1.はじめに
EUでは、2026年4月に「EU反腐敗指令」(Directive (EU) 2026/1021 on combatting corruption)が採択され、同年5月に官報に掲載されました。
EU子会社・代理店・販売先の公共調達・規制当局対応等において、贈収賄等の不正が発生する場合、日本本社のグループ管理体制そのものが問われる可能性があり、EU域内で事業を行う企業等にとって、贈収賄・腐敗防止体制を見直す重要な契機となります。
本指令においては、民間部門の贈収賄、横領・不正流用等の違反が認められると、少なくとも全世界年間総売上高の5%または4,000万ユーロなどの最高罰金水準を設ける方針が示されており、企業グループ全体に重大な財務影響を及ぼし得ます。
加えて、米国海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act、以下、FCPA) 、英国贈収賄法(UK Bribery Act、以下、UKBA)よりも幅広い行為を規制対象とするため、グローバルでの贈収賄・腐敗防止体制を構築している企業であっても、既存の反贈収賄体制で十分に対応できているか、あらためて見直しをする必要があります。
特に、従来の対応が公務員への贈賄防止を中心としており、民間部門における贈収賄、たとえば取引先の購買担当者への接待・便宜供与や、業者選定時のキックバック等防止に向けた対応が十分でない企業は、早急に体制を点検する必要があります。
2.EUにおける反腐敗規律の背景
EU反腐敗指令の背景には、組織犯罪の越境化や外国干渉への警戒感の高まりといった社会情勢があります。
組織犯罪の越境化等が進むなかで、腐敗行為は、組織犯罪その他の重大犯罪を助長する要因となります。港湾や税関などの内部関係者が買収されると、通関・検査手続きが悪用され、貿易・輸出管理規制の迂回・潜脱につながるおそれがあります。これは、広い意味での経済安全保障や市場アクセス管理の枠組みを弱体化させるリスクにもなります。
ロビイング活動等との関係も無視できません。政策渉外、業界団体活動、外部アドバイザーの起用は、正当な利益代表活動である一方、透明性を欠けば腐敗への入り口になり得るものです。特に第三国からのロビイストを通じた干渉などに強い危機感が醸成されていました。
これまでも公務員贈収賄を対象とする条約(1997 Convention on the fight against corruption involving officials)、民間部門の贈収賄を対象とする理事会枠組み決定(Framework Decision 2003/568/JHA)等はありましたが、規制対象行為の範囲が限定的で、ロビイング活動に対する規制も一部の加盟国で不十分であることなどの課題を抱えていました。こうした既存ルールの限界と断片化を克服し、包括的な対策を講じるために、EU反腐敗指令が定められました。
GDPRがグローバル企業のデータ保護実務に大きな影響を与えたように、EUの法規制は、EU域内にとどまらず、域外企業の実務や各国の制度設計にも影響を及ぼし得ます。今回のEU反腐敗指令は、国際的な基準を踏まえて整備されたものであり、組織犯罪の越境化等がグローバルな課題となっているなかで、今後、各国の制度設計にも波及していく可能性があります。
3.EU反腐敗指令の概要
EU反腐敗指令は、汚職関連の犯罪についてEU加盟国共通の最低基準を定めるものです。以下が特に留意すべきポイントです。
(1)贈収賄だけでなく関連する腐敗行為も規制対象
公務員等に対する贈収賄に限らず、関連する腐敗行為(民間部門の贈収賄、影響力取引※、汚職関連の犯罪由来の財産の隠匿等)も含まれます。
民間部門の贈収賄も明示的に対象とされるため、公務員との接点がない取引であっても注意が必要です。たとえば、取引先の購買担当者に対する過剰な接待・便宜供与、業者選定時のキックバックなども、企業の贈収賄・腐敗防止体制のなかで管理すべきリスクとなります。また、影響力取引も対象となるため、第三者への支払い、たとえば、「コンサルタント報酬」など仲介者への支払いも管理の対象となります。
※第三者等を通じて公務員の意思決定に不当な影響を及ぼそうとする行為。
(2)違反時には事業継続に影響を与え得る多額の罰金
公務員等への贈収賄、民間部門の贈収賄、横領・不正流用では、少なくとも全世界年間総売上高の5%または4,000万ユーロなどの最高罰金水準を設ける方針が示されています。全世界年間総売上高を基準等とする罰金が課され得るため、大企業や多国籍企業にとってきわめて大きな金銭的インパクトがあります。
また、売上高基準とは別に固定額ベースの最高罰金水準も示されているため、EU子会社の売上規模が小さい場合であっても、高額な罰金リスクが生じ得ます。その影響は当該子会社にとどまらず、連結業績等を通じて、グループ全体に及ぶ可能性があります。
また、罰金のほか、事業継続に直結する各種不利益(公共調達からの排除、事業活動の停止・禁止、許認可の取消し等)を受ける可能性があります。
(3)EU域外の親会社等におけるグループ管理上のリスク
EU反腐敗指令は、監督または管理が不十分な場合の責任についても定めています。親会社等の監督・管理不足によって子会社等で腐敗行為が起きた場合、事案によっては親会社を含むグループ管理体制が問われる可能性があります。
その結果、制裁金は子会社の売上高ではなく、親会社を含む該当法人の全世界年間総売上高を基準として算定されることとなるため、EU子会社等の規模にかかわらずグループ全体に甚大な財務的インパクトが生じるリスクがあります。
4.コンプライアンス体制見直しのポイント
EU反腐敗指令が広範な行為を規制対象としていることに加え、監督・管理の欠如による法人責任も問題となり得るため、グループ全体のコンプライアンス体制を見直す必要があります。
(1)既存の反贈収賄対応で十分か
既存の贈収賄・腐敗防止体制のままで、EU反腐敗指令に対応できるとは限りません。EU反腐敗指令は贈収賄だけでなく腐敗に関連する行為を広く規制対象としており、FCPAや日本の外国公務員贈賄防止指針が規制対象としていない民間部門の贈収賄や、UKBAも規制対象としていない横領・不正流用、腐敗行為からの不正蓄財等防止までも規制対象としています。既存の体制がFCPA、UKBA、外国公務員贈賄防止指針に対応したものであっても、EU反腐敗指令には対応できない可能性があります。
そのため、すでにグローバルで一定の贈収賄・腐敗防止体制を構築している企業であっても、EU反腐敗指令の射程を踏まえたギャップ分析を行うことが重要です。また、民間部門の贈収賄については、規程上禁止されていても、公務員への贈収賄に比べ、運用や監査が十分でないケースがあります。実際に機能しているかも含めて体制の見直しをする必要があります。
(2)第三者への支払いを適切に管理できているか
EU反腐敗指令は、影響力取引も規制対象としています。そのため、公務員への支払いだけでなく、第三者への支払い・便益提供についても管理する必要があります。幅広い支払いが管理の対象となるなかで、第三者の起用理由、業務内容、報酬水準の妥当性、利益相反の有無などを確認し、不当な利益供与や不透明な影響力行使と見られない仕組みになっているかを点検する必要があります。法務・コンプライアンス部門だけでなく、渉外、営業、調達、経理などの関係部門を含め、契約・請求・支払いの各段階を横断的に管理することが重要です。
(3)内部通報制度が腐敗リスクに対応できているか
EU反腐敗指令は、同指令が対象とする腐敗行為の通報について、EU内部通報者保護指令に対応したものとなることを求めています。そのため企業における内部通報制度が、影響力取引や第三者経由の不当な利益供与などについて、通報を受け付け、調査し、是正できる設計になっているかを確認する必要があります。
特に、影響力取引や第三者を介した不当な利益供与では、取引先従業員等の社外関係者が不正の兆候を把握する場合があります。通報窓口の利用対象や保護対象が直接雇用の従業員に限定され、社外関係者からの相談・通報を受け付けていない場合、腐敗リスクに関する重要な情報を早期に把握できない可能性があります。
(4)実効的な取組みを証跡として示せるか
EU反腐敗指令は、法人が実効的な腐敗防止体制を備えていた場合や、違反発覚後に迅速かつ自主的な申告・是正措置を講じた場合、制裁が軽減され得るとしています。そのため、指令の趣旨を踏まえ適切な内部統制・コンプライアンス体制を整備・運用することは、企業にとっての防御材料にもなります。
ただし制裁軽減事由として考慮されるためには、リスク評価、高リスク取引の検知、通報対応、是正措置等について、実際に運用されていたことを証跡として示すことができるよう準備する必要があります。
5.具体的な取組みのステップ
前述のとおり、制裁軽減事由として考慮されるためには、腐敗防止体制が実際に運用されていたことを証跡として示す必要があります。もっとも、実効的な仕組みは、規程を改訂するだけでただちに整備できるものではありません。まず自社のどこに腐敗リスクがあるのかを把握し、既存の体制で不足している点を特定したうえで、第三者管理や取引・支払いを停止できる仕組みに落とし込み、その運用記録を残していく必要があります。
そのため、リスクの把握、既存体制とのギャップ分析、第三者管理、取引・支払いを停止できる仕組みの整備まで、段階的に進めることが重要です。
具体的には、次の4つのステップで進めることが考えられます。
EU反腐敗指令への対応は、EU子会社だけの問題ではなく、日本本社を含むグループ全体のガバナンス課題です。企業は、各制度を横断的に点検し、腐敗リスクを早期に検知し、実効性のある抑止体制を整備することが求められます。国内法化を待つのではなく、今の段階から取組みに着手することが重要です。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子