日本企業は高まる地政学リスクに対応するため、「多極化対応型グローバル経営」への移行を進めることが求められています。日本本社主導の一律的な統制体制から、各地域の自律性を高める経営モデルへと切り替え、決裁権限や人事制度、役割・責任のあり方を見直すことが重要です。こうした取組みにより、海外拠点は生産や販売を担うだけでなく、グローバル全体の成長をけん引する起点にもなり得ます。
1.本社主導から現地判断を活かす海外子会社管理へ
地政学リスクの高まりによって、海外子会社を取り巻く経営環境は、国・地域ごとに大きく異なるものとなっています。規制や政策、サプライチェーン、競争環境が地域ごとに変化するなかで、日本本社が一律に方針を示し、各拠点を同じ枠組みで管理する従来型の統制体制だけでは、現地で生じる課題に十分なスピードで対応することが難しくなっています。こうした環境下では、権限を各地域へ適切に移し、現地の判断を活かしながらグループ全体として統制を効かせる経営モデルが求められます。
もっとも、「現地化」を掲げていても、実態としては日本本社主導の体制が残っているケースも少なくありません。たとえば、現地化を推進するとしながら拠点長は日本人出向者が継続して担っている、権限移譲を進めるとしながら重要な多くの決裁事項は日本本社の承認を必要としている、あるいは現地法人子会社側が何をどこまで担うのかが不明瞭なままになっている、といった状況が見られます。現地化が形式的なものにとどまれば、現地法人が地域ごとの市場変化やリスクに主体的に対応する力は高まりません。
このような課題を踏まえると、従来のグローバル経営から「多極化対応型グローバル経営」へと進展することが重要になります。多極化対応型グローバル経営とは、単一のグローバル統合モデルに依存するのではなく、主要地域・市場ごとの自律性と適応性を高めながら、グループ全体として持続的競争優位を構築する経営アプローチです。日本本社は各地域を一律に管理する主体ではなく、グループ共通の理念や方針を示し、各地域を緩やかにつなぐハブとしての役割を担います。
そのため、組織構造、戦略、サプライチェーンのいずれも見直しが必要になります。組織構造は、職能や事業で世界を横断的に管理する「グローバル統合型マトリクス」から、各地域が自律して動きながら連携する「地域自律型ネットワーク」へと移行します。戦略も、効率を重視した世界共通の一元的なものから、各地域の文化や法制度の違いを踏まえた地域・制度圏ごとの差異化が求められます。サプライチェーンも、低コストを重視した集中型から、リスク分散を考慮した複線的な体制へと見直すことが重要になります。
2.実行拠点から地域戦略拠点へ進む5段階
こうした変化を踏まえると、日本企業には、現地化を単なる生産・販売機能の移管にとどめず、地域ごとの事業環境に応じて経営判断できる体制を整えることが求められます。日本企業の多くは、安価な労働力の確保や生産機能の移管を目的として、主にアジアに拠点を設けることからグローバル化に踏み出しました。
第1段階では、日本からの出向者がローカル人材をマネジメントし、意思決定は日本本社が主導します。内部統制やコンプライアンスのルールも、日本本社の基準がそのまま適用されることが一般的です。この段階の現地法人は、主に生産や販売を担う実行拠点として位置づけられます。
第2段階では、現地での生産や販売の拡大に伴い、一部の中間管理職にローカル人材が登用されます。販売、購買、管理業務などの一部の決定権も現地に移管され、顧客対応や販売戦略を現地法人が担うようになります。製品の一部ローカライズや現地での資材調達も進みます。
第3段階では、現地法人が市場開拓拠点としての役割を強めます。現地への権限移譲が進み、部門長クラスにローカル人材が登用され、営業、サプライチェーンマネジメント(SCM)、生産管理といった主要機能も現地で運営されるようになります。現地市場に特化した製品開発や販売施策が展開され、サプライチェーンの整備を通じて、コストや納期への対応力も高まります。
多くの日本企業は、現在この第3段階にあると考えられます。ただし、多極化対応型グローバル経営を実践するには、現地法人を実行拠点にとどめるのではなく、地域戦略を担う拠点へと位置づけ直す必要があります。
その転換点となるのが、第4段階です。この段階では、現地法人のトップをローカル人材が担い、一定の決裁事項については日本本社の承認を待たずに判断できる体制を整えます。これにより、地域ごとの市場変化やリスクに、より迅速に対応できるようになります。
さらに第5段階では、現地化を起点としたグローバル展開が進みます。現地の経営人材がグローバル本社や他地域のマネジメントに関与し、現地でのデータ活用やデジタルトランスフォーメーション(DX)の成功事例が、グループ全体の標準モデルとして展開される可能性もあります。また、特定地域で開発・確立した製品や事業モデルを他地域へ展開することで、現地拠点がグローバル全体の成長をけん引する役割を担うようになります。
【中国進出を例に、現地法人が実行拠点から地域戦略拠点へ進んだ5段階】
3.権限移譲を支える人材・制度・責任設計のあり方
日本人駐在員への依存度が高い第1、第2段階に比べれば、第3段階では現地の自律性は一定程度高まっています。そのうえで、第4、第5段階へと進むことができれば、現地の自律性は一層高まり、ビジネスの持続可能性の向上にもつながります。そのためには、人材、権限、ガバナンスのあり方をより根本的に見直すことが必要です。
一方で、第3段階から第4、第5段階への移行には課題もあります。まず、信頼できるローカル人材の確保と育成です。ローカル人材のキャリアパスが明確でなければ、優秀な人材を惹きつけ、長期的に活躍してもらうことは難しくなります。また、現地の人事制度を現地法人任せにしているだけでは、グループとして求める役割や職位、評価基準が不明確になり、結果として「ガラスの天井」が残る可能性があります。
ローカル人材にもマネジャー以上の職位に就く可能性を開くには、日本本社が主体となり、グループ共通の人事制度やグレーディングを整備することが求められます。決裁権限についても根本的な見直しが必要であり、多くの決裁事項が日本本社マターのままでは、意思決定のスピードが低下してしまいます。そのため、会社の規模や事業上の重要性、リスクの大きさに応じて子会社を階層別にグルーピングし、それぞれに必要な権限と統制水準を設計することが重要です。
加えて、本社、地域統括会社、現地法人の役割・責任を明確にすることも欠かせません。事業面・管理面の双方で責任範囲が曖昧なままでは、本社からのさまざまな報告要請や承認プロセスが積み重なり、現地法人が実務対応に追われることになります。また、属人的な調整に依存すると、担当者の異動や組織変更によってガバナンスの実効性が低下するおそれもあります。誰が何を決め、どこまで責任を持つのかを明文化し、組織として継続的に運用できる仕組みを整えることが必要です。
このように、地域経営モデルの最適化とは、現状の戦略目標に合致した形で、地域における本社・地域統括会社・現地法人の役割・責任、仕組み・プロセス、組織体系を一体で見直すことです。その際には、単に現地へ権限を移譲するだけでなく、ルールや判断基準を明確化し、業務プロセスを明文化することで、グループとして一定の業務水準を確保することも重要です。
現地に任せる領域を広げるほど、現地法人側の管理能力や人材・能力の強化が求められます。こうした取組みを通じて、グループ全体で持続的に機能するガバナンス体制を構築することが、多極化時代のグローバル経営における重要な課題となります。
執筆・編集
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 足立 桂輔
アソシエイトパートナー 鎌形 潤