1.構造的賃上げに向けた下請法改正/執行強化

長期のデフレから脱却し、日本経済の成長を促進するため、適正な価格転嫁や賃上げを支援する政策が打ち出されています。なかでも特に、サプライチェーン全体での商慣行の改善が目指されています。

その手段の1つとして、独占禁止法・下請法の執行強化や、下請法の改正の検討がなされています。執行強化に関しては、立入調査の重点業種として指定された業種(生産用機械器具製造業・輸送用機械器具製造業等の5業種)と、現在実態調査が実施されているフードサプライチェーンにかかる業種は特に注意が必要です。

改正に関しては、「買いたたき」要件の厳格化や荷主と運送事業者間の下請法の適用等が検討されており、幅広い企業に影響が生じる可能性があります。また、下請法運用基準や知的財産取引ガイドライン等指針類も相次いで改定されており、親事業者に求められる対応のレベルがアップデートされています。

下請法の改正や執行強化は、適正な価格転嫁や賃上げ支援政策の一環という位置付けであるため、コンプライアンス対応のみならず、抜本的な収益構造の再検討も必要です。

2.デフレからの完全脱却に向けた価格転嫁の促進

長期のデフレにより、低物価・低賃金・低成長の「コストカット型経済」が社会に定着し、適正な価格転嫁が阻害されてきました。この状況が日本経済の成長を妨げているという認識の下、デフレからの完全脱却と成長型経済の実現が政策の1つの柱として掲げられています。

内閣府による「骨太方針2024」(「経済財政運営と改革の基本方針2024 ~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~」)では、賃上げを起点とした所得と生産性の向上が、経済成長への移行の鍵とされています。そして賃上げ施策の一環として、価格転嫁の促進が謳われています。サプライチェーン全体で適正な価格転嫁と製品・サービス価格の設定が行われる商慣行を定着させ、中小企業が賃上げの原資を確保できることを目指しています。

3.政策の概要

(1)独占禁止法・下請法の執行強化

a.価格転嫁率が低い業種への改善要請

転嫁率が低い業界に対して、政府は、自主行動計画の策定・改定や改善策の検討を要請しています。労務費の占める割合が高く、労務費の転嫁率が低い22業種に対して、各団体経由で、自主行動計画の策定や転嫁状況の調査・改善を求めています。今後、継続的なフォローアップが行われ、改善が進まない業種には重点的な調査・立入などが実施される可能性があります。

b.実態調査

労務費の転嫁状況について、公正取引委員会による活発な実態調査が行われています。労務費の割合が高く、転嫁率が低い業種を対象として半年間で2回(2023年12月、2024年6月)という高頻度で特別調査が実施されました。下請法違反の懸念がある事業者については、注意喚起文書の送付、立入調査、事業者名の公表が行われています。

c.執行体制整備

国土交通省による「トラックGメン」の創設をはじめ、取引適正化に向けた取組みが進行しています。サプライチェーン全体の取引環境整備や取引の公正化を目指し、事業所管省庁と連携しつつ、下請法の面的な執行を可能とする体制整備が検討されています。

(2)下請法の制度改革

優越的地位の濫用規制のあり方を検討するため、公正取引委員会によって2024年7月に「企業取引研究会」が設置され、下請法を中心とした制度改革の検討が進められています。2025年における法案提出に向け、検討がなされていると想定されます。

4.下請法の制度改革概要

(1)「買いたたき」の要件厳格化

2024年5月、下請法の運用基準が改定され、「買いたたき」の認定基準が厳格化されました。人件費や原材料、エネルギー等のコストが著しく上昇していることが公表されているにもかかわらず、取引価格が据え置かれた場合、下請法で禁じられている「買いたたき」に該当する可能性が明示されました。規制を明確化するため、法律の条文へ明記することも検討されています。

また、運用基準の潜脱を防止するため、さらなる規制の導入が検討されています。実際の取引現場では、価格は据え置かないものの、コスト上昇分の一部のみしか価格転嫁を認めず、残りの大部分を中小企業に押しつけるといった事例が報告されています。こうした潜脱的事例を防ぐための規制が検討されています。

(2)荷主と運送会社との関係における下請法の適用

現行ルールでは、荷主と運送事業者は下請の関係と認められておらず、独占禁止法のみに基づく規制が行われていますが、取締りが難しいのが実情です。下請法の適用を受けることを明確化し、執行を強化することが検討されています。

また、物流業界において、運送会社は荷主の都合による長時間の荷待ちや、無償での荷役の強制など、運送業務以外の作業が負担となってきました。法改正により、不合理な取引慣行を是正するための規制が検討されています。

なお、公正取引委員会は荷主と物流事業者との取引に関する調査を継続的に実施しています。注意喚起文書が送付された荷主の上位3業種は、協同組合、食料品製造業、飲食料品卸売業です。

※ 独占禁止法の告示(物流特殊指定)による規制が行われています。

(3)支払条件に関する商慣習の是正

発注者(親事業者)が受注者(下請事業者)に資金繰りの負担を求める商慣習を是正するため、ファクタリングの利用や振込手数料の負担について、新たな規制が検討されています。

(4)下請法の適用基準の見直し

下請法は資本金を基準に対象事業者を規定していますが、親事業者が減資する、あるいは下請事業者に増資を求めるといった事例が問題視されています。潜脱的行為を阻止するための適用基準が検討されています。

(5)無償負担を求める行為の要件明確化

金型の無償保管や知的財産の無償提供を求める行為について、下請法や優越的地位の濫用に係る規制の強化が検討されています。

(6)命令や罰則の導入

下請法の実効性確保のため、命令や罰則の導入が検討されています。

5.企業に求められる取組み

独占禁止法・下請法の執行強化、規制強化に伴い、以下の対応が必要となります。

(1)下請法遵守に向けた取組み

a.「買いたたき」違反の防止に向けた体制整備

「買いたたき」防止のための指針として、2023年12月に「労務費の適正な転嫁に向けた価格交渉に関する指針」が公正取引委員会から公表されており、これに則った対応が求められます。

この指針には、発注者側・受注者側双方の、採るべき行動、求められる体制などが記載されています。たとえば、発注者側としては、経営トップが関与する体制の整備(1.労務費の上昇分を取引価格に転嫁する旨の取組方針を経営トップ関与の下決定すること、2.方針等を書面等の形に残る方法で社内外に示すこと、3.取組状況を定期的に経営トップに報告する体制を設ける/必要に応じ更新すること)などが求められています。

【発注者として採るべき行動/求められる行動】

下請法改正等に伴い求められるサプライヤーとの共創関係構築_図表1

出典:「労務費の適正な転嫁に向けた価格交渉に関する指針」(公正取引委員会)に基づきKPMG作成

b. 物流事業者との取引条件等の見直し

物流事業者との取引についても、下請法の適用に備え、現状の取引のあり方を再検討する必要があります。まずは、「物流特殊指定」(公正取引委員会)を参照のうえ、代金の支払遅延や減額、買いたたき、物の購入強制など、下請法違反に相当する行為を行っていないか確認することが重要です。

c.下請法上の問題行為の是正

金型の無償保管や知的財産の無償提供等法規制が検討されているものの多くは、ガイドライン等で問題行為として指摘されているものです。「下請取引適正化推進講習会」(公正取引委員会)のテキストや、業種別の「下請適正取引等推進のためのガイドライン」(中小企業庁)、「知的財産取引に関するガイドライン」(中小企業庁)を参照し、注意喚起されている問題行為を行っていないか再確認する必要があります。

下請法の文言は抽象的であるため、必ずガイドライン等を参照のうえ、チェックすることをお勧めします。

(2)サプライヤーエンゲージメントの強化

下請法への対応を契機に、サプライヤーとのエンゲージメントを強化することが望ましいあり方です。サプライヤーエンゲージメントとは、企業がサプライヤーとの関係について取引パートナーを超え、相互の信頼のもとに共創関係を築く戦略であり、これにより、品質向上、コスト削減、リスク管理が実現され、企業の競争力向上につながります。

近年、ビジネスと人権に関する取組みとして、取引先に対してサプライチェーンにおける人権尊重を要請している企業も多くあると想定されます。下請法対応は、取引先での人権侵害(長時間労働、不十分な賃金支払)を自社が助長していないか見直す、重要な契機となります。

(3)収益構造の再検討・効率化の取組み

下請法の改正や執行強化は、適正な価格転嫁や賃上げ支援として行われているもので、取締り強化の方針は、中小企業も含めた賃上げが実現されるまで長期的に続く傾向であると思われます。調達にかかる費用への影響も大きいと考えられますので、コストカットに依存せず利益を上げる仕組みの再検討、物流を中心とした業務効率化等の取組みが必要です。

6.特に注意が必要な業種

(1)立入調査重点5業種

公正取引委員会は、2023年に立入調査重点5業種を指定しています。

【該当業種】

1 情報サービス業
2 道路貨物運送業
3 金属製品製造業
4 生産用機械器具製造業
5 輸送用機械器具製造業

(2)改善要請等の対象業種

コストにおける労務費の割合が高い業種、労務費の転嫁率が低い業種として22業種が改善要請等の対象となっています。

【該当業種】

1 警備業
2 地方公務
3 インターネット付随サービス業
4 ビルメンテナンス業
5 輸送用機械器具製造業
6 金属製品製造業
7 家具・装備品製造業
8 はん用機械器具製造業
9 業務用機械器具製造業
10 生産用機械器具製造業
11 印刷・同関連業
12 情報サービス業
13 映像・音声・文字情報制作業
14 広告業
15 総合工事業
16 不動産取引業
17 不動産賃貸業・管理業
18 技術サービス業
19 道路貨物運送業
20 倉庫業
21 運輸に付帯するサービス業
22 自動車整備業

(3)物流事業者との間の物品の運送・保管に係る継続的な取引がある業種

物流事業者との取引がある事業者については、幅広い注意が必要となります。公正取引委員会の調査で、注意喚起文書が送付された荷主の上位3業種(協同組合、食料品製造業、飲食料品卸売業)は特に注意が必要です。

(4)フードサプライチェーン

飲食料品の製造業者・卸売業者・小売業者間の取引における商慣行について、公正取引委員会による実態調査が2024年9月13日から行われています。この結果を受けて、取締りが強化される可能性があります。

7.まとめ

これまで公正取引委員会は、下請法対応強化に向けた活発な活動を行ってきています。来年度の予算要求項目に鑑みても、この傾向は続くと考えられます。

デフレからの完全脱却は政策の1つの柱であり、企業は自社のコンプライアンス体制整備、サプライヤーエンゲージメントの強化、収益構造の再検討など多面的・継続的に取り組む必要があります。

執筆者

KPMGコンサルティング 
マネジャー 荒尾 宗明
シニアコンサルタント 吉田 愛子

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