本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。本稿では、インド市場におけるBEVの広がりとその壁について、政策を含めた多角的な観点から読み解きます。
インド市場に見る、BEVとHEVの市場構造
インドのBEV市場を語る際、「巨大市場」「政府主導の電動化」「2030年に向けた急成長」といった強い言葉が先行しがちです。しかし、インドの電動化の実像は、単純に「BEV化の加速」という直線的な物語では捉えられません。実際に見えてくるのは、需要創出、産業育成、国産化、インフラ整備を同時並行で進めつつ、四輪BEVについては急進を避け、現実路線へと軌道修正する政策運営です。インド政府のBEV政策は高い志を掲げてはいるものの、市場の吸収力や産業基盤の未成熟さを冷静に踏まえ、補助金依存からの段階的な離脱を模索するフェーズに入りつつあるといえます。
その流れは、政策の変遷を追うとより明確になります。FAMEⅠでは、BEVやHEVの初期市場を立ち上げることを目的に、購入インセンティブと技術開発支援が実施されました。続くFAMEⅡでは、政策の軸足は公共交通やシェアードモビリティ向けBEV、そして充電インフラ整備へと移っています。ここまでは、需要側を刺激する施策が政策の中心だったといえるでしょう。
しかしその後、EMPS-2024、さらにPM E-DRIVEへと進むなかで、重点対象は二輪、三輪、バス、トラック、救急車などへと明確に絞り込まれ、四輪乗用車に対する直接的で手厚い補助からは距離を置く姿勢が鮮明になっています。これは、政策当局が「どの領域でBEVを成立させることが最も波及効果が大きいのか」を、より冷静かつ現実的に見極め始めた結果と捉えることができるでしょう。
【図表1】
【図表2】
実際、インド市場では二輪や三輪のほうがBEVと相性が良い可能性が高くなっています。車両価格が低く、日常の走行距離が比較的安定しており、都市内の短距離利用が中心であるため、大容量バッテリーを搭載しなくても成立しやすいことがその理由です。加えて、商用三輪や配送用途では、燃料費や整備費を含めたTCOの観点からも、BEVが優位に立ちやすいといえます。
一方で、四輪乗用車は事情が異なります。2025年のインド乗用車市場では、BEVのシェアは4.0%まで上昇し、販売台数も17万台へと拡大したものの、HEVのシェアは8.2%とBEVを上回っています。さらに、ICE単体のシェアは66.6%に達し、HEVやPHEVを含めたICE搭載パワートレイン全体では96.0%を占めています。すなわち、インドの乗用車市場では、依然として内燃機関が圧倒的な主流であり、ここに同市場の構造的な現実が端的に表れているといえます。
【図表3】
つまり、インドでは四輪BEV市場は確かに成長しているものの、なお主役の座には至っていません。しかも、その主役交代は、欧州や中国で想定されたほど急速には進まない可能性が高いのです。その大きな理由の1つが、HEVの存在です。HEVは充電インフラへの依存を避けながら燃費改善を実現できるため、価格感度が高く、かつインフラ整備が十分とはいえないインド市場において、消費者にとってきわめて現実的な選択肢となりやすいのです。
BEVが中長期的な理想であったとしても、購買時点の意思決定では、航続距離への不安、充電時間、残価、地方部での使い勝手といった要素が重くのしかかります。その結果、BEVよりも制約の少ないHEVが、より幅広い支持を獲得する構図が生まれているのです。
さらに重要なのは、インド政府が需要刺激にとどまらず、供給側、すなわち国産化政策を強く打ち出している点です。PMPは、BEVおよびその主要部品について段階的な国産化を義務付ける枠組みであり、PLI-ACCやPLI-Autoは、バッテリーや自動車部品の生産量・売上に応じてインセンティブを付与する制度です。表面的には、これは「補助金政策から産業政策への転換」と映るかもしれません。
しかし実態は、輸入完成車や輸入電池への依存を避け、国内に付加価値を残す形で電動化を進めようとするきわめて合理的な設計です。雇用創出、外貨流出の抑制、サプライチェーンの安全保障といった観点から見ても、その方向性は理解しやすく、インドが電動化を単なる環境政策ではなく、産業戦略として位置付けていることがはっきりと表れています。
【図表4】
ただし、問題は政策の方向性そのものではなく、その実装速度にあります。PMPやPLIによって、BEVやバッテリーを含む部品の国産化を進める枠組みは整えられている一方で、肝心のバッテリー工場の立ち上がりが大きく遅れています。PLI-ACCでは4社から合計40GWhの計画が採択されたにもかかわらず、2025年12月時点で実際に設置が完了したのは2GWhにとどまっています。
これは単なる工程遅延ではありません。インドにおけるBEV普及のボトルネックが、需要の弱さだけでなく、産業基盤の立ち上がりの遅さにもあることを示しているのです。バッテリーセルの国産供給が進まなければ、高関税下での輸入セルへの依存が続き、結果として車両価格は高止まりします。四輪BEVの価格競争力が改善しなければ、市場が本格的に拡大しにくいのは自明です。
本来、政策が狙う需要創出と産業育成は相互補完の関係にあります。しかし、供給側の立ち上がりが遅れれば、その連動は崩れ、政策全体の効果も弱まってしまいます。ここに、インドのBEV戦略が直面している構造的な課題があるといえます。
こうした現実を踏まえると、2030年目標の受け止め方にも慎重さが求められます。政府系シンクタンクが掲げるBEV新車販売シェア目標については、現実的にはその半分程度と見るのが妥当でしょう。ここで重要なのは、「目標が高すぎる」と切り捨てることではありません。政府目標とは、本来、投資と市場の期待を呼び込むための旗であり、現実的な予測は、その達成可能性を測るための仮説にすぎません。
目標と予測を意図的に使い分けることこそが、現在のインドBEV市場を読み解くうえでの重要な視点となるのです。
【図表5】
要するに、インドの電動化は「一気に四輪BEVへ移行する」という単線的な物語ではありません。補助金によって市場の立ち上げを図りつつ、並行して部品・電池の国産化を進め、成立しやすい用途からBEV化を進めていく——その実態は、多層的かつ選別的な移行プロセスです。二輪、三輪、バスといった分野では前進余地が大きい一方、四輪乗用車ではHEVやCNG、さらにはICEがなお強い存在感を保っています。
したがって、インド市場を見誤らないためには、「BEV比率が何%になるか」だけを見るのでは不十分です。どの車種で、どの用途において、どの政策が効いているのか——それらを切り分けて捉える視点こそが不可欠となります。
日本企業にとっても、この構造から得られる示唆は大きいといえます。インドにおいて四輪BEVの急速な普及だけを前提に投資判断を行えば、現実とのずれが生じかねません。むしろ求められるのは、HEVやCNGを含むマルチパワートレイン戦略、二輪・三輪・商用車まで視野に入れたセグメント別戦略、そして電池・部品の現地化進捗を見極めながら段階的に踏み込む事業設計です。
インドの電動化は確実に進むでしょう。しかしそれは、単純な脱ICEの物語ではありません。ICEがなお主流であり続ける時間軸の上で、用途ごとに異なる速度でBEVが浸透していく。その不均一さこそが、インド市場の本質なのです。
※各種グラフの表記数値は、小数点以下を四捨五入しているためパーセンテージ合計は100%とならない場合があります。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- Government of India「Electric Mobility Promotion Scheme (EMPS), 2024」
- FADA Press Release
- Government of India「Phased Manufacturing Programme (PMP) for xEV Parts for eligibility under FAME-India Scheme-II」
- Government of India「Production Linked Incentive (PLI) Scheme for Automobile and Auto Component Industry.」
- Government of India「National Programme on Advanced Chemistry Cell(ACC)Battery Storage」
- Government of India「ADVANCED CHEMISTRY CELL (ACC) BATTERIES AND DOMESTIC CAPACITY」
- NITI Aayog「Unlocking a $200 Billion Opportunity Electric Vehicles in India」
- IBEF「Sustainable Mobility: The Role of Government Initiatives in Shaping India's Electric Vehicle Landscape」
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光