昨今、親事業者と下請事業者の関係性を揺るがす事例の発生等を鑑み、公正取引委員会等による企業への勧告や指導を行うケースが相次いでいます。決して新しい法律ではない下請法の執行が、なぜ今強化されているのか、企業は規制当局側の意図と文脈を適切に理解する必要があります。

本稿ではこうした下請法をめぐる近時の動向と示唆、および企業の下請法対応例を改めて整理しつつ、実態調査や規制対応をきっかけとしたサプライヤーエンゲージメントの実践・強化について解説します。

1.下請法のおさらい

下請法自体は1956年に制定された比較的古い法律です。独占禁止法により、下請取引における「優越的地位の濫用」は禁止されている取引方法であるものの、同法では違反と認定するハードルが高いという問題があったことから、その補完法として誕生したのが下請代金支払遅延等防止法(以下、下請法)となります。

その特徴としては、中小企業の迅速な保護の観点から、相手方当事者の同意の有無等を問題としないなど形式的な内容が多いことが挙げられます。そのため、取引先企業による同意に満足し、無自覚に違反している例も少なくありません。

規制対象となる主体は、「物品の製造委託・修理委託」や「情報成果物政策委託・役務提供委託」等の委託形態に応じて定められた、発注者と受注者の資本金の組み合わせにより決まります。その際、規制対象となる行為は、買いたたき、代金の減額、代金の支払い遅延、受領拒否、不当返品等非常に多岐に渡ります。

罰則としては、法第7条に基づく原状回復(勧告)や法第10条に基づく50万円以下の罰金等が規定されているものの、それ以外にも、民事上の損害賠償請求や違反事実の公表による企業イメージの棄損等のリスクの存在が特徴的です。

2.昨今の下請法の執行強化

下請法は急激に執行の強化がなされています。2021年12月に第二次岸田政権下において「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化パッケージ」が公表されると、翌2022年2月には公正取引委員会に「優越的地位濫用未然防止対策室」が新設され、同年12月には初めて法令違反ではないものの、協議を行わなかったとして企業名が公表されることとなりました。その後も、2023年11月の内閣官房、公正取引委員会による「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」公表や2023年12月の経済産業省、公正取引委員会による「下請取引の適正化」に係る事業者団体への要請など、下請法遵守に関する政策要請が強化されており、勧告、指導、調査件数いずれも増加傾向にあります。

3.企業の下請法対応策

下請法の代表的な対応策として、法第9条に基づく報告徴収対応業務のほか、法令検知、社内研修、システム整備、社内規程整備、内部監査、立入検査対応などが挙げられます。それぞれ対応事項が膨大であり、また、担当する社内部門もシステム部門、営業部門、法務部門など多岐に渡ります。

【法第9条に基づく報告徴収対応業務(例)】

下請法対応をきっかけにしたサプライヤーエンゲージメントの実践・強化_図表1

【その他業務(例)】

01 法令検知 下請法関連法令および勧告事案等の定期的な把握
02 社内研修 適切な取引慣行に係る営業部門向け教育
03 システム整備 最新の下請法を遵守するための監視と記録保持を効率化するためのITシステム整備
04 社内規程整備 下請法遵守のための具体的な手順やルールを明確に定めた社内規程の策定
05 内部監査 下請法遵守状況の定期的なレビュー
06 立入検査対応 当局指導を踏まえた報告書作成

これらの対策は、長らく多くの企業において実施されてきたと考えられます。ただし、昨今の状況と政策的・社会的背景を踏まえたうえで、企業は改めてその実効性を再確認し、強化を検討する必要があります。

4.下請法・下請振興法対応に関する実態調査の実施

上述したように、下請法は、下請業者の権利保護を目的として制定されましたが、本法を補完する形で下請取引の健全性や公正性の向上を図るために、親事業者と下請事業者との間の取引条件の改善や、下請事業者の技術向上・経営改善の支援などに焦点を当てた、下請中小企業振興法(以下、「下請振興法」)が定められています。

現在、中小企業庁が2021年9月より、毎年9月と3月を「価格交渉月間」として設定し、価格交渉・価格転嫁を促進するため、広報や講習会、業界団体を通じて価格転嫁の要請等を実施しています。また、各「月間」終了後には、多数の中小企業に対して、主な取引先との価格交渉・価格転嫁の状況についてフォローアップ調査を実施し、価格転嫁率や業界ごとの結果、順位付け等の結果をとりまとめるとともに、状況の芳しくない親事業者に対しては、下請振興法に基づき、大臣名での指導・助言を実施しています。

本対応に関連して、指導・助言対象になった企業が取引先に対して価格交渉・価格転嫁等に関してアンケート調査やヒアリングを実施のうえ、下請振興法対応に関する実態調査を実施することが増えてきています。実態調査によってリスクを再確認し、その重要性によっては速やかに実態調査を進めることが重要です。

5.今求められるサプライヤーエンゲージメントの実践・強化

実態調査に加え、規制対応を1つのきっかけとしたうえで、下請法・下請振興法対応に留まらない幅広い法対応や社会・環境面での要請対応に関する現状把握をプロアクティブに実施し、各施策の実効性確認・評価・見直しを行い、企業の競争力強化の一環としてサプライヤーエンゲージメントの実践・強化につなげることの重要性が高まってきています。

サプライヤーエンゲージメントとは、企業がサプライヤーとの関係について取引パートナーを超え、相互の信頼のもとに共創関係を築く戦略です。企業が競争力を維持し、市場でのリーダーシップを確立するために不可欠です。特に下請法や下請振興法などの法対応をきっかけに、従来の「買い手ー業者」の関係を大きく見直し、サプライヤーエンゲージメントを推進することで、企業は自社の価値提供力を向上させ、持続可能な成長を実現できます。

【サプライヤーエンゲージメントのアプローチ方法(例)】

  • 優先順位を踏まえた対応
    事業上の重要性、リスク、実行力の3点を踏まえて、サプライヤーを分類し、管理レベルを決定など
  • 主要課題(GHG排出量、人権デュー・ディリジェンス対応など)の解決に向けた協業検討
    サステナビリティの観点から主要課題(自社サプライヤーのScope2ネットゼロ、人権デュー・ディリジェンス対応など)の解決に向けたパートナーシップの構想検討・具体化など
  • 拡張性の高いプラットフォーム(ツール)の導入検討
    デジタル・テクノロジーの活用によるサプライヤー一元管理の効率化・高度化を加速など

【サプライヤーエンゲージメントによりもたらされる効果(例)】

  • 企業とサプライヤーの相互の信頼関係が構築され、協力関係が強化される
  • 製品やサービスの品質向上、コスト削減、リスク管理を実現し、企業の競争力向上に寄与する
  • 人権や環境などのサステナビリティへの配慮を促進し、持続可能なビジネスを実現する

6.まとめ

サプライヤーエンゲージメントは、企業にとって単なるコンプライアンス的な対応に留まらず、競争力の源泉となる重要な戦略です。企業は法的な要請を機会として活用することで、相互のニーズや価値観に基づいたパートナーシップを構築し、持続的な成長と価値創造の実現につなげることができると考えます。

KPMGでは、豊富な実績を通じて培ったノウハウや、グローバルネットワークを活用した、対応方針の策定やリスクと機会の分析、戦略策定・目標の設定等、サステナブルサプライチェーンの実現に向けたさまざまな支援を行っています。お気軽にお問い合わせください。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 外川 元太

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