自動車業界ではSDV(Software Defined Vehicle)が競争力を左右する重要テーマとなり、官民連携での取組みが進んでいます。注目したいのは、SDVの本質が単なる機能の高度化ではなく、「価値の生成・更新の主戦場がハードウェアからソフトウェアへ移る」点にあることです。その結果、これまで「OEMと主要サプライヤーを中心に価値が作られる」ことを前提としていた市場構造は、ソフトウェア開発力・運用力・データ活用力を軸に再編されつつあります。
本稿では、SDVを巡る定義の捉え方と、産業構造・組織・収益性に波及する変化を整理し、意思決定で見落とされがちな論点を提示します。
1.SDV-「機能」ではなく「価値を更新し続ける仕組み」
SDVは、AD/ADASやIVIといった機能をソフトウェアで進化させる“クルマのスマートフォン化”として語られがちです。しかし本質は、価値を継続的に生み出し、更新し続けるための仕組み全体にあります。そのため重要なのは何を作るかに加えて、ソフトウェアを車両のライフサイクル全体で開発・運用できる体制を整えるという「どのように作り続けるか?」という点です。
そこには、開発環境、品質・法規対応を含む運用プロセス、車両データを蓄積・活用するコネクテッドPF、OTAによる配信基盤などが相互に連携し、継続的な事業として回り続ける仕組みが求められます。SDVとは、個別の機能を指す用語ではなく、更新を前提に価値創出を続ける企業システムそのものが商品として表出された状態と言えるでしょう。
2.SDVにより引き起こされる変化とは
(1)開発・組織モデルの変化
SDVではソフトウェア開発工程に「運用・更新」が追加され、OSS脆弱性対応検知とそれに伴うソフトウェア修正という法規要請的な守りの対応と、消費者要請に向けた新機能配信等の攻めの対応の両方が発生します。
対応のために、ソフトウェア開発と運用とセキュリティ対応を常にリンクさせるDevSecOps化の促進、その高速度・高頻度での対応要請からソフトウェア開発専門部署の設立が進むと見込まれます。設立後は市場需要に合わせた開発に向け、車両企画部門からの指示待ちではなく「ソフトウェア部門から車両企画部門への機能の売込み」、ソフトウェアがアップデートされるごとに更新される開発原価を車両原価として全体で捉えるのではなく「ソフトウェア開発機能別収益管理」が行われる等、機能ごとに独立採算制が取られるケースや、車両原価とは別の形での採算管理などが進むと見られます。
先進企業では、すでにソフトウェア開発専門部署により日々社内での開発競争・収益管理が行われています。一方で、専門部署実現のため開発基盤を全社共通で構築・運用するグループ/人材の要請も高まっています。特にAIを組み込んだ車両制御モデルと更新プロセスのML Opsは、SW開発効率化の主要素になり得ます。また、更新時の安全性の観点で、法規・認証部門もこの体制に組み込まれます。「ソフトウェア更新がどのハードウェアやソフトウェアに影響があるか、それは機能的に安全か?」等を判断・管理する必要性が出てくるためです。
(2)事業性(収益モデル)の変化
自動運転や先進安全機能の更新による収益獲得は、中国企業がADAS L2+を標準搭載化するなど、課金可能な水準が年々厳しくなり、大きな収益源として期待できる状況ではありません。ECUの統合による開発効率化によるコストカットが当面の開発原資になるでしょう。
商用車においてはユーザーの価値判断における比重が総保有コスト(TCO)等に置かれていることから※1、他社車両がSDVによりこれまでより精度の高い予防整備を行いTCOを低減できる状態になると、顧客から選ばれにくくなる可能性が高まります。また、商用車はSDVを通じた効果導出が事業に直接的に影響を与えると想定されます。
Tier1は新規事業としてソフトウェア運用やソフトウェア開発環境のサービス化を狙いつつ、SoCレイヤーやAIモデルの開発にも進出することで、OEM・Tier2・IT事業者に対抗する必要に迫られています。従来の延長線上にないソフトウェアでのビジネスモデルを構築するための事業投資を、OEMや一般ユーザーからの収益を得にくいなかで継続できるかがポイントになります。OEMやIT事業者がSW開発を進めることに伴い、多くのTier1プレイヤーはハードウェアのみを作るベンダーとなり、収益性は悪化する見込みです。実際、大手Tier1でECU開発者の人員を削減する動きも見られます。
半導体事業者等のTier2はOEM/Tier1の開発・運用をシステム・オン・チップ(SoC)/AI開発基盤・モデルからコントロールできる立ち位置を築きつつあり、Tier1と比較すると資本集約型で高効率な事業環境を作れていますが、経済安全保障の影響やAIモデルの飛躍的改善を受け、いつ現在の事業環境が脅かされるかは不明瞭な状況が続くと思われます。
(3)プレイヤーの役割変化
SDVにより、特にAD/ADAS機能、IVI機能の拡充や継続更新は「車両としての商品力」にこれまで以上に強く影響します。そのため、従来であればTier1サプライヤーがドメインごとにハードウェアを開発し、セットとなるソフトウェア(アプリレイヤーまで)を含めた部品として納入していたビジネスが衰退し、OEM自身によるソフトウェア開発の動きが増え、アプリ開発もOEM主導の動きが進んでいます。
これにより、OEMによる内製化と、Tier1、2・IT事業者等が車両PFやE/Eアーキテクチャ、ソフトウェア仕様などをOEMと共同で設計・開発する「Tier0.5」「SW Tier1化」が進みます。またSoCレイヤーへ進出するプレイヤーも出現しています。Tier1はSoCレイヤーへの進出やSoC上で稼働するAIモデル開発まで手を伸ばし、OEMとTier2に対抗しています。他方、OEM自身もSoC領域に手を伸ばし、自社向けの専用設計SoCを構築する動きを見せる等のTier1とは反目する動きも見られます。Tier2はSoC等のHW提供者のみならず、SW開発・運用のイネーブラーとしてOEM/Tier1のアプリ開発・運用を支えることにも事業領域を広げています。
3.SDVがもたらす産業構造変化と、今求められる戦略的対応
SDVの進展により、ソフトウェア開発は「車両開発の一工程」から、ライフサイクル全体で継続するビジネスモデルへと変化しつつあります。この変化は、従来前提とされてきたOEMを中心とした主要サプライヤー構造の再編・崩壊を引き起こす可能性を孕んでいます。
そのなかで、新たな事業機会の探索や、市場構造の変化を踏まえた競争優位性の構築が遅れれば、収益機会を失うだけでなく、市場からの退出を迫られるリスクすら生じ得ます。一方で、SDVがもたらす事業機会と取るべき対応は、OEM、Tier1・Tier2、IT事業者、半導体事業者、商社、金融機関など、各プレイヤーの立ち位置によって大きく異なります。そのため、画一的なSDV戦略ではなく、ユーザー価値を起点に、自社が市場で果たすべき役割を再定義したうえで、狙うべき事業機会を見極めることが不可欠です。
KPMGは、モビリティ領域に特化した知見を有するMobility Ecosystem Strategyチームを擁し、企業の市場参入の検討から、参入後の事業戦略策定・高度化までを一貫して支援します。お気軽にお問い合わせください。
※1 「Lease or buy? Evaluating the rising costs of truck fleet ownership」(KPMG米国、2024年)
執筆者
KPMGコンサルティング
パートナー 宮崎 智也
シニアストラテジーマネジャー 山中 渉
ストラテジーマネジャー 山田 翔