本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。

「電気自動車用バッテリーの新たなサプライチェーン~モロッコに集まる視線~」第1回である今回は、KPMGが毎年行っている調査レポートである「グローバル・オートモーティブ・エグゼクティブ・サーベイ2023」から、電気自動車(以下、EV)のバッテリー資源であるリンの特性、またリン資源を巡る各国の現状を解説します。

EVのバッテリー材料として、LFP(リン酸鉄リチウム)電池が注目されています。LFP電池はコストと安定性の面で優れており、従来用いられてきた三元系と呼ばれるニッケル、コバルト、マンガンを使用したバッテリーに対して、経済的な利点があります。鉄やリンという相対的に安価な原料を使うことによってもたらされる価格低減が、大量にバッテリーを使用するEVのコストダウンに大きく貢献します。

このLFP電池に用いられるリンは、窒素やカリウムと共に肥料の3要素として知られており、食料生産にも大きな影響を与えています。日本でも肥料価格の高騰がニュースとなった2022年以降、リンの重要性が再認識されています。その要因の1つは、リン鉱石の世界最大の生産国である中国における輸出検査の厳格化によるものです。輸出規制により、世界的な需給バランスの乱れが引き起こされ、価格高騰が発生しました。

今後、世界の人口増加に伴う食料需要と肥料需要の増加が予想されますが、さらにバッテリーなどへの工業利用が増加することを鑑みると、リンの重要性が今以上に増すことが考えられるため、日本では下水からのリン回収が進められています。

【リン鉱石価格の推移(2005年~2023年)】

LFP電池の原材料をとりまく世界の動向~リン資源の需要がもたらす影響とは_図表1

出典:世界銀行「Research & Outlook:Commodity Markets」を基にKPMG作成

リン資源は偏在しています。世界のリン鉱石の確認埋蔵量のうち、約70%は北アフリカのモロッコが占めており、次いで中国(約5%)、エジプト、チュニジア、ロシアと続きます。モロッコにはバッテリーのセル工場および原材料の建設計画が、主に中国系企業を中心に持ち上がっています。

その理由の1つとして、アメリカのインフレ抑制法のなかにバッテリー原材料の生産国に関する規定があり、アメリカとFTAを締結しているモロッコが対象に含まれていることが挙げられます。

【モロッコの資源・通商関係とバッテリープロジェクト】

資源
  • リンの確認埋蔵量:世界の約70%
  • ウラン:数百万トン(リン鉱石中に含有)
  • 太陽光:砂漠地帯
  • 風力:北東貿易風地域
通商関係
  • アメリカ:FTA締結
  • EU:FTA締結
  • 中国:一帯一路構想の実行行動計画書に署名
バッテリー製造
  • 中国企業:セル製造や陽極製造など合計5社
  • 韓国企業:陽極製造1社(中国企業とジョイントベンチャー)

各国政府は、安全保障を目的として重要鉱物を指定し、資源確保とサプライチェーンの多様化を明示的に行い始めています。たとえば、前述の三元系と呼ばれるバッテリーに用いられるニッケル、コバルト、マンガンについて欧州では戦略的原材料、アメリカでは重要鉱物に指定されており、資源の安定的な供給確保を行っています。これらの材料に対して、需要量を低減するという観点で、代替材料となりうるリンが安全保障という観点でも重要となってくるに違いありません。

一方、これを見越したかのように中国企業はモロッコに進出し、サプライチェーンを構築しようとしています。そのなかで日本および日本企業も対応を迫られるでしょう。将来のリスクを見越した戦略構築が必要なのではないでしょうか。 

本文およびグラフの数値は下記資料を参考にしています。

執筆者

KPMGコンサルティング
スペシャリスト 伊藤 登史政

電気自動車用バッテリーの新たなサプライチェーン ~モロッコに集まる視線~

本シリーズの第2回は近日公開予定です。
また、タイトルは予告なく変更される可能性があります。

  • 第2回:自動車製造の新拠点として注目されるモロッコの魅力

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第24回KPMGグローバル自動車業界調査

本調査では、グローバルの展望、パワートレインの未来、デジタル消費者、脆弱なサプライチェーン、新たなテクノロジー、という自動車業界の5つの領域に対してエグゼクティブの考える将来展望を分析しました。
また、独自に日本の消費者約6,000名を対象にした調査を行い、BEV(バッテリー電気自動車)や自動運転の商用化、消費行動に関するデジタル化について、グローバルの経営者の見解と比較しました。

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