Skip to main content

読み込み中です

      大学教育改革の理想と現実Ⅱ『現代社会の教育リスク』


      本章では、「自律して考え、未来の価値をつくる」人を育てられる社会になっているのか、大人たちの側から観察してみます。

      なぜこの企画が優勝したのか

      昨今、学生が実社会とかかわる機会は増えています。ピッチコンテストもその1つです。

      先日、ある企業がスポンサーを務める大学生対象のピッチコンテストを見ていました。審査員の大半はスポンサー企業の社員でした。

      優勝したのは、実務的で、この企業で明日にでも使えそうなアプリの提案でした。私から見ると、ほかのチームにはもっと独自の視点を持つアイデアもあり、プレゼンにもそれなりの説得力がありました。しかし、スポンサー企業の審査員の票は優勝チームに集中しました。

      この結果を見て、なんとも言えない気持ちになりました。

      優勝チームは、学生時代にわかりやすい栄光を勝ち取りました。一方、ほかのチームの学生たちは、この結果をどう受け止めたのでしょう。このような直接的で実務に結びつきやすい企画の方が評価されると学習してしまわないか。その後またピッチに出ることがあれば、独創的な企画より実利的な企画を立てようとしないか。そういったことが頭をよぎりました。

      現在のアントレプレナーシップ教育は、企業が良しとする経済合理性の影響を強く受けています。商品企画をすれば、「誰に売るのか」「どうやって売るのか」「どれだけ稼げるのか」と問われます。これは、現在の「即戦力」という考え方にも通じます。

      もちろん、実現可能性や事業性を評価すること自体には意味があります。しかし、多くのピッチコンテストが掲げているのは「新しい価値」や「社会価値」の創出です。にもかかわらず、何を新しい価値とみなすかという判断が、企業で日常的に使われている価値基準に強く引き寄せられているようです。

      大人自身が枠のなかにいる

      この違和感は、学生を評価する場だけで生じているものではありません。学生を評価している大人たち自身も、日々の仕事において同じような価値基準に囲まれています。

      たとえば、企業の新しい事業やサービスを考える場にも表れています。

      停滞した社会の閉塞感を打破しようと、企業は従来の認識に捉われないイノベーションをめざしています。イノベーションとは、本来「新たな価値を生み出す」「新たな未来を切りひらく」ものです。創造性研究においても、創造力は単に新しい解決策を生み出す力ではなく、問題や違和感に気づき、何が問題なのかを見定め、試行錯誤しながら解決へ向かう力として捉えられてきました(※トーランス、詳しくは2025連載「創造力―社会ニーズと教育のパラドックス」を参照)。

      ある事業開発の会議で、新しい領域で進めている取組みについて説明しました。

      既存の商品やサービスを改善するのではなく、まだ十分に認識されていない問題を探索し、その構造を捉えながら、新しい考え方や方法を組み立てている段階です。外部の専門家との議論や実践を試みながら仮説を強化していることを説明しました。

      これに対して繰り返されたのは、「誰に売るのか」「何を商品とするのか」「どのように利益を出すのか」「既存の事業とどうつながるのか」といった質問でした。

      これらの質問自体は間違っていません。すでに市場があり、顧客がいて、商品を事業化しようとする段階では必要な分析です。しかし、まだ十分に認識されていない問題を探索し、新しい概念を形成している段階では事情が異なります。売上、案件化、KPI、経営評価といった既存の基準を先に当てはめれば、未知の可能性は、すでに知っている市場や商品、事業の形に縮小してしまいます。

      当初、私は会話が噛み合わない原因を、探索と事業化という「見ているレイヤーの違い」だと考えていましたが、次第にもっと根本的な問題があるのではないかと思い始めました。

      ある業界で経験を積んでいると、新しい情報に出会ったとき、自分たちが知っている意味に当てはめて理解しようとしがちです。異なる立場にいれば、同じ事象を見てもそれを表す言語や判断基準が違うのは当然です。見方の違いはむしろ重要です。しかし、互いの見ている世界の違いを認識できないまま、組織で支配的な枠組みに当てはめることにのみ意識が向くと、そこで探索が止まってしまいます。

      このようなことは、新しい事業を生み出す場だけで起きるわけではありません。

      別の組織の、経理関連の説明会を聞いていたときのことです。

      旅費規程の改定について、担当者は、外部の基準や地域ごとの価格を基に宿泊費の上限を細かく設定し、従来の規程を「実勢価格」に基づいてどのように見直したかを説明していました。地域や立場による金額の違い、交通費や諸経費の扱いなど、制度はかなり細かく整理されています。担当者の仕事として見れば、長く使われてきた規程を現状に合わせて見直した改善だったと思います。

      けれども、私はまたしても引っかかりました。

      そもそも旅費は何のためにあるのか考えているのだろうか。

      人が現地へ行き、人と交流し、仕事や知的活動を行う。旅費は、その活動を可能にするための費用です。しかし、説明の中心にあったのは、外部の基準をどのように組織の規程へ反映するかという制度上の整合性でした。その金額で、実際に出張者がどのような宿に泊まり、どのように食事をし、どのような状態で活動することになるのかという点は、ほとんど考慮されていないように見えました。

      つまり、見直しているのは地域ごとの「市場価格」であって、現地で活動するために「何が必要か」ではありません。制度を精緻に運用するほど、その制度が何のためにあるのかという問いが、かえって見えにくくなることがあります。

      事業開発と財務管理。この2つの例はまったく違うように見えて共通することがあります。

      人は、自分が置かれた制度や専門領域のなかで、何を問題とし、何を正しいと判断するかを学んでいきます。そして、その場に慣れるほど、判断基準そのものを問い直すことが難しくなっていく、という現象です。

      環境が人を育て、人が環境をつくる

      しかもこのような価値観は1人のなかで留まらず、組織において循環していきます。

      学生は大学の評価軸を読み取り、それに適応する。
      会社員は、組織や経営陣が何を評価するのかを読み取る。
      研究者は、その分野で正統とされる問いや論理を学習する。

      社会のなかで生きていく以上、人は常に何らかの文化や制度の中で学び、そのなかで経験を積みます。そして、その環境の中で評価され、成功した人ほど、そこで当たり前とされている判断基準を自分自身のものとして身につけていきます。

      大学のなかで「優秀」と評価され、主体的に活動する学生ほど、何が評価されるかを早く読み取り、その期待に応える行動様式を身につけていく場合があります。ピッチコンテストでは企業の合理性に適応し、授業では地域に愛着を持つ前提で課題を解決しようとします。

      そうやって育った学生が大人になれば、会社から「会社の価値観に従え」と命令されなくても何が評価されるかを読み取り、その場に適応していきます。評価されたことが自分の能力だという自己認識にもなります。そして今度は、その人自身がリーダーとなり、制度を作る側になってその価値観を引き継いでいくことになります。

      つまり、環境が人を育て、その環境で育った人が、また次の環境をつくる。何を優秀とみなすか、評価するかという基準は、このような人々で構成された社会のなかで作られています。

      社会は従順な人を育てたいわけではありません。

      にもかかわらず、与えられた環境の価値基準を素早く読み取り、そのなかで主体的に行動できる人――いわば「主体的に適応する人」を育てている――ここに、第1章で見た「主体性を育てるという矛盾」が、別の姿で現れました。

      その判断は自分のものか

      現代社会では「服従しろ」とは誰も言いません。むしろ、「主体的に動け、自分らしく生きろ、創造性を発揮しろ、自律的にキャリアを形成しろ、リーダーになれ」、と言われます。ところが、その「自由」を行使する舞台には、すでに何が評価され、何が成功で、どんな人が称賛されるかという枠があります。

      学生を育てる大学も、新しい価値を生み出そうとする企業も、知を生み出す研究者も、その枠と無関係ではありません。そして、その大人たちが次の世代を育てています。

      自律した人を育てたいと願いながら、実際には、外部の期待や評価を読み取り、それにうまく適応する人を育てるのではないか。この構造が、新しい価値が生まれる余地を狭めています。

      人は、自分を形づくってきた環境の影響を受けながら、それでも自らの見方を問い直し、自ら判断する力を持てるのでしょうか。
      (続く)

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻


      <本連載に関する講演のご案内>

      連続講演会「グローバルリスクと社会―不確実な世界を生き抜く」後半
      第1回:「現代社会の教育リスク」(外部サイト)
      講師:田中 智麻(KPMGコンサルティング)

      大学教育改革の理想と現実Ⅱ『現代社会の教育リスク』

      大学教育改革の理想と現実Ⅱ『現代社会の教育リスク』

      「自分ごと」を重視する現代社会。大学も企業も、学生や社員に主体性を持ってほしいと願います。けれども、その主体性とは何でしょうか。

      大学教育改革の理想と現実Ⅱ『現代社会の教育リスク』

      物心ついた頃から何かにつけて自分と周りを比べてきた私たち。その当たり前の感覚はどこから生まれ、何をもたらすのでしょうか。

      大学教育改革の理想と現実Ⅱ『現代社会の教育リスク』

      人を育てるために、何を教え、どんな能力を伸ばすかを考える。けれども、それで本当に未来を切りひらく人は育つのでしょうか。

      お問合せ

      お問合せフォームより送信いただいた内容は、確認でき次第回答いたします。

      blue

      KPMGコンサルティング

      戦略策定、組織・人事マネジメント、デジタルトランスフォーメーション、ガバナンス、リスクマネジメントなどの専門知識と豊富な経験から、幅広いコンサルティングサービスを提供しています。

      Japanese alt text: KPMGコンサルティング