本連載は、2026年9月より中央経済社Digitalに連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足・修正を加えて掲載しています。
法務コンプライアンスデータ活用に必要な3つの視点
第2回では、法務コンプライアンスデータを「何に使うか」という活用目的と、その目的を「どのような仕組みで業務に組み込むか」という代表的な実装形態を整理しました。
活用目的に応じて、単一文書の検索・要約、複数案件の横断分析、継続的な監視など、必要となる実装形態は異なります。活用目的を定め、導入領域と実装形態を組み合わせることで、具体的な「活用テーマ」が定まります。本稿では、活用目的、導入領域および実装形態を組み合わせた具体的な取組みを「活用テーマ」と呼びます。
一方、法務コンプライアンスデータは、集めればそのまま利用できるものではありません。活用を進めるには、そのデータを法的に利用できるか、分析結果は信頼できる状態にあるか、把握した問題を実際の判断や対応につなげられるかを確認する必要があります。
本稿では、法務コンプライアンスデータ活用を検討するための実務上の確認枠組みとして、「法的制約」「データ基盤の整備状況」「業務プロセスとの接続」の3つの問いに分けて整理します。
1.前提-法務コンプライアンスデータの棚卸し
3つの問いを検討する前提として、まず法務コンプライアンスデータの捉え方を整理する必要があります。
法務コンプライアンスデータの棚卸しは、契約管理システム、メール、会計システムなどの一覧を作るだけでは不十分です。同じ契約案件に関する情報でも、契約書は契約管理システム、交渉経緯はメールやチャット、承認履歴は申請システム、取引先や支払情報は購買・会計システムに分散していることがあります。
システムの所在だけを把握しても、どのデータが同じ案件や取引先に関係するのか、何の目的で利用できるのか、どの時点の情報が有効なのか、いつまで保存すべきなのかはわかりません。
法務コンプライアンスデータを「システム」単位で把握するのではなく、「データ範囲×法的取扱属性×生成から廃棄までの段階」の組合せで整理することで、分散する情報を適切に保護しながら、日常法務、コンプライアンス統制、予兆把握、経営・戦略判断へ利用できるようになります。
2.法的制約-そのデータを利用してよいか
第1の確認事項は、そのデータを予定する目的に利用できるかという点です。一般的な企業データでも、機密性、アクセス権、保存期間の管理は必要です。しかし、法務コンプライアンスデータでは、データの内容だけでなく、作成目的、作成者、適用される法域によって、取扱いが変わることがあります。
たとえば、同じ事実が記載された文書でも、法的助言を求めるために作成されたものと、通常の事業判断のために作成されたものとでは、秘密性の保護が異なる場合があります。また、弁護士秘匿特権(attorney-client privilege)の有無や範囲は法域によって異なるため、法的助言を目的とする秘密通信に当たるか、共有によって保護が失われないか等を確認する必要があります。
【図表1:法的取扱属性ごとの確認事項と管理不備のリスク】
法務コンプライアンスデータの特殊性を踏まえ、一般的な機密区分、アクセス権に応じた管理に加え、法務コンプライアンスデータ台帳の標準項目として管理することが重要です。
3.データ基盤の整備状況-分析結果を信頼できるか
第2の確認事項は、分析結果が信頼できる状態にあるかという点です。分析の範囲と信頼性は、データの品質状況によって変わります。予定する目的への利用が認められるデータであっても、正本や最新版がわからない、同じ案件や取引先を識別できない、必要な記録が欠けている場合には、横断分析の結果にも不確実性が残ります。
本稿では、活用を支えるデータがどこまで十分な品質で整備されているかを、実務上の目安として図表2に示す区分0から5までの6つの整備区分に整理します。このデータ基盤の整備状況によって、第2回で示した「個別処理の支援、横断分析・判断支援、継続運用・業務プロセスへの接続」をどこまで安定して実現できるかが左右されます。
複数案件の横断分析や継続監視へ進むには、それに見合うデータ品質が必要となります。たとえば、対象を限定した個別処理の支援は初期の区分でも試行できますが、横断分析・判断支援には比較可能な識別子・分類・時点情報が、継続運用には継続更新と監査可能な履歴が必要です。
【図表2:データ基盤の整備区分】
もっとも、対象となる文書や案件を限定すれば、データ基盤の整備が初期の区分でも試行は可能です。その後、正本、共通の識別番号、分類、時点、品質、利用権限、利用・変更の記録を整えることで、複数案件の比較や継続的なリスク把握へと利用範囲を広げられます。
実務上は、単一案件のレビューや案件管理を整えた後に、横断分析へ段階的に進む方法が考えられます。横断分析や継続監視では、データ基盤として、信頼できる情報の集約、共通の識別子・分類、データ品質、根拠の表示、利用・変更履歴が必要です。判断基準の明文化や人による確認、対応手順は、次節の「業務プロセスとの接続」に属します。
データ基盤が整い、横断分析に耐え得る高品質なデータを利用できるようになった後も、通報者を特定し得る情報、調査中の証拠、法的助言に関する文書などには法的な制約が残ります。データ基盤の整備は、こうした制約をなくすことではなく、制約を守りながら、高品質なデータを安全に利用できる範囲を広げる取組みです。
4.業務プロセスとの接続-分析結果を対応につなげられるか
第3の確認事項は、分析結果を実際の判断、調査、是正へつなげられるかという点です。AIや分析システムがリスクの兆候を表示しても、誰が確認し、どのように対応するかが決まっていなければ、予防にはつながりません。
本稿では、法務コンプライアンスデータ活用の業務フローを、図表3に示すとおり整理します。
【図表3:法務コンプライアンスデータ活用の業務フロー】
この流れでは、分析結果を出力して終わらせず、確認・対応の結果を判断基準や社内知識に反映する循環を設けます。各ユースケースについて、少なくとも図表4の事項を定めます。
【図表4:業務プロセスへの接続にあたり定める設計事項】
警告が適切な担当者へ届き、必要な調査や是正が行われ、その結果が記録されて初めて、データ活用は実務上の価値を持ちます。
5.まとめ
本稿では、法務コンプライアンスデータマネジメントの枠組みを、「利用できるか」「信頼できるか」「対応につながるか」の3つの問いとして整理しました。データの秘密性や個人情報、証拠保全、AI利用などを確認して利用範囲を定め、正本・最新版の管理や識別番号、利用履歴を整備します。さらに、分析結果の確認・報告・調査・是正の流れを定め、その結果を判断基準や運用の見直しに反映します。
これらは、期限、承認、必須項目などの明確な条件に基づいて違反や未対応を防ぐコンプライアンス統制だけでなく、問題が重大なインシデントや紛争として顕在化する前に、その兆候を捉える予兆把握の基盤にもなります。
法務・コンプライアンスリスクが部門やサプライチェーン全体へ広がるなかでは、一つひとつの相談、通報、監査所見等を個別に処理するだけでは、問題の全体像を把握できません。単独では重要性が低く見える事象であっても、複数案件や時系列を横断して分析すれば、同種問題の増加・反復、特定の部門・取引先への集中、対応の長期化など、重大化に先行する変化が見える場合があります。経営リスクに対応するうえで、こうした予兆把握は重要です。
生成AI等の技術の進展により、契約、相談、通報、監査等の大量の文書から論点を抽出・分類し、案件や時系列を横断して比較することが現実的になりつつあります。AIに最終判断を委ねるのではなく、人が確認すべき兆候を絞り込み、調査・是正の判断につなげることで、法務・コンプライアンス部門の役割を、既知のルールへの適合を確保する統制から、潜在的な問題を早期に把握して予防する取組みへ広げることができます。
もっとも、高度なAIを導入するだけで予兆把握を実現できるわけではありません。利用条件、データの信頼性、人間による確認・判断、調査・是正のプロセスを一体として整える必要があります。
次回は、第2回で整理した代表的な実装形態と、本稿で整理した成立条件を踏まえ、予兆把握を発展的な導入テーマとして捉え、どの導入領域に、どの実装形態で着手するかを取り上げます。
中央経済社Digital 2026年10月2日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、中央経済社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
Regulation & Sustainability Intelligence
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子
Data Analytics & Data Management
パートナー 安田 壮一
シニアマネジャー 土田 俊輔
マネジャー 大野 発
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