グローバル企業に求められる、平時のデュー・ディリジェンスと有事の反証・説明対応をつなぐ統合管理
強制労働に関与して生産された製品を市場から排除する規制は、米国・EUを中心に制度化・執行強化が進んでいる。2026年6月に公表・改訂された「米国CBPガイダンス」および「EUFLRガイドライン」を踏まえ、本稿では、両ガイダンス/ガイドラインの要点と、日本企業が採るべき実務対応を解説する。
注1:本稿における「米国CBPガイダンス」とは、米国税関・国境警備局(CBP)によるUFLPAの実務ガイダンスの改訂版にあたる、UFLPA、1930年関税法307条に基づくWRO・Finding、およびCAATSA等を含む強制労働輸入規制の執行実務を整理した輸入業者向けガイダンスである、U.S. Customs and Border Protection, “Forced Labor Enforcement Operational Guidance for Importers”(2026年6月公表)を指す。
注2:本稿における「EUFLRガイドライン」とは、EUの強制労働禁止規則(EUFLR)に関する欧州委員会のガイドラインである、European Commission, “Guidelines on the application of Regulation (EU) 2024/3015 of the European Parliament and of the Council on prohibiting products made with forced labour on the Union market and amending Directive (EU) 2019/1937”(C(2026) 4386 final)を指す。
本稿のPoint
- 強制労働輸入規制は、米国・EUを中心に制度化・執行強化が進み、他の国・地域にも関連する制度整備や政策検討が広がり始めている。グローバル企業にとって、サプライチェーン管理上の重要な実務要件となりつつある。
- 米国UFLPAとEUFLRは「強制労働の排除」という目的を共有し、企業にデュー・ディリジェンスシステムの整備・運用を求める。ただし、EUFLRでは当局が立証責任を負い、企業は調査協力を行うのに対し、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)では反証可能推定(Rebuttable Presumption)により輸入者側に立証責任が生じる。特にUFLPAでは、原材料まで遡るトレーサビリティと証跡管理が重視される。
- 制度ごとの個別対応にとどまらず、平時のリスク回避・低減活動と有事(規制・当局調査等の対象となった際)の迅速な対応を一体化した、人権デュー・ディリジェンス体制の整備が重要となる。
目次
I.「普及フェーズ」に入りつつある強制労働製品規制
II.米国CBPガイダンス、EUFLRガイドラインからみる統合的対応への道筋
III.平時の備えと有事の対応
IV.おわりに
I.「普及フェーズ」に入りつつある強制労働製品規制
1.規範的要請から実務上の要件へ――主要市場を起点とする規制の具体化
2011年に国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」や、2018年にOECDが公表した「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」等を通じ、人権デュー・ディリジェンスは企業実務に浸透してきた。その後、英国現代奴隷法に代表される開示・説明責任の要請に加え、米国UFLPAの施行やEUFLRの成立を契機として、主要市場では強制労働製品の輸入を制限する制度整備が進んでいる。強制労働の防止・是正は、規範的要請にとどまらず、通関、上市、販売継続に影響し得る実務上の要件となりつつある。
2.主要市場における制度化・執行強化の進展
主要市場では、強制労働製品を市場から排除する制度の整備と執行が具体化している。米国ではUFLPAに基づく水際執行が継続し、EUではEUFLRの適用開始に向け、当局調査の進め方や企業のデュー・ディリジェンス評価の考え方が示されつつある。米国・EU以外でも、輸入管理、公共調達、企業のデュー・ディリジェンス義務と強制労働リスクを結び付ける議論が広がっている(図表1参照)。
ただし、制度化の進度や措置内容は国・地域により異なる。企業は、主要規制への対応を軸に、周辺国・地域の動向をモニタリングし、共通対応と個別対応を切り分ける必要がある。
図表1 強制労働製品規制に関する関連政策の主要な動向
3.日本企業にとっての課題
日本企業は、主要市場の規制が自社製品やサプライチェーンに及ぼす影響を把握し、対象製品、関係事業者、原材料・投入物、製造工程、原産地、取引経路等の情報を説明・提出できる状態にしておく必要がある。米国向け対応を進めている企業でも、EU向け輸出がある場合は、EUFLRを踏まえたリスク特定と当局調査への説明体制を整備することが求められる(具体的な実務対応については、後段の「III.平時・有事の対応 ―人権デュー・ディリジェンスと証跡整備の一体的運用」を参照)。
II.米国CBPガイダンス、EUFLRガイドラインからみる統合的対応への道筋
こうしたなか、2026年6月に米国CBPガイダンスおよびEUFLRガイドラインが相次いで公表・改訂された。両者は対象地域や執行プロセス、説明の力点に違いがある一方、「強制労働の排除」という目的と、デュー・ディリジェンスシステムの整備・運用を企業に求める点は共通している。企業は既存プロセスを再検証し、経営資源を重点配分すべき領域を整理する必要がある。
1.米国CBPガイダンス――証跡に基づく推定の反証
米国CBPガイダンスは、UFLPA、1930年関税法307条に基づくWRO・Finding、CAATSA等に基づく執行実務を踏まえ、輸入者に求められる証跡整備と説明対応を整理するものである。UFLPAの下では、新疆ウイグル自治区で全部または一部が採掘・生産・製造された物品や、UFLPA Entity List掲載事業者により生産された物品等に反証可能推定(Rebuttable Presumption)が適用される。輸入者は、CBPの情報要請に対応し、明確かつ説得的な証拠により当該推定を反証する必要がある。反証が不十分な場合、対象製品は米国への輸入が認められない可能性があるため、原材料レベルまで遡ったトレーサビリティと、強制労働への非関与を示す客観的記録の整備が求められる。
2.EUFLRガイドライン――当局調査におけるリスク管理の説明
EUFLRは特定地域を名指しした推定規定を置かず、通報、強制労働リスクデータベース*、第三者情報等に基づきリスクベースで評価し、予備調査を経て正式調査を開始する仕組みである。正式調査の対象となった企業は、対象製品・関係事業者・サプライチェーンに関する情報に加え、強制労働リスクの特定・防止・軽減・是正措置とその実効性を説明する必要がある。判断主体は当局であるものの、その判断は企業からの情報提供を含む利用可能な情報に基づくため、適時かつ十分な調査協力が重要となる。違反が認定された場合、上市禁止・回収・廃棄命令等に至り得るため、平時からの記録化と継続的改善が求められる。
*特定の国・地域や製品に関連する強制労働リスクに関する情報源として欧州委員会が整備するもの(2026年8月現在、開発中)
3.制度構造の整理と統合的対応への示唆
米国CBPガイダンスとEUFLRガイドラインは、立証・説明の力点、対象製品、執行プロセス、に違いがある。一方で、強制労働リスクを平時から把握・管理し、有事には当局等に説明できる状態を求める点は共通する。企業は、原材料レベルの証跡、サプライチェーン上のリスク管理、是正・モニタリング記録を一体的に運用する体制を設計する必要がある(図表2参照)。
図表2 米国CBPガイダンスとEUFLRガイドラインが示す対応の比較
実務上は、米国CBPガイダンスが重視する対象製品ごとの証跡整備と、EUFLRガイドラインが重視する人権デュー・ディリジェンスを一体的に運用することが重要である。次章では、平時のリスク回避・低減活動と有事の説明対応に分けて整理する。
III.平時・有事の対応 ―人権デュー・ディリジェンスと証跡整備の一体的運用
強制労働輸入規制への対応では、平時の備えと有事の当局説明を切り離せない。平時にリスクを特定・評価し、サプライヤー対応、契約上の手当て、監査・是正措置、苦情処理対応等を記録しておくことが、有事の迅速な説明や証跡提出の前提となる(図表3-1、3-2参照)
図表3-1 コーポレート部門(サステナビリティ部、法務・コンプライアンス部)に求められる対応
図表3-2 調達部門・事業部門に求められる対応
図表3-1および図表3-2に示すとおり、強制労働製品規制への対応では、まず共通して求められる対応を実施することが、「EUFLR」、「UFLPA」双方への対応の出発点である。
EUFLR対応では、企業が強制労働リスクをどのように特定し、防止・軽減措置を講じ、その実効性を確認しているかを説明できることが重要である。そのため、コーポレート部門の人権デュー・ディリジェンスの枠組みと、調達部門・事業部門のサプライヤー管理・是正措置を接続させる必要がある。
一方、UFLPA対応では、対象製品ごとに、反証可能推定の対象外であること、または強制労働により生産されたものではないことを、具体的な証跡で説明できるかが問われる。米国向け製品や高リスク原材料を含む製品については、平時からトレーサビリティ情報と提出資料を整備しておく必要がある。
したがって、企業は、リスクベースの人権デュー・ディリジェンスと、立証責任への対応を見据えた証跡整備を組み合わせ、平時のリスク低減と有事の説明対応を一体として運用することが求められる。
IV.おわりに
強制労働製品規制への対応は、サステナビリティ部門や法務・コンプライアンス部門に限られず、調達部門・事業部門を含む全社的なリスク管理課題である。企業には、平時の人権デュー・ディリジェンスと証跡整備を有事の当局説明につなげる、実効性と説明可能性を備えた統合管理体制が求められる。
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執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アソシエイト・ディレクター 加治 孝幸
KPMGあずさサステナビリティ株式会社
マネジャー 森 翔人