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      コンプライアンスは企業にとって重要な経営課題の1つであり、持続的な企業価値向上を目指すうえで欠かすことのできない取組みです。しかし現実には、意図的な不正行為のみならず、無知や過信から、意図せず法令違反を起こしてしまう事例が後を絶ちません。これらが表面化し、企業の信頼が揺らぐ不祥事に発展した例も多く見受けられます。

      KPMGでは、「事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線」と題して、コンプライアンス違反が発生した際の適切な対応策や違反を未然に防止するための予防策について、身近な事例における特定の登場人物の経験・成長を通じて、実践的な知見を提供します。

      連載第5回となる本稿では、平時における法令遵守体制と、その実効性確保に向けたアプローチを解説します。有事対応とは異なり、平時の取組みは緊急性が低いものと認識されやすく、現場から十分な理解や協力を得られない場面も少なくありません。本稿では、こうした状況下でいかに工夫を凝らし、組織を動かしていくかという視点も含めて解説していきます。

      なお、本文中のコンプライアンス違反事例は、架空のものであることをお断りします。

      コンプライアンス違反事例

      ――前職(第4回 )で不祥事対応を経験した大野氏は、ある日系メーカーの法務コンプライアンス部へ転職していた。この会社では直近、海外子会社において、法令違反をはじめとした複数のコンプライアンス問題が発生していた。アジア拠点では製品規格の逸脱行為が発覚し、重大な訴訟に発展したうえ、欧州では調達を巡る同社のカルテル疑惑が連日報道されていた。不祥事後に新たに就任した新社長は、就任挨拶において、これらの状況に強い危機感を示し、国内子会社における法令遵守体制の強化を重要経営課題として掲げた。

      新社長:
      皆さんもご存じのとおり、我が社では現在、複数の海外拠点において複数の法令違反が発覚しています。なかには大きな訴訟に発展しているものもあり、海外市場における信用を大きく毀損している状況です。もし日本国内で同じことが起これば、我が社の信用は地に落ちるでしょう。そこで我が社は、コンプライアンス体制の根本的な見直しを行うため、全社横断の“法令遵守の総点検”を実施します。

      この社長方針を受けて、法令遵守の総点検の実施に向けたプロジェクトが立ち上がった。法務コンプライアンス部部長は、大野氏が前職で有事対応を経験している点に着目し、彼をタスクフォースメンバーとして参画させた。

      大野氏はまず、国内で同社が遵守すべき法令の洗い出しに着手した。しかし、その作業は想定以上の困難を伴うものであった。

      製造業に関連する法令は多岐にわたる。加えて、業界特有の認証規格や輸出規制も考慮する必要があった。なお、各部門で個別に対応はしていたものの、適用法令や対応状況を全社横断で整理・把握する仕組みは整備されていなかった。

      大野氏は、机上での整理に限界を感じ、現場の実態把握に着手することとした。法令を並べるだけでは意味がない。現場の手順と結びつけなければ、未然防止の仕組みにはならない。そう考え、各部門に対して資料提供とヒアリングを依頼した。しかし、各部門の反応は必ずしも前向きなものではなかった。

      製造部 工場長:
      現場はすでに手順どおりに動いています。本社からこれ以上のチェックや見直しを受けることは現場の負担となり、製造ラインを止めることにもつながりかねません。今回は協力が難しいです。

      品質保証部 課長:
      検査記録や業務手順はすでに整備しています。今さら点検といわれても、必要性を感じません。

      営業部 マネジャー:
      営業は今、海外不祥事の顧客対応で手一杯です。法令チェックの優先度を下げてくれませんか。

      結局、ヒアリングは一度断られる形となってしまい、大野氏は行き詰まりを感じた。大野氏は有事対応時との温度差を痛感した。その状況を見た部長は、大野氏にこう助言した。

      部長:
      大野さん、法令遵守の“確認”を前面に出すと、現場は負担が増えるという印象が強くなってしまう。視点を変えてみよう。今のマニュアルには、本来やらなくてもよい手順まで含まれている可能性がある。今回の総点検を、現場の効率改善の機会として提示してはどうだろうか。

      この助言を受け、大野氏は再度、製造部に足を運んだ。

      大野:
      今回の総点検は、法令上“必要なこと”を整理するだけでなく、“必ずしも必要でない手順”を見直す機会になると考えています。結果的に現場の負担軽減にもつながる可能性があります。たとえば、技術基準適合の確認と表示は必要ですが、確認工程の細分化までは求められていません。現場で続けている理由が明確でないものについては、整理できる余地があると思います。

      工場長:
      確かに、昔からのやり方で続けている作業もありますね……。

      工場長はしばらく考えた後、ゆっくりとうなずいた。

      工場長:
      わかりました。単なる負担増ではなく、現場の改善にもつながるのであれば、現場の社員の説得もしやすいでしょう。

      これを契機に、製造部でもマニュアルの見直しが進められることとなった。さらに、製造部での動きを受け、営業部を含む他の部署でも、自主的な点検と是正対応が開始された。

      一連のやり取りを経て、大野氏は平時におけるコンプライアンス対応の進め方について大きな示唆を得た。

      まず、平時において法令遵守に向けた総点検を実施するにあたり、法務部門が単独で網羅的な調査を行うことには限界がある。また、現場にとっての必要性が直感的に理解されにくく、十分な協力を得られない場合も多い。そのため、業務効率化やリスクの可視化といった具体的なメリットを示し、行動を促す工夫が不可欠である。そのうえで、法務と現場が相互に補完し合いながら機能するディフェンスラインの確立こそが、実効性ある体制構築の前提であることを改めて認識した。

      加えて、工場長をはじめとした製造部のメンバーとのコミュニケーションを経て、大野氏は、現場の業務を理解せずに法令だけを整理しても、実効的な法令遵守体制は構築できないことを実感した。そこで、法令の網羅的な整理ではなく、現場の業務プロセスに関連する法令上の要求事項の整理に重点を置くこととした。

      そのうえで、証憑の有無や運用状況を確認可能な内部点検のチェックリストを整備し、継続的なモニタリングにつなげていった。結果、法令に記載されているなかでも、遵守すべき事項と、必ずしも対応の必要性がない事項を明確にすることができた。

      ――半年後、製造部の法令遵守の総点検は成功裏に終了した。点検にかかわった製造部のメンバーからは、「自分の作っている製品がどんな法令に基づいているのか知るよい機会になった」、「やらなくてよいことが整理され、やるべきことが明確になったことで、結果的に仕事の負担感も軽減された」というポジティブなフィードバックが得られた。

      この取組みは、のちに他拠点にも展開されることとなり、同社における法令遵守体制の再構築に向けた第一歩となった。大野氏は、これまで関係者から受け取った感謝の気持ちを思い出しながら、これまでやってきたことは間違っていなかったと確信した。

      (次回へ続く)

      本事例の解説:実効性ある法令遵守体制をいかに構築するか

      企業において法令遵守体制を整備する際には、単に規程を整備したり、研修を実施したりするだけでは十分ではありません。自社のどの業務にどの法令が関係し、その法令上どのような義務が課されているのかを把握したうえで、現場でその義務が適切に守られているかを確認するプロセスを、継続的に回せる仕組みまで作る必要があります。さらに、法令改正や組織変更、業務内容の変化に応じて、体制そのものを更新していかなければ、法令遵守体制は簡単に形骸化してしまいます。

      本事例において大野氏は、部長のサポートを得ながら、ただ適用法令を網羅的に検討するのではなく、業務の効率化を見据え、現場の業務プロセスに関連する法令にスコープを絞って調査することにしていました。これによって法令遵守を「現場に負担を求めるものの、その意義や効果が実感されにくい確認作業」から「現場にもメリットがある、業務効率化に必要な仕事」と意味付けできたことがきわめて重要でした。一方で、法令で求められるボトムラインをしっかり押さえることも大切です。

      したがって、実効性ある法令遵守体制の構築のためには大きくわけて、(1)法令遵守の現状把握、(2)継続的な法令遵守の確保が必要です。また、(1)法令遵守の現状把握のためには、「A.法令遵守総点検を実施」し、(2)継続的な法令遵守の確保のためには「B.点検体制の構築」、「C.法令改正情報のアップデート」、そして「D.業務変更状況の管理」という観点から整理して進めることが有効です。

      【法令遵守体制構築の全体像】
      Japanese alt text: 平時における法令遵守体制の強化と実効性の確保_図表1 出所:KPMG作成

      A.法令遵守総点検の実施

      法令遵守体制の出発点となるのが、現状を把握するための総点検です。ここでは、自社の業務にどの法令が関係し、どのような義務があり、それが現場でどの程度守られているかを確認していきます。

      A-1:業務スコープの特定

      まず必要となるのは、点検対象とすべき業務範囲を整理し、優先順位を設定することです。たとえば、事業部の開発・製造・販売・品質保証等の業務と、コーポレート部門の人事・総務・経理等の業務とでは、適用される法令も確認方法も異なります。

      現実には、一度に全社すべての業務を対象に点検を実施することは困難です。そのため、法令の性質や部署ごとの業務内容に応じて範囲を切り分け、優先順位を付けて順次進めることが重要です。ここでいう優先順位付けは、一部業務のみを対象にするという意味ではなく、全体を見据えながらも実行可能な順序で点検を進めるという考え方です。

      A-2:法令スコープの特定

      次に、対象業務に適用され得る法令を特定します。たとえば商品・サービスの輸出入を行う業務であれば、外為法(外国為替及び外国貿易法)、関税法などが候補になることがあります。
      もっとも、どの法令が自社業務に関係するかについて、自社として、どの業務にどの類型の法令が関係し得るのかという抽出ロジックを持つことが重要です。

      A-3:法令義務の抽出

      法令が特定できたら、そのなかから自社に適用される義務を抽出します。ここでは、条文のうち、調査対象とすべきものとそうでないものを切り分ける必要がありますが、まずは義務規定を中心に抽出することが基本になります。

      そのうえで、条文ごとに自社に適用されるかを検討します。さらに、一般的義務であるため個別の点検対象としなくてよいのか、あるいは当該部署の所管外であるのかといった点も整理する必要があります。ただし、その判断は抽象的に行うのではなく、実際の業務内容を踏まえて個別具体的に行うことが重要です。

      A-4:遵守状況の調査

      整理した法令義務については、現場職員へのインタビュー等を通じて、実際の遵守状況を確認します。

      また、この活動は現場にとって通常業務外の対応であることが多いため、なぜ必要なのか、どのような意義があるのかを丁寧に説明し、協力を依頼することが重要です。さらに、確認はあくまで法令上求められている事項を基準に行い、法令上の義務と、望ましい取組みではあるが法令上までは求められていない事項とを明確に切り分ける必要があります。

      B.点検体制の構築

      総点検は一度実施しただけでは、点検時の法令遵守状況が明らかになるだけです。その後も継続的に法令を遵守し、業務改善を続けるには、総点検のような活動を効率的に実施できる体制を構築することが重要となります。

      B-1:点検主導部署の設定

      まず、誰が点検を実施し、管理するのかを明確にしなければなりません。たとえば、第1線である営業部門等が自主点検を行い、第2線である管理部門がその実施状況をモニタリングし、第3線である内部監査部門が別途監査を実施するという整理が考えられます。

      この際には、3ラインディフェンスの考え方に基づき、第1線を適切に関与させつつ、第3線で行う監査との役割分担を明確にすることが重要です。点検と監査の役割が曖昧だと、現場側に過度な負担感や警戒感が生じ、体制が回りにくくなるおそれがあります。

      B-2:点検対象の検討

      次に、法令遵守状況の点検にあたっては、「何を、どこまで点検するのか」を設計する必要があります。

      具体的には、点検対象を重要法令に限定するのか、それとも自社の業務に適用される全法令を対象とするのかを定めます。あわせて、各法令について、どの程度の深さで遵守状況を確認するのかも検討する必要があります。これについては、まず点検の目的を明確にし、その目的に照らして必要十分であり、かつ業務として実施可能な範囲に収めることが重要です。

      C.法令改正情報のアップデート

      法令遵守体制は、法令が変われば当然見直しが必要になります。そのため、法令改正への対応を組み込んだ運用が不可欠です。

      C-1:法令改正情報の収集

      まず、法令改正情報を継続的に収集する仕組みを整える必要があります。具体的には、改正情報通知サービスを利用する方法や、法務部が官報、所管省庁のホームページ、業界団体のホームページを日常的に確認する方法などが考えられます。

      ここで重要なのは、既存の法令スコープに含まれている法令の改正と、従来想定していなかった新法の成立とを分けて考えることです。収集した法令改正情報については、総点検時の法令義務抽出と同様の考え方で、自社に影響があるかを判断します。

      C-2:点検体制への反映・周知

      改正内容が自社に影響すると判断された場合には、その内容を対象部署へ周知するとともに、点検資料やチェックリストへ反映しなければなりません。たとえば、法改正の概要をまとめた資料を作成し、関係部署へ説明したうえで、点検項目や確認証憑を更新するといった対応が考えられます。重要なのは、法改正情報を単に共有して終わりにするのではなく、実際の点検内容にまで落とし込み、運用のなかに反映させることです。

      D.業務変更状況の管理

      法令の適用関係は、法改正だけでなく、自社の業務内容の変更によっても変化します。したがって、業務変更を起点とした見直しの仕組みも必要です。

      D-1:取引・プロセス変更の検知

      まず、業務変更によって適用法令が変わり得ることを把握する体制を整える必要があります。たとえば、商品の輸送形態を変更する場合や、新たな販売方法を導入する場合、内製で行っていた業務を外注する場合に、管理部署へ法令適用関係の確認依頼を行う運用を設けることが考えられます。

      このためには、そもそも既存の業務内容が一定程度定義されており、どのような変更が法令適用の変化を生じさせ得るのかを整理しておく必要があります。特に、抽出済みの法令の前提条件に関係する事項が変わる場合を、検知対象として定義しておくことが重要です。

      D-2:法令の適用関係の整理

      実際に業務変更があった場合には、それに伴い適用される法令が増えるのか減るのかを確認します。たとえば、これまで陸上輸送しかしていなかった商品を新たに船舶で輸送することになれば、船舶安全法や海洋汚染防止法(海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律)など、海上輸送に関連する法令が新たに適用される可能性があります。

      D-3:点検体制への反映・周知

      業務変更の結果、新たな法令が適用されることが判明した場合や、既存の点検項目の見直しが必要になった場合には、法改正対応と同様に、対象部署への周知と点検資料への反映を行います。業務変更を検知しただけで終わらせず、点検体制そのものに確実に反映させることが、継続的な法令遵守体制の実効性を支えます。

      まとめ

      法令遵守体制の構築とは、単に法令を並べたり、形式的な確認作業を行ったりすることではありません。自社業務を起点に適用法令を整理し、そこから具体的な義務を抽出し、現場での遵守状況を確認し、その結果を継続的に点検できる体制に落とし込むことが必要です。さらに、法令改正や業務変更に応じてその体制を更新していくことで、はじめて実効性ある仕組みになります。こうした活動には多大な労力がかかるため、AIや専門ツールを導入するなど、効率的かつ網羅的な仕組みを構築することが重要となります。

      最初から完全無欠を目指すのではなく、自社に合ったロジックと優先順位のもとで段階的に整備し、継続的に見直していくことこそが、現実的で持続可能な法令遵守体制の構築につながります。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      アソシエイトパートナー 馬場 智紹
      マネジャー 長瀬 亮介
      マネジャー 田中 遼
      シニアコンサルタント 淺田 星矢

      事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線

      今後の掲載予定は以下になります。ぜひご覧ください。

      回数

      タイトル/テーマ(仮)

      第1回

      (導入)企業コンプライアンスにおける有事・平時対応の全体像

      第2回

      (有事)危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか?

      第3回

      (有事)企業コンプライアンスにおける事実解明とその手法

      第4回

      (有事)不祥事発覚後の企業信頼回復―謝罪・説明・再発防止 

      第5回

      (平時)平時における法令遵守体制の強化と実効性の確保 ※本稿

      第6回

      (平時)グローバル企業のガバナンス 国内外の違いと対策

      第7回

      (平時)企業風土改革の実践 コンプライアンス文化を根付かせる

      第8回

      (平時)ルールメイキング 守りのコンプライアンスから攻めのコンプライアンスへ

      関連リンク

      「事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線」第4回

      不祥事発覚後の信頼回復に係る実務的なアプローチについて、ステークホルダー対応と再発防止を中心に解説します。

      重要な経営課題の1つでありながら、起きてしまうコンプライアンス違反。意図しない“無知・継続・過信”からの脱却のためのポイントを解説します。

      企業の法務機能の高度化、グローバル規制対応、知的財産管理、人権リスク対応など、複雑化・多様化するリスクに対して包括的なソリューションを提供します。

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