EUのTCFD等開示ガイドラインとTCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動き~グローバルな動向を鳥瞰する~
本稿では、最初にEUのTCFD等開示ガイドラインの内容を解説します。また、英国を中心にTCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動きが一部で生じていることについても解説します。
本稿では、最初にEUのTCFD等開示ガイドラインの内容を解説します。また、英国を中心にTCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動きが一部で生じていることについても解説します。
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)最終提言に基づく開示は、非財務情報に該当します。EUでは従前から非財務情報開示指令と同ガイドラインを公表して開示を促していましたが、2019年6月に気候関連情報の開示に関するガイドライン、いわゆるTCFD等開示ガイドラインを追加して公表しました。その内容を理解することは今後のTCFD開示実務の方向性を理解するうえで有用です。
そこで本稿では、最初にEUのTCFD等開示ガイドラインの内容を解説します。また、英国を中心にTCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動きが一部で生じていることから、この動きについても解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
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※ GSDアプローチとは、Gap analysis(TCFD最終提言とのギャップ分析)、Scenario analysis(シナリオ分析)、Disclosure analysis(開示内容・手法の妥当性分析)を指します。
ポイント
- EUのTCFD等開示ガイドラインには法的拘束力はないとされているが、実質的に強制力があるものとして適用される可能性がある。このガイドラインの内容を理解することは、今後のTCFD開示の実務の方向性を検討するうえで有用である。
- 英国、および同国の中央銀行であるイングランド銀行などからTCFD開示の義務化を模索する動きが生じている。本稿執筆時点では一部の動きではあるものの、2020年11月の英国グラスゴーでのCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)に向けて注視する必要がある。
I. EUのTCFD等開示ガイドライン
1. はじめに
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の最終提言に基づく開示※1では、財務情報に関連するため、年次の財務報告書で開示することが原則的に求められています。日本でいえば、有価証券報告書がこれに該当すると考えられます。有価証券報告書は、経理の状況に記載される(連結)財務諸表等と、その前に記載される記述情報に分けられます。
この記述情報は非財務情報に該当するわけですが、EUでは従前から非財務情報開示指令(DIRECTIVE 2014/95/EU)によって大規模上場企業、銀行、保険会社等に非財務情報の開示を要求しており、欧州委員会はこれを補足するものとして2017年6月に非財務情報開示ガイドラインを公表していました。近時、気候関連情報に関する情報開示の要求が高まったことから、2019年6月に気候関連情報の開示に関するガイドライン(以下「EUのTCFD等開示ガイドライン」という)を追加して公表しました。
前者のガイドラインが法的拘束力のない(non-binding)ものであることから、後者も同様に法的拘束力がないものとされており、新たな法的義務を課すものではない(no create any new legal obligations)とされています。
このガイドラインの内容を理解することは、今後のTCFD開示の実務の方向性を検討するうえで有用です。
※1 TCFD提言の内容等に関しては、拙稿「TCFD:気候関連リスク開示の現状と課題 ~TCFDステータスレポート第2弾を踏まえて~」(KPMG Insight Vol.39(2019年11月号))ご参照
2. EUのTCFD等開示ガイドラインの内容
(1)位置づけと概要
非財務情報開示指令では、開示企業に対してESG情報だけでなく、人権、反腐敗などに関する情報開示も求めています。今般追加されたEUのTCFD等開示ガイドラインでは、非財務情報開示ガイドラインの枠組みを利用して5つの側面から開示内容を定めています。同ガイドラインとTCFD最終報告書に基づく開示フレームワークの開示項目とのマッピングは図表1のとおりです。同ガイドラインに従った開示を行えば、TCFD開示項目をすべてカバーできることがわかります。
TCFD最終報告書では開示の重要性を判断するに際して財務的な側面のみを基準としていますが、EUのTCFD等開示ガイドラインでは、それに加えて環境および社会的な課題の側面からも重要性を判断することになっています。
(2)5つの側面
EUのTCFD等開示ガイドラインに準拠した5つの側面からの開示内容は以下のとおりです。
なお、本稿では取り扱いませんが、銀行と保険会社に関しては追加のガイダンスが提供されています。
図表1 EUのTCFD等開示ガイドラインと、TCFD最終提言に基づく開示フレームワークとのマッピング
EUのTCFD等開示ガイドライン | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
TCFD最終報告書の開示項目 | ビジネスモデル | ポリシーとDDプロセス | 成果 | 主要なリスクとリスク管理 | KPI | |
ガバナンス | a | ○ | ||||
b | ○ | |||||
戦略 | a | ○ | ||||
b | ○ | |||||
c | ○ | |||||
リスク管理 | a | ○ | ||||
b | ○ | |||||
c | ○ | |||||
指標と目標 | a | ○ | ||||
b | ○ | |||||
c | ○ |
EUのTCFD等開示ガイドラインを参考に筆者作成
1. ビジネスモデル
気候変動がビジネスモデルや戦略に及ぼす影響はステークホルダーにとって重要であり、企業は長期的視点に立って開示する必要があります。気候関連リスクと機会を検討するに際しては、シナリオ分析が有用であるとされています。新たに気候関連のビジネス機会を識別することは、ビジネスモデルの強化と将来の企業収益拡大に繋がると考えられています。
具体的な開示項目は以下のとおりです。なお、( )内は図表1にあるTCFD最終報告書の開示項目との対応関係を示しています。
- ビジネスモデル、戦略、財務計画に与える気候関連リスクの影響(戦略b)
- ビジネスモデルが、気候に与えるポジティブな影響とネガティブな影響
- 気候関連シナリオに応じたビジネスモデル、戦略のレジリエンス(戦略c)
2. ポリシーとデューデリジェンス(DD)プロセス
気候変動に関する取締役会および経営陣の責任の所在に関する情報は、ステークホルダーが企業の気候関連の課題に対する対応力を測定するのに有用です。またステークホルダーは気候変動の低減およびそれへの適応力に関心を有しており、この開示項目はバリューチェーンを通じた気候関連リスクの低減、ネガティブな影響の最小化、ポジティブな影響の最大化を行う企業の能力を理解することができると考えられています。
具体的な開示項目は以下のとおりです。
- 気候変動の低減、気候変動への適応等に関するポリシー
- 温室効果ガス(以下「GHG」という)排出など、気候関連の目標および目標のパリ協定との関連性
- 気候関連リスクと機会に関する取締役会による監督(ガバナンスa)
- 気候関連リスクと機会に関する経営陣の評価・管理に対する役割とそのような管理方法等を適当とした合理的根拠(ガバナンスb)
3. 成果
気候関連のポリシーに基づく成果の開示によって、ステークホルダーは企業の気候関連リスクへの対応の進捗度を評価することができます。企業は、気候変動に関連した戦略、活動、意思決定によってポリシーに基づく一貫した対応力を明示します。
具体的な開示項目は以下のとおりです。
- 気候関連のKPI(Key Performance Indicators)に対する達成度、設定した目標を含む気候変動に対するポリシーの成果(指標と目標c)
- 設定した目標に対するGHGの排出と関連するリスク(指標と目標b)
4. 主要なリスクとリスク管理
投資家等のステークホルダーにとっては、企業がどのように気候関連リスクを識別し、そのうち主要なリスクと判断したものをどのように管理しているのかは重要な情報です。企業が気候に与えるネガティブな影響、気候変動が企業に与えるネガティブな影響(移行リスクおよび物理的リスク)を開示することになります。
開示に際しては従前の財務リスクよりは長期的な時間軸で検討することになりますが、長期であるがゆえに気候関連リスクを定量的に評価する情報を開示できない場合には、気候関連リスクに関するデータが充実し、手法が確立されるまでは定性的な情報開示を行うべきとされています。
具体的な開示項目は以下のとおりです。
- 気候関連リスクを短期・中期・長期の視点で特定し、評価するプロセス(リスク管理a)
- バリューチェーンを通じて短期・中期・長期に識別した主要な気候関連リスクとリスクを特定する際に置いた仮定(戦略a)
- 気候関連リスクを管理するプロセスと手法(リスク管理b)
- 気候関連リスクを特定、評価、管理するプロセスがリスク管理全体とどのように統合されているか(リスク管理c)
5. KPI(指標と目標a)
TCFD最終報告書の開示項目に沿うように、気候関連リスクと機会に関する戦略とリスク管理をどの程度達成できたかを評価するためにKPIの開示が必要となります。充実したデータとその信頼性は意思決定プロセスにとって重要なファクターであり、KPIの正確な測定および計算・見積手法の変更に関する情報提供が要請されています。
具体的な開示項目は以下のとおりです。
- GHG排出量に関しては、スコープ1、2、3のそれぞれに関する排出量等
- エネルギー消費に関しては、再生可能エネルギー、非再生可能エネルギーそれぞれの消費量等
- 物理的リスクに関しては、保有資産のうち物理的リスクに晒される可能性のある資産の割合等
- グリーンファイナンスに関しては、発行したグリーンボンドの残高、負債残高に占めるその割合等
(3)今後の予定とガイドラインの有する意味
EUのTCFD等開示ガイドラインは2019年を対象とした2020年の開示から利用可能になりますが、欧州委員会は2020年後半にはガイドラインの利用に関するフィードバックを収集予定であるとしています。
冒頭で述べたようにガイドラインに法的拘束力はないとされています。しかし、欧州委員会によるガイダンスであることから、一定の強制力があると受け止められる可能性があることには留意する必要があります。
II. TCFD開示の義務化(強制適用)を模索する動き
次に、本稿のもう1つのテーマである、TCFD開示の義務化を志向する一部の動きについて解説します。
2019年12月1日、英国の中央銀行であるイングランド銀行は、ニュースリリースにおいて同行のカーニー総裁が国連の気候変動問題担当特使に任命されたことを公表しました※2。
カーニー総裁は国連事務総長をサポートし、2020年11月に英国グラスゴーで開催が予定されているCOP26(第26回国連気候変動枠組条約締約国会議)に向けて、気候変動に関連した金融の変革を目指すとされています。総裁自身もGHG排出量をネットゼロとする経済に向けた意欲を示しています。たとえば、イングランド銀行、英国政府、英国金融セクターは排出量ネットゼロ経済に向けて主導的役割を果たすことができると発言しています。
英国は既に2050年までにGHGのネット排出量をゼロにすることを表明しており、2019年7月に公表したグリーンファイナンス戦略※3では、2022年までにすべての上場企業等にTCFD最終提言に基づく開示を求めるとしています。加えて同戦略の中でその義務化(mandatory)の適切性を検討するとしています。この戦略の実行に際して主要な役割を果たすのはイングランド銀行を中心とした金融規制当局であり、そのトップであるカーニー総裁が次のCOP26を主導する立場になったと理解することが可能です。加えて、カーニー総裁はTCFDがその最終提言をFSB(金融安定理事会)に提出した当時のFSB議長でもありました。
カーニー氏はイングランド銀行総裁として2019年12月10日にCOP25の開催期間中にマドリードで、17日にECB(欧州中央銀行)でスピーチを行っています。その中でTCFD開示の義務化について、“And, by COP26, exploring pathways to make TCFD disclosure mandatory”※4や“we need to develop pathways to mandatory climate disclosures”※5などの表現を用いて、TCFD開示の義務化に言及しています。
またカーニー氏は、COP26で議長を務めると思われるジョンソン英首相のファイナンスアドバイザーに就任したことが公表されました※6。そのTerms of Referenceには、気候変動リスクに関する開示を義務化する道筋を検討することが含まれています。
賛同する国や地域、国際機関、業界、企業などがどの程度出現するのか、慎重に注視していきたいと思います。
※2 “Mark Carney named United Nations Special Envoy for Climate Action and Finance” (News release, 1 December 2019, BANK OF ENGLAND)
※3 同戦略の内容については、拙稿「TCFDを巡る英国の動向 ~英国のグリーンファイナンス戦略、金融規制当局の動向を鳥瞰する~」(KPMG Insight Vol.40
(2020年1月号))ご参照
※4 Remarks given at a panel to launch the third annual America’s Pledge report, at the 25th Annual Conference of the Parties (Speech, 10 December 2019, BANK OF ENGLAND)
※5 Remarks at a farewell dinner in honour of Benoit Coeure, member of the ECB Executive Board (Speech, 17 December 2019, BANK OF ENGLAND)
※6 "Mark Carney appointed by Prime Minister as Finance Adviser for COP26" (News Release, 16 January 2020, BANK OF ENGLAND)
執筆者
KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
TCFDグループ
テクニカルディレクター 加藤 俊治