1.なぜ今、融資プロセスの見直しが必要なのか
融資は、金融機関にとって収益基盤であると同時に、地域企業や取引先の成長を支える重要な業務です。一方で、労働力人口の減少、競争環境の変化、顧客課題の複雑化により、従来のように属人的な経験・知見と人手に大きく依存して業務を維持することは、次第に難しくなっています。
融資は、格付、自己査定、案件受付、案件組立、事前協議、稟議、担保設計、契約、実行まで、業務範囲は幅広く、それぞれの工程のシステム化は進んでいるものの、多くの工程で人が時間をかけて対応しています。最近のAIの急速な進化により、これまでシステム化が難しかった面談記録、稟議補足資料、事業性評価などの非定型情報も扱いやすくなることで、従来のシステム化では対応が難しかった業務の効率化や高度化の可能性が高まっています。さらにはAIエージェントの登場により、生成AIが得意とする自然言語による文書生成に加え、目標に沿ってタスクを自律的に実行することも可能になりつつあります。
一方で、現場では個別のPoCやツール検証が増えるほど、「このまま全体最適につながるのか」「判断責任や現行システムとの整合が見えにくい」「便利な機能は増えたものの業務そのものは変わっていないのではないか」という不安も生じやすくなっています。実際、PoCの積み上げは、AIの可能性を理解し、個別業務の簡略化・時短化を実感するうえでは有効です。しかし、個別最適が進むほど、現場では改革の方向性が見えにくくなることがあります。
本稿では、融資プロセスにおいて「AIを導入するか否か」ではなく、「どの業務をシステムで担保し、どこでAIを活用し、人にどの役割を残すべきか」といった業務プロセス再設計の方向性について解説します。
2.現行の融資プロセスに残る構造的な課題
融資プロセスは、複雑な特徴を抱えています。会計・決裁に伴う「堅確性」、判断の「再現性」、新たな案件や異例対応などの非定型業務へ対応する「柔軟性」、制度・ルール変更への「拡張性」、意思決定に伴う「迅速性」を同時に満たす必要がある多要件業務です。
【融資業務の特徴】
融資プロセスを取り巻くシステム環境も複雑化しています。融資支援システムに加え、関連システムはCRM・担保管理システム・財務分析システムなど多岐にわたり、案件登録から稟議、契約、実行に至るまで複数システム、ツール、ファイルを使い分ける必要があります。さらに、融資支援システム内の機能やロジックが肥大化し、周辺システムとの連携も密結合の状態であるため、制度変更や商品変更のたびに改修負荷が高まります。
また、融資判断が担当者や決裁者の経験値に依存しやすく、融資支援システムが「入力・参照ツール」にとどまり、判断に十分に機能していないケースもあります。加えて、事業性評価、経営者の資質、事業の競争優位性、成長シナリオといった本来審査の肝となる定性情報は、企業の将来的な返済能力や成長可能性を見極めるうえで不可欠な情報であるにもかかわらず、担当者メモや稟議書の補足説明に埋没しやすく、組織知として活用されにくい状態に陥っています。
これらの問題は、BPRやシステム対応により瞬間的に解消しても、業務変更のたびにBPRやシステム化を繰り返すことで、結果的にシステムがさらに肥大化する負の連鎖につながっています。
【融資支援システムにおける現状の問題点】
3.AI・システムの役割分担
AIを前提とした融資プロセスの改革では、AI、システムそれぞれの特徴(強み・弱み)を整理したうえで、それぞれの特徴を活かしてプロセス上に配置する必要があります。
AIは、面談音声やメモからの情報抽出・要約、過去接点履歴や取引情報の整理、必要論点・確認事項・不足情報の抽出、類似案件や過去事例の検索、定量・定性情報を踏まえた協議用論点のドラフト作成、契約書類のドラフト作成、記載漏れ・不備・整合性のチェックなどに強みがあります。AIは、非構造情報を読み解き、複数情報を横断して整理し、人が判断するための材料を提示する役割に適しています。
システムは、決裁権限、承認フロー、正式記録、証跡、権限管理、構造化データの蓄積、CRM・融資支援・勘定系との連携など、統制と再現性が求められる領域に強みがあります。必須項目や承認条件を強制し、規程未達の場合に通過させない仕組み、変更履歴や制御証跡を自動保存する仕組みは、AIではなくシステムで担保すべき領域です。
【AIとシステムの採用判断基準の考え方】
4.今後の融資プロセスで実現すべき姿
今後の融資プロセスで目指すべき姿は、単にAIを便利機能として現状のプロセスに組み入れることではありません。案件を起点に、顧客情報、面談記録、財務情報、過去案件、規程・マニュアル、審査コメント、契約・実行情報をつなぎ、必要な判断ポイントで必要な示唆を適時に得られる業務環境を整えることです。
たとえば、案件受付ではCRMの案件情報や面談記録をAIが要約し、融資判断に必要な定性情報を融資支援システムへ連携します。案件組立や事前協議では、前工程までの内容を基に協議用論点や事前協議書ドラフトを作成し、不足情報や矛盾を指摘します。稟議では、過去の類似案件や規程・マニュアルを参照しながら、稟議書のドラフトや補足説明として必要な事項・よくある指摘事項を提示します。契約・実行では、契約書ドラフトの作成、必要徴求書類のリストアップ、貸出条件や契約書情報を基にした伝票情報の作成を支援します。
このとき、AIは文書作成、要約、判断支援を担い、システムは情報の記録・連携、判断結果の記録・照会を担います。人は、AIが提示した内容を確認し、顧客の実態や例外事情、銀行の戦略等を踏まえて最終判断します。各工程を単純に自動化するのではなく、案件に必要な情報が一元化され、AIが論点を整理し、システムが統制を担保し、人が確認・判断する流れを作ることが肝要です。
【AI・システムの特徴を活かした融資業務プロセス】
判断品質と顧客への提供価値を高めるためには、これまで属人的で再現性が低かった定性評価の標準化・高度化が不可欠です。事業性評価や経営者評価といった定性情報については、過去案件の面談メモや稟議補足資料に蓄積されたベテラン行員の判断根拠を言語化し、組織知として共有・蓄積する仕組みを構築する必要があります。さらに、過去の類似案件や査定理由を適切に提示することで、判断根拠の抜け漏れを防止するとともに、若手担当者であっても審査上の着眼点を理解しやすくなります。
また、地域特有のサプライチェーン、地場産業の特性、過去の支援事例を活用できれば、融資判断にとどまらず、顧客の課題解決や成長支援に向けた提案にもつながります。
5.AIモデル高度化のアプローチ
融資プロセスでAIを活用する際には、最初から高度な独自モデルや全面的な自動化を目指す必要はありません。まずは、業界共通の審査上の着眼点や、行内規定・事務ルールなどの形式的な知識を活用し、稟議書のベース作成、形式不備の防止、規程整合性のチェックなど、効果が見えやすく人による確認を組み込みやすい領域から始めることが現実的です。
初期段階では、銀行業務知識、業種別審査辞典、行内規則、事務手続書などを活用し、標準的な稟議書作成支援や規程整合性チェックに取り組みます。これにより、作業効率化・品質の標準化といった効果を比較的早期に得ることができます。
次の段階では、面談記録等に埋没する顧客情報、過去稟議の補足資料、ベテラン行員の判断基準、地域特有のサプライチェーン、地場産業の特性など、銀行・地域固有の暗黙知をAIのインプットデータに加えることで、ベテラン行員と同等レベルの判断品質・再現性を実現します。
さらには、AIが導き出した判断結果に対する人のフィードバック情報を蓄積し、AIの学習データとして組み入れることでAIの回答精度を改善していきます。シンジゲートローンやストラクチャードファイナンスなどリスクの高い大規模案件や、異例対応は従前通り人の判断が残り続けるものの、リスクの低い小規模案件から段階的に、人が積極的にプロセスに介入し判断を担う役割分担(Human in the Loop)から、AIが判断までを担い人は必要に応じて介入する役割分担(Human on the Loop)への移行を検討します。
モデルの高度化に伴い、安全性・ガバナンス・情報管理の論点も段階に応じて変化します。初期段階では、参照データの範囲、アクセス制御、出力内容の人による確認、機密情報の取扱いなどを明確化することが重要です。高度化段階では、説明責任の担保、バイアスや誤回答のモニタリング、ナレッジDBの品質管理、モデル・ルール変更時のレビューサイクルなど、継続的に運用するための管理態勢がより重要になります。
【AIモデルの段階的進化と人の担う役割の変遷】
6.今後の融資プロセス改革の要諦
融資プロセス改革を成功させるためには、融資業務に対する深い理解に加え、融資支援システム、CRM、勘定系、AML、担保評価、収益管理など周辺システムを含む構造理解、会計・信用リスク管理に関する専門性、AI活用およびAIガバナンス整備の知見、大規模プロジェクトにおけるマネジメント力が求められます。効率化や審査高度化、顧客提供価値向上といった攻めの領域だけでなく、利用ルール、説明責任、情報管理、アクセス制御、ログ管理、モデルリスク・バイアス管理などの守りの領域を併せて検討することが肝要です。
KPMGは、会計・リスク領域の専門性と融資業務・システムへの深い理解を強みに、現行プロセスの課題整理から、次期融資支援システム構想、AIユースケース設計、導入ロードマップ策定、データ・ナレッジ整備、ガバナンス態勢構築、複雑かつ大規模プロジェクトのマネジメント支援まで、エンドツーエンドで伴走します。監査・当局対応にも耐える堅確な設計で、AI・人・システムが共存する融資プロセス改革の実現を包括的に支援します。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 坂田 敦
マネジャー 堀田 佳佑