記述情報の開示に関する原則の解説
金融庁は「記述情報の開示に関する原則」を策定するとともに、「記述情報の開示の好事例集」をとりまとめ公表しています。本稿では、「記述情報の開示に関する原則」について解説します。
金融庁は「記述情報の開示に関する原則」を策定するとともに、「記述情報の開示の好事例集」をとりまとめ公表しています。本稿では、「記述情報の開示に関する原則」について解説します。
金融庁は2019年3月19日、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告における提言を踏まえ、ルールへの形式的な対応にとどまらない開示の充実に向けた企業の取組みを促し、開示の充実を図ることを目的として「記述情報の開示に関する原則」を策定するとともに、「記述情報の開示の好事例集」をとりまとめ公表しています。
本稿は、「記述情報の開示に関する原則」について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
I.経緯
2018年6月28日に公表された、「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告 - 資本市場における好循環の実現に向けて - 」(以下「DWG報告」という)では、我が国の企業情報の開示について、下記のような役割を十分に果たしていくという観点から包括的に検討された結果が報告されています。具体的には、有価証券報告書における開示を念頭に検討がなされ、「『財務情報』及び『記述情報』の充実」を含む4項目にまとめられています(図表1参照)。
図表1 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告 - 資本市場における好循環の実現に向けて - 」の概要
出典:金融庁ウェブサイト(https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20180628/02.pdf)
「金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ報告 - 資本市場における好循環の実現に向けて - 」の概要」をもとに筆者加工
企業情報の役割
企業情報の開示は、投資家の投資判断の基礎となる情報を提供することを通じて、資本市場における効率的な資源配分を実現するための基本的インフラであり、投資判断に必要とされる情報を十分かつ正確に、また適時に分かりやすく提供することが求められる。
DWG報告を受け、金融庁は、2019年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年内閣府令3号)を公表し、2019年3月期の有価証券報告書等において「建設的な対話の促進に向けたガバナンス情報の提供」に対応する箇所を拡充し、また、2020年3月期の有価証券報告書等においては、上記以外に「『財務情報』及び『記述情報』の充実」、「提供情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組」に関する開示が求められることとなっています(いずれも2019年3月期から早期適用可)。
このように金融庁では、開示内容について具体的にルールを整備する一方、開示の考え方・望ましい開示の内容や取り組み方をまとめたプリンシプルベースのガイダンスについては、実務上のベストプラクティス等から導き出されるべきという観点から、2019年3月19日に、「記述情報の開示に関する原則」(以下「開示原則」という)及び「記述情報の開示の好事例集」を公表しています。
II.開示原則の位置付け
開示原則は、いわゆる「記述情報」について、開示の考え方、望ましい開示の内容や取り組み方をまとめたものとされています。ここで、「記述情報」とは、一般に、法定開示書類において提供される情報のうち、金融商品取引法第193条の2が規定する「財務計算に関する書類」において提供される財務情報以外の情報を指すとされています。
この開示原則の目的は、経営方針・経営戦略等、経営成績等の分析、リスク情報を中心に、有価証券報告書における開示の考え方等を整理することとされています。これら中心とされる項目は、投資家による適切な投資判断を可能とし、投資家と企業との深度ある建設的な対話につながる項目とされています。そのため、こうした記述情報の充実を通じ、企業に対する投資家の理解が深まることで中長期的な企業価値向上に向けた投資家と企業との対話がより実効的なものとなることが期待されています。
この原則の公表は、新たな開示事項を加えるものではありませんが、開示書類の作成・公表に関与される方には、この原則に沿った開示が実現しているか、自主的な点検を継続することが期待されるとしています。
III.総論
1.記述情報の役割
有価証券報告書に記載されている財務情報が基本的には過去の一時点の財政状態及び経営成績を表していることに対し、記述情報は財務情報だけでは把握できない将来予測に資する情報を提供することがより可能となります。そのため、記述情報は、財務情報を補完し、投資家による適切な投資判断を可能とするという役割を担っていると言えます。当該役割を踏まえると、記述情報は、単なる財務諸表に記載された数値の文章化や法令上求められた事項を形式的に記載するだけでは必ずしも十分ではなく、経営者がどのような方針で経営を行っていくかを明らかにすることで、投資家の投資判断に資する情報を提供するものと考えられます。
また、記述情報の開示により、投資家と企業との建設的な対話が促進され、企業の経営の質を高めることができるとされています。このため、記述情報の開示は、企業価値向上という観点からも重要であるとして、充実した開示をすることが企業に期待されています(開示原則1-1)。
2.記述情報の開示に共通する事項
次に、記述情報の開示に共通する事項として、「取締役会や経営会議の議論の適切な反映」「重要な情報の開示」「セグメントごとの情報の開示」「分かりやすい開示」といった事項を挙げ、その考え方及び望ましい開示に向けた取組みを示しています(図表2参照)。
図表2 記述情報の開示に共通する事項
記述情報の開示に 共通する、 求められる事項及び 期待されている事項 |
考え方 | 望ましい開示に 向けた取組み |
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取締役会や経営会議の議論の適切な反映(開示原則2-1) | ||
記述情報は、投資家が経営者の目線で企業を理解することが可能となるよう、取締役会や経営会議における議論を反映すること |
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重要な情報の開示(開示原則2-2) | ||
記述情報の開示について、各企業は重要性(マテリアリティ)という評価軸を持つこと |
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セグメントごとの情報の開示(開示原則2-3) | ||
記述情報は、経営者の目線で理解ができる情報を提供するため、適切な区分で開示すること |
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分かりやすい開示(開示原則2-4) | ||
記述情報の開示にあたっては、その意味内容を容易に、より深く理解することができるよう、分かりやすく記載すること |
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IV.各論
1.経営方針、経営環境及び対処すべき課題等
(1)経営方針・経営戦略等
開示原則では、経営方針・経営戦略等は、企業がその事業目的をどのように実現していくか、どのように中長期的に企業価値を向上するかを説明するものであるとしています。
また、投資家が、経営方針・経営戦略等の妥当性や実現可能性を判断できるようにするため、企業活動の中長期的な方向性のほか、その遂行のために行う具体的な方策についても説明し、背景となる経営環境についての経営者の認識が併せて説明される必要があるとしています。
前述のとおり、記述情報には、財務情報からだけは分からない情報を補完的に提供することが期待されています。経営方針・経営戦略等については、投資家が経営者の視点から企業を理解し、将来の業績の確度を判断するためにも重要な情報であることを踏まえると、記述情報のなかでも中核的な情報に位置付けられるといえます。
望ましい開示に向けた取組み |
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(2)優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題
開示原則では、優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題は、経営成績等に重要な影響を与える可能性があると経営者が認識している事柄について説明するものとしています。
また、これを開示することにより、投資家は、経営者による課題認識の適切性や十分性、経営方針・経営戦略等の実現可能性を評価することが可能となるとしています。
望ましい開示に向けた取組み |
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(3)経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等
開示原則では、経営上の目標の達成状況を判断するための客観的な指標等(KPI)には、財務KPI(ROE、ROICなど)のほか、非財務KPI(契約率など)も含まれるとしています。企業は経営方針・経営戦略等に応じて設定しているKPIを開示に適切に反映することが求められるとしています。
また、KPIの開示は、投資家が企業の経営方針・経営戦略等を理解する上でも重要であり、KPIが開示されることにより、経営方針・経営戦略等の進捗状況や、実現可能性の評価等を行うことが可能となるとしています。なお、非財務KPIを開示する場合には類似する財務KPIとの差異を説明するなど、投資家に誤解を与えないような記載をすることが考えられます。
望ましい開示に向けた取組み |
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2.事業等のリスク
日本企業のリスク情報に関する開示については、全体としてみると、一般的なリスクの羅列となっている記載が多く、外部環境の変化にかかわらず数年間記載に変化がない開示例も多いほか、経営戦略やMD&Aとリスクとの関係が明確でなく、投資判断に影響を与えるリスクが読み取りにくいとの指摘があります。
開示原則では、事業等のリスクは、翌期以降の事業運営に影響を及ぼし得るリスクのうち、経営者の視点から重要と考えるものをその重要度に応じて説明するものとしています。具体的には、自社にどのような影響があるかという観点から、リスクの重要性をどのように判断しているかについて、投資家が理解できるような説明をすることが考えられます。
望ましい開示に向けた取組み |
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3.経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析
(1)MD&Aに共通する事項
開示原則では、経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(Management Discussion and Analysis、いわゆるMD&A)は、経営方針・経営戦略等に従って事業を営んだ結果である当期の経営成績等の状況について、経営者の視点による振り返りを行い、経営成績等の増減要因等についての分析・検討内容を説明するものとしています。
また、MD&Aの開示により、投資家は、企業が策定した経営方針・経営戦略等の適切性を確認することや、経営者が認識している足許の傾向を踏まえ、将来の経営成績の予想の確度をより高めることが可能となるとしています。
なお、DWG報告では、MD&Aは、経営者視点からの情報を提供し、投資家の企業に対する理解を深めるための、経営の根幹に関わる経営者の認識が問われる情報であることから、経営のトップレベルが早期から関与し、経営者としての説明責任を果たしていくことが求められるとされています。
望ましい開示に向けた取組み |
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(2)キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容並びに資本の財源及び資金の流動性に係る情報
企業経営においては、経営方針・経営戦略等を遂行するため、その資産の最大限の活用が期待されており、開示原則では、キャッシュ・フローの状況の分析・検討内容、資本の財源及び資金の流動性に係る情報については、経営方針・経営戦略等を遂行するにあたって必要な資金需要や、それを賄う資金調達方法、さらには株主還元を含め、経営者としての認識を適切に説明することが重要であるとしています。
また、このような説明により、投資家は、以下を理解することが可能となるとしています。
- 企業が経営方針・経営戦略等を遂行するにあたっての財源の十分性
- 企業の経営方針・経営戦略等の実現可能性
- 成長投資、手許資金、株主還元のバランスに関する経営者の考え方
- 企業の資本コストに関する経営者の考え方
望ましい開示に向けた取組み |
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(3)重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定
開示原則では、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定は、企業の業績に予期せぬ影響を与えるリスクがあり、当該リスクを低減するため、充実した開示が行われることが求められるとしています。
また、重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定については、経営者が関与して開示することが重要であるとしています。
なお、開示原則では、(参考)として、米国SECのMD&Aに関するガイダンスを紹介しています。当該ガイダンスでは、会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定は、財務諸表の注記に記載された会計方針を補足し、財政状態経営成績に係る情報の理解を深めるのに資するべきであり、不確実な事柄に対する主観・判断の程度等に照らし重要である場合や財政状態や経営成績に与える影響が大きい場合に記載することが求められるとしています。その場合の記載内容としては、なぜ重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定が変化しうるリスクを有しているかの説明、どのように見積りを算定したか及び過去に仮定や見積りがどれほど正確であったか等の分析が挙げられており、我が国における重要な会計上の見積り及び当該見積りに用いた仮定の記載にあたっても参考になると考えられます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
会計プラクティス部
シニアマネジャー 三宮 朋広