グローバル化、情報化、技術革新等によって、今後10~20年程度で現在の子供たちの65%は現在存在していない職業に就くと予測されています※1。すべての子どもたちの生き方に影響する地球規模での社会の変化に対応すべく、政府は予測困難な社会のなかで求められる力の育成を目指して学習指導要領の改訂を行いました。また、学校教育から離れた社会人では、仕事で求められる能力を磨き続けていくためにリカレント教育の重要性が高まっています。
本連載は、「業種別2030年市場展望と求められる人材要件」と題して、メディア・エンターテインメント(メタバース) 、行政(行政DX・スマートシティ(都市OS))、医療福祉(ヘルスケア) 、自動車(自動運転車・コネクテッドカー)、運輸(物流DX)、教育(EdTech)の各6分野を取り上げて考察しています。
最終回である本稿では、最新のテクノロジーを利用し進化する教育(以下、EdTech)について2030年の市場展望を描き、提供価値の変化に対して求められる人材要件について考察します。
目次
1.教育(EdTech):国内市場・労働市場規模の見通し
政府は2019年に「GIGAスクール構想」を発表し、学校現場のデジタル環境整備に注力してきました。タブレット配付やLANの整備等がなされたことでEdTechのハード面での環境は整いつつあり、今後は、学習コンテンツ、学習支援サービス、UI/UX等ソフト面での開発が進みます。また、指導要領改訂に伴う新たなコンテンツ導入におけるEdTechソリューション活用、教員の働き方改革に伴う外部連携など、従来の学校教育の在り方はより開かれたものに変化する潮流にあります。2030年頃の学校教育環境(小学校~大学)は、学校教育と民間教育の連携がより一層強まり、学習に必要な「場所」「時間」「教員」「科目」などの学生一人ひとりの選択肢が拡大すると予想されます。
民間教育
EdTechの主なプレーヤーは業界(公教育・民間教育)軸とユーザー属性(幼児・学生・社会人・シニア向け)軸で分類されます。民間教育ではセグメント別に以下のような特徴が表れています。
幼児向けサービス業(保育・知育サービス 等)
- 少子化により全体の母数は減少しているものの、共働き世帯の増加や受験生の低年齢化などの社会変化を受けて、幼児期から保育・知育サービスを外部に求める動きが強まっています。ただし、幼児期においては「安全性」や「人とのふれあい」を必要とするサービスが求められ、現時点でのEdTech企業参入事例は限定的です。
- 「安全性」では、幼児の安全・衛生管理をサポートする製品サービスが生まれてきています。海外市場を先行市場として捉えると、欧米の一部市場では、安全・衛生面をサポートする製品・サービスがすでに一定の評価を得ています。今後は国内市場にマッチした製品・サービスの開発・展開が考えられます。
- 「人とのふれあい」では、今後はセンシングによる表情や行動のモニタリングから幼児の特徴を捉え、個性や発達段階に合わせたコミュニケーションコンテンツを開発・提供することが必要になると考えられます。
学生向けサービス業(学習塾・予備校 等)
- 少子化を背景に、1人あたりの教育費は増加傾向であるものの、全体として市場は縮小傾向です。ただし、縮小傾向のなかでも学習塾市場ではオンライン化が浸透し、いわゆる教育改革の推進を受け、EdTechサービスの利用は拡大基調にあります。
- 小中高向けでは、主に学習がEdTechの中心となり、小学校からの英語・プログラミング教育の必修化を受けて、EdTechを活用した学習コンテンツ提供企業も増加しています。
- 大学向けでは、小中高のような学習支援に加え、民間企業による就職活動向けのEdTechサービスの展開が進んでいます。
社会人向けサービス業(ビジネススクール、資格、技能・技術継承 等)
- 通信講座の充実に加え、生涯学習やリカレント教育の浸透などの学習需要の高まりにより、社会人の学習人口は増加傾向です。加えて、2020年以降は、新型コロナウイルス感染症(COVI-19)の感染拡大に伴い、働く環境の変化や雇用不安などが生じたことで、オンライン型教育サービスにいち早く適合し、先行拡大しています。
- また、少子高齢化の進行に伴い若年層の減少が現実のものとなるなか、企業にとって高度な技能労働者の育成は不可欠な取組みです。2021年の厚生労働省調査によると、技能継承に取り組んでいる事業所の割合は全産業平均で8割を超える一方、その内容は退職者再雇用による指導者としての活用が最も多く、伝承すべき技能・ノウハウの文書化や技能継承のための教育訓練実施は限定的です。より効果的な技能・技術継承を行っていくには、アナログな指導だけでなく、デジタル技術を活用した熟練技術者の技能共有や将来を見据えた蓄積などの施策が求められると考えられ、今後の取組み拡大が期待されます。
シニア向けサービス業(生涯学習サービス 等)
- 健康寿命の延伸に伴い、リタイア後のセカンドキャリアを見据えて学習に意欲的なアクティブシニア層が増えています。大学等の公共教育機関を中心に、シニア向け公開講座が開かれるなどの取組みが進んでいる一方、民間やオンラインでの提供サービスは限られています。今後は需要の高まりを受けて、社会人向け民間教育の横展開を始めとするシニア向けサービス増加が予想されます。
- これらの教育コンテンツや学習プラットフォーム/支援ツールについて野村総合研究所のデータおよび各社公表資料を基にKPMGが試算したところ、2030年には国内市場規模は約4,800億円、労働力に支払われる対価も約1,400億円に達する見込みです。
【図表1:教育(EdTech)国内市場規模】
【図表2:教育(EdTech)国内労働市場規模】
2.教育(EdTech):新たな提供価値と未来予想図
【図表3:2030年の教育(EdTech)未来予想図】
3.教育(EdTech):想定される今後の課題
(1)テクノロジーの活用
今後、より具体的で多様な学習者ニーズに訴求するためには、最先端のデバイス(XRデバイス、ハプティクスデバイスなど)を用いた体験型学習など、テクノロジーの活用を前提とした質の高いコンテンツ開発を行うことが期待されます。
(2)行政方針への対応
教育現場や研修制度等の予算は、各種補助金に依存する側面があります。EdTechに限らず、ソリューションの購買意思決定要素には予算が影響しますが、その予算が外部依存である可能性などに考慮する必要があります。
また、情報セキュリティ等の観点で、自治体ごとのガイドラインが存在するなど、ソリューション提供に向け個別対応を求められるケースも考えられます。
(3)商習慣への対応
教育業界には、特有の商習慣が存在します。たとえば、年度単位での商品採用、現場担当者の決裁影響度の高さ、継続取引の多さ(スイッチングコストの高さ)などです。商習慣を理解したうえで、実際のセールス活動に組み込むことが重要です。
(4)デジタルリテラシー向上
EdTechのさらなる普及・定着において、学習者がテクノロジーを活用した最新教育を受ける機会を等しく得られるよう、行政やEdTech企業には、教育者・学習者双方のデジタルリテラシーの底上げを図る取組みが求められます。
4.教育(EdTech):求められる人材要件
(1)新たな提供価値の創造
<探索>
テクノロジーとの共存を前提にした、人に求められる価値の再定義
<構想・企画>
- 再定義された人の価値に基づく教育サービスの構想
- 学習プラットフォームの企画(学習管理システム、e-learningシステム等)
- 業種・企業規模を超えたサービスが連携されるエコシステム形成
- エコシステム上で自社の強みを見定めた新たな収益源の開拓
(2)価値提供の仕組み構築
<サービス>
- 複数のテクノロジーを組み合わせた製品・サービスの実装
- 高度専門家やAI・データ活用による多様で高品質な学習コンテンツの作成
- 個別最適な学習コンテンツを提供するアプリケーションの開発
- 企業・サービス横断でのデータ利活用の実現のための、データセキュリティ管理スキームの確立
- エンドユーザーが使いやすいUI・UXの開発
<プラットフォーム>
- 各種プラットフォームやシステムの構築・連携
- 学習端末・ネットワークインフラの整備
- 多種多様なデータを目的に照らした分析に活用するAI・システムの開発
(3)仕組みの運用・継続改善
<普及>
- 個人情報の取扱いにおける個人の不安感払拭や、個人情報利用に関する合意形成
- プラットフォームやコンテンツ利用者(学習者・教授者・学校など)への導入・活用サポート(教育格差拡大の抑制)
- プラットフォームにおけるステークホルダー間のコミュニケーション促進
<維持>
- 学習プラットフォームの管理・運用保守
- システム不具合や端末故障発生時のユーザーサポート・復旧・修理
- サイバーセキュリティへの対策
<改善>
- 新たな学習指導要領や変化する教育環境、ビジネストレンドに合わせた製品・サービス・コンテンツの更新
- 収集データやユーザーの声を基にした製品・サービスの改善点探索・抽出および企画・開発へのフィードバック
今後はこれらの業務を行えるスキルを持つ人材をリスキリング・採用・外部活用といったさまざまな方法で確保することが、事業成功の大きなドライバーとなります。
※1 現ニューヨーク市立大学大学院センター教授 キャシー・デビッドソン氏による(発言当時はデューク大学教授)。
執筆者
KPMGコンサルティング
パートナー 井城 裕治
ディレクター 山田 伸一
シニアマネジャー 松本 友之
コンサルタント 谷口 弘樹