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      連載「トレンドレーダー」は、KPMGジャパンにおけるデータ&テクノロジーのセンター・オブ・エクセレンスを担うアドバイザリーライトハウスが企画・発信するインサイト連載です。先進技術の活用事例や関連するビジネスユースケース、挑戦を続ける企業の取組を紹介し、企業にとって新たな打ち手のヒントとなる知見をお届けします。


      今日の学術的論点は、数年後の経営課題

      AI領域には数多くの学会が存在する。人工知能に関わる人々にとって、「どの学会で何が議論されているのか」を知ることは、もはや研究者だけの関心事ではない。むしろ、技術の進化の方向性や社会実装の将来像を理解するための重要な手がかりとなっている。

      例えば、NeurIPS、ICML、ICLRといったトップカンファレンスでは、機械学習や大規模言語モデルをはじめとするAIの基盤進展が議論されている。検索領域での代表的な会議であるSIGIRでは、検索や情報アクセス技術を軸に、近年ではRAG(Retrieval-Augmented Generation)やAIエージェントに関する研究も活発に行われている。また、日本国内でも人工知能学会をはじめとするさまざまな学術コミュニティが存在し、企業や行政機関を含む実社会での応用事例や課題が議論されている。

      こうした学会での議論は、一見すると研究者向けの専門的な話題に見える。しかし、AI分野の歴史を振り返ると、現在産業界を大きく変えている技術の多くは、数年前まで研究コミュニティのなかで議論されていたテーマだ。深層学習もTransformerも、そして現在の生成AIブームを支える大規模言語モデルも、当初は学術研究の対象にすぎなかった。しかし今では、それらが企業の競争環境や業務の在り方そのものを変えている。

      その意味で、研究コミュニティは未来を正確に予言する場所ではないものの、「どのような課題が本質的なのか」「技術がどの方向へ進化しようとしているのか」を示す場所であるといえる。今日アカデミアで議論されているテーマは、数年後に企業が向き合う経営課題の候補でもある。


      AI活用の限界を見極めるための理論研究の役割

      例えば2026年5月に開催された国際会議AISTATS 2026での議論を通じて見えてきたのは、AIの応用拡大の裏側で、「AIの限界」「信頼性」「意思決定」「世界理解」といった本質的なテーマが、従来以上に重要な論点として浮かび上がっていることである。AISTATS(International Conference on Artificial Intelligence and Statistics)は、統計と機械学習の理論研究を中心とするトップカンファレンスだ。一見すると実務から遠い世界に見えるかもしれない。しかし、ここで議論されるテーマは数年後に産業界へ波及し、企業の競争環境を変えていくことが少なくない。

      もちろん、会議では世界モデル(World Models)、AIエージェント、強化学習、拡散モデルといった現在のAI研究を象徴するテーマも数多く取り上げられている。しかし、それ以上に印象的だったのは、「AIはどのような条件で機能するのか」「どのような状況で失敗するのか」「どのように信頼性を担保するのか」といった研究上の問いが、実務上の制約や意思決定の前提として再解釈されつつあった点である。その結果、「AIで何ができるのか」という問いも、目的や制約を踏まえて初めて意味を持つ、より実務的な議論へと接続されていた。

      例えば会議では、計算資源の拡大によってモデル性能が向上し続けるなかで、理論研究の意義をどのように捉えるべきかという議論も交わされていた。こうした議論では、理論研究の役割は現実をそのまま再現することではなく、物事の根本原理を明らかにする点にあるという認識が共有されていた。

      この点は、AI活用を進める企業にとっても示唆的である。実務の世界では、新しいモデルやサービスが次々と登場し、「何ができるようになったのか」が注目されがちだ。しかし経営判断において本当に重要なのは、「どのような前提で機能するのか」「どこまで任せられるのか」「どこに限界があるのか」を理解することである。

      実際、企業がAIを導入する際に直面する課題は、モデル性能そのものではないことが多い。説明可能性、信頼性、ガバナンス、責任の所在、業務への適用範囲、人とAIの役割分担などが重要な論点となる。そしてこれらのテーマは、多くの場合、実務の現場よりも先に学会コミュニティで議論されている。

      今回のAISTATSでも、その代表例として因果推論(Causal Inference)への関心の高まりが見られた。新設された「Causality, Kernels & Statistical Testing」セッションでは、さまざまな条件下で因果効果を推定する研究が発表されており、ポスターセッションでも因果推論に関する研究を数多く見かけた。

      因果推論は、単に結果を説明する技術ではない。「ある結果がなぜ起きたのか」「施策を変えると結果がどう変わるのか」といった、意思決定の構造そのものを明らかにするところに本質的な価値がある。企業経営において重要なのは、意思決定の根拠を説明可能な形で理解することである。そのため、マーケティング施策や業務改善施策、組織改革などの効果をより科学的に評価する手段として、因果推論の重要性は今後さらに高まる可能性がある。

      一方で、研究発表を見ていると、理論的に有望な手法であっても、実務で十分な品質のデータを確保できるのか、あるいは必要な前提条件を満たせるのかという課題も感じられた。まさにここに、研究成果と実社会の間に存在するギャップがある。そして、そのギャップを理解しながら技術を適切に活用することこそが、企業のAI活用における競争力を左右する重要な視点である。

      今回の会議で議論されていたテーマを整理すると、

      • AIの能力をどこまで拡張できるか(世界モデルやAIエージェント)
      • AIを意思決定にどのように組み込むか(因果推論など)
      • AIがどのような条件で機能し、どの程度の性能を発揮するかを説明する理論
      • AIの信頼性や安全性をどのように評価するか

      といった論点に集約される。

      これらは一見すると研究者向けのテーマに見える。しかし本質的には、「企業はどこまで意思決定をAIに委ねるべきか」「人間とAIはどのように役割分担すべきか」「どの前提条件でAIを活用すべきか」「組織としてどのような能力を獲得すべきか」という経営課題に直結している。


      AI活用の競争優位は適用の設計力で決まる

      生成AIの普及によって、先端技術へのアクセスは急速に民主化されている。かつては一部の巨大テック企業しか扱えなかった技術が、現在では多くの企業で利用可能になった。その結果、競争優位の源泉は単なるツールの保有や導入速度から、技術の解釈力や意思決定における位置付けに移行しつつある。

      重要になるのは、AIの本質的な可能性と限界を理解し、それを事業や組織の変革へどのように結び付けるかである。どの業務に適用するのか。どの意思決定を支援するのか。どこまで自動化し、どこに人間を残すのか。こうした問いに答えるためには、技術そのものよりも、技術を正しく解釈する力が求められる。

      KPMGジャパンにおけるデータ&テクノロジー領域のセンター・オブ・エクセレンスを担うアドバイザリーライトハウスでは、こうした考えのもと、国内外の学会で継続的に研究成果や知見を発信しi ii、アカデミアとの接点を持ち続けている。単に最新技術のトレンドを追うだけではなく、その背景にある理論や研究動向を理解しながら、企業が直面する実務課題へどのように適用できるかを検討している。このようなアプローチにより、短期的なトレンドに依存しない、中長期的な競争力強化につながるアドバイザリーサービスの提供が可能となる。また、今回のAISTATSに限らず、研究者との議論を通じて、理論研究が今後どのように実社会へ展開されるのか、また企業の意思決定やAI活用の高度化にどのような影響を与えるのかについて理解を深め続けてきた。学会への参加や発表は、単なる情報収集ではなく、未来の経営課題を先取りし、より質の高いアドバイザリーサービスへつなげるための重要な活動であると考える。

      AI時代において、経営者がアカデミアの議論に目を向ける意義は、研究成果そのものを理解することではない。重要なのは、AIの可能性と限界、そして社会や組織への影響について、誰よりも早く思考を始めることである。アカデミアは未来を予言する場所ではない。しかし、未来の経営課題が最初に姿を現す場所の1つである。

      だからこそ、AIを経営課題として捉える企業にとって、学術コミュニティの議論に耳を傾けることは、単なる技術動向の把握ではなく、将来の競争環境や組織変革を見据えた重要な戦略的投資といえる。そして、アカデミアにおける発信の量や質、研究コミュニティとの接点の深さは、AI導入・活用を支援するパートナーを見極める上でも、有力な判断材料の1つになるだろう。




      執筆

      KPMGアドバイザリーホールディングス
      アドバイザリーライトハウス
      アドバンスドアナリティクス&AIラボ テクノロジーマネジャー
      小澤 友美


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