうかがえます。

より重視されるようになった「誠実性」と「親密性」

注目すべき変化は、この3年間で「期待の充足」の重要度の順位が低下する一方で、「誠実性」と「親密性」の順位が上昇していることです。生活者が期待するサービス・体験を得られるということだけでなく、企業・ブランドに対する信頼、さらには、感情的なつながりや共感を重視するようになっていることの表れと言えるでしょう。

「利便性」や「問題解決力」は“当たり前”

一方、過去3年間で重要度が低いのが「利便性」と「問題解決力」です。それら2つはサービス利用における当然の要素と捉えられており、ブランドに対する共感や差別化に大きくつながるものではないのかもしれません。ですが、その当たり前の要素が欠如してしまったとき、それはブランドを利用する理由の消失や離反のきっかけとなり得ます。サービス利用の前提となる利便性や問題解決力を実現しながら、それ以外の点でいかに魅力をつくりだし差別化を図るかが重要です。

【CEEスコアにおける各要素の重要度】

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表1

2. CEEスコアとSix Pillarsスコアの平均推移

平均CEEスコアは過去3年間の調査のなかで最高スコアを記録

2023年の日本調査分析対象ブランドにおける平均CEEスコアは前回から上昇し、過去3年間の調査における最高スコアを記録しました。今回グローバルでは21の国・地域で調査を実施しましたが、前回から平均CEEスコアを上げたのは日本と香港(SAR)のみです。日本の調査分析対象ブランドにおいては、ほとんどのSix Pillarsスコアが上昇しており、そのなかでも「パーソナライズ」と「誠実性」の伸びが大きい結果となっています。企業・ブランドのなかでテクノロジーの活用やサステナビリティへの取組みが浸透しつつあり、それらが生活者から一定の評価を獲得し始めていることの表れと言えるでしょう。

唯一、前回から平均スコアが下がった「期待の充足」

とりわけ生活者が厳しい目を持つと言われる日本の市場において、顧客が当たり前に求めるサービス水準を安定的に保つことが第一に求められます。注意すべきなのは、優れた体験を提供する他ブランドに顧客が日々接することで、顧客の期待水準が上がっていくことです。直近3年間の「期待の充足」の平均スコアの低下は、生活者の期待水準の上昇に企業・ブランドのサービスレベルの向上が追いついていないことを示していると考えられます。顧客体験レベルの“維持”のみでは、顧客からの評価が将来低下する可能性があることを企業・ブランドは認識し、生活者や社会に求められる期待レベルの把握と継続した改善への取組みが求められます。

重要度が高まる「親密性」の低さが課題か

Six Pillarsのなかで重要度が高まっているものの、他の要素と比較して平均スコア水準が低いのが「親密性」です。この点は日本で事業を営む企業・ブランドがまだまだ注力できていない点であり、そこを改善することができれば、差別化要素となり得ると言えます。便利さや機能性だけでなく、顧客に情緒的な価値をいかに感じてもらい共感を生み出すか、これからの顧客体験を考えるうえで優先すべき課題と言えるでしょう。

【日本の調査分析対象ブランドにおけるCEEスコアおよびSix Pillarsスコアの平均推移(2021~2023年)】

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表2

3. 日本のトップブランド

今回の日本での調査におけるトップ10ブランドには、非日常や高級感を演出するエンターテインメントリゾートとラグジュアリーファッションブランドを中心に、スポーツブランドや自動車メーカー、百貨店が並びました。どのブランドも独自の世界観の演出や、提供するサービス・製品に対する圧倒的な信頼感の醸成に成功しているブランドです。

また、上位30位以内にランクインしたブランドの60%は、2022年も同様に30位以内にランクインしており、顧客体験評価の上位ブランドはその高い評価を維持し続けていることがわかります。

【日本の調査分析対象におけるCEEスコア上位30ブランド(2023年)】

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表3

CEEスコアとブランドロイヤルティは強く結び付く

CEEスコア上位10ブランドは、ロイヤルティスコアもそれ以外のブランドを大きく上回る結果となっています。その傾向は毎年変わらず、優れた顧客体験の提供が生活者からのブランド支持・継続利用につながることを明確に示しています。

「バリュー(価格に見合った価値)」は顧客体験評価のうえで必ずしも重要ではない

CEEスコア上位10ブランドの「バリュー(価格に見合った価値)」の評価は、それ以外のブランドと同等かあるいはそれよりも低い水準となっています。そこから読み取れるのは、顧客体験評価のうえでは必ずしも価格は重要ではないということです。たとえ価格の優位性がなかったとしても、生活者からのブランド支持・継続利用を獲得することができるのです。

トップブランドほど生活者との情緒的なつながりを実践している

CEEスコア上位10ブランドとそれ以外のブランドのSix Pillarsスコアを比較すると、差が大きいのは順に「期待の充足」「親密性」「誠実性」です。これらの要素がブランドの顧客体験における差別化要因になっていると言えます。顧客体験が優れているブランドは、日々変わり続ける生活者の期待を捕捉しながら自らのサービスをアップデートし続け、その事実も含めて顧客に寄り添っており、そうした姿勢を生活者へ伝えることで信頼を得ていると言えるでしょう。すなわちトップブランドほど、機能面のみならず情緒面での生活者とのつながりを重視しており、その巧拙が生活者からの顧客体験評価に大きく影響していることを示唆しています。

【日本の調査分析対象のCEEスコア上位10ブランド、11~30位ブランド、それ以外のブランドの平均スコア比較】

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表4

4. セクター別概況

日本市場においては、「娯楽・レジャー」が2022年調査に引き続き最も高い顧客体験評価を獲得しました。
2位は今回新たに調査対象セクターに追加された「自動車」、3位が前回から順位を上げた「小売(食品以外)」です。

調査対象セクターに「自動車」が新たに加わったこともあり、多くのセクターは順位を下げていますが、そのなかで「物流」は前回から順位を上げる結果となりました。

【セクター別平均CEEスコアランキング(カッコ内は前回比)】

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表5

娯楽・レジャー

「娯楽・レジャー」セクターにはアミューズメントパークと動画配信・音楽配信サービスが含まれます。

このセクターのSix Pillarsの特徴としては、全体平均と比較して「パーソナライズ」と「期待の充足」の評価が特に高いことが挙げられます。日々新しい体験・コンテンツ開発に取り組むとともに、それらのコンテンツを個々のユーザーに合わせて提供・配信する仕組みを整備することで生活者から高い評価を得ています。

本セクターで評価を牽引しているのがアミューズメントパークです。さまざまなシチュエーションや要望を持った来園者にそれぞれが楽しめる世界観を提供し、一人ひとりの満足が得られるように施設や導線の設計を緻密に行っていることが、「パーソナライズ」の高い評価につながっています。また、多くの回答者が日常を忘れて没入できる独自の世界観やスタッフの親近感・ホスピタリティーあふれる対応についても言及しており、「期待の充足」と「親密性」が全体平均よりも高く評価される結果につながったと考えられます。さらに、直近の取組みとしては、アトラクションの待ち時間を短縮するためのサービスや年間を通じて楽しむためのチケット体系に関する「利便性」も評価されています。

動画配信サービスの場合、コンテンツの豊富さやオリジナル性、独占配信、視聴履歴に基づくコンテンツのレコメンド等によって、「パーソナライズ」「期待の充足」は評価されています。一方、ほとんどデジタルでサービス利用が完結するという点で人対人の接触がないため、「親密性」の評価は低い傾向にあります。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表6

分析対象ブランド数:11

自動車

「自動車」セクターは自動車メーカーを対象としています。

全体平均と比較すると、とりわけ「問題解決力」と「親密性」の評価が高い点が特徴です。各ブランドに対する評価コメントでは、メンテナンス・点検時における販売店や担当者の応対についてのコメントが多くみられました。自動車製品そのものだけでなく、購入後のアフターサービスを通じて顧客がブランドとのつながりを感じ、「問題解決力」に対する評価と「親密性」の構築につながっているものと考えられます。

メーカーが提供する製品そのものだけでなく、購入後の体験によっても顧客のブランドに対する信頼やつながりが醸成され、それがブランド全体の評価の高まりに結び付くことを示しています。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表7

分析対象ブランド数:5

小売(食品以外)

「小売(食品以外)」には百貨店やオンラインショッピングサービス、ドラッグストア、家電量販店、アパレルブランド、日用品ブランド等が含まれます。

それぞれ扱う商品に違いはあるものの、全体平均と比較すると「パーソナライズ」と「期待の充足」の評価が高い傾向にあります。顧客が求める商品・サービスを的確に把握し、それを叶える品揃えを実現できていることの表れと言えるでしょう。

本セクターでの評価を牽引するのは百貨店です。高い接客レベルと商品の品質の高さがもたらす安心感と信頼感によって、「誠実性」が特に高く評価されています。さらに、知識豊富なスタッフによる助言を基に自身のニーズに最適なものを購入できるという点で、「パーソナライズ」「親密性」も同様に高い評価を得ています。

一方、評価が低いのがオンラインショッピングサイトとドラッグストアです。オンラインショッピングサイトの場合、ユーザーの行動履歴やプリファレンスに即した最適化された買い物体験ができることで「パーソナライズ」は一定の評価を得ていますが、多数の出店・出品者がいるようなモールやオークションサイトについては、商品の品質や転売等を行う悪質な業者に対する不安から「誠実性」の評価が低くなっています。ドラッグストアの場合は「親密性」と「問題解決力」の評価が低い傾向にあり、スタッフの接客や応対レベルにバラつきがあること、商品選びを相談しづらい雰囲気を顧客が感じてしまうことが一因と考えられます。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表8

分析対象ブランド数:55

レストラン・ファストフード

「レストラン・ファストフード」にはレストランチェーンやファストフードチェーン、カフェチェーン、飲食宅配サービスが含まれます。

全体平均と比較して評価が高いのが「パーソナライズ」と「期待の充足」です。本セクターのなかで評価を牽引するファストフードチェーンでは、トッピングや組合せなどのカスタマイズ性の高さから「パーソナライズ」が評価され、いつでも自身の求める美味しさを得られる点やコストパフォーマンスと時間的な効率性の良さから「期待の充足」が評価されています。

評価が低い傾向にあるのが飲食宅配サービスです。食事を買いに出かける手間を省けることに対する「利便性」は評価されているものの、宅配時のトラブル発生に対する不安や配達スタッフによる応対レベルの違いなどから、「誠実性」「問題解決力」の評価が低い結果となっています。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表9

分析対象ブランド数:20

旅行・ホテル

「旅行・ホテル」セクターには宿泊予約サービスや旅行代理店、航空会社、鉄道、レンタカー、タクシー配車サービスが含まれます。

生活者が利用するシチュエーションは各サービスごとに異なるものの、共通して評価されているのは移動・旅行場面における「利便性」です。

本セクターのなかで高い評価を得ている航空会社では、機内でのスタッフの親切で丁寧な接客による「親密性」、宿泊予約サービスでは、さまざまな宿泊施設を比較検討したうえで自身の期待に適った宿泊施設に出会えるという点で「期待の充足」の評価が高い傾向にあります。

スコアが低い傾向にあるのがタクシー配車サービスです。公共交通機関がないような場所でもすぐにタクシーを手配できるという「利便性」は評価されているものの、配車を依頼してもすぐにタクシーが来ないことがある点や、運転手との密なコミュニケーションが発生しにくいことから「誠実性」や「親密性」に対する評価が低い結果となりました。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表10

分析対象ブランド数:18

物流

「物流」セクターは配送事業者を対象としています。

前回調査に比べてスコアの上昇が最も高いセクターとなりました。
配送時間指定や荷物追跡サービス、再配達依頼といった機能面に対する「利便性」や「問題解決力」はおおむね評価されています。物流の2024年問題を控え業務効率化のため、各ブランドがこうした機能強化を進めてきたことが生活者からの支持にもつながったものと考えられます。

一方、「親密性」や「期待の充足」のスコアは全体平均と比較すると特に低くなっています。荷物を送る・受け取るというサービス利用場面でのスタッフとのコミュニケーションが、サイズ・料金確認やサインという機械的なやり取りに限られること、そして、荷物を送る・受け取るサービス以上の価値を利用者側が見出せていないことがその背景にあると考えられます。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表11

分析対象ブランド数:3

小売(食品)

「小売(食品)」セクターにはスーパーマーケットとコンビニエンスストアが含まれます。

立地や商品の品揃えに対する「利便性」はおおむね評価されている一方、「誠実性」「親密性」「問題解決力」の評価の低さが目立ちます。スタッフはレジ対応や商品陳列・在庫補充等の作業に追われがちで、何か顧客に困りごとが生じた場合でも、マニュアル的な対応や簡素な応対に終始せざるを得ないことが少なくありません。それが全体的な評価の低さにつながっています。

「誠実性」に関しては高い評価を得ているブランドもあり、値付けの理由や商品のトレーサビリティに関する真摯な説明を行うことで顧客に安心感を与えていることがその要因と考えられます。

スーパーマーケットとコンビ二エンスストアを比較すると、スーパーマーケットのほうが全体的に評価が高い傾向にあります。1店舗あたりの運営人数の差やスタッフへの教育レベルの差に起因するものと推察されます。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表12

分析対象ブランド数:14

ファイナンシャルサービス

「ファイナンシャルサービス」セクターは銀行や保険、証券会社、クレジットカード、接触型/QRコード決済サービスを対象としています。

本セクター内で、決済系サービスはおおむね平均に近い評価を得ていますが、それ以外の銀行や保険、証券会社は評価が低い傾向にあります。

銀行の場合、口座管理や振込などの手続きを間違いなく行ってくれるという点で「誠実性」はおおむね評価されています。一方で、ATM利用にかかる手数料や金利の低さなどに不満を感じる顧客は多く、利用のメリットを感じづらい点から「期待の充足」の評価が低くなっています。

保険会社では、病気や事故の際のリスクに備えるという点、実際にそうした場面に直面した際の対応から「問題解決力」は評価されています。その一方で、「パーソナライズ」や「期待の充足」は評価が低く、商品の複雑さから自身にとっての最適な保険にたどり着きづらいという点や、たとえ契約したとしても実際のリスクに直面しないと保険商品の価値を実感できないことがその要因だと考えられます。

証券会社の場合、自身に合った商品を紹介してもらえない、期待するような投資成果を得られていないと感じる顧客の不満から「パーソナライズ」「期待の充足」が低い結果となりました。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表13

分析対象ブランド数:51

テレコム

「テレコム」セクターは携帯通信事業者を対象としています。

他業界と比較して評価が低いセクターですが、特に「誠実性」「期待の充足」「利便性」の評価が全体平均より低くなっています。
「誠実性」と「利便性」については、ショップ訪問時のスタッフの応対や説明レベルのバラつき、サポート窓口へのつながりにくさ等が低評価の要因になっていると考えられます。また、主に顧客が事業者に求めるのは安定した通信・通話品質と使用料金の安さですが、通信・通話品質は事業者ごとにさほどの差がないことから、より基本料金の抑えられた新興事業者のほうが従来からの大手事業者よりも「期待の充足」については高い評価を得る傾向にあります。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表14

分析対象ブランド数:7

公共サービス

「公共サービス」セクターは電気およびガス事業者を対象としています。

すべての要素において全体平均との開きが大きいなか、特に評価が低いのが「パーソナライズ」「親密性」「期待の充足」です。「パーソナライズ」の評価の低さについては、電気・ガスそのものはデザインや機能で差を出せるものではなく、事業者ごとに契約・料金プランでしか差を見出しづらい点が主な要因だと考えられます。「期待の充足」については、安定して安価に電気・ガスサービスを利用したいという顧客の期待に対して、その料金の高さや値上げに対する不満から評価が低くなっているものと推察されます。「親密性」については、トラブル発生時や問合せ時の応対が通り一遍の寄り添いを感じられないものであること、また、そもそも一度契約してしまえば料金支払いや電気・ガス使用量の確認でしか事業者との接点を感じられない利用者が多いことが評価の低さの理由だと考えられます。

生活者に支持される顧客体験に関する調査2023-2024 図表15

分析対象ブランド数:8

5. 変革への視点

AIによる「パーソナライズ」の進化、そして「誠実性」とのバランス

前回調査と比較して「パーソナライズ」の重要度が高まったことからわかるように、生活者はより自分自身のニーズやライフスタイル、価値観に合ったサービスを求めるようになっています。パーソナライズされたより良い体験を得られるなら、生活者はブランドに対して多少の高いコストをかけることも厭いません。進化を続けるAIによって、より高度な顧客理解やリアルタイムなパーソナライゼーションが可能となるでしょう。それをこれからの顧客体験のなかでどのように活かし、顧客の感情を掴み支持を得るかが大きな命題となっていくことは間違いありません。

しかし一方で、企業・ブランドは「パーソナライズ」の取組みのなかで「誠実性」が疎かにされていないかに注意を払う必要があります。データの取得やカスタマイズされた体験に対して抵抗感や不快感を感じる顧客も一定数存在することを意識しておくべきです。顧客のデータがどこまで取得され、どのように活用されているのか、データが安全にそして適切に管理されていること、それらを企業・ブランドが顧客に対して真摯に説明・明示することも求められます。顧客が何を求め、何を望まないのか、顧客の心情に配慮しながら「パーソナライズ」と「誠実性」のバランスを保った体験を設計することが肝要となります。

「親密性」を高める情緒的な体験価値が差別化のカギ

生活者は機能的価値よりも情緒的な価値をより重視するようになっています。調査結果における「親密性」の重要度の上昇からそれがうかがえます。これまで日本の企業・ブランドはサービスや製品の機能的価値に根差したサービス改善に取り組み、発展を続けてきました。そして、便利で機能的なモノやサービスがあふれた現在、それだけでは生活者からの支持を得ることが難しくなっています。ブランドが生活者から選ばれ、関係を維持し続けるためには、さまざまな接点で生じる感情的なつながりや愛着、企業・ブランドが発するメッセージやストーリーに対する共感が必要となっているのです。日本においては、そうした情緒面での生活者のブランドに対する評価は依然低い水準にあり、改善の余地が大きくあると言えます。顧客一人ひとりに真摯に向き合い、感情的なつながりや共感を生み出す顧客体験を実現することが、ブランドの大きな差別化要因となっていきます。

変化を続ける顧客ニーズに合わせて、柔軟に迅速に対応するための組織のオーケストレーション

顧客は日々さまざまなサービスや情報に触れ、それに伴って期待するサービスレベル、さらには価値観も変化していきます。今回の調査における「期待の充足」の評価の低下は、変化する顧客の期待に応え続けることの難しさを表していると言えます。企業・ブランドはそうした変化に対応し続けていくことが求められますが、タッチポイントの多様化とそれに伴うオペレーションの複雑化によって、その難易度は増しています。あらゆるタッチポイントで矛盾なく、すべてにおいて顧客中心主義を貫いた柔軟な変化と迅速な施策実行を続けるには、組織内で部門を跨いだシームレスな連携が欠かせません。優れた顧客接点(フロント)を実現するためのオペレーションやサプライチェーン(ミドルオフィス)、その前提となる人材育成や経営管理(バックオフィス)までの連動、すなわちオーケストレーションが求められているのです。

※本レポートの製本用(PDF)は、下記よりご覧ください。

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井島 裕昭

執行役員 カスタマーエクスペリエンス ストラテジー統括パートナー

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