KPMGの「Global Economic and Geopolitical Outlook」(グローバル経済・地政学アウトルック)のウェブキャストシリーズは、世界各国のKPMGのプロフェッショナルらが登壇し、地政学や今日の世界経済が抱える諸問題について、ビジネスリーダーに向けたインサイトを提供するものです。日本時間2026年6月25日に実施されたウェブキャストには、世界各地から1,050名の経営幹部・意思決定者が参加しました。
本稿は、当日の内容を報告する英語版開催レポート概要の内容を翻訳・編集したものです。なお当日のウェブキャストの様子は、KPMGインターナショナルのウェブサイトから視聴することもできます。
【登壇者】
【モデレーター】
KPMGインターナショナル
グローバルヘッド・オブ・クライアント&マーケット レジーナ・メイヤー
地政学:持続的な対立の時代
当日のウェブキャストではまず、地政学がテーマとなりました。KPMGインターナショナルのステファノ・モリッチはまず、世界各地で続いている地政学的な対立が、グローバルな事業環境の恒常的な特徴になっていると指摘。こうした対立は軍事行動という形だけはなく、エネルギー供給の混乱、海上輸送ルートへの影響、制裁措置、輸出規制、同盟関係の変化、さらには重要インフラへの圧力といった形でも顕在化しているとしました。
さらに、企業が注視すべき重要な変化として、次の4つの動向を挙げました。
(1)軍事支出の増加
(2)同盟関係の変化:各国や地域は特定の陣営を選択するのではなく、複数の国・地域と関係を構築する「マルチアライメント外交(多方向外交)」を追求する傾向を強めている
(3)規制・管理の強化:輸出規制、経済制裁、産業政策、技術規制、対内投資審査などが拡大している
(4)重要インフラを巡るリスクの高まり:海上輸送ルート、海底ケーブル、エネルギーインフラ、データセンター、ドローンを活用したハイブリッド戦争の進化などが新たなリスク要因となっている
Q:現在の地政学的な対立は、貴社の事業運営にどの程度重大な混乱を及ぼしていますか。
46%
のウェブキャスト参加者が、地政学的な対立によって自社の事業活動に中程度または重大な混乱が生じたと回答
出典:KPMGインターナショナル「Global Economic and Geopolitical Outlook」ウェブキャスト参加者調査(2026年6月25日実施)
経済:エネルギー供給からオイルサンドまで
複雑化する地政学的環境を背景に、議論はエネルギー分野を起点としたコスト環境の変化へと移りました。エネルギー業界の顧客支援に長年携わってきたKPMGインターナショナルのレジーナ・メイヤーは、はじめに、イラン情勢を巡る紛争の影響によってここ数ヵ月で世界の原油供給基盤が大きく毀損していることから、原油供給への懸念が高まっていると説明しました。一方、市場がこれまで深刻な危機に陥らずに済んでいるのは、需要の減少(デマンドデストラクション)、消費パターンの変化、そして備蓄の取り崩しによるところが大きいと指摘しました。
続けて、特にCEO層を中心とするエネルギー業界の顧客が現在どのような課題意識を持っているかについて説明しました。一部の企業は原油供給が危機的な水準に近づいているとの非常に強い見方を示している一方、現在の状況は一時的なものであり、追加の掘削設備を市場に投入したり、新たな油田探査や原油調達のために資本を再配分したりする段階にはまだ至っていないと考える企業もあるといいます。
また原油価格の上昇を受けて、ベネズエラやカナダのオイルサンド(原油成分を含む砂状の堆積物)など、これまで採算性の面で課題があった一部の資産や地域が再び投資対象として魅力を増しているとしました。ただし、そうした状況下でも、近い将来に大規模な供給拡大が実現する可能性は低いとの見解を示しました。
Q:6ヵ月を超える長期的なエネルギー供給途絶が発生した場合、貴社が事業継続を維持できることに、どの程度自信がありますか。
出典:KPMGインターナショナル「Global Economic and Geopolitical Outlook」ウェブキャスト参加者調査(2026年6月25日実施)
成長見通し:地域によって見方は分かれる
議論は、地政学的な動向が経済成長、インフレ、金利、需要に与える影響へと移りました。KPMG米国のダイアン・スウォンクは、米国経済は引き続き堅調に推移しており、その背景には財政刺激策と金融刺激策の双方による下支えがあると説明。また、AI投資サイクルが米国経済の成長を支える重要な要因になっていると指摘しました。特にインフラやデータセンターへの投資が拡大しており、一部の産業では数年先まで案件が積み上がるほどの需要を生み出しているとしました。
Q:2026年1月1日以降、貴社の成長見通しはどのように変化しましたか。
出典:KPMGインターナショナル「Global Economic and Geopolitical Outlook」ウェブキャスト参加者調査(2026年6月25日実施)
また、KPMG英国のヤエル・セルフィンは、イラン情勢を巡る紛争がEMEA(欧州・中東・アフリカ)地域の経済に深刻な影響を与えていると指摘しました。欧州では2026年第2四半期の経済指標が比較的弱含みとなり、中東とアフリカについても見通しは一様ではないと説明しました。
一方、KPMGオーストラリアのブレンダン・リンは、アジア太平洋地域は引き続き堅調な成長を維持していると述べました。成長を支えている要因として、テクノロジー投資、AI関連需要、電子機器輸出、サプライチェーン再編、内需拡大、観光需要の回復などを挙げました。
インフレ圧力:地域ごとに異なる状況
インフレ圧力は一様ではなくなったものの、消えたわけではありません。KPMG英国のヤエル・セルフィンは、欧州と中東では弱い経済状況が価格上昇を抑えている一方、アフリカはより大きな影響を受けやすいと述べました。また米州地域について、KPMG米国のダイアン・スウォンクは、カナダとメキシコは比較的良好な状況にあるように見えるものの、米国は依然として重要なリスク要因であると指摘しました。
KPMGオーストラリアのブレンダン・リンは、アジア太平洋地域(ASPAC)では総合インフレ率が再び上昇し始めていると述べるとともに、地域全体でみるとコアインフレ率はおおむね安定していると説明しました。一方、中国は国内消費需要の低迷、地域レベルでの価格競争の激化、不動産市場の低迷といった要因が重なり、コアインフレ率がきわめて低い水準に抑えられているとして、中国はアジア太平洋地域において例外的な状況にあると指摘しました。
金利動向とサプライチェーン
金利見通しについて、登壇者らは各国の中央銀行が依然としてインフレ抑制と景気減速への対応の間で難しい舵取りを迫られており、その結果として世界の金融政策が地域ごとに異なる方向へ向かっていると説明しました。
たとえば、KPMGオーストラリアのブレンダン・リンは、アジア太平洋地域について、今後6~12ヵ月の金融政策見通しは非常に多様化しているとの見方を示しました。インフレ抑制のために利上げを続ける主要国がある一方で、金利据え置きや金融緩和を検討する国もあり、地域内で明確な方向性の違いが見られるとしています。
サプライチェーンのテーマでは、貿易ルートの変化から政策変更に至るまでサプライチェーンは引き続き大きな負荷を受けながら適応を迫られていることについて議論が交わされました。
Q:過去12ヵ月間に、貴社は地政学リスクを理由としてサプライチェーンを積極的に再構築しましたか。
出典:KPMGインターナショナル「Global Economic and Geopolitical Outlook」ウェブキャスト参加者調査(2026年6月25日実施)
たとえば、KPMGインターナショナルのステファノ・モリッチは、ホルムズ海峡における船舶航行が回復するためには、主に次の3つの条件が満たされる必要があると述べました。
(1)現地での紛争が持続的に緊張緩和へ向かうこと
(2)海上保険会社および船主の信頼が回復すること
(3)運用上のボトルネックおよび滞留案件(バックログ)が解消されること
Q:現在、貴社にとって最大の貿易政策関連リスクは何ですか。
出典:KPMGインターナショナル「Global Economic and Geopolitical Outlook」ウェブキャスト参加者調査(2026年6月25日実施)
提言:経営層が取るべき5つのアクション
ウェブキャストの締めくくりに、登壇者らは今日の環境下において経営幹部が実行すべき事項として、5項目の提言をしました。
(1)テクノロジー戦略では、テクノロジースタック、AI、サプライチェーン全体におけるリスクへのエクスポージャーを含め、地政学的要因を考慮する必要があります。
(2)デジタルインフラと物理インフラが地政学的な混乱にさらされる度合いが高まっているため、サイバーセキュリティをレジリエンスにおける中核的な優先事項として扱う必要があります。
(3)今後、さらなるショックが発生する可能性が高いため、企業はシナリオプランニングを導入し、迅速に調整できる機動性を維持する必要があります。
(4)国境や貿易を巡る摩擦は今後も続く可能性が高く、サプライチェーンの可視性とサプライヤーのトレーサビリティがきわめて重要になります。
(5)レジリエンスは現在、単なるコストではなく、競争優位の源泉となっています。企業は、冗長性の確保、複数国での事業運営、サプライヤーの多様化、ならびにエネルギー、物流、通商政策に関するショックを想定したストレステストを検討する必要があります。
※本稿に記載されている登壇者の所属・職位等は、公開時点の情報に基づいています。