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      地政学的な情勢変化を背景に、インドにおけるビジネス展開への関心が一段と高まっています。巨大かつ複雑な市場で日本企業がいかにガバナンスとオペレーションの高度化を実現し、持続可能な成長モデルを構築できるのか。その課題と、解決への道筋を展望します。

      本稿は、KPMGコンサルティングが2026年6月16日に主催したセミナー「地政学リスク時代のインドのビジネス戦略~製造業のオペレーション戦略とガバナンス~」における講演を基に編集しました。

      Japanese alt text: 左から KPMG 大木 空谷、防衛大学校 伊藤氏、KPMG 足立、KPMGインド ポダール、KPMG 小寺 左から、KPMG 大木 空谷、防衛大学校 伊藤氏、KPMG 足立、KPMGインド ポダール、KPMG 小寺

      1.インド市場で問われる「オペレーション」と「ガバナンス」

      ニティッシュ・ポダール
      KPMGインド パートナー

      現在のインドは歴史的・地政学的に、そして経済成長の観点でもきわめてユニークな交差点に立っているといえます。伝統的に戦略的自律を重視してきたインドは米中関係の変化のなかで、インド太平洋地域全体の存在感の高まりを背景に、グローバルな舞台における主要なプレイヤーとしての地位を確立しつつあります。

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      日本企業にとって、強固なファンダメンタルズを有するインドはもはや単なる製造拠点ではありません。若く意欲的な労働力は世界最大規模を誇り、国内需要の拡大、構造改革の進展と相まって直近の経済成長率が7%台※1に達する市場は、長期的にさまざまな価値創造の機会を提供する場として強く意識される存在となっています。

      一方で、インドでのビジネスが決して容易ではないのも事実です。市場は巨大であると同時に混沌としており、多種多様な課題が複雑に絡み合っています。商慣習の違い、規制環境の変化、労務問題、さらにはマクロ経済の不透明さなどに対処しなければ、市場への参入後に事業を持続・拡大することは困難です。

      鍵を握るのは、オペレーションの高度化と堅牢なガバナンス体制の構築です。インド市場ですでにシェア拡大を実現した日系自動車メーカーの例は、製造、販売、アフターサービスにいたるバリューチェーン全体をこの国の市場に最適化することの重要性を示唆しています。強力なガバナンスの枠組みとリスク管理の仕組みを確立することも、インド市場における強固かつ持続的な事業運営の基盤につながります。 

      2.「誇り・自律・実利主義」がインド外交・経済を読み解く鍵

      伊藤 融氏
      防衛大学校 人文社会科学群国際関係学科 教授

      インドは、IMFなどの国際機関の見通しにおいて、今後ドイツを上回る世界第3位の経済大国になると予想されています。着々とその存在感を強めている一方で、インドに対して「理解しにくい謎の国」といったイメージを抱えている人も多いのではないでしょうか。その背景には、多様な言語やカーストによる分断を抱える社会構造の複雑さがあります。

      Japanese alt text: 防衛大学校 伊藤氏 防衛大学校 伊藤氏

      インドについて理解を深めるためには、「大国としての強い誇り」「植民地支配の歴史から生じる自主独立(戦略的自律)への強いこだわり」、そして合理的に実利を追求する「プラグマティズム(実利主義)」という3つの行動原理を理解する必要があります。

      これらの行動原理があるからこそ、インドは東西どちらかの陣営に完全に与することはせず、独自の多角的外交政策を展開してきました。イラン情勢の変化の只中にあっては、米国・イスラエルとの関係や伝統的なパートナーであるイランとの関係にバランスを取りながら慎重に外交を進めていますが、本質的な実利主義が変わることはありません。

      現在、インドは日本や日本企業に対し、防衛分野だけでなく、経済安全保障やサプライチェーンの強靭化の面でも協力関係を構築しようと期待を寄せています。背景には、QUAD(日米豪印の枠組み)に対する米国の姿勢の変化があります。トランプ政権が中国との直接的なディールを重視していることから、インド国内では「既存の枠組みが米国から軽視されるのではないか」といった懸念が高まっています。米国が引いていく部分の「埋め合わせ」を期待するからこそ、インドはサプライチェーン領域等で日本との緊密な協調を求めているのです。

      インドはASEANとアフリカという、将来の巨大市場と目される地域のまさに「真ん中」に位置しています。インドで製造し、近隣地域へ輸出していくビジネスモデルを模索する動きは今後、日本企業の間で一層拡大していくことでしょう。日本企業においては、今の段階で「自社の技術や存在がなければインドのものづくりが成り立たない」というエコシステムをインドに築き上げておくことが、地政学リスクを乗り越える長期的かつ実効性の高い戦略だと考えられます。 

      3.インド進出の成否を分ける現地連携と法規制対応

      空谷 泰典
      KPMGインド アソシエイトパートナー

      中国市場に偏重していたビジネス戦略を見直す「チャイナ+1」の機運もあって、企業の長期的な成長を支える基盤として日印関係への関心が高まっています。
      「Make in India」を国家戦略として掲げるインド政府の政策的後押しも相まって、製造業分野における外国直接投資は増加しました(2005-2015と2015-2025の外国直接投資を比較)。民間だけでなく国レベルでも、重要鉱物や半導体、高速鉄道などの分野で戦略的投資協定の動きが加速しています。

      日系企業がインド市場に参入する場合、「人」「市場」「法規制」のハードルを乗り越える必要があります。「人」は従業員の定着率の低さや人件費の高騰、労働組合への対応、「市場」は激しい価格競争や現地ニーズに合致した製品の展開、そして「法規制」は不確実性の高い規制変更への対応や現地当局との交渉など、単体では対処が難しい課題が山積しています。

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      円滑なインド進出を実現するために有効な選択肢としては、現地企業とのジョイントベンチャー(JV)の活用が挙げられます。特有のビジネスノウハウや商習慣を知悉し、当局とのリレーションを持つインド企業の力を借りることで、人・市場・法規制の各課題に効率的に対処し、進出に伴う初期リスクを軽減することが期待できます。

      一方、長期的なビジョンなど連携の前提に関して認識にズレがあると、進出後に事業が迷走しかねません。JVを成功に導くためには、双方が互いにどのような価値を提供し合うのかをあらかじめ擦り合わせ、契約書等に落とし込んでおくことが不可欠です。

      インドの成長の果実を継続的に取り込むためには国全体の動向を把握するだけでなく、各州・地域ごとの規制の差異や情勢変化について常に情報を収集・分析し、タイムリーに対処し続ける必要があります。同一州内であっても工業団地によって電力や水などのインフラ整備状況に大きな格差があるため、事前の実態確認も必須です。国・州・地域の状況を個社単独で把握することは容易ではなく、信頼できる外部専門家の知見を活用し、リスクを精緻に見極める体制作りが重要です。 

      4.日系製造業に求められるインド市場でのオペレーション戦略

      大木 俊和
      KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー

      多くの企業が進出先にインドを選ぶ最大の理由は何といっても市場の成長性です。加えて、アフリカ市場への輸出拠点としての魅力、インド政府の方針による中国企業に対する規制強化の流れもあり、特に自動車・空調・農機メーカー等による参入が加速しています。足元では、インドへ進出する日系企業の約5割を製造業が占めています※2

      一方、インドでの事業黒字化には相応の時間を要することも事実です。現地企業や欧米・韓国系企業との熾烈なシェア争い、複雑な法制度への対応、インフラの未整備による輸送の停滞といった課題を乗り越えて事業を軌道に乗せることは簡単ではありません。インド市場での競争力を確保・強化するには、オペレーションの高度化が重要です。

      高度化に向けたアプローチは企業によって異なります。たとえばある日系企業は、基本設計を日本側で行いつつ、現地ニーズに合わせた設計への置き換えをインド側主導で実施しています。一方、ある韓国系企業では開発案件をグレード分けし、コア開発は本国主導、コストダウンなどは現地主導と切り分けています。

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      市場の変化の波を確実に捉えるためには、強固なガバナンス構築も不可欠です。日系企業が苦戦する要因の1つに、過度に慎重さを重んじる日本流の組織文化がもたらす意思決定の遅延があると考えられます。

      先進企業のなかには、現地のトップにインド人を据えて迅速な決断を可能にし、日本人はナンバー2として納期管理や中長期視点のサポートに回る体制を取るケースがあります。また、トップを日本人が担いつつ、各部門のリーダーにはインド人を登用して実務的な権限を委譲することもあります。日本的経営に固執せず、現地のスピード感に最適化した体制を構築することが、インド市場で競争優位性を確立する条件といえます。

      本国と現地拠点の間で緊密に連携を取るうえでは、製品開発に関するさまざまな情報をいかに管理し、共有するかが鍵となります。顧客ニーズから原価、プロジェクトの進捗管理までグローバルで情報を一元管理するITシステムの構築は、コミュニケーション負荷を抑制し、競争優位性の向上に資するガバナンス強化につながります。

      5.インド子会社のレジリエンスを高めるガバナンス強化の要点

      小寺 智也
      KPMGコンサルティング マネジャー

      企業のインド進出については、単に製品・サービスを販売する一市場にとどまらず、成長市場へのアクセス、サプライチェーンの再構築における中核、研究開発・デジタル人材の活用、さらには中東・アフリカを含む周辺地域への展開も見据えた、グローバル戦略上の重要拠点となりつつあります。

      インド市場でガバナンスを構築する際には、「慎重な意思決定」や「適切な権限委譲」といった一般的な原則を踏まえつつも、一方で、それらを形式的・画一的に適用するだけでは、現地固有の環境に十分対応できません。事業機会を捉えるスピードを維持しながら、重要なリスクに対して実効的な統制を効かせるという、現地実態に即したバランス設計が求められます。

      100%出資による現地法人設立、現地企業への出資・買収、JVなど、進出・事業拡大の形態によって生じやすいガバナンス上の課題は異なります。事業の成長段階や現地組織の成熟度に応じて、権限委譲の範囲やモニタリング方法を柔軟に見直せる仕組みを、あらかじめ組み込んでおくことが重要です。

      現地人材の登用も、インド事業のスピードと市場適応力を高めるうえで不可欠です。日常的な営業・事業判断、顧客・当局への一次対応、州ごとの規制や商慣習への対応については、現地実務に精通した人材に一定の権限を委ねることが有効です。重要投資、重大な例外事項、高リスクな第三者取引、グループ全体のレピュテーションに影響するコンプライアンス領域については、日本本社や地域統括機能が継続的に関与する必要があります。現地化の成否は、単に権限を委譲することではなく、「誰に、何を、どこまで任せ、何をどのように把握・監督するか」を明確に設計できるかに左右されます。

      Japanese alt text: KPMG 小寺 KPMG 小寺

      こうしたガバナンスを実効的に機能させるためには、まずインド現地法人におけるリスク対応状況やガバナンス成熟度を把握し、実態に即した課題を特定することが重要です。そのうえで、子会社マネジメント手法や管理ルールの標準化、決裁権限・会議体・レポートラインの整備、インド現地法人・中核拠点・日本本社間の役割分担の明確化、重点リスクに対するモニタリングの高度化を一体で進める必要があります。

      6.インド事業拡大の鍵は、現地化と本社変革の両立にある

      足立 桂輔
      KPMGコンサルティング 執行役員 パートナー

      「不可欠性」「スピード」「現地化」――日本企業のビジネス戦略の歴史的変遷という文脈から見て、本セミナーで浮かび上がったさまざまな論点のなかでもこれら3つは特に重要なキーワードだといえます。

      自社・自国の技術や製品がインド市場のエコシステムにおいていかに不可欠な存在であり続けられるかは、ビジネス戦略上、経済安全保障上の大きなチャレンジです。中国市場では政治情勢やビジネス方針の問題を背景に、日本企業がこの「不可欠性」を十分に確保できませんでした。その歴史的な反省と教訓を、私たちはインド市場でこそ活かすべきだと考えています。

      Japanese alt text: KPMG 足立 KPMG 足立

      状況変化にスピード感を持って対処するため、現地人材を登用し大胆に権限委譲すべきだといった主張自体は、決して目新しいものではありません。日本企業は中国市場において過去数十年にわたって模索を続けたものの、成功例は限定的でした。製品の開発や品質向上が先行したとしても、ビジネス上の意思決定を支えるガバナンスの確立が伴わなければ、スピードと現地化の両立は実現し得ないことがすでに実証されているといえます。ガバナンスは一朝一夕で構築できるものではなく、事業戦略との両輪で推進する体制作りが重要です。

      現地法人のガバナンス強化に加え、本社側においても変革が求められます。国際情勢の不安定化、競争環境の複雑化によって、本社側が判断すべき範囲は今後ますます拡大すると予想されます。現地から隔てられた本社だからこそ、地政学リスクを加味し、客観的な視座からの経営判断を下すことができます。本社が重要な判断を引き受け、明確なコンプライアンス方針を発信して現地拠点の奮闘を支える体制を整えることこそが、インドビジネスを軌道に乗せる鍵になると考えています。

      KPMGコンサルティングではKPMGインド等と連携し、海外進出の検討から撤退までの各段階において、リスクの検討や管理要件の設計・導入、内部監査対応などのサービスを提供しています。インドでの事業拡大に向けた課題やその解決に向けた取組みを、今後も力強く支援していきます。


      ※1:India(WORLD BANK GROUP)
      ※2:インドにおける日系企業の進出動向(JETRO)

      ※本稿に記載されている登壇者の所属・職位等は、公開時点の情報に基づいています。

      サプライチェーン、グループガバナンス、米中関係や台湾情勢など、日本企業が懸念・注目する国際情勢の変化やリスク対応について、独自調査しました。

      高まる経済安全保障・地政学リスクについて、管理体制の構築、リスク評価および対策の立案から実行までを総合的に支援します。

      KPMGコンサルティングの実績を基に、製造業における提供価値の最大化に向け、経営課題への迅速な対応と持続的な成長を支援するための取組みと知見を紹介します。

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