本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
今回は、鉄鋼業界の持続可能性に向けた新たなアプローチとして、低炭素化技術とバイオマス資源利用の最新動向を、自動車産業への影響と共に探ります。
1. 製鉄とバイオマス資源のかかわり
2. 鉄の多様な用途と未来の需要動向
鉄鋼は、グレードにもよってその価値が異なりますが、一般的に金属の重量単価としては最も安価です。そのため、建築やインフラ、工業製品など社会生活に欠かせない素材として広く使用されています。また、世界鉄鋼協会のデータ(2022年)によると、鉄鋼の需要の52%が建設物・インフラ、16%が機械・構造物分野、12%が自動車分野となっています。自動車においては、従来から燃費向上を目指した軽量化のため、鉄以外の材料の使用が進められてきました。
しかしながら、鉄鋼も比強度向上により軽量化への貢献が期待されており、電動車が増えようとも車体や駆動系部品への需要は引き続き高いことは間違いありません。世界の人口増加や経済成長の加速、都市化、工業化やモータリゼーションが進展すると想定するならば、これらの分野での鉄鋼の需要は今後さらに拡大すると予測されています。このため、各国で鉄鋼製造時の二酸化炭素(CO2)の排出量削減(以下、低炭素化)を目指した研究・開発が行われています。
【鉄鋼のセクター別用途割合(2022年)】
3. 鉄の低炭素化に対するアプローチ
鉄鋼業界では、低炭素化を実現するためのさまざまなアプローチが取られています。
現代の製鉄方法は高炉やシャフト炉と呼ばれる巨大設備を用います。炉内で石炭や天然ガスを燃焼させることで、一酸化炭素や水素をつくり、鉄鉱石に含まれる酸化鉄を還元して鉄にする方法が主流となっています。この還元方法は現在でも約7割を占めていますが、残りは電気炉と呼ばれ、電気を用いて、還元済みの鉄を再溶解する方法です。このため、新たに鉄を得ようとすると還元プロセスが必要であり、還元材に含まれる炭素がCO2となって大気に排出されます。このプロセスの低炭素化のアプローチは、大別すると2つに分類されます。1つは製造プロセスそのものの変更、2つ目は排出ガスからCO2を回収・貯蔵する方法(CCUS)です。
今回は、前者の製造プロセスについて紹介します。鉄の低炭素化を実現するためには以下の図に示すように、還元材をバイオマス資源由来や再生可能エネルギー(以下、再エネ)由来の水素に置き換える方法や、アルミニウム精錬のように電気を用いる方法があります。いずれの方法も、再生可能なバイオや再エネ資源の使用が前提となります。日本は、欧米や中国と比較して農地面積が小さく、海の水深は深いため洋上風力適地は限られています。さらに、乾燥地帯に比べて太陽光の発電ポテンシャルも低いなど再エネ導入には地理的な制約が多くあります。また、再エネで製造した燃料を輸入などの検討は進められていますが、合成や輸送のためのエネルギー損失が不可避であるため、再エネが地産地消可能な地域に対して不利となることが考えられます。
【鉄鋼の低炭素化に向けた開発事例】
4. 自動車産業への影響
低炭素化の手段として、再生可能資源・エネルギーの使用が必要です。しかし、エネルギーコストの高騰によりアルミニウムの製錬工程が日本から無くなったことを踏まえると、同様の理由から日本国内での鉄鋼の製錬所(高炉)が大幅に減少する可能性があります。これは、日本の鉄鋼の約8割は高炉製鉄が占めているため、輸入鉄に大きく依存することにつながります。そのため、自動車含む鉄鋼使用製品の原価が上昇することとなり、価格競争力が低下することが懸念されます。つまり、鉄鋼のカーボンニュートラル化は自動車産業にとっても重要な課題です。
鉄鋼のカーボンニュートラル化を実現するために、再エネ以外による代替技術も世界で開発が進んでいます。たとえば、次世代革新炉の1つである高温ガス炉は発電と同時に、水の熱分解による水素製造そして、水素還元製鉄への利用にも期待されています。中国では2023年末に実証炉が稼働を開始し、発電と地域への熱供給を同時に行っています。日本でも、2030年代後半に同様の実証炉が稼働する計画です。再エネ資源の多寡で競争が行われるなかで、日本の将来は厳しい状況に直面しています。技術開発においては例外を設けることなく、サプライチェーン全体での取組みが求められています。
本文およびグラフの数値は下記資料を参考にしています。
第24回KPMGグローバル自動車業界調査
本調査では、グローバルの展望、パワートレインの未来、デジタル消費者、脆弱なサプライチェーン、新たなテクノロジー、という自動車業界の5つの領域に対してエグゼクティブの考える将来展望を分析しました。
また、独自に日本の消費者約6,000名を対象にした調査を行い、BEV(バッテリー電気自動車)や自動運転の商用化、消費行動に関するデジタル化について、グローバルの経営者の見解と比較しました。
英語版はこちらよりご確認いただけます。