本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
インドにおけるBEV(バッテリー電気自動車)普及の課題の1つである電池セルの国産化をテーマに、政策動向や、資源の安定供給を実現するためのサーキュラーエコノミー構築に向けた展望を解説します。

1.自動車業界におけるリチウムイオン電池の輸入増加

インドでは四輪車や二輪車、三輪車(オートリキシャ)を含む自動車分野で電動化を推進する取組みが進展しています。政府は、BEV普及促進策のFAME-IndiaとEMPS 2024に加え、2024年10月に新たなEV促進施策として、PM E-DRIVE(PM Electric Drive Revolution in Innovative Vehicle Enhancement)スキームを導入しました。PM E-DRIVEでは、1,090億ルピー(約1,800億円)の予算で、2026年3月まで新車購入補助金やインフラ整備支援などを実施します。
さらに、産業育成や貿易赤字対策、経済安全保障の観点でBEVの国産化を重視しており、生産・供給体制を強化する方針です。こうしたなか、リチウムイオン電池の輸入量は2023年度に約30億ドルとなり、2018年から比べて2倍以上に増加しました。BEVの主要部品の1つである電池セルは輸入に依存しており、国産化が求められている状況となっています。

2.インド政府によるEVバッテリーの国産化推進策

インド政府はEVバッテリーの国産化を支援するため、投資奨励金と関税優遇を積極的に実施しています。電池メーカーの投資負担の軽減および製造コストの抑制につながる施策を通じて、投資促進とコスト競争力の向上を狙う考えです。
2021年には、リチウムイオン電池などの生産を対象とする生産連動型インセンティブスキーム(以下、PLI-ACC)を導入しました。このスキームでは、50GWhの生産能力を目標に、1,810億ルピー(約3,200億円)の予算が割り当てられています。参加企業には投資奨励金を給付する一方、生産開始から2年以内に国内付加価値(DVA)を25%以上、さらに5年以内に60%に引き上げることが求められています。2022年には第1弾の参加企業が決定され、2024年には第2弾の参加企業の選定が行われています。

さらに、PLI-ACCとは別に電池メーカーや素材メーカーの投資計画も進行しています。これらの施策によってEVバッテリーの国産化が一層進む可能性があります。ただし、製造技術に関しては海外メーカーに依存している状況のため、国内付加価値の向上には時間がかかるでしょう。

インド政府は、電池関連産業の振興を目的に、輸入関税や税制優遇施策を実施しています。リチウムイオン電池の輸入関税が13%に設定されているなかで、2023~2024年度予算案では車載用リチウムイオン電池セルの生産に使用する資本財・機械の基本関税(BCD)の免除措置が2024年3月までに延長されました。また、2024~2025年度予算案では、リチウムやコバルト、ニッケルを含む25種類の重要鉱物資源について基本関税が免除されています。この措置は、インド国内での鉱物資源調達を支援し、EVバッテリー産業の競争力強化を図るものです。

【インドの電池セルにおける生産連動型インセンティブの国内付加価値要件】

インドにおけるEVバッテリー産業の進化とエコシステム構築_図表1

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

3.資源確保とサーキュラーエコノミーの構築

インドは、EVバッテリーに使用される鉱物資源を輸入に依存しているため、リチウムなどの電池材料の安定供給の確保も課題です。この課題を踏まえ、インド政府は2023年6月に「重要鉱物資源に関するレポート」を発表し、リチウムやコバルト、ニッケルといった電池材料を含む30種類の重要鉱物を指定しました。さらに、国内で鉱物資源の探索および採掘を強化することで、EVバッテリー用材料のサプライチェーン構築を目指し、米国等との国際連携も図っています。

また、2022年8月には電池廃棄物管理規則を発表しました。この規則では、拡大生産者責任(EPR)の考え方が採用されており、使用済みEVバッテリーを回収・リサイクルし、材料の再利用を生産者に求めています。これにより、EVバッテリーの生産、使用、回収、リサイクル、再資源化にわたるライフサイクル全体で環境負荷軽減を目指しています。
インド政府は、欧州に倣った規制の採用を進めると同時に、産業育成や雇用創出、投資誘致、技術導入などを狙っています。

【インドの電池廃棄物管理規則における主な要件】

項目 対象者 対象 要件
使用済みEVバッテリーの回収比率 生産者 三輪車(オートリキシャ)
  • 2024年度以降、3年度前の電池販売量の70%以上
  • 販売から7年間(コンプライアンス期間)で100%
二輪車
  • 2026年度以降、4年度前の電池販売量の70%以上
  • 販売から7年間(コンプライアンス期間)で100%
四輪車
  • 2029年度以降、8年度前の電池販売量の70%以上
  • 販売から14年間(コンプライアンス期間)で100%
使用済みEVバッテリーのリサイクルによる電池材料の再資源化率
(電池重量比)
リサイクル業者 全車種
  • 2024年度:70%
  • 2025年度:80%
  • 2026年度以降:90%
EVバッテリーの生産における国内でのリサイクル材料の最低使用比率
(電池重量比)
生産者 全車種
  • 2027年度:5%
  • 2028年度:10%
  • 2029年度:15%
  • 2030年度以降:20%

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

4.電池セルのコスト競争力向上が命題

インドが国策として取り組むBEV普及拡大の成否は、BEVの販売価格の重要な要素である電池セルのコスト競争力にかかっています。インドの自動車市場では、四輪車でも二輪車でも車体価格の競争力が特に重要であり、国産化と量産効果の両方による低コスト化が問われます。2020年代後半にかけてPM E-DRIVEやPLI-ACCなどによる需給両面への支援が継続実施される予定であり、この期間に電池セルの生産・供給体制における規模の経済の確立に向けた基盤を築くことがBEV普及拡大の鍵になります。

※本記事内の日本円表記は、執筆時点での為替レートに基づく概算です。
※文中の数値は、下記の公表資料を参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 中田 徹

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本調査では、グローバルの展望、パワートレインの未来、デジタル消費者、脆弱なサプライチェーン、新たなテクノロジー、という自動車業界の5つの領域に対してエグゼクティブの考える将来展望を分析しました。
また、独自に日本の消費者約6,000名を対象にした調査を行い、BEV(バッテリー電気自動車)や自動運転の商用化、消費行動に関するデジタル化について、グローバルの経営者の見解と比較しました。

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