2024年はデータ改ざんや検査不正といった品質不正や品質不祥事が相次いだ年という印象を受けた方もいるのではないでしょうか。また、自社において不正・不祥事対策に携わっている経営企画部門、内部監査部門や法務部門、品質保証部門などに所属している方もおられると思います。
今日、品質不正事案は特定の大手企業や上場企業の問題にとどまらず、業界・企業規模を問わず多くの企業が抱えるリスクとも言えます。
本稿では、何も起こっていない平時だからこそ何ができるのか、何をすべきなのか、企業において品質不正問題への対応を経験した、弁護士資格も持つKPMGコンサルティング マネジャーの三橋克矢と、多くの品質不正対応への支援実績を持つコンサルタントであるKPMG FAS ディレクターの吉岡一真が、不正対応の成功ポイントについて、失敗例も踏まえて対話形式で対応策を解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT1:品質不正事案対応の成功は初動にあり 品質不正事案対応でポイントになるのが、初動対応での調査のあり方であり、計画とハンドリング次第で、事案対応の成否が大きく分かれる。 POINT2:品質不正は「防ぐ」のではなく「対処」する 相次ぐ品質不正事案の特徴の1つは、数十年にわたり続けられてきたものであるため、すでに発生しているという想定のもと、いかに「防ぐ」かよりも、いかに「対処」するかに重きをおくことが重要である。 POINT3:平時のうちに事前の備えを 平時にこそ、品質不正事案に備えた対応策が重要であり、自然災害と同じようにクライシスマネジメントプランや点検といった事前準備をすることで、品質不正事案をコントロールすることが可能である。 |
I 品質不正事案対応の成功ポイントは何か?
三橋:品質不正事案が発生し公になると、メディアから注目を浴びるのはもちろんのこと、モノづくりの根幹となる品質不正となれば、リコールや生産中止に発展するケースもあり、製造業の企業にとっては存亡の危機になり得ると思います。そうしたなかで、品質不正事案の対応を成功に導くポイントはどこにあるのでしょうか。
吉岡:成功のポイントは1つとは限りませんが、1つ挙げるとしたら入口となる調査計画と思います。品質不正事案でよく見るケースとして、数十年にわたって不正が行われており、こういったケースでは品質不正の予防は手遅れで、発見後の対処が重要となります。
一方で、長年の慣習として行われてきた不正というのは、その特性から初期調査で不正の原因や影響範囲がよくわからず「調査の限界」に陥り、説得力のない調査に終わってしまうことがあります。また、調査も長引き、批判を拡大するだけといったことにつながります。
このような状況に陥らないためにも、初動対応での初期調査とその後の事実調査の計画が重要となります。
三橋: 確かに、品質不正対応は長いプロセスで、調査には多くの時間がかかります。初期の段階で調査計画を立てる必要があると感じますが、どういったアプローチがよいのでしょうか。
吉岡: たとえば、あるケースでは、メール調査で不正の証拠が検出できなかったものの、代替手法としてデータ分析を取り入れました。図表1に示すように、まず、どのような不正行為が、どのような場合に行われていたかの仮説を立て、社内に残されているデータのなかから不正の痕跡が残っている可能性のあるものを洗い出し、仮説検証を行いました。
データ分析から必要とするデータを特定し、それらが調査に資する信頼できるデータであるのか、また、そのデータにアクセスできるメンバーがどういう人間で、記録されているデータの範囲がどこまであるのかなどの把握を迅速に行いました。それにより調査の方向性を決めることができ、効率的な調査につながりました。
このケースでは、早い段階から調査範囲を決めることができ、素早いステークホルダー対応にもつながりました。
【図表1:KPMGのデータ分析アプローチ】
調査のDXを促進し、スピーディな対応に繋げる
三橋:なるほど、調査といえば、関係者へのアンケートやヒアリング、メール調査といったヒューマンアプローチが主流だと思っていましたが、調査の手法も進化、つまりDX化が進んでいるのですね。
吉岡:そのとおりです。デジタル化の波が多くの業界に影響を与えていますが、不正調査の現場もその例外ではありません。
三橋:データ分析を行う際に大変だったことはありますか。
吉岡:社内で管理されているデータは多種多様です。売上データ、生産データ、検査データや日報などさまざまです。まず、それらのバラバラに管理されているデータを紐づけて1つの大きなデータベースに集約するのが大変でしたが、これが一番重要です。
ありがちなケースとして、企業の担当者がデータをまとめようとしますが、データによっては間違いや重複等の
ノイズがあり、企業の担当者が整理するのは大変ですし、手戻りも発生しやすいです。
三橋:確かにそうですね。まさか自分たちのデータが調査時にデータ分析の材料として使われるとは想定していないと思います。
吉岡:また、データを分析しやすい形に整形する作業も一筋縄ではいかないことがあります。特に、構造化されていないテキストデータ(業務日報のフリーコメントなど)については分析用に構造化を行う必要があり、その点も非常に苦労しました。ただ、最近はChatGPT※1をはじめとしたAIの進歩が目覚ましいので、テキストデータの加工や類型化も容易になりつつあります。
II 失敗例から学ぶポイントは?
三橋:次は視点を変えて、品質不正事案の失敗例から学ぶポイントを見ていきたいと思います。
吉岡:失敗につながるケースの代表的なものとして、不正対応のコントロールが効いていないという点です。よく見られるのが、調査を進めていくなかで関連会社で新たな品質不正が発覚するといったことがあります。1つの品質不正が発覚すると、それが連鎖的な反応を引き起こし、あらゆる場所に一気に飛び火することがあります。こうした事態は調査を長引かせ、結果、収拾がつかない状態に陥ることがあります。これが大きな課題となっています。
三橋:調査が長期化しないことを心掛けることは重要ですが、新たな問題が発覚した場合は調査せざるを得ません。一方で、企業もいつまでも外部への説明ができず、ジレンマに陥ってしまいがちです。
吉岡:そのとおりですね。会計不正の調査では、監査人から監査意見を貰うために大まかなスケジュールが設定され、それに沿って調査が進められます。一方、品質不正調査の場合、会計監査とは異なり、決められた調査期間は定まっていません。これが調査が長期化しやすい一因です。その上、調査が長引けば長引くほど、企業に掛かる費用も増えてしまいます。そして何より、調査の長期化に伴い従業員の間での不安感も同様に増大してしまうということです。このようなことから、不正調査を行う際はある程度の線引きや、調査の進行状況を適宜評価し、その都度調整を行うことが必要だと感じています。
III 平時の今だからこそしておくべきことは何か
品質不正も自然災害と思ってクライシスマネジメントプランと避難訓練を行う
三橋:ここまで成功や失敗のポイントを見てきましたが、重要なのは「自社は大丈夫」と思わないことですね。品質不正事案も自然災害と同じように考え、いつ発生しても対応できるよう平時の時から備える必要性があると思います。効率的な調査も含め、具体的な取組み事項として何がありますか。
吉岡:対策としていろいろと提唱されていますが、冒頭でお話したとおり、品質不正の多くは数十年前から続くものがあり、すでに発生しているものについては防ぐことはできません。また、今からリスクを洗い出しても、その対応ができていないと、見つけただけで、雪だるまの様に収拾がつかなくなります。重要なのは、いつ発覚しても、適切な対応が取れる品質不正の特徴をとらえたクライシスマネジメントプラン(CMP)を策定することです。
三橋: 自然災害の様に日頃の準備は大切ですね。品質不正の流れはおおむね決まっており、図表2に示すとおり、「(1)初動対応」「(2)公表判断」「(3)一次公表」「(4)事案調査」「(5)二次公表」「(6)ステークホルダー対応」「(7)決算対応」「(8)再発防止」「(9)事業再生」に沿った形での事前準備は必要だと思います。では、具体的にはどのような事前準備が効果的でしょうか。
【図表2:品質不正事案が発生した際の社内外への対応】
無理して自社で完結させない
吉岡:報道されているような品質不正はおそらくどの企業にとっても初めての出来事です。他社の調査報告書や報道されている情報には限りがあり、実際に経験してみないと分からないことが多く、知見や経験のある外部の専門家を頼ることも重要です。
三橋:確かに、私も以前会社側で品質不正対応をした際は初めての出来事で、試行錯誤しながら対応していました。
吉岡:逆に会社側の立場では、どのような点に苦労されましたか?
三橋:私個人の感想ですが、初めての経験であったにもかかわらず無理に自分で何とかしようと頑張っていた部分があり、トライアンドエラーアプローチでやっては軌道修正するといった回りくどいやり方でした。頼りにしようと思っていた専門家もいざコンフリクト等で断られかねないので、今思えば自身の反省点も感じており、事前準備の必要性は感じます。
吉岡:おっしゃるとおり、いざ品質不正が発覚して公になれば、対応に当たっている会社の方は余裕がなくなると思いますし、初めてのことでやりながら考えて進めてしまいがちです。また、不正対応はまず弁護士へ相談することから始まると思いますが、その他にも、PMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)支援ができる危機管理コンサルタント、フォレンジックや認証機関アドバイザーなど、多種多様のアドバイザーが存在します。また、第三者がいるからこそ、対応や調査に信ぴょう性が高まることも視野に入れておく必要があります。
三橋:そうですね。平時の今だからこそ、外部アドバイザーと他社事例を踏まえた品質不正対策について意見交換を進めるなど、外部の意見を取り入れつつ、自社内でできる事前準備をしておくことが肝要だと思います。
IV さいごに
品質不正事案はその特徴から調査が長引く傾向があり、事案の収拾に大きな影響を与えかねません。初動対応時での調査計画をしっかり練ること、調査のコントロールも効かせることが重要です。
しかしながら、いざ対応しようとしても、慣れないことばかりでうまくいかないことが多いのが現状であり、無理に自社のリソースのみで対応しがちです。不正対応は経験してみないと分からないことも多く、「自社は大丈夫」と思う経営者も少なくありません。
重要なのは、自社でも起こり得ることとして捉え、自然災害と同様に事前の備えをしておくことです。
ある企業の調査報告書では、経営者に他社事例や外部の意見を取り入れることを推奨している記述もあり、まさに平時の企業でやるべきこととしては、知見や経験のある外部アドバイザーと意見交換をしながら、「自社にあった備え」を整えていくことが肝要です。
KPMGでは、企業の皆様から気軽にご相談いただけるように、品質不正・品質不祥事などの品質コンプライアンス違反事案に特化した法人対象の連絡窓口として「品質コンプライアンスホットライン」を2024年7月に設置しました。品質コンプライアンスホットラインではKPMGの専門家による初動対応に関する一般的な助言のほか、適切な支援を提供します。
※1 ChatGPTはOpenAI社の商標です。
執筆者
KPMG FAS
ディレクター 吉岡 一真
KPMGコンサルティング
カリフォルニア州弁護士/マネジャー 三橋 克矢