国内の労働市場では、女性やシニアの労働参加によって労働力人口が一時的に維持・増加傾向にありますが、長期的には生産年齢人口の減少という社会課題を抱えており、企業の人手不足はますます深刻化していくことが予想されます。一方、働き方の多様化に伴い、単発・短期・短時間で働くスポットワークが近年、急速に広がりを見せており、会社員等の副業・兼業による潜在的な労働力の活用促進が期待されます。

本稿では、スポットワークに着目し、個人における働き方の選択肢がどのように変化するか、また、求職者から選ばれ必要な人材を確保するために企業がとるべき対応について考察します。

なお、本稿におけるスポットワークとは、「単発・短期・短時間で働くこと」を表し、雇用主と雇用契約を結んで働くこと(スキマバイト)と、個人にて業務委託を受注して働くこと(ギグワーク)をまとめた概念として定義します。

1.これまでのスポットワーク市場の広がりとその背景

(1) スポットワーク市場の広がり

スポットワークは、単発・短期・短時間で仕事を行う働き方であり、米国のUber等をはじめ、Job &Talent等、さまざまなスポットワーク向けの人材マッチングプラットフォームサービスが各国に誕生し、市場は急速に拡大しています。日本国内でも、株式会社矢野経済研究所によると、スポットワーク仲介サービスの市場規模は2021年度から2023年度までの年平均成長率30%近い伸びを見せ、急速に拡大しています。

これまでは、コロナ禍でフードデリバリー等の業務委託契約にて仕事を行うギグワークが注目されていましたが、最近では雇用契約を結んで働く、いわゆるスキマバイトの増加が顕著です。また、主要プレイヤーの動向に目を向けてみると、スキマバイトの代表的なサービスとしてはタイミー/シェアフル/LINEスキマニ等が挙げられます。

至近では、2024年3月にメルカリが提供するメルカリ ハロがスタートしました。同サービスはポイント付与のキャンペーンをはじめ、登録の容易さなどユーザービリティに優れ、急速な広がりを見せており、多くのメディアから注目を集めています。さらに、リクルートでは、人材マッチングやSaaSによる業務効率化サポートの知見を活かした新たなスポットワークサービスを2024年秋に提供すると公表しています。

【スポットワーク仲介サービス市場規模の推移】

スポットワークが促す将来の働き方変化と企業の人材獲得におけるポイント_図表1

出典:株式会社矢野経済研究所「スポットワーク仲介サービス市場に関する調査(2023年)」(2024年2月19日発表)

(2) スポットワーク市場が拡大する背景

 上述のとおり、スポットワーク市場は規模を拡大させ、大手企業も続々と参入しはじめてきており、現在、注目度の高い市場となっています。なぜここまでの広がりを見せているのか、その背景となる主なマクロトレンドして以下の4点が挙げられます。

  • 生産年齢人口の減少
    労働力の確保や人材獲得競争の激化から被用者の対象が広がり、女性やシニアを含め、労働市場参加者の属性の多様化が進みました。また、ワークライフバランスや体力的な不安等の事情から、限定的な勤務形態が好まれやすくなっていると考えられます。
  • 働き方の柔軟性の高まり
    コロナ禍を契機としたリモート勤務の普及による通勤時間の削減や柔軟な働き方への期待の高まりにより、企業は働き方を見直し、ワークライフバランスを重視する機運が高まりました。
  • 副業・兼業の解禁
    政府は2018年に副業・兼業の促進に関するガイドラインを作成し、幅広く雇用・兼業を支援する環境整備を行っています。これにより、従来は本業以外の従事が認められていなかった場合でも副業・兼業が可能となり、他の働き方を行う人数の母数が増加しています。
  • テクノロジーの進展、AI/データ活用
    デジタルプラットフォーム上での求人・求職者のマッチングから、契約・支払い等の事務手続きまで一気通貫でのサービス提供が可能なテクノロジーインフラが整ってきたことで、技術的なハードルが下がっています。

さらに、企業や求職者のニーズとして、労働力の確保や雇用の最適化、自由度の高い働き方が支持されており、利用が進んでいます。

  • 労働力の確保
    労働市場からいかに必要な人材を確保するかは、多くの企業にとって課題となっています。そのようななか、スポットワークは、主要な仲介サービスであれば数百万人規模のユーザーを抱えており、企業にとって多くの求職者にリーチできる魅力的チャネルの1つとなっています。単発・短期・短時間での雇用が可能なため、繁忙期・最繁時におけるオンデマンドでの作業人員確保としての活用や、恒常的な人材不足に対する要員数の底上げ、またはスポットワークをきっかけとしたパート・アルバイト登用を主な目的として利用されています。
  • 雇用の最適化
    多くの企業では、人材不足解消や雇用コスト低減といった観点から最適な雇用形態の組合せを志向し、非正規雇用や外部委託の活用を推進しています。たとえば、事務処理や補助業務の人員や、繁忙期・最繁時の補助人員としてスポットワーカーを活用することで、必要人員を確保しつつも雇用コストの抑制が図れます。
  • 簡便な就労ステップ
    求職者にとっては、選考過程がほとんどなく、アプリ等のサービス内で求人企業と求職者のマッチングが成立し、従来の面倒なステップがなく手軽にはじめられる点が受け入れられています。求人企業は求人情報を登録し、求職者は自らの情報をあらかじめサービスに登録、随時双方に提供され、企業にとっては希望の人材、求職者にとっては希望する職場を効率的に見つけることができるようになっています。

2.今後のスポットワークのユースケース

ここまで、過去から現在におけるスポットワークの市場の広がりとその背景を見てきました。ここからは将来のマクロトレンドからスポットワークの今後の広がりの可能性について考察していきます。

より先を見据えた将来のマクロトレンドに鑑みると、個人の仕事選択には一層の変化・多様化が予想されます。今後は、生産年齢人口の減少が副業・兼業の普及や雇用形態の変化を促し、終身雇用制度を見直し、採用戦略としてジョブ型の雇用・人事制度を取り入れる企業が増加していくと考えられます。

実際に、日本能率協会が2023年に行った「当面する企業経営課題に関する調査-組織・人事編2023-」によると、ジョブ型の雇用・人事制度は未導入なものの、慎重に検討中との回答が多数を占めており、特にグローバル化を志向する企業では前向きな検討が進むと考えられます。そのほか、ダイバーシティが尊重される社会において、個々人の仕事観の多様化も進行していくことが予想されます。

そのようななか、現在のスポットワークにおけるユースケースとしては収入源確保が主となっていますが、今後はそれ以外にも、ワークライフバランスの実現、さらにはキャリア志向と業務内容の試験的な親和性確認、希望する仕事に就くためのスキル習得・向上にまで今後広がっていくとみています。

【スポットワークにおけるユースケースの今後の広がり】

スポットワークが促す将来の働き方変化と企業の人材獲得におけるポイント_図表2

(1) 収入源確保

従来のように、会社員やフリーランスが副業・兼業としてスポットワークに従事しながら、これまでと同様、本業のみでは不足する分の収入補填や、収入が減少したり途絶えたりしたときの収入源の確保として、スポットワークでの就労が考えられます。

(2) ワークライフバランスの実現

離職者やシニアを中心に、本人や家庭の事情等で長期および長時間の就労が困難な人々が、スポットワークを活用した労働参加が可能となります。また、自身の意思でワークライフバランスを重視したい人々が、正社員としての就労から非正規雇用とスポットワークの組合せ等に変更し、比較的安定した収入を確保しつつも自由度の高い働き方を実現することができます。さらに、スポットワークの普及が進み、より多くの求人が出回るようになることで、いつでも働ける安心感が醸成され、シフトが進みやすくなると考えられます。

(3) キャリア志向と業務内容の試験的な親和性確認

長期就業に先立ち、業務内容が自身のキャリア志向と合致するかを確かめるために、スポットワークが活用されます。具体的には、会社員やフリーランスが本業での就業内容の変更を検討するための副業・兼業としての活用や、社会人未経験者がキャリアプランの検討・実現に向けた就業体験として、スポットワークに従事したりします。しかし、業務によっては専門性が高く複雑で求人化が難しいものありますが、スポットワークの普及が進むことで、ノンコア業務に加えてコア業務の切り出しまで行われる過程を経た後に、親和性を確認するための就業体験として活用されると考えられます。

(4) 希望する仕事に就くためのスキル習得・向上

本業の傍ら、スポットワークに従事することで新しいスキルを習得し、自己成長を図ることが可能です。従来のように、会社員やフリーランスが副業・兼業として従事し、経験の乏しい業務でのスキル向上を図ることができます。また、会社員やフリーランスでの就労を希望するものの一足飛びには実現が困難な社会人未経験者がキャリアパスの入り口として、スキル習得を目的としてスポットワークを活用します。

ただし、(3)と同様に、高度なスキルの習得・向上にはそれだけ高い能力が求められる業務を切り出し、かつ求職者がスキルを得られるような段階的な機会提供、教育実施を行う必要があるため、企業側での体制を整えるには時間を要するものと予想されます。

さらに、求職者の働き方に対するニーズの変化・多様化が進むことにより、今後は個々人の志向に応じて、働き方の選択の自由度はより高まると考えられます。このように、スポットワークは働き方の流動性を高める役割も担っていくと考えられ、就労の在り方や企業の人材採用の在り方を変える大きな可能性も秘めています。

【将来マクロトレンドによる個人の働き方・仕事の選択におけるニーズの多様化】

スポットワークが促す将来の働き方変化と企業の人材獲得におけるポイント_図表3

【スポットワークが促す働き方の流動化】

スポットワークが促す将来の働き方変化と企業の人材獲得におけるポイント_図表4

スポットワークのユースケースの幅が広がり、求職者にとってミスマッチの少ない就職・転職や、働き方の自由度が高い就業の促進(労働者から事業者へのシフト)が考えられます。また、企業にとっても、雇用コストをかけて獲得した人材がすぐに離職してしまうケースを減らせたり、より高いスキルを有した人材に業務委託により時間ではなくアウトプットを求めることで、コスト削減や生産性向上を図れたりするようになっていくと考えられます。

3.今後の人材獲得のために企業に求められる対応

スポットワークの進展は求職者だけでなく、企業にも利点があることを述べましたが、その利点を享受するためには、企業はどのように対応していけばよいかについて考察します。

今後は、労働需給が逼迫し人材獲得競争が熾烈化することにより、圧倒的な売り手市場となり、個人が働きたい企業や働き方を選びやすい時代が到来し、採用における企業と個人のパワーバランスが入れ替わる可能性があると考えられます。そのため、各社が描く事業を展開・運営していくには、個人の働き方の変化に柔軟に対応し、必要とする人材から選ばれる存在にならなければいけません。

スポットワークが加わった働き方に対し、企業は業務をスポットワークの求人に落とし込むための「業務のモジュール化推進」、求職者を受け入れ活躍を支援するための「多様な働き方・キャリアパスを受け入れる社内制度の構築」、そして選ばれる求人企業として魅力を高めるための「スポットワークを通じたスキル習得・向上機会の提供」の3点に対応していくことが必要となります。

【スポットワークが加わった働き方に対して企業に求められる対応】

スポットワークが促す将来の働き方変化と企業の人材獲得におけるポイント_図表5

Step1.  業務のモジュール化推進

スポットワークにて人材を受け入れるには、業務を単発・短期・短時間でも遂行可能な作業にまで分解する必要があります。これまで業務効率化等のために業務標準化や細分化を進めてきた企業も、当日中のオンボーディングと作業実施が可能な水準にまで業務を落とし込むことにより、スポットワーカーへのタスクの割り振りを行える体制が求められます。

また、スポットワーカーの特徴として、副業・兼業にて従事する会社員やフリーランスの存在が挙げられます。業界・職種や専門領域は多種多様と思われますが、従来は正社員が担っていたスキルが要求される業務も、切り出し方次第ではスポットワーカーに担ってもらうことも検討の余地があります。

Step2.  多様な働き方・キャリアパスを受け入れる社内制度の構築

スポットワーカーとしての求職者は、副業・兼業として従事する会社員やフリーランス、収入の補填や不安定さを緩和するためにスキマ時間に従事する非正規雇用の会社員、新規就労を希望する社会人未経験者、家庭や本人の事情で短期就労を希望する離職者やシニア等さまざまです。足元の労働力を確保する目的だけでなく、中長期で必要な人材を確保していくうえで、スポットワーク経由で即戦力となる人材や、ポテンシャルがあり自社にマッチする将来有望な人材を見極めつつリレーションを構築し、継続的なスポットワーク契約や正社員への登用、フリーランスとしての業務委託につなげていくような人事・調達制度の設計・構築が求められます。

Step3.  スポットワークを通じたスキル習得・向上機会の提供

スポットワークは多様な業務への従事が可能なことから、会社員やフリーランスをはじめとして、スキル習得・向上を目的にした利用も考えられます。当該目的での求職者は、単に収入を得られる求人よりもスキルが身に付く求人を選好するため、そのような機会を創出・提供できない企業は働き先として選ばれるかが懸念されます。

他方、これまで経験がないようなスキル獲得を目指す場合、数時間のスポットワークのみでは現状との乖離が大きくあまり現実的ではありません。そのため、求職者はスポットワーク以外での自己学習を併用しつつ、企業はその補助として機会提供を行う等の対応が求められるかもしれません。たとえば、外部のリスキリングサービスの実務研修としてスポットワークを組み込み、座学後の研修完了要件、または研修完了後の実践の場として位置付けることで、スキル習得・向上への貢献が考えられます。

上述のとおり、スキル獲得目的に活用するには工夫が必要になるため、受け入れる企業側での準備や、働き手である個人側での活用浸透には時間を要し、他の利用目的での活用と比べて時間軸は後になると予想されます。

ここまで考察してきたスポットワークに関連する今後の働き方の多様化と流動化は、特に、中小企業において追い風になることが期待されています。ブランド力を持つ大企業でなければ、採用が困難だったような高い能力・専門性を有する人材が採用市場に出回り、かつ、業務内容と労働条件に基づいた企業ブランドに左右されないニュートラルな視点で求人案件が選ばれることで、採用チャンスが生まれると考えられます。一方で、大企業にとっては、企業ブランドだけでは求職者にとって魅力的には映らず、差別化を図らなければ人材確保が難しくなっていくと考えられます。これからは、企業規模にかかわらず個人のニーズに合わせた対応を講じていくことが、スポットワークを新たな機会として活用し、人材を確保するためには欠かせないと言えるでしょう。

なお、業務をモジュール化し、迅速なマッチングの必要性を考慮すると、足元では“資格の保有有無”といった明確なハードスキルが要件とされる業務が、スポットワークの対象となりやすいと言えます。将来的には、個人の業務実績を可視化して、企業側にアピールできる仕組みが整い、事務職等さまざまな業務にもスポットワークの対象が拡大していくと予想されます。

4.最後に

近年注目されているスポットワーク市場は、市場として魅力的なだけでなく、生産年齢人口減少という社会課題を抱える日本においては、必要不可欠な市場とも捉えられます。今後、避けては通れない労働環境の変化に各社が柔軟に対応していくことが、労働力の底上げや生産性向上への貢献、そして各社の目指す事業運営の実現に求められていくでしょう。

KPMGコンサルティングでは、社会環境の変遷に応じて、さまざまな企業様の事業変革・オペレーションモデル変革を支援しています。お気軽にお問合せください。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 井城 裕治
アソシエイトパートナー 松本 友之
アソシエイトパートナー 山田 伸一
マネジャー 高野 啓介
コンサルタント 谷口 弘樹
コンサルタント 岡本 真奈

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